苦労して開発した技術を自社で抱え込むのでなく、社外にも開放することでイノベーションを加速する。そんな大胆な試みにトヨタ自動車が乗り出した。同社の保有する燃料電池車関連の特許を無償で開放し、ほかの企業が自由に使えるようにするという。
特許は通常、その技術を独占するための仕組みだ。この常識にトヨタがあえて挑戦する狙いは、仲間づくりである。
燃料電池車は排出物が水だけで「究極のエコカー」と呼ばれる。航続距離も長い。一方で水素から電気を取り出して走るので、水素ステーションなどインフラの整備が普及の前提条件となる。
トヨタがいくら優れた燃料電池車を開発しても、単独の取り組みではインフラ整備は進まない。多くの仲間たちが競い合いながら燃料電池車を事業化することで消費者の認知も高まり、各国の政府も普及支援に本気になる。そしてインフラ投資も回り始める。
その弾みをつけるため、あえて虎の子の技術を開放するわけだ。
トヨタはハイブリッド車でも先行するが、ここでは開放路線をとらず、技術を抱え込んだ。その結果、世界の新車市場でハイブリッド車の比率は今も2~3%にとどまり、物足りなさが残る。これも今回の決断の背景だろう。
目を他産業に広げれば技術のオープン化は珍しいことではない。IT(情報技術)業界ではごく普通の戦略で、たとえば米グーグルが開発したスマートフォン用基本ソフト「アンドロイド」を、スマホメーカーは無償で使える。
自動車産業でも半世紀以上前、スウェーデンのボルボが「3点式シートベルト」の特許を無償開放した。これがきっかけで今日まで続く「ボルボ車=安全」というブランドイメージができた。
内向きのイメージも強かったトヨタの開放戦略は他の日本企業にとって「技術は抱え込むばかりが能ではない」という刺激に富んだメッセージになるだろう。トヨタの実験の行方を見守りたい。