中島 滋隆
ナカジマ シゲタカ認知症を知る10 リハビリの効果
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あらかじめお断りしておきますと、今回の内容は、認知症の「非薬物療法」に期待されていることと相当程度重なります。ただ、非薬物療法は玉石混交で体系がハッキリしないのに対して、認知症の「リハビリテーション」は介護保険の項目にも含まれ、体系ができつつあることから、中心に据えて進めることにします。
過去の記事でも説明してきたように、現在治せないほとんどの認知症は、脳の神経細胞が傷つき失われて起きます。それら神経細胞群が担っていた認知機能も失われ、その結果として日常生活にも重大な支障を来たすようになるわけです。
失われた神経細胞が復活することは原則ないと考えられていますが、一方で残った細胞や組織が失われた働きを肩代わりするようになる「代償作用」も人体には備わっています。このため、残された脳機能を上手に活用すれば、生活上の支障を減らすことは十分に可能です。
このことに着目して、リハビリが行われています。特に人間は社会的動物なので、周囲の人間とコミュニケーションさえとれれば、状況は劇的に改善します。
笑顔を取り戻す
リハビリの意義は、それだけに留まりません。
米国で行われた疫学研究では、同じような脳組織変化が起きていても、「生きる目的」の強い高齢者の方が、弱い高齢者よりアルツハイマー型認知症や軽度認知症の発症リスクは低く、認知機能の低下も遅いというデータが出ています。
本人が明るさと前向きな気持ち、つまり自信を持つことが、いかに大切かということです。
ところが認知症の人は、日々の生活で度々失敗することから、不安や混乱を抱え、自信を持つどころではありません。このことを周囲の人間が理解して受容的に接すると、落ち着きと明るさを取り戻し、症状が安定して進行も緩やかになることがあります。
次項で改めて触れますが、本人に自信を取り戻してもらうこと、あるいは周囲の人間が受容しやすくなるようコミュニケーションすることに関して、リハビリは大いに効果を期待できます。
家族の救いにも
リハビリで救われるのは、本人だけではありません。
認知症では、介護する家族の多くが深刻な抑うつ状態になります。それがまた本人にも悪影響を与えがちです。
本人をリハビリへ送り出すことによって、介護からしばらく解放されて心身の余裕を取り戻したり、あるいはリハビリの様子を見ることで本人の残された能力に気づくようになったり、また専門職から付き合い方のヒントを手に入れることができたりする可能性は十分にあります。
このためリハビリには、家族のストレス・負担を和らげる効果もあると考えられています。
介護保険の成功例
実は、リハビリの積極的な効果が広く知られるようになったのは、つい最近のことです。
2006年度に介護保険のメニューとして、「認知症短期集中リハビリテーション」(コラム参照)というものが試験的に設けられました。老人保健施設(老健)が1回60単位(1単位は原則10円)で、軽度認知症の入所者を対象に、専門職が3カ月間、1回20分以上週3回マンツーマンでリハビリを実施するというものでした。
導入と同時に全国老人保健施設協会が効果の調査研究も行い、その結果、認知症の進行抑制、日常生活動作の改善、行動・心理症状(BPSD)の改善などに予想を上回る成果が出ました。
このため、その次の09年度介護報酬改定では、報酬が一気に4倍の240単位へと引き上げられたうえに、対象者が中程度以上の重症者にも拡大され、さらに老健だけでなく医療機関の介護療養病床と通所リハビリ事業所でも行えるようになったのでした。
ただし、現在リハビリとして行われていることは多岐にわたり、一人ひとりの状態と目標に合わせて適切なメニューを選ぶ必要があります。