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ティレアの悩み事 作者:里奈使徒

3章 群雄割拠編

第五十六話 「先生怒らないから正直に手を挙げなさい」

 戸棚の扉を開けたら、さぁびっくりオルがレイプ目になってブルっていた。

 そりゃそうだろうな、皆から糾弾されてリンチされかかったのだ。ショックにちがいない。

「オル……」
「うぅ、どうして……なぜだ……」

 だめだ、オルの奴、テンパリ過ぎて俺の声が聞こえていない。

「ギル君、オルの奴は、ずっとこんな調子なの?」
「はっ、先の吸血王騒動はティレア様のおかげで事なきを得たのですが、にわかにオルティッシオ師団長が魔王軍に寝返るとの噂が浮上しました。それからはもう怒涛の嵐で皆から糾弾されまして……まるで大逆事件を起こしたかの如く……勇猛果敢だった師団長が見る影も無く憔悴されていったのです……うぅ、お労しや」

 おぉ、ギル君が男泣きしている。ギル君は必死にオルは邪神軍を辞めたりしないと言い張っているし、オルが辞めるというのは本当にデマみたいだ。

 憔悴しきっているオル……

 ここは、名目だけのトップとはいえ、私がしっかり慰めてあげる必要があるね。

「ギル君、私も分かっている。オルは邪神軍大好きだもんね。途中で辞めたりはしない。私はオルを信じているよ」
「も、勿体無きお言葉……ぐすっ、オ、オルティッシオ師団長も草場の陰で喜んでいる事と思います」

 いや、草場の陰って……まだ死んでいないぞ。

 まぁ、ギル君がそう例えるだけあってオルの奴は今にも死にそうな顔をしているけどね。

 さてどうするか?

 このままでは埒があかない。

 まずは、オルの意識を覚醒させないと始まらないか……

 戸棚からオルを引っ張り出すと、そのままオルの胸ぐらを掴む。

 よし、ショック療法だ、俺は平手でオルの頬を往復ビンタする事にした。

「オル、しっかりしなさい! オル、オル、オル!」
「ぐばばぁばばばばば!」

 だ、だめだ、パンパンと激しい音は鳴ったが、オルは目覚めない。

 オルは死んだ魚の目をして虚ろな状態のままだ。

 こうなれば、もっと刺激を与えてやる!

「オル、起きなさい! オルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオルオル、オルヴェ―デルチ!(さよならよ!)」
「ぐばばばばばばっばばばっばばあばばばば、ぼげぇえええ!」

 さぁ、これでどうだ?

 オルヴェーデルチ……

 オルの弱気がさよなら出来るように連続で平手打ちしてみたが……

 オルは舌を出して泡を吹いている。

 くっ、まだ目が覚めないか……

 それなら、さらに刺激を!

 俺はオルの首根っこを掴み、腕を振り上げさらに殴ろうとする。

「テ、ティレア様、お待ちを! それ以上は、オルティッシオ師団長の命が……」

 ギル君が血相を変えて止めてきた。

 いや命って、そんな大げさな、ちょっとはたいただけだよ。

 オルを覚醒する為には多少のショックが必要――あれ?

 オルの顔は真っ赤に腫れ上がっていた。

 お、お岩さん……?

 うん、やりすぎたようだ、

 赤ちゃん肌のオルに少々力を入れすぎたようである。

「ギル君、どうしよう? ちょっと力を入れすぎたみたい」
「お任せください」

 そう言うやギル君はどこに隠し持っていたのか、大量のハイポーションをオルに飲ませていった。

 おいおいおい、そ、そんなに飲ませて大丈夫か? 副作用とかないのだろうか?

 ギル君は一・五リットルのペットボトル五本分くらいの量のハイポーションをオルに飲ませている。

 こくこくと飲み干していくオル、そして……

「ごはっ! はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 おぉ、復活した!

 オルは咳き込みながらも、がばっと起き上がったのである。

「オル、良かった」
「こ、これはティレア様、お見苦しいところをお見せしまして……」
「ううん、オルの今の状況じゃ、仕方が無いよ」
「ティレア様」
「なぁに?」

 オルはまじめな顔つきになると、地べたに土下座をしてきた。

「不肖オルティッシオ、決して邪神軍を……ティレア様を裏切るような真似はいたしません。こたびの風評もあらぬでっちあげ、私を恨む輩の讒言と思われます」
「うん、わかった」
「ははっ、ご理解いただき嬉しく思います!」
「うんうん、それじゃあオルの元気が出たところで皆の誤解を解いてこう」
「は、はっ」

 ん!? なんか歯切れが悪いぞ。オルの奴、まだビビっているのか?

「オル、怖いのは分かるけど、あなたが隠れていたら騒ぎが治まらないでしょ」

 こんな下らない事で暴動が起きそうだったんだよ。俺が止めなかったら確実に怪我人が出てたね。

「オルティッシオ師団長、ティレア様がついておられるのです。何を恐れる事がありましょう!」

 ギル君もオルにハッパをかける。

 そうそう俺がいるんだからしっかりしなさい。

 だが、オルはプルプル震えている、少しトラウマになりかけているか?

 ふぅ、しょうがない……

「オル、ほら手をつないであげるから」

 俺はオルの手を繋ぎ、皆のもとへ向かった。

「いたぞ! オルティッシオ覚悟――」
「やめなさい!」
「は、はっ」

 オルを見て襲い掛かろうとする面々を一喝する。

「君達、騒ぐのをやめて大広間に来なさい!」

 オル釈明の場は邪神軍が全員集まれる場所が良い。だから、大広間に皆を集めるように伝えた。

 真実を話してこの騒動を終わらせないとね。

 大広間に着くと、ティム以下、邪神軍の幹部達が集まっていた。

 ただ、ドリュアス君達、情報部がいないみたいだ。

 外出中? それともトイレかな?

 まぁ、いいや、ドリュアス君達には後で個別に話をしよう。

 俺は邪神軍の皆に席に着くように言った。

 俺の言葉に一糸乱れずに着席する軍団員達、

 こういうところは変に軍人っぽい奴らだ。

 そして、オルを自分の隣に座らせると、邪神軍の皆が次々と口火を開く。

「さすがはお姉様、隠れ潜むドブネズミ、オルティッシオを捕獲されましたか!」
「ティレア様、早速処刑しましょう!」

 ティムの言葉にエディムも歓喜しながら追従する。

 他の軍団員も似たような感じでオルを激しく非難した。もう皆、ヤンヤヤンヤと騒ぎ出し、オルに集中砲火を浴びせたのである。

 そんな皆の剣幕にまたオルがびくつきそうになっていた。

 いけない、このままではまたオルが自分の殻に閉じこもってしまう。

「あなた達、いい加減にしないとまじで怒るよ!」

 思わず大声を出して、皆を黙らせた。

「あ、あのティレア様……?」
「まず初めに言わせて。あなた達、オルが邪神軍を辞めるって聞いてすごい勢いで責めているけどさ、別に邪神軍辞めてもいいんじゃない? それは個人の自由よ」
「しかし、それは総帥であられるお姉様を見限る行為です。我はお姉様にそんな無礼を働いた者を許せません!」
「私も同感でございます。邪神軍を抜けてそやつはどこに行くのか! ティレア様以上の君主など存在しない」
「いやいや、そんな事ないでしょ。仮に私がトップなのが不満で抜けていく人がいてもしょうがない。それはそれで魅力がない私が悪いのよ」
「ぐぬぬ! お姉様にそのような事をほざく輩は八つ裂きにしてやります!」

 ティムが憤怒の表情を出す。姉思いのティムらしい。正直、そこまで思ってくれるのは嬉しいんだけどね。ただ、人の気持ちは強制では縛れないんだよ。ティムにはそういう現実も教えてあげないといけないね。

「いい、私の信条は『来るもの拒ます、去る者追わず』だから。あなた達も遠慮せずに辞めたくなったらいつでも言いなさい」
「「ティレア様、そんな不忠者はいません!」」
「そ、そう、了解、まぁ、それはいいとして……今回の騒動なんだけど、オルに真相を聞いたら別に邪神軍をやめたいとは思っていないんだって。根本的にあなた達、デマに踊らされていたのよ」
「ティレア様、オルティッシオが二枚舌を使っている事も考えられます」
「嘘ではありません。私は誠心誠意ティレア様にお仕えする所存であります!」
「ほら、聞いた? オルの気持ちはこれ、噂だけで判断して行動するなんで、あなた達、だめだめよ」

 俺の叱責に皆がシュンとする。

 そうそう反省しなさい、噂だけで人の事を責めたり、まして暴動騒ぎを起こすなんてもっての外だ。

 うなだれる邪神軍の軍団員達、どうやら俺の言葉を真摯に受け止めたようだ。後は、誰がそんな噂を流したか、犯人を突き止めないとね。

 たぶん、オルがやめると噂を流した奴は、ちょっとしたイタズラをしたつもりなんだろう。オルが困るのを見て陰で笑おうと思っていたにちがいない。少しぐらいの陰口ぐらいいいだろうと思っているのかもしれん。

 だけど、俺に言わせれば非常にタチが悪い!

 オルは今にも死にそうだったんだよ。

 虐めている奴らにとっては遊びかもしれないが、それで虐められる側はたまったもんじゃない。普通ならなぁなぁで終わらせるのが賢いやり方なのかもしれないが、俺は今、非常に怒っている。

 犯人を探してお灸を据えてやろう。

 犯人探しのやり方は、オーソドックスにやるか。

「それじゃあ、全員、目をつぶって」
「目をつぶるのですか?」
「そうよ、私がいいというまでつぶっているのよ」
「ティレア様、今から何をされるのですか?」
「今に分かるわ。とにかく私語禁止で机に顔を伏せなさい」
「「はっ!」」

 うん、皆、目をつぶっているな。

 これから俺がやろうとしている事……

 クラスで給食費などが盗まれたときによく先生達がやる手だ。

「それじゃあ、皆に聞くわ。オルが辞めるとデマを流していたずらした人、正直に手を挙げなさい!」

 さぁ、どうなの?

 先生怒らないから正直に手を挙げなさい!

 さぁ、どうだ?

 こんな奴らだが、根は素直なんだ。俺が本気を示せば正直に話してくれるはずである。

 周囲を見渡すが手を挙げている者はいなかった。

「ねぇ、今なら怒らないから」

 周囲の状況は変わらない。

 もしや、イタズラした奴も出るに出れなくなったとか?

 よし、それならあの有名な話で……

「昔ね、ワシントンって偉人がいたんだけど、その人はね、桜の木を折った事を正直に話して大統領、つまり王様になったの。そう、正直に罪を告白するのは勇気がいることよ。でも、私はね、あなた達がワシントンって信じているよ」

 情感たっぷりに話してみたが、感動して手を挙げる者はいなかった。

 君達、ワシントンが泣いているぞ。

「誰も手をあげないなら、いつまででもずっと続けるよ」

 少し脅し気味にも言ってみたが、それでも挙げない。

 うーん、この中に犯人はいないのか?

 オルを恨んでいてこんなイタズラをしかけそうな人……

 ティムは、オルを嫌っているかもしれないが、こんな陰でこそこそとした事はしないだろう。

 変態(ニールゼン)や元親衛隊も陰口叩く暇があれば先に手を出しそうだし、犯人じゃない感じがする。

 他に考えられそうな奴は……

 ……エディムと、か?

 オルとエディムは非常に仲が悪い。エディムは先の吸血鬼王騒動でオルを陥れようとした事もある。

 エディムは、吸血鬼になってちょっと負の面が強くなっているのかもしれない。

「ねぇ、こうやって顔を伏せながら、この中でやった人は今、すごく後悔していると思うよ。胸が張り裂けそうとか、きっと、良心の呵責にさいなまれているんじゃないかな? ほら勇気を出してみて」

 第一容疑者エディムは、口を割らない。

「私はね、罪を憎んで人を憎まずを信条としているの、分かる? もちろん、この場合の人は吸血鬼も入るからね」

 そう言って顔を机につっぷしているエディムの肩をポンポンと二、三回叩く。

 俺はエディムの傍らで語りかけるように話すがエディムはもちろん、他の皆も手を挙げようとしなかった。

 エディムについては、俺が話すたびにピクピクしていたのが気になるちゃ、気になるが……

 まぁ、手を上げなかったんだ、信じてあげよう。

「皆、目を開けていいわ」

 机から顔をあげ、顔を見合わせる軍団員達。彼らもイタズラした犯人が誰か気になるみたいだ。

「結果だけ伝えるね。この中にはオルを貶めようとした人はいなかった」

 うーん、この中にはいない。では、この場にいない誰か?

 他の邪神軍のメンバーなのか?

 遠征中の部隊? それともドリュアス君達情報部?

 でもな~何かもう犯人は身近にいないような気がしてきた。中二病で短気な奴らだが、こんな陰で悪口を流すような陰険な奴らじゃない。

 そうなると、この騒ぎを起こした犯人の正体が謎に包まれてしまう。

「ねぇ、あなた達、オルの話って誰から聞いたの?」
「そ、それは……」

 動揺する面々、やっと噂に踊らされていた事を自覚したのだろう。

「ティム?」
「我はニールゼンから」
「ニール?」
「はっ、私は第一師団のオウホンから」
「そう、それじゃあオウホンは?」
「はっ、私は……」

 そうやって伝言ゲームの如く、幾人かに聞いて回っていると、

「コウアン?」

 元をたどっていくと、一人の人物の名前が浮上した。

 コウアン、コウアン……誰?

「ねぇ、コウアンって誰よ? そんな奴、私知らないんだけど……」

 一応、邪神軍の幹部達、元親衛隊のメンバーは全員顔と名前は覚えている。たまに名前を間違うこともあるけど、コウアンって名前の奴はいなかったはずだ。

「恐れながら、コウアンは六魔将ガルムの部下で元捕虜でございます。先月、魔王軍から寝返らせて第二師団でザルギー方面の食料部隊を任せていました」

 オルが申し訳なさそうにそう説明する。

 六魔将ガルム?

 元捕虜?

「オル、それって……」
「そこからは私が説明します」

 ここでドリュアス君のご登場だ。颯爽と現れたドリュアス君は私の前までくると肩膝をついて敬礼したのだ。
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