中島 滋隆
ナカジマ シゲタカ救急医療の現在
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突然の急病や、事故によるけが。いざ緊急事態に直面したら、誰しも目の前の状況に対応するのが精いっぱいでしょう。でも、事前に救急医療の仕組みを知っておけば、より賢い対応ができるかもしれません。
いざという時に生死を分けるかもしれない「救急医療」。普段あまり意識したことはないと思いますが、普通の医療と大きく異なる面があります。
何が違うのか。端的に表現すると、"とにかく余裕がない"という一言に尽きます。
危篤患者の場合、1分1秒の対処の遅れが命取りになりかねません。そばにいる人が対処できれば最も早く済みます。現場へ医師や救急救命士が来てくれるなら、時間は片道分。救急車などで医療機関へ搬送すると"往復分"の時間がかかります。
ですが、全てのカギとなる救急車・救命隊が出動件数の急増でパンク寸前なのです。「その時」になって困らないように、今のうちにちょっと考えてみませんか?
救急医療は、こんな仕組みで動いています。
日本の救急システムは、交通事故のけが人を医療機関まで運ぶ外科系処置からスタートし、当初は内科系の治療を考えていませんでした。が、特に通常の医療機関が稼働していない夜間・休日の急病人に対応する必要に迫られ、上図のような3段階ピラミッド構造に設計し直されました。
つまり、入院の必要のない軽い患者さんは最寄りの機関へ(初期救急)、入院の必要がある患者さんは一定の設備のある機関へ(二次救急)、生命の危険があり、いくつかの診療科が連携してあたる必要がある患者さんは人員・設備の整った中核機関へ(三次救急)という3段階です。
有限の設備・人員を最大限に活用しようと知恵を絞った日本独自のシステムでした。
このピラミッド構造は、一般に市町村よりも広い「二次医療圏」ごとに設定されています。医療圏を設置する際の主な基準は人口なので、都市部には多くの二次医療圏があります(例えば東京都の場合13個)が、過疎地には少ない(例えば鳥取県には3個)です。
言葉を変えると、過疎地には面積あたりの三次救急施設数が少ないことになります。地域格差は厳然とあるのです。
このシステムで医療現場が悩んでいることが他にもあります。
別物であるはずの夜間・休日診療と救急とが混然一体となっているため、症状の軽い人まで二次・三次の機関に来てしまい、本来救急の対象とするべき一刻を争う患者さんの手当てが遅れるようなことも起きているのです。
当面の解決策は患者側で自制することしかありません。自分や家族のいざという時、軽症の患者さんが詰まっていて手当てが遅れたら困りますよね。
誰もが急患になるかもしれないから
救急医療という名の下に、一刻を争う治療と夜間・休日診療とが一体運用されていることは説明しました。では、体調が悪くなった時にどうしたらよいのか、もう少し分かりやすく説明します。
1、急がないなら、かかりつけ医
風邪や1歳以降の子供の発熱など、診察治療を急がない病気なら朝まで様子をみましょう。どうしても医師にかかりたいなら、地域医師会の運営する「休日夜間急患センター」へ。どこにあるかは消防機関などが教えてくれますが、元気なうちに把握しておいてもよいですね。
また、普段から休日・夜間診療を手がけている近所の診療所を探して、かかりつけ医にしておく方法もあります。待ち時間が少なく、薬を必要な日数分だけ処方してもらえます。必要に応じて救急機関へ紹介してもらうことも可能です。
2、経験のない苦痛は病院へ
夜、体に異変を感じたとします。それが以前にも経験があって治まった感覚なら、あまり心配いりません。生まれて初めての感覚で少し待っても消えないようだったら、これは救急医療の対象です。迷わず医療機関へ行きましょう。
現行の制度では、こういう場合、かかりつけ医に電話で相談することが推奨されており、医師には相談料が入ることになっています。でも、相談される立場になってみると、診察なしに「心配いらないから様子をみましょう」と言えるのは、患者の体質・性格を熟知している場合に限られます。年に数回しか診ないような患者の場合「念のため救急車を呼んでください」となるので、ある意味では時間の無駄です。
3、とにかく119番
病院まで自力で行けるか不安だったら、迷わず119番通報して救急車を呼びましょう。家人に送ってもらうなど、救急車を呼ぶより早く病院に到着できる手段があるなら、そちらを選んでも結構です。
119番と聞くと、良識ある大多数の人々は、「歩けるのに呼んだら怒られるかな」とか、「サイレンの音が近所迷惑かな」といったことを考えてしまうと思います。でも、手遅れになるリスクに比べたら取るに足らないことです。
特に三次救急機関へ直行したい場合は、救急車を呼ぶに限ります。三次機関は、救急隊や他の医療機関からの要請でないと患者を受け付けないことになっているため、自分で訪れると門前払いされかねません。
安易に救急車を呼ぶ人が多すぎて、社会問題になっているのは事実です。でも病人に呼ばれて怒るような救急隊員はいません。病気でもないのに呼ぶ人が悪いのであって、あなたが責められているのではありません。
4、普段の病院へ
話を戻しましょう。もし、あなたが普段通っている医療機関と同じ消防署管内で救急車に乗った場合、そこに主治医がいることを伝えれば、よほどのことがない限り連れていってくれますし、医療機関側も受け入れを拒むことはないはずです。これならたとえ入院したとしても、翌日には見知った先生に会えますので安心ですね。
消防署の管轄区域が異なる場合、残念ながら、これはできないことになっています。
5、薬の袋は持っていく
救急医療でも、上手に使いこなすための基本的な方法は通常の場合と変わりません。
持病や飲んでいる薬などの情報を医師に伝えることは非常に重要です。特に患者がきちんと話せない可能性を考えると、薬の現物や袋は忘れずに持っていきたいところです。
一刻も早く、一人でも多く救うために。
突然の急病やけがを前にして、私たち一般人ができることは限られているかもしれません。でも、"救急のプロフェッショナル"たちを信頼し、彼らが一刻も早く力を発揮できるよう最大限協力することならできるはずです。
1、できる範囲で時間短縮の工夫をしよう。
いったん緊急事態に陥ったら、1分の差が大きく命を左右します。現実に誰かが緊急事態に陥った場合、そばにいた人の119番通報→救急隊の救命措置→病院での救命治療、とできるだけ迅速に行われることが救命率アップには必要です。
通報から救急車の現場到着まで都内の平均時間は5~6分です。たった5分ではありますが、救急隊到着前に人工呼吸や心臓マッサージなどの救命措置を施せば救命率はグンと上がるとのデータがあります。講習会などで経験のある人は積極的に行いましょう。
たとえ救命処置ができないとしても、現場の安全を確保したり、救急車が停車しやすい場所を作ったりならできるはず。救急隊に早く引き渡すために工夫するのも、立派な"救命"行為です。
2、救命救急士、そしてドクターカー。
救急車に同乗し、電話で医師の指示を受けながら気道へチューブを入れて息を回復させたり(気管内挿管)、止まった心臓を回復させる手当てなどを行う救命救急士。今年4月には全国で1万4000人となり、全国の救急隊約4700隊のうち73%に救命救急士がいます。
さらに、様々な薬や治療用器具を装備し、医者が同乗するドクターカーの配置も進んでいます。ドクターカーは、医師が必要と認めたときに出動。一般の救急車では対応できないような重篤な患者さんに、種々の薬剤投与や気道確保などの処置を行いながら搬送します。
3、電気ショックで心臓を復活させるAED
突然死の死因の大部分を占める心臓疾患。その多くは心臓がけいれんする心室細動という病気で、助かる可能性は1分経過するごとに約10%ずつ減り、10分後にはほとんどの人が死に至ります。そこで、できるだけ早く除細動を行うため、平成16年7月から一般市民による使用が認められたのがAED(自動体外式除細動器)。電気ショックが必要かどうか、心臓の状態を判断できる機能を備えた電気ショックの機械です。公共の施設などに置かれています。初心者でも、機械の指示通りに行動すれば使えます。いざという時のために、置き場所を覚えておきましょう。
私は救急医学 JPTEC バイスタンダーとして、消防庁の「上級救命員」、「応急手当普及員」また、日本赤十字社の「赤十字救急法救急員」の資格を持っています。毎年救命救急の普及に携わり、数多くの人に指導・実践をおこなっています。また、AEDを使って数十人の人命を助けてきました。機会があれば、講習に参加してみて下さい。