第六十三話 「エディムと魔王軍との会談(後編)」
ダルフ、キャス、ミリオ、ジンが私を取り囲むように位置し、片膝をつく。
今、バカティッシオ達は調略にかかりきりで不在だ。密談するには今をおいて他にない。
「ダルフ、やはりどう考えてもあのバカを会談に出席させられない」
「はっ。エディム様のおっしゃるとおりかと。今朝もエディム様をお休みさせようと皆で必死に説得していましたが、キレてミリオの肋骨を砕いてきたのです」
「なっ!?」
「幸い、私が何とか言いくるめて被害の拡大を防ぎましたが、下手をすればオルティッシオの手に掛かり全滅するところでした」
「あのバカはどうしようもないな」
「はっ。本当に手加減というものを知りません。ミリオへの攻撃は一歩間違えば致命傷になりかねない一撃でした」
あぁ、それでミリオの表情は芳しくないのか。ミリオは肋骨を抑えて苦しそうに呼吸をしている。
「ミリオ、大事ないか?」
「勿体無きお言葉……ですがお気遣いは無用です。問題ありません。エディム様のためにこの身を全て捧げる所存でございます」
言葉通りミリオなら私のために火の中、水の中を厭わず身を投げ出してくれるだろう。ミリオの忠誠が心に染みる。まったく大事な部下を勝手に壊してくるバカティッシオに嫌悪が募る。
「バカは予想どおり、いやそれ以上にやらかした。ひどい。本当にひどすぎる」
「エディム様、そもそもなんであんなバカが大使なのですか?」
キャスが当然の疑問を口にした。ジンもミリオもうんうん頷いている。ダルフが苦い顔をしているのは邪神軍の上層部の考えをある程度看破しているのだろう。
「キャスの疑問は分かる。だがな、大使は本当にあのバカしかいないのだ」
「何故ですか? ティレア様やカミーラ様が使者になるのは論外だと思いますが、適任者は他にたくさんいるかと」
「あぁ、トップが使者になるなどありえない。かと言って、身分が下過ぎても相手に侮られてしまう」
私ははっきり言って微妙な地位にいるが、副使だから問題ない。
「それではドリュアス様かニールゼン様、ミュッヘン様が適任かと思います」
「私もそう思う。だが、今回の外交相手は魔王軍だ。史上まれに見ない外交交渉となる。命を落とす危険もあるだろう。そう考えたらそのお三方が敵方に殺された場合の損失がでかい。上過ぎず下過ぎず、また死んでも問題ない人材といえば……」
「あ、バカしかいませんね」
「その通りだ」
私は眷属達と溜息をこぼす。
「それではどうされるのですか?」
「……最終手段だ」
「それでは例の作戦を?」
「あぁ、やるしかない」
「バカの部下はどうします?」
キャスが問題点を指摘する。キャスは直情的だが元冒険者なだけあって実践的な考え方を持つ。今回の作戦のリスクを的確に抽出してきた。
うん、私もバカの部下が懸念材料だと思っている。奴らはバカティッシオに強固な忠誠を誓っているし、腕っ節も立つ。いくらこの外交の成否がかかっていると説得しても無駄だろう。作戦の邪魔をしてくるのは必然だ。腕ずくとなればこちらに相当の被害をもたらす。
「ダルフ、なにか意見はあるか?」
「そうですね。ちょうど調度品の輸送に一人を邪神軍に帰らせています。魔王軍が調度品を奪い返しにくるかもしれないと煽って全員を帰国させましょう」
「いいアイデアだ。ダルフ、調整はお前に任せる」
「ははっ」
ダルフにバカティッシオの部下達を排除させ、私と他メンバーは最終作戦の準備に取り掛かる。
しばらくして、バカティッシオが居室に戻ってきた。顔色が冴えないところを見ると調略は失敗したようだな。
当たり前である。だれがこんなバカの口車に乗る奴がいるか。
「オルティッシオ様」
「なんだ! また揉め事か? こっちは引き抜きがうまくいかず苛立っているというのに、お前は私の足を引っ張ることしかしないのだな」
そっくりそのままお返ししたいセリフだが、ここは笑顔だ。
「いえ、そうではなく……実は酒席を用意しました」
私はバカティッシオに所狭しと並んだ酒や料理を見せる。テーブルには見たことがあるものからないものまで数十種類以上、牛、鶏、豚、様々な素材が並んでいた。ワイン一つを見ても赤、白、黄、様々な産地のものがある。
バカティッシオが調略している間に六魔将ポーに頼んで用意してもらったのだ。敵国の使者の急な頼みを聞いてもらえるか不安であったが、「客人として迎える」と言ったポーの言葉に嘘偽りは無く、全て要求どおり用意してくれたのである。
南京ダックを一頭丸ごと焼いたもの、ふっくらとした黄名子饅頭が数百……量だけでも軽く百人前以上はある。バカティッシオがいくら悪食の大食らいでも食べきれないほどだ。
「ふむ。なかなか豪勢ではないか!」
「はい。日頃の慰労を含めてオルティッシオ様のために用意したものです」
「ほほう、エディムよ。ようやく私の偉大さが分かったか。うむ、貴様も少しは魔族として練れてきたようだな」
そう言ってバカティッシオは席に座り料理を食べ始めた。満足そうに箸を取り、新鮮そうな川魚や鹿肉ををバクつきながら、バカティッシオは自分の功績をひけらかしている。「やれ、私はティレア様の股肱の臣」だの「邪神軍の財務はすべて私が作った」だの……とにかく煩い。
……まじで死ねよ。
イライラ感は増すが作戦は順調だ。バカティッシオは警戒心をどんどん失っている。だが本番はこれからだ。バカティッシオにはもっと油断をしてもらわないといけない。私はお銚子を持つとバカティッシオの傍らに移動する。
「オルティッシオ様。どうぞ、お酒です」
「うむ」
非常に、とても不愉快だが、バカティッシオに酌をしている。酒をどんどん飲ませないといけないからな。
「どうぞ、かけつけ三杯ですよ」
とくとくとお酒を注ぐ。それを美味そうに飲み干すバカティッシオ。
「ぷぅはぁああ! これは効くな。なかなかの名酒だ」
「はい。魔王軍でも自慢の一品らしいです」
六魔将ポーに頼んでできるだけ度の強い酒を用意してもらった。魔人といえども酔えるぐらい強烈な魔族酒である。
「うぃ――酒席を設けるのなら、部下を返すのじゃなかったな」
「仕方がないです。せっかくの調度品を奪い返されたら元も子もありませんから」
「それもそうか~。へっへっ、ほらエディム注げ!」
「は、はい、ただいま」
バカティッシオに促され酌をする。
うっ!?
何杯か注いでいると、バカティッシオが調子にのって私の肩に手を回してきたのだ。ねっとりと肩を寄せてくるバカ。
な、なにこいつ、私に欲情したのか? き、きもい。
「オ、オルティッシオ様、ちょっとそういうことは……」
「ん!? おぉ、これは不覚だ。ほろ酔い加減で間違えたぞ」
「間違えた?」
「そうだ。魔都にいた頃、馴染みにしていた娼妓がいたのだ。こうやって酌をしていた美妓だ。くっあはは、貴様のような餓鬼と間違うとは不覚、不覚だ」
そう言って高らかに笑いながら手を放すバカティッシオ……
こ、殺す、まじで殺す。
いや我慢、我慢、まだだめだ。私にこんな真似させた落とし前はきっちりとつけてやる。
それからバカティッシオは料理をつまみ、酒をくらい、いい感じにできあがってきた。バカティッシオの目はトロンとして会話に呂律が回ってきたのである。
頃合だな。
「オルティッシオ様、まだ箸はすすみますか?」
「見くびるな。この程度では私の胃袋を満足できんわ。もっと持ってこんか!」
「……それは良かったです。実はまだメインデッシュがあります」
「メインディッシュだと?」
「はい。幻の名魚です。オルティッシオ様のためにご用意しました」
「ほう、それは楽しみだ」
「ではお持ちします。肴を……肴をもて」
私が合図を送ると、ダルフ達がゆうに三メートルは越える巨大な魚を持ってきた。
「これは見事な魚だ」
「はい。それでは私が毒見をします」
そう言って私は魚の口に手をつっこみ、そこから縄を取り出す。
そして……
バカティッシオに向けて強襲、そのまま縄で縛り上げたのだ。
「なっ!? エディム貴様!」
「今だ! 殺せ! 殴り殺せ!」
「「はっ!」」
私達は全力でバカティッシオをタコ殴りする。吸血部隊最強戦力での攻撃だ。
「ぐはっ!」
「殺せ! こいつには殺す気で殴るぐらいがちょうどいい」
本来であればバカティッシオには敵わない。だが、ふいをついた上にバカティッシオはしたたかに酔っている。勝機は十分だ。
「ダルフ、早く縄を、縄を柱にくくりつけろ!」
「な、なんて力だ!」
ジンが驚愕している。バカティッシオは縄で縛られ両手の自由が利かないにも関わらず、凄まじい力を見せつけた。腿の筋力だけでジンの腕を捻りあげたのだ。私達はさらに縄で雁字搦めにしようと試みるが、バカティッシオは体全体を使って抵抗する。
こいつ本当に馬鹿力だ。今にも押さえつけている腕がもがれそうである。だが、ここでひるむわけにはいかん。日頃の恨みを晴らす。おぉお、私は力を入れる。
「ぐぉおおお、ほどけぇ――っ!」
バカティッシオは血管を浮き上がらせながらもがく。
無駄だ。この縄は神具、天の縄だ。天界の神ヘラクレスすら拘束したという伝説の縄である。あのニールゼン様でも振りほどけない強度を持つ。ティレア様は簡単に引きちぎったけどね。
そして、幾ばくかの攻防の後、
はぁ、はぁ、はぁ、何とかバカティッシオを柱にくくりつけるのに成功した。
「ダルフ、こちらの被害は?」
「はっ。キャスが手首を負傷、ジンは右腕、私は肋骨をやられました。ミリオにいたっては内臓をやられたようで意識がありません」
「そうか」
完全にふいをつき、しかも殺す気で攻撃したのだ。吸血部隊最強の四人があれだけ攻撃したのに……
「こ、この、解け! 許さん、許さんぞ、お前たち!」
バカティッシオは悪態を叫び続けている。まだあれだけ元気なのだ。純粋な魔族というのは本当に強い。恐ろしいぐらいに強い。
「おのれ、エディム邪神軍を裏切るとは後悔するぞ。魔王軍に鞍替えするとは愚かにもほどがある。ティレア様を裏切った罪、貴様の五体にあらん限り刻んでやるから覚悟しておけ!」
「はぁ? 誰が裏切るか! 私がどれほど邪神軍を心酔していると思っている!」
バカティッシオの見当違いな勘違いに思わずキレる。
「じゃあ貴様のこの行動をどう説明する? 邪神軍の重臣たる私に対するこの仕打ちは? 叛意ありとみて間違いなかろうが!」
「何が重臣だ! お前を縛ったのはこの外交交渉を成功するためだ」
「ばかか! 私抜きでどうやって成功するのだ! 貴様では無理だ。解け、解け」
「誰が解くか! いいか。お前は会談が終わるまでずっとここにいろ。動くな。しゃべるな。本当は死んでくれたほうがいいが、ゴブリン並にしぶといからな」
「こ、この半魔族が! いいか、エディム貴様のような半魔族如きがこのような大任をこなせるはずがない。このような大任は純然たる魔族な私の役目だ」
「はん。確かに魔族はカミーラ様のようにすばらしい存在もいらっしゃる。だが、お前はだめだ。あまりにバカだからな」
「なっ、バカだと!」
「あれ? 気づいてなかったんですか? そこまでバカでしたか。バカでお荷物で邪神軍の寄生虫であるあなたには理解できませんでしたか?」
「○□☆○□☆~」
バカティッシオは罵詈雑言をわめき散らしている。よほど腹を立てているのだろう。縄を引きちぎらんばかりに身を乗り出して、鼻息も荒くギリギリと歯ぎしりをしている。だが、縄でかなりきつめに縛ってあるのだ。身動きが取れるはずもない。いい気味だ。
あぁ、すっきりした。日頃、言いたくても言えないバカへの不満をぶちまけてやった。
「エディム様、ここまでのことをしたのです。捕縛では生ぬるいかと。後顧の憂いをたつためにもここで殺しておくべきでは?」
キャスの言うことにも一理ある。作戦では捕縛までだが、よく考えればこんなバカは邪神軍において百害あって一利なし。さっさと殺すにかぎる。
「よし、殺――」
「エディム様、問題発生です」
私がバカティッシオを殺そうとした矢先にダルフが止めに入ってくる。
「どうした?」
「魔王軍の使者がこちらにやってきます」
確かにカツカツとこの部屋に向かってくる足音が聞こえてきた。
「ダルフ、どうする? とりあえずカーテンか何かでこのバカを覆――」
「エディム様、手遅れのようです」
ダルフの言葉どおり、魔王軍の使者らしき魔人がこの部屋に入ってきた。その魔人は縛られたバカティッシオをジロリと睨むと、そのままこちらに近寄ってきた。
「あ、あの何か?」
「只今、ヒドラー総督が到着された。至急、広間に来るように」
「あ、あの今すぐにですか?」
できればこの爆弾を処理してからにしたいが……
「……お前達を気遣い急いで来られたヒドラー総督を待たせる気ですか?」
「いえいえいえ、すぐに参りますよ」
くっ、どうやらバカティッシオを殺す時間はないようだ。すぐにでも会談に向かわないとヒドラーの心象が悪くなる。
「おぉ、お前、いいところにきた! この縄を解け! こいつらは逆賊だ。こともあろうに大使を襲ったのだ。こいつらはもう邪神軍ではない」
バカティッシオは使いの魔人を見るなり必死に叫ぶ。
「ええと……ですね、これは……」
「ふぅ~仲間割れをしているのですか? こちらが言うのは筋違いなので何も言いませんが、ヒドラー総督がお待ちです。会談はきちんとしてくださいよ」
「も、もちろんです。すぐに参ります」
「まったくこんなに部屋を散らかして……」
使いの魔人は呆れている。まぁ、当然だな。外交に来た相手国で内輪もめをしたあげく部屋をぶっちらかしているのだ。
「お、おい、待て。どこに行く!」
くっくっく、バカティッシオ、あてが外れたな。そうだよ。これはあくまで邪神軍のこと、内政干渉にあたるのだ。魔王軍が介入してくるはずもない。
使いの魔人はバカティッシオの言を無視し、そのまま部屋を退出していく。
「あ、待て! くそ、うぅ……そうだ! お前、そこの戸棚を開けてみろ!」
「なっ!? お前、バカか!」
と、とち狂いやがったか?
バカティッシオが言う戸棚には死体をしまってある。バカティッシオが踏み潰した魔王軍の兵士の死体だ。隠蔽工作の際に慌てて押し込んだのである。
しまった……
火炎魔法で焼きつくすべきだった。だが、焼きつくすにはそれなりに時間がかかるし、火を出したら魔王軍に察知される可能性があったからやめたのである。
やはり証拠を残しておくべきではなかった。多少、怪しまれても火炎魔法を使っておくべきだった。
悔やんでも仕方が無い。今はどうこの危機を乗り越えるかだ。
魔王軍の使いは足を止め、不審な目を向けてくる。
「戸棚がどうしたんですか?」
「いや、何でもないです。バカの言うことは気にしないでください。どうやら脳に異常をきたしているみたいで、時折、わけの分からないことをほざくんです。それで縄で縛っているんですよ」
私は必死に抗弁するが、魔王軍の使いは戸棚に向かっていく。
やばい、やばい。
うぉおお! よく見ると戸棚からつぅーと血が滴り落ちている。
「あ、あ、待って。それより会談なんですが……」
使いの魔人の腕を引っ張り、行く手を遮る。
「放しなさい!」
使いの魔人は私が掴んだ袖を振り切ると、そのまま戸棚を開けた。
「なっ!? これはどういうことです!」
驚愕に顔を染める使いの魔人。戸棚から顔が潰れた兵士の死体が露出したのである。それは驚くだろう。
「は、はい。実はやむにやむをえない事情があるんです」
「これは問題ですぞ。さっそく報告させ――ぐふっ」
「はぁ、はぁ……秘技、魔吸血」
咄嗟に必殺技を使ってそいつの頚動脈を切り飛ばした。使いの魔人は噴水の如く、血が噴き出し、そのままばたりと倒れたのである。
「エディム様、どうしますか?」
「……そうだな。まずはあのバカを――」
「お待ちください!」
ダルフが念話を使って話をしてくる。私も咄嗟に念話モードに切り替えた。
「ダルフ、いきなり念話を使ってどうしたというのだ?」
「エディム様、問題発生です。オルティッシオが縛られている柱を見てください」
ダルフに言われてバカティッシオが縛られている柱を見る。
なっ!? こ、壊れかけている!?
「エディム様、あの縄は絶対に切れることはないでしょう。だが、縄をくくりつけている柱は別です。オルティッシオの馬鹿力のせいで今にも折れそうです」
まずい、まずい! 今の状態でも厄介なバカティッシオだ。柱が崩れて縄が解けようものなら、なりふりかまわず私達を殺しにかかるだろう。
「ダルフ、どうしたらいい?」
「そうですね。幸い、オルティッシオは縛られている縄にばかり気をとられ柱が崩れかかっていることに気がついていません。このまま私が奴と会話をして柱から気をそらせておきましょう。せいぜい縄をちぎる方向に話を誘導させておきます」
おぉ、確かにダルフならあのバカを手玉にとった会話をしてくれる。
「ナイス、アイデアだ! よし、その間に私とキャスで会談に望む」
「承知しました」
「ジンはミリオの保護に加えてダルフのサポートを頼む」
「はっ」
「バカの始末は会談後だ。全員で一気に殺るぞ」
「「御意!」」
魔王軍二体目の兵士の殺害、そして爆弾の処理、頭を抱える案件がいくつもあるにも関わらず、総督ヒドラーとの会談にこれから臨まなければならない。
はぁ~私は邪神軍外交副使アルハス・エディム、今日は今までで一番長い日になりそうだ。
ピッ、ピッ、ピッ……23:59……24:00……ピッ
+注意+
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