第六十二話 「エディムと魔王軍との会談(中編)」
バカはうらやましい……
敵国に外交に来ておいて財宝の強奪、兵士の殺害……
あれだけの暴挙をやってよく高いびきをかいて眠れるものだ。バカティッシオはベッドに横になりぐーすか寝ている。
私は心配で心配で眠れないというのに。
そう……あの後、殺した兵士の後始末から強奪した調度品の輸送とタイトな攻防をやってのけたのだ。バカは血走った目で財宝を詰め込み、私が止めようとすると本気で魔弾を打ってくる。だから、もうバカを止めるのは不可能と判断してバカティッシオの手助けをしてやった。私達吸血部隊が必死で隠蔽工作をしてやったのである。
うまくいった、と信じたい。
うぅ、淡い期待だな。完全に向こうにバレているだろう。
実際、調度品を転移魔法陣に運んでいるところを何人かに目撃されている。止めようとしてきた兵士もバカティッシオがふっとばしてしまった。どう考えてもこれだけの暴挙、六魔将ポーどころか総督ヒドラーの耳にも入っているはずだ。いつ魔王軍の兵士がこの部屋に突入してきてもおかしくない。
だが、いまだ音沙汰がないのだ。
これって……ある種、黙認されているのか? それとも会談の場で責任を追求してくるのか?
不気味だ。文句を言ってこない分、恐ろしい。
さっきからこんな負の思考を延々と考えているのだ。眠れるはずがない。吸血鬼の頑健な体は五、六日ぐらい眠らなくても平気ではある。だが、会談という大事を前だ。精神を休める意味でも少し横になりたかった。
もうすぐ夜が明ける。
どうしよう?
このまま起きていようか。いや、明日にでも総督ヒドラーが現れるかも。そうなれば万全の体調で会談に臨みたい。
私は部屋に設置してあるベットに入る。眠れないが、目をつぶって横になるだけでも少しは精神的疲労が軽減するだろう。
目を瞑り、ひと呼吸する。
ふぅ~
魔王軍との外交交渉……いきなり処刑もありうる。串刺し、斬首、いや釜茹でにされるかもしれない。
ティレア様の思惑……分からない。分からない。一体ティレア様は何をお考えになられているのか? 私に人間の真似事をさせたり、クカノミを避けさせたり。
カミーラ様の寵愛……素敵、素敵。あの凛とした表情、私を蔑む目。あぁ、どうしたらカミーラ様のご寵愛もっともっと頂けるであろうか。
キッカの反逆……憎らしい。どうにかあの女狐に煮え湯を飲ませてやりたい。
無能な部下に無能な上司……ぶっ殺す! 一秒でも早く殺したい!
あらゆるキーワードが頭の中を駆け巡る。
うぅ、だめ、だめ。考え出したらキリがない。無心よ。無心になるの。思考を無理やり中断させ頭を休ませる。
すると、もともとかなり気疲れしていたのだ。疲れもあってか思考がだんだんと緩やかになっていく。そうやってしばし余計なことを考えずウトウトしていたら、
耳障りなバカティッシオの声が聞こえてきた。
うぅ、頭が痛くなってくる。
バカが起きているということはけっこう寝入っていたようだ。いつのまにか眠ってたようね。それにしても寝起きには最悪の声だ。
バカティッシオは得意げに語っている。ドヤ顔で大仰な態度で何かを自慢しているようだ。
嫌な予感がする。
あのトラブルメーカー、今度は何をやらかした?
真相を知るのは怖いが、放置するともっと恐ろしい目にあう。
私はベットから起きると、バカティッシオのもとへと向かった。バカティッシオは二人の魔人と話をしている。バカティッシオが先輩風を吹かしているところを見ると、奴らは新兵か?
あ、会話が終わったらしい。
バカティッシオはバシバシと新兵の肩を叩く。新兵達は苦笑いをして、その場を去っていった。その際、新兵達は叩かれた肩をしきりに気にしていた。よほど、あのバカに加減無しで叩かれたんだろう。骨にヒビが入ったのかもしれない。新兵達も厄介なバカにからまれたものだ。敵とはいえ同情を禁じえない。
ともかく、あのバカが何をやっていたか聞き出さないと。
「あ、あの何をされていたのですか?」
「やっと起きたか、たわけ! 常在戦場を知らんのか!」
「も、申し訳ございません」
くっ、誰のせいで寝入ったと思う!
普通、吸血鬼が寝入ることはない。よほどのストレスを溜め込まない限りありえないのだ。それが現実に起こってしまった。気苦労が半端ないのである。そして、そのストレスの大半がバカのせいだ。
「本当は叩き起こしても良かったのだぞ」
「あ、あのなぜ起こさなかったのですか?」
部下を思いやるなんて殊勝な奴じゃない。バカティッシオならベッドで横になる私を蹴り殺すかの如く蹴りを入れて起こしてきそうだ。
「ふん。お前の部下共が必死に止めてきてな。『私達が十二分に働きますのでどうかエディム様はお許しを』と懇願してきたのだ」
「それでですか」
「いや。それだけなら甘えるなとお前の部下共々折檻してやった。だが、ダルフとか言ったか、そいつが疲労困憊ではエディムが大事なところでミスをするかもしれないと忠告してきてな。その通りだと思ったから寝かせてやったのだ。感謝しろ、軟弱者が!」
そうか。さすがはダルフ。このバカの気性を良く分かっている。ダルフの機転に感謝しよう。少しだが眠れて精神的ストレスは幾分緩和した。
「寝入ったことはお詫び申し上げます。それで、何を話されていたのですか?」
「邪神軍への勧誘だ。わが第二師団の強化をな。さすがは古巣だ。なかなかの戦力が揃っておる」
敵側を調略!?
これだよ。本当にこいつから目を離せない。先が思いやられる。
「オルティッシオ様、外交先での引き抜きはいかがなものかと思いますよ」
「黙れ! お前に何が分かるのだ! あのクソ参謀のせいで有望な捕虜は悉く他師団にもってかれているんだぞ。このままでは我が師団はますます孤立するばかり。絶対に引き抜くからな、異論は許さん!」
バカティッシオの目に狂気が宿っている。下手に止めたら……もういいや。
昨日の行為に比べれば引き抜きなどかわいいものだ。どうせこいつの下手な交渉術なら失敗するに決まっている。
それなら相手側に実害はないから大丈夫……
大丈夫だよね?
……何か感覚が麻痺しているのかな。かなりアウトな行為なのに大したことじゃないように感じてきた。これもバカの行為があまりに常軌を逸しているからだ。
うぅ、早く外交交渉を始めたい。時がたてばたつほどバカティッシオが暴走していくのは手に取るように分かる。
「オルティッシオ様、今日はヒドラー総督と会談できるでしょうか?」
「知るか! お前も聞くばかりでなく自分で何とかしろ」
お前が大使だろうが! 副使の私があれこれ動き回ってもいいのか? 一応、お前を立ててやっているんだぞ。
「……それでは、六魔将ポーにスケジュールがどうなったか聞いてきます」
「エディム、待て」
「何ですか?」
「ポーの居室に行くのなら、良い調度品があれば持って来い。よいな?」
「はぁ? そんなことできるわけないでしょ」
「なんだ。使えないやつだな」
「あ、あのですね。相手は六魔将なんですよ。カミーラ様と同等の存在を前に盗みなんてどう考えてもできるわけないです」
「ちっ。これだから半魔族は……仕方がない。私も行ってやるか」
そう言ってバカティッシオも重たい腰を上げる。
ふぅ、ふぅ、こいつもう本気で殺したい。
だが、抑えろ。腹が立つが、ここは我慢だ。バカティッシオが六魔将の前でバカな振る舞いをしないか監視しないと。
決意を新たに私は会談の情報を求め、バカティッシオは調度品の強奪を目的に六魔将ポーのもとを訪れる。
部屋に入ると、六魔将ポーは書類仕事をしていた。覇気といいい佇まいといい武闘派を意識していたが、こういう理知的なところもあるようだ。何もかもがバカティッシオと違う。
六魔将ポーは走らせていたペンを止め、こちらを見る。
「大使殿、どうかされたか?」
「いや、なに、あれだ。ほらエディム目的を言え!」
バカティッシオが私に会話を振る。ポーの気をそらせと言っているのだ。
まったくなんで私が盗みの片棒を担がなければならない。だが、ここで拒めばバカがさらに暴走するだろう。
「あ、あのちょっと質問がありまして……」
「何かな? 副使殿」
「ヒドラー総督との面会はいつに……?」
「しばし待たれ。ヒドラー総督は一両日中には到着する」
「分かりました」
「到着した際にはちゃんと連絡する。安心しなさい。それと……大使殿、そこにあった宝石を元に戻しておけ!」
「な、何のことかな……」
「お主のポケットに入っているものだ」
「なんだ? 言いがかりをつけるのか! お前は私をだれだと――ぐっ!」
六魔将ポーはバカティッシオの腕を捻り上げると、そのままポケットにあった宝石を取り出す。
間抜け。バレているじゃないか! もう、そのまま腕を、いや、首ごと捻りきられとけ!
だが、ポーは宝石を元に戻すとそのまま部屋を退出するように言っただけである。バカティッシオの片腕をもぎ取らなかった。
この魔竜人、甘すぎだろ? 盗人だぞ。人間でもここまでしたら斬首、少なくとも手癖の悪い手首ごと切り落とすぐらいするのに。
バカティッシオは謝罪を求めてなおも食い下がるが、何とか止めて部屋を出る。
「あぁ、痛てぇ。あの野郎、思い切り腕を捻りやがって!」
「自業自得だと思いますが……」
「あいつは邪神軍の大幹部である私に暴力を振るったのだぞ! 許せるものか!」
「オルティッシオ様、処刑されなかっただけでも御の字です。もうやめましょう。ここは敵地なんですよ」
「ちっ。せっかくポーの居室まで来て成果ゼロか」
「とりあえず会談の日程が分かっただけでも良しとしませんか?」
「会談か、だいたいヒドラーも許せん。遅れてくるとは無礼にもほどがある。客人として遇すると言っておきながらこの扱いだぞ。それなら客より先に入って待っているのが礼儀だろうが!」
「いや、総督ともなれば忙しいんでしょ」
「何が忙しいだ! 奴は邪神軍を舐めておるのか!」
頭が痛くなってくる。
このバカとヒドラーを会談させて本当に大丈夫だろうか?
この調子だと絶対にヒドラーともトラブルを起こす。
「オルティッシオ様、どうか冷静に。お願いですから外交交渉に集中しましょう。幸い会談まで時間があります。じっくり作戦を練るチャンスですよ」
「そうだな。文句を言っても始まらん。時間があるなら有効活用させてもらう」
「そうですよ。それじゃあ――」
「私はポーの部隊を引き抜きにかかる」
「えっ!? や、やめましょうよ。これ以上、相手側を刺激するのはまずいです!」
「また貴様の心配性が始まったな。相手側は何も文句を言ってこんではないか! おそらくティレア様のご威光に恐れをなしているのだろう。くっく、やりたい放題できるぞ」
「オ、オルティッシオ様、それはあまりに楽観がすぎるかと」
「そんなことはない。私は今から調略に入る。お前は調度品を集めておけ」
「はぁ? またあんた泥棒する気ですか!」
「泥棒ではないと言っておるだろうが! 引越しだ。ティレア様のお住まいへ家具を移動しているに過ぎん」
そう言ってバカは立ち去っていた。
だ、だめだ、こいつ……
今回の外交交渉、会談に至るまで準備不足を補おうとできる限りのことはやった。ほとんどはバカの尻拭いだが……
もう……
げ・ん・か・い・だ!
私はひそかにダルフ達四天王を呼び寄せる。
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