<阪神―東日本 重なる被災地>街の復興、対話を重視/計画変更 柔軟に対応
◎岩手・大槌町 都市整備課長青木利博さん(63)
岩手県大槌町で3度目の新年を迎えた。町の都市整備課長として復興工事を統括する。「町の復興はまだ3割」。本格復興に弾みをつけたいと、思いを新たにする。
<経験生かせる>
阪神大震災の時は神戸市都市計画局の係長。地震や火災で壊滅的な被害に遭った市街地の土地区画整理事業に携わった。
「津波による被害の大きさに当初は驚いた。でも、まちづくりの考え方は共通する」。建物倒壊や火災被害が目立った阪神と状況や規模は異なるが、経験は大槌でも生かせると考えた。
神戸市は土地区画整理事業導入の際、施工区域、道路や公園の大枠の計画だけを決め、生活道路などの詳細は住民との話し合いで固める「2段階方式」を試みた。
震災2カ月後に都市計画決定し、全ての事業が完了したのは16年後の2011年3月。平時より短期間で基盤整備を終えた。
<提案から愛着>
ゼロからのまちづくりとなる大槌。復興交付金や特例で迅速な対応が可能になったが「住民意見を踏まえて計画を決めないと前へ進めない」と言い切る。反発が強かった神戸での経験を基に合意形成を丁寧に進める。
個別意向調査や地区別のまちづくり協議会、ワークショップや懇談会を頻繁に開く。住民提案があれば、その都度見直しを検討。12年9月の最初の都市計画決定後、計画変更は十数回にも上る。
「全ての要望に応えることは不可能だが、自ら提案し納得してもらえれば、自分たちの街だという愛着が生まれる」と確信する。
<次への備えを>
新たな課題にも直面している。相続人不明などで難航する用地取得、資材高騰などによる入札不調、膨大な業務量に伴う職員不足…。
「地籍を整えたり、住宅を再建する場所をどこにするか検討したり、今からでもできる。毎年入れ替わりで苦労する行政職員の継続的な支援体制の構築も急ぐべきだ」。二つの被災地での教訓を生かし、東海、東南海など予測される次の災害への備えを強調する。
阪神大震災では友人夫婦が犠牲になった。その1カ月後、体調を崩した父が亡くなった。
17日は神戸から分灯されて町役場近くに設置された「1.17希望の灯(あかり)」に手を合わせる。鎮魂と大槌の復興を神戸の記憶に重ねる。
(釜石支局・玉応雅史)
[あおき・としひろ]神戸市生まれ。大阪大大学院(土木工学)修了。12年3月、神戸市役所を定年退職。神戸すまいまちづくり公社を経て同5月に大槌町へ派遣。同10月、町任期付き職員。大阪府茨木市の自宅に家族を残し単身赴任。13年4月から現職。
東日本大震災の被災地で、阪神大震災を体験した人たちが地域再生に尽力している。阪神の悲劇から17日で20年。まちづくりや支援の在り方など、復興に向けた課題は東北と共通する部分が少なくない。二つの被災地に思いを重ね、津波被害を受けた沿岸部で奔走する3人に話を聞いた。
2015年01月13日火曜日