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オリンピックコラム
高橋大輔の引退後、日本男子を背負って立つ1人だった町田樹。彼の第二の人生が実り多いものであることを多くの人が祈っている。
photograph by AFLO
オリンピックへの道

町田樹、引退の言葉に思い出すこと。
自ら培った精神力と「普通の感覚」。

松原孝臣 = 文

text by Takaomi Matsubara

photograph by AFLO

 2014年12月28日から、2週間が過ぎた。

 全日本選手権が終わり、リンクでは世界選手権の代表発表が行なわれていた。

 そのときに発した町田樹の言葉と内容は、衝撃である一方で、ふと、つながったようにも感じた。

 前日のフリーの「第九」のあとの言葉と、だ。

「ここまで来られた自分を誇りに思いますし、多くの方々の前で『第九』を滑ることができて本当に幸せだと思います。悔いはないです。失敗もあり完成度は低かったかもしれないですけど、僕のすべてを詰め込んだつもりです」

 ジャンプのミスなどがあり、本来の出来ではない演技を終えたあとの言葉だ。

 だが、強がって言っているわけではなかった。むしろ晴れやかな表情からは、やりきったという思いが伝わってくるかのようだった。

 町田が引退を告げたとき、この言葉がすぐによぎったのを思い出す。

一足飛びに階段を上がってきたここ2、3年。

 あらためて振り返れば、ここ2、3年の歩みは駆け足のようでも、一足飛びに階段を上がっていくかのようでもあった。

 一般に、町田が急成長したシーズンとして捉えられているのは2012-2013年シーズンだ。グランプリシリーズで初めて表彰台に上がると、その後優勝も果たし、グランプリファイナルにも初めて進出した。

 2012年12月の全日本選手権こそ9位に終わったものの、それまでと比べれば大きな成果のあったシーズンとなった。

 そして2013-2014年シーズン、町田は前シーズンを超える活躍を見せた。グランプリシリーズは2大会ともに優勝。ついにはソチ五輪代表をもつかんで5位入賞を果たし、やはり初めて出場した世界選手権では銀メダルを獲得した。

【次ページ】 五輪1年前、ソチへ行けるという思いは30%だった。

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