第六十五話 「エディムと外交交渉結末」
アルハス・エディムは広間の絨毯を拭きながらため息をつく。
舐めるぐらいまで掃除しろと言われているので手を抜けない。ふぅ~大分、汚れがおちてきたかな。
「エディム様。後は私が……」
キャスがふらつきながら私の雑巾を掴む。
「体調は戻ったか?」
「はっ。問題なく。いつまでもこのような真似をエディム様にさせるわけにはまいりません」
「そうか。それでは頼む」
キャスに雑巾を渡し、後の掃除を任せた。私は壁に背を預け、今回の外交交渉を自問自答する。
……成功とは言えないだろうな。
第一条約は概ね問題ない。戦犯コウアンは処刑された。首から上が吹き飛んでしまったが、処刑されたことには変わりない。ただ、首を持ち帰れないのが痛い。幹部の方々は三条河原に首を晒すつもりだったからな。
次に第二条約だが、明らかに失点だ。賠償金を一ゴールドも取れなかったからである。成果はバカティッシオが運び込んだ調度品と魔王軍の兵士を二人殺せたことぐらいか。
最後に第三条約、これは成功かどうか微妙である。邪神軍と魔王軍の領土境界線は決定できた。チシマとカラブト南半分の交換となってしまったが、一応、カラブト南半分のほうがチシマよりも広い。そこを押せばまだ弁解の余地はある。
今回の外交交渉……
私の自己採点では五十点ってところかな。本来、戦争に負けても無い国からここまでの要件を飲ませること自体が不可能なのだ。これでも頑張ったほうだよ。ティレア様の温情に縋りながら弁明すればきっと情状酌量の余地はあると思う。
ただ、最大の懸念はある。嫌なお土産ももらったことだ。
魔王軍との休戦協定……
おそらく邪神軍の会議で議題に出せば、吊るし上げられること間違い無し。
いっそ、このままうやむやにしてしまうか?
私は何も聞かなかった。知らなかった。
だめだ。その場しのぎの嘘はいつかばれる。私が報告しなかったおかげで邪神軍に何らかの被害があっては困る。
うーん、切り出し方はうまく考える必要があるな。
くそ。だいたい副使にすぎない私が何でここまで頭を悩ませねばならない。こんなのは全てバカティッシオの役目だろうが。
あ、そういえば、バカティッシオはどうしてるか?
バカの様子が気になり、邪神軍外交使節の居室に移動する。掃除を終えたキャスも一緒だ。居室に入ると、ダルフが会話でバカティッシオを牽制していた。バカティッシオはぎりぎりと歯軋りをして悔しがっている。どうやらバカの封じ込めはいまだ継続できているみたいだ。
ただ、ダルフの顔は疲労の色を濃くしていた。長時間、このバカに構っていたせいだろう。
私はダルフのもとに歩み寄る。
「ダルフ!」
「これはエディム様。会談お疲れ様でした。ご首尾はいかがでしたか?」
「うぐっ。そ、その件は後で話す。それよりバカの様子はどうだ?」
「はっ。手がつけられません。噛み付く勢いです。あれから休むことなくエディム様への暴言を吐き続けております。口汚く罵るさまは見るに耐えません」
「そうか。ご苦労だった」
冷静なダルフをここまでイラつかせるとはさすがはバカティッシオだ。
さて、このバカどうしようか?
殺すつもりだったが、外交不始末の責任を取らせるために生かしておくのも手だ。こいつには邪神軍の会議で私の代わりにみっちり糾弾されてもらわないとな。
「あ、エディム! 貴様、どの面下げて……殺してやる、八つ裂きだ!」
バカティッシオが私の存在に気づいて罵声を浴びせてきた。ダルフの言う通り、今にも殺しそうな目つきをしている。これは、生かして連れて帰れる状態ではない。縄を解いたとたんに噛みついてくるだろう。手負いの獣と一緒だ。
「エディム様。もはや手段は一つでございます」
「わかっている」
こいつに寝首をかかれたくない。さっさと殺そう。バカティッシオは不慮の事故にあったと報告しておけばいい。いや、待てよ。むしろ外交失敗の責任を取って自決したことにすれば……
うん、バカも始末できて一石二鳥ではないか!
ニヤけるのを抑えられない。
私はダルフ達に命じてバカティッシオを四方から囲む。四人がかりで遠距離から魔弾をお見舞いしてやる。近づかなければこちらに被害が及ぶことはないだろう。
「オルティッシオ。年貢の納めどきだな」
「エディム! 上司に対して何て口のきき方だ!」
「何が上司だ。邪神軍のお荷物が! お前のようなゴミはさっさと殺処分してやるから覚悟しておけ!」
「お、おのれ! 半魔族が。足手まといの分際でよくもそんな大口を叩けたな!」
「お、お前がそれを言うか。客観的に考えてどちらが足手まといだったか!」
「うぬ。そこまで言うならエディム貴様は私抜きで会談をうまくやれたのか?」
「そ、それは……」
「やはりな。お荷物は貴様だ!」
「だ、黙れ! 元はといえばお前のバカのせいで失敗したんだ」
「人のせいにするな。どうせお前のような半端者、ヒドラーにびびって震えていただけだろうが!」
「貴様! エディム様はヒドラーの覇気に果敢に挑まれた。不利な条件でも条約の要望にできるだけ添えるように奮闘し続けたのだ。侮辱は大概にしろ!」
キャスがバカティッシオの言葉に憤慨し、援護してくれる。ただ、その言い方だと外交交渉自体は失敗したと認めているようにも取れるぞ。
「ふん。何が果敢だ! ヒドラーの覇気にあてられたのなら気絶しただろ? それともチビったか?」
くっ、バカのくせに鋭い……
こいつはピンポイントでイヤミを言い放つ。
「……減らず口もそこまでだ」
「何だ、否定しないということは図星か! くっははは! ガキが! オムツをしないからこうなるのだ」
「こ、殺す。もう絶対に許さん!」
「エディム様、殺しましょう!」
「あぁ。ダルフ、キャス連続魔弾だ。このバカを跡形もなく消し去ってやるぞ」
「「はっ!」」
ダルフ達とともに魔弾を生成する。そして、バカに向けて放とうとした矢先、
「止めんか!」
部屋中に大音声が響いた。六魔将ポーの登場である。ポーが発した覇気に当てられ戦意が削られた。
「お主ら。ここをどこだと思っておる! 魔王軍居城でこれ以上の狼藉は許さん」
「これは内々の制裁です」
「そうだ。関係ない者は引っ込んでてもらいたい」
キャスやジンがポーに食ってかかる。だが、ポーは意も介さずジロリと睨みつけた。縮こまる部下達。やはり格が違う。
「あ、あの内政干渉では……?」
私も無駄だとは思うが、控え目に非難してみる。
「そうだな。いちいちお前達の内輪もめに付き合う義理はない。だが、それは他所でやれ。ここでそんな真似をすれば、休戦条約締結の妨げになる」
そう言ってポーがバカティッシオの縛めを解いていく。そして、縛めを解かれたバカティッシオが私を睨み、襲いかかってきた。解き放たれた野生の獣の如く殺気をまき散らしながら拳を突き出してくる。
「エディム、殺す!」
「ひっ!」
バカの一撃に備えるため、防御の姿勢を取る。だが、飛びかかってきたバカティッシオをポーが止めたので、衝撃は来なかった。
「待て」
「ポー、邪魔をするな。こやつを八つ裂きにしなければ気が済まん」
「言ったはずだ。ここでの狼藉は許さん。どうしても暴れたいのなら魔王軍の領土外で行え」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふしゅーる!」
バカティッシオは憤慨しているが、無駄だ。ポーはバカティッシオをガッチリと掴んで離さない。ポーの剛力の前では大人しくするしかないだろう。
「領土外に出れば好きにしていいんだな」
「あぁ。勝手にやれ」
バカティッシオがニヤリと笑う。
や、やばい。殺される。
ポーがついているうちはいいが、魔王軍の領土外についたとたんにこのバカは襲ってくるにちがいない。
「エディム様、ご安心ください。我らが何としてもオルティッシオを止めます。地下帝国にお戻りになればこっちのものです。奴を弾劾しましょう」
「うん」
ダルフ達が悲壮な覚悟を見せてくる。それしかないか。ダルフ達に命懸けでバカを止めてもらっている間に逃走しよう。
そして、ポーに連れられること幾ばくか……
転移魔法陣を抜け、再び魔王軍と邪神軍の境界線までやってきた。
ポーが別れの挨拶をする。休戦協定をくれぐれも宜しくと言われたが、このままバカティッシオに殺されたらその伝言もできない。ポーもその辺は心得ているようでバカティッシオにもその内容をつつがなく教えていた。これで私が殺されてもバカティッシオがメッセンジャーになるから問題ないということだ。
詰んだ……
ポーが引き上げていく。残されたのはバカティッシオと我ら吸血組だけ。だだっ広い平野に砂塵が舞っている。
「さぁ、エディム、はじめようか!」
バカティッシオが不敵な笑みを浮かべて宣言する。
「あ、あの許して、もらえませんよね?」
「くっあははは! 半魔族如きにあれほどの屈辱を受けたのだ。許す? ほざけ! 今はどう苦しめ貴様を殺してやろうか算段を練っているところだ」
「「エディム様には指一本触れさせん!」」
ダルフ達が私を庇うように前に進み出た。皆、ところどころ負傷している。こんな状態で武闘派のバカティッシオを前にどれだけ奮戦できるか……
「じわじわとなぶり殺しにしてやるわ!」
バカティッシオの闘気が膨れ上がっていく。さすがに強い。これは逃げるのも無理だ。途中で絶対に追いつかれる。逃げた先で一対一になるぐらいなら私もイチかバチかここで一緒に戦ったほうがいいかもしれん。勝機は限りなく薄いけど……
く、くそ、万事休――
「おぉお――い。みんないる?」
「ティレア様!」
私が死を覚悟していると、何とティレア様が馬車に乗って現れたのだ。横にはミュッヘン様も乗っておられる。
「いやーここまで来るの大変だったよ。道中、次から次へと盗賊が襲ってくるんだもん。ミュー大活躍だったね」
馬車から降りたティレア様は矢継ぎ早にそうお話になる。とにかく助かった。ティレア様を前にしてはバカティッシオも迂闊な真似はできまい。
「ティレア様、お聞きください! 実はエディムが謀反を企んでいました」
ティレア様を見るなりバカが進言する。
くっ。やはりそうきたか。暴れられないと踏んだバカは軍法会議で私を処刑する方針に切り替えたようだ。だが、讒言するつもりなら負けてられない。
「ち、違います! オルティッシオが反乱を起こしました。謀反者は奴です!」
「なっ!? 貴様もう許さん!」
バカティッシオが飛びかかってくるが、ティレア様に片手で止められる。ティレア様はバカの肩を掴み離さない。さすがはティレア様。バカティッシオを赤子同然に扱われる。
「オル、止めなさい」
「で、ですが、今回の外交交渉もエディムのせいで失敗に終わったのですぞ」
「ティレア様。その件ですが、全てオルティッシオが原因です。どうかこいつに裁きをお与えください」
「お、おのれぇ!」
「や、やる気!」
「はいはい、二人とも止めなさい」
「し、しかし……そうだ! 見てください。エディム達に暴行を受けました。謀反の証拠です」
バカティッシオはそう言って後頭部をティレア様に見せる。
「あら、たんこぶできてるね」
そこは私が殴った箇所だ。殺す気で殴ったのにたんこぶしかできなかったのか。頑健すぎるぞ。
「ティレア様。公務中での暴行。エディム達を厳罰に処するべきです」
「エディム、あなた本当にオルを殴ったの?」
「そ、それは……」
「まさか。ティレア様の御前で嘘はつかんよな?」
バカティッシオがニタリと笑みを浮かべて恫喝する。くっ。悔しいが、バカティッシオの言う通りだ。主君の前での虚偽は不忠者のすることである。
「た、確かに殴りました。ですが、正当な理由があります。オルティッシオの暴走を防ぐためです」
「何が暴走だ! 貴様が私を殴り縛ったせいで今回の外交交渉に失敗したのだ」
「いいえ、違います。このバカがいたらもっと悲惨な結果になってたでしょう。私はむしろこのバカの失点を補ってやりました」
「ティレア様、騙されてはいけません。エディムは己の私利私欲のためにこの私を襲ったのです。自分のミスを――」
「はい。ストップ!」
ティレア様がバカティッシオの口を手で塞ぐ。それでも、もごもごと言い訳をするバカティッシオ。だが、ティレア様がその発言をさせない。
「ふぅ。何となく嫌な予感がしていたけど。本当にあなた達は仲が悪いわね。とにかく喧嘩は止めなさい」
「喧嘩ではありません。オルティッシオが何もかも――」
「私の言うことが聞けないの?」
「も、申し訳ございません」
「よし。まずオルだけどあなたまた暴走しちゃったみたいね」
「いえ。それはエディムの虚言です。現にエディムは私を襲ったのですよ。エディム自身それを認めております」
「あのね。エディムは吸血鬼だからやたらめったに暴力は振るわないんだよ。エディムは自分自身の力をよく知っているの。それを振るったんだからよっぽどのことだよ」
あぁ。ティレア様は分かってらっしゃる。そう。私は自分自身、力がないことは知っている。バカティッシオには到底敵わない。それなのに今回はやらざるをえなかった。あまりにバカが常軌を逸していたからである。
「で、ですが、上官を勝手に殺そうとするなど軍規違反にあたると思います」
「オル、エディムは手加減をしていたの。あなたを殺すわけないじゃない」
「いえ、本気でした。エディムから殺意を感じました」
「オル、冷静に考えなさい。エディムが本気で殺そうと思ったらあなたの頭は今頃木っ端微塵よ。或いは吸血されて隷属されちゃってたから」
「ティレア様。それはあんまりかと。私がエディム如きに遅れをとるとでも?」
「……ふぅ。まぁ、差別せずそれだけ啖呵を切れるあなたは貴重な存在なのかもしれないね」
ティレア様はそう言って怒れるバカティッシオを宥めていく。
どうやらティレア様はバカティッシオより私のほうが強いと勘違いされておられるようだ。ティレア様ほどのお方になると私達などあまりにレベルが低すぎて戦闘力二万も五万も一緒くたに思えるのだろう。
だが、そのおかげでどうやら上官への殺意も否定され、この外交交渉のために必要な措置だったと決着がつきそうだ。外交交渉の失敗もこのままバカティッシオの責任にしてしまおう。
ティレア様が来られて本当に助かった。
でも、なぜティレア様がここに……?
「それにしてもティレア様。なぜお越しになられたのですか?」
「実はね。ジェシカちゃんに頼まれたんだ」
「ジェシカにですか?」
「うん。エディムが困っているから助けてくれって……」
ジェシカ、やっぱり余計な真似をしてたんだ。あれほどティレア様には言うなと念を押していたのに。
まぁ、今回は助かったけど……
「ごめんね。よく考えればエディムには辛い場所だったでしょ」
「いえ、そんな。確かに場違いでしたが、これも任務ですので」
「ジェシカちゃんに言われて気づいたよ。エディム、ストレス半端なかったみたいね。そうだよね。いつばれるかヒヤヒヤしてたんでしょ」
「ばれるですか?」
「ほ、ほら、エディムは半分魔族みたいなものじゃない?」
「そうですね。半魔族ですが、それが何か?」
「私は気にしないよ。もちろん邪神軍の皆もそう。だけどね。魔王軍ではそう思わない人もいそうじゃない?」
確かに元人間だとバレたら魔王軍に何をされるか分かったものじゃない。純血主義の魔族もいっぱいいるだろう。下手したら有無を言わさず殺されていたかもしれない。
「そうでした。迂闊でした。下手をすればバレたと同時に殺されていましたね」
「うっ。ご、ごめんね。私が不注意だったばかりに」
「いえ、ティレア様のせいではございません。そのようにお気遣いされて嬉しく思います」
そうか。ティレア様は半魔族である私をご心配なり急遽駆けつけてくれたのだ。なんと勿体無きことである。私も半分とはいえ、魔族になったのだ。魔人としてますます忠誠に励まないといけないな。
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