ジェシカはスタスタと中通りを歩く。
今日はエディムとリンドのモールでお茶をする。以前、悪鬼討伐の際、エディムと約束した事だ。ただ、その足取りは少し重い。最近、吸血鬼がらみの事件が起きたからである。もしかしてエディムが……
ううん、そんな事はない!
今までエディムに対して不安な思いがあったけど、大丈夫、エディムは変わらない、私の親友だ。今日だってお茶をするって約束を守ってくれたんだもの。私は胸にくすぶる疑いを無理やり飲み込む。
喫茶店に入り、待ち合わせの席に向かうと、
「エディム!?」
エディムはテーブルに顔を突っ伏し、何やら落ち込んでいるみたいなのだ。それも並みの落ち込み方じゃない、まるで地獄に叩き落とされたような、絶望に打ちひしがれているみたいなのである。
「エ、エディム、し、死んでいるね……」
た、魂が抜けちゃっているよ、今にも昇天しそうな勢いである。
「ね、ねぇ、エディム?」
「失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したあたしは失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗、今や、私は第二師団の使いっぱしりだ。バカだ、バカだ、何が闇の帝王だ、バカな闇の帝王が処刑されると思っていたあの日、バカは処刑されなかった、失敗した失敗した失敗したあたしは失敗した失敗、何が原因なの? 悪鬼討伐の不手際、バカティッシオのとばっちり、それともティレア様の言動を理解出来なかったから、でもティレア様は悪くないあたしが悪いんだ」
エディムは顔面をテーブルに突っ伏して、ぶつぶつと何やら呪詛を述べている。
ち、ちょっと、エディム、尋常じゃないほど病んでいるよ。
「エ、エディム、し、しっかりして!」
私は思わずエディムの肩をゆさぶる。肩をがくがくさせられたことでエディムの虚ろな目がやっと私を認識する。
「ふぅああ、ジ、ジェシカ?」
「そうよ、まったくエディムどうしちゃったの? 私が声をかけても上の空だし、今にも死にそうな顔をしているよ」
「はは、ジェシカ、ちょっと人生の無常さを味わっていたところ」
な、何? 何? 人生の無常さって……
悪鬼討伐で一緒に戦ったときは疲弊はしていたけど、精神は普通だったと思う。
あれからエディムの身に何があったんだろう?
「エディム、何か悩みがあるんなら教えて? 力になるからさ」
「……」
エディムはため息をつきながら何も話さない。まるで私に話しても無駄とばかりな表情である。確かにエディムは吸血鬼になって私が想像しがたい何かに直面しているのかもしれない。私如きが口をはさんで解決出来るレベルじゃないのだろう。だけど、だからといって親友であるエディムの危機に何もしないなんてことが出来るはずがない。
「エディム、私じゃ頼りにならないけどさ、悩みを話すだけでも心が楽になったりするよ、だから――」
「ジェシカ、相変わらずの良い子ちゃんね」
「そんな皮肉はやめて! 私は本気で心配しているんだから」
「ふぅ~あんたは悩みが無くてうらやましいわ」
「なっ!? 私だって悩みの一つや二つあるよ!」
思わず身を乗り出して主張する。
今日だって、このお店にくるまでずっとエディム、あなたの事で悩んでいたというのに……
エディム、なんか吸血鬼になってから言う事がきつくなった気がする。
「まぁ、悩みはあったとしても、あんたの悩みなんて軽い、軽い。その身につけている胸の大きさぐらい小さいものよ。私の悩み、いや悩みなんて軽い言葉では表せないわ、この暗黒に満ちた心を表現する言葉はあるのかしら」
うーん、言い方にすごくとげがあるというか、イラっときたけど、親友が悩んでいるのなら助けてあげたい。
「エディム、悩んでいる原因って何? やっぱり吸血鬼になったこと?」
「ジェシカ、その事はもういい、私の悩みはそんな些細な次元じゃないの」
吸血鬼になったのが些細って……
いったい、エディムに何があったんだろう?
「じゃあ、王家に正体がバレちゃったとか? 命を狙われているの?」
「ないない、その辺は心配しなくていいから」
エディムは手を振って真っ向否定する。
身の上の心配ではない、それじゃあ、エディムが慕っていた魔族の事とか……
「も、もしかして、ア、アルキューネ、を、こ、殺しちゃったことが原因とか?」
エディムが先年、私に襲いかかってきた原因の一つである。エディムの主って言ってたし、わだかまりがまだ残っていたとしたら悲しい。
「アルキューネ? はぁ、ジェシカあんたに言われるまでそんな奴忘れていたわ。私はそんなチンケな野郎に構っている場合じゃないの、今、非常事態なのよ」
かつての
主をチンケって……
あれだけ「アルキューネ様の
敵!」って付け狙ってきたのはエディムなのに……
だが、ティレアさんの言うとおり、エディムが魔族の呪縛から完全に解けた事は事実みたいだ。
「じゃあ、何を悩んでいるの? あと考えられるとしたら今の生活の不満とか?」
「うぐっ……」
「そう、不満なのね、生活という事は衣食住の問題――じゃなさそうね、エディムは吸血鬼だし学園の寮もあるから衣食住は足りている、うーん、人間関係とか?」
「うがっ……」
人間関係なのか……
誰の事だろう?
さきほどの話でエディムは自分の命の心配は微塵もしていなかった。普通、吸血鬼だったら政府から四六時中狙われれていてもおかしくない。だが、エディムは王家から命を狙われる事などありえないとばかりな態度をとったのである。
これって王家側の裏機関に取り込まれたからではないのか? エディムの力は巨大だし、そういう組織に目をつけられたとしても不思議ではない。
かつてリリスちゃんがやっていたように、エディムは人知れず魔族を倒す仕事を担っているのかもしれない。
「エディム、もしかして
魔滅五芒星みたいな組織に所属しているんでしょ」
「えっ?」
「エディム、あなたが入っている組織がどんなところで何をしているかは聞かない。きっと組織の掟で秘密なんだろうから」
「ま、まぁね」
「でも、一つだけ聞かせて。あなたがそんなに悩むなんて、その組織でなにか酷い事をされているんじゃないの? そうだったら私、許せない! レミリア様か何だったらティレアさんに頼んで――」
「ジェシカ! 前にも言ったでしょ。ティレアさ……んを巻き込めない。ティレアさ……んは私の大恩人なんだから」
エディムがすごい剣幕で止めてくる。ティレアさんを巻き込みたくはない。それは私もそう思うが、エディムの言い方はなんか言い過ぎな気がする。あれだけの強さを持った人だもの、普段のエディムなら一も二もなく、頼っているはずだよ。なんかエディム、ティレアさんにすごく遠慮しているような気がする。
まるでティレアさんがエディムの主のような……
そ、そうか!
「エディム、答えられる事だけでいいから教えて」
「なによ」
「ティレアさんってエディムがいる組織の人なんじゃない?」
「そ、それは……ち、違う……」
「エディム、即答しないって事はそうなんだね」
やはり……
ティレアさんの強さは尋常じゃない。ティレアさん自身一般人みたいな事を言っていたけど、リリスちゃんが所属していた
魔滅五芒星みたいな特別な機関の人じゃないと説明がつかないよ。あの魔を狩る力は伊達や酔狂ではない。
でも、そうなるとティレアさんは嘘をついていたの? 自分はただの料理人とか言ってたけど、組織の秘密を守るために一般人のふりをしていた?
いや、ティレアさんはそんな腹芸ができるような人じゃない。強さに比例して頭の方は宜しくない。
これってどういう事なのかなぁ、私は頭をひねる。
……そうか、ティレアさん、普段は組織の長から洗脳魔法をかけられているんですね。巨大な力を持つティレアさん、でも頭のほうはちょっと……
ティレアさんが情報を秘匿しようとしても絶対にどこかでボロが出るに決まっている。そう、ティレアさんにそういう腹芸を覚えさせるよりは洗脳魔法で自分自身を一般人と思わせておいたほうがずっと楽だと思う。だから、普段、ティレアさんはその組織に所属する只の料理人と思っているんだ。
そして、有事の際は洗脳魔法を解くか、私がやったようにティレアさんを誘導させて敵を倒せばいいことだ。
「ジェシカ、あなたが何を思っているかしらないけど、ティレアさ……んは関係ないから」
「エディム、無理しないでいいよ。ティレアさんは組織の上の人なんだよね?」
「そ、それは……」
「エディムが言い淀むのは分かる。組織の中でティレアさんの扱いはトップシークレットなんでしょ」
組織の中ではトップクラスの戦闘力を持つティレアさん、でも悲しいことに組織の長から洗脳魔法で只の料理人だと思わせられている。力も普段は制限をかけられているのかな?
「ジェシカ、あなたはどこまで知っているの? まさかティレアさ……んから何か聞いたの?」
「ううん、ただの推測」
「す、推測か~知りすぎ、いや、ジェシカは……様のものだし、いいのかな」
「ん!? エディム、何か言った?」
「いや、何でもない」
「でもね、エディム、私はこの事は誰にも言うつもりはないから。だから無理な口調をしないでいいよ」
「そ、そう、それは助かる。ティレア様をさんづけするのは抵抗があったから。でも、これ以上の事は言えない」
「うん、聞かないよ。リリスちゃんが所属していた魔族撲滅機関のようなものなんでしょ? 国の秘匿機関を軽々しく聞いたりできない事は分かっている」
「……お願い」
「うん、それでね、エディムの話から思うに、その組織にあなたに嫌がらせをする人がいるのね? 多分、あなたが吸血鬼だから差別して……」
「ふぅ、ジェシカには敵わないわね、正解よ。すごく嫌な上司がいるの。バカなくせに! すごくバカなくせに! 私を半魔族と言っていびるのよ」
半魔族ってひどい! 魔族呼ばわりされるなんて!
エディムは人間の心を取り戻したとはいえ、体は吸血鬼だ。だから半魔族と言われているのだろう。魔族撲滅機関でそういう不当な差別を受けるのは辛いに決まっている。
「エディム、その組織を抜ける事は出来ないの? すごく辛そうだよ」
「ジェシカ、詳しい事は言えないけどあそこは私の唯一の居場所、あそこ以外で生きるなんてない! だからバカのせいで追い出されるなんて冗談じゃないわ!」
そうか、そうだよね、吸血鬼であるエディムは国から管理されているからこそ、生きていける。世に放てば正義の名のもとに断罪されるのだろう。
「ごめん、私が浅はかだった。う~ん、じゃあティレアさんに相談したら? その嫌味な上司より上の人なんでしょ」
洗脳魔法をかけられ、ただの料理人と思っているティレアさんだが、あの戦闘力だ、きっと、それなりに上の地位にいる人だと思う。
「確かにそうだけど、ティレア様はあのとおり突き抜けたお方だから、相談には乗って頂けるとは思うけど、それがどう返ってくるか、私は不安なのよ」
「わ、わかる気がする」
ティレアさんに相談事をしたら、ズレた回答ぐらいならいいけど、かえって事態が複雑怪奇になる恐れがある。
「じゃあ、ティレアさんよりも上の人に相談したら? きっとエディムの現状に理解をしてくれる人がいるはずだよ」
「……ふぅ、そうね~そういう人がいるのかな~あははは」
エディムの乾いた声が部屋に響く……
あぁ、この反応、
ティレアさんとはタイプが違うけど、クセのある上司しかいないんだな。魔族撲滅機関のような裏組織に常識人は少ないのかもしれない。
「治安部隊のレミリア様に相談しちゃだめなんだよね?」
「もちろんよ。ジェシカ、そんな事をしたら許さないから」
魔滅五芒星のアレクとレミリア様も仲が悪かった。きっと、組織間での縄張り争いでもあるのだろう。うかつに相談事なんて出来ないんだね。
「う、うん、分かったよ。組織の事なら私が口をだす事じゃないし、でも、本当に無理しないでね。愚痴なら私がいつでも聞いてあげるから」
「ありがと、ジェシカ、あはは、久しぶりに常識人に会えた気がするよ」
乾いた笑顔、病んでいる、病んでいるよ、エディム、
私にできる事はこうしてお茶に誘って少しでもガス抜きをしてあげることかな。
それから、私は少しでもエディムのストレスを軽減するように愚痴を聞いた。話の九割がそのどうしようもないバカ上司の事である。一方の話だからなんとも言えないけど、話半分で聞いてもすごい上司のようだ。
三十分後……
「ふぅ、バカの話をしたら少しは落ち着いたわ。ジェシカ、またお茶に誘ってもいいかな?」
「うんうん、喜んで! 良かった、エディムが少しは元気になってくれて」
「気分転換というか
第二師団からの逃走はこれからも多々あると思うから」
エディムは幾分、リラックスしてくれたみたいである。
どうしよう?
あの事を聞いてみようかな?
今のエディムを見ているとあの事件とは関係ないように見えるし……
ただ、せっかくストレスを解消したエディムにさらなるストレスを与えるのは嫌だなぁ。また、魂が抜けちゃう事になったら私も辛い。
うーん、だけど町の平和も関わっているし、何より放置していたら組織からエディム自身に疑惑をもたれるかもしれない。そうなったほうがエディムにとって不幸な出来事になるかも。
うん、やっぱり聞こう!
「エディム、話は変わるけど、今、町で吸血鬼がらみの事件が起きているのを知っている?」
「は、はぁ? ジェシカどういう事よ!」
エディムのこの驚きよう、やっぱり知らないみたいだ。
「あのね、最近、町で暴れる吸血鬼がいるんだよ。もちろん、エディムのせいじゃない事は分かっているけど」
「あ、当たり前でしょうが! い、いったいどこのバカがそんなことを」
それから、私はエディムに町で暴れている吸血鬼について教えた。
そいつが、まるで王のように振舞っている事、いずれこの国を支配してやると騒いでいる事を説明した。
エディムは私の話を聞くと、顔を青ざめ、口を震わせている。
「エ、エディム、大丈夫?」
「こ、殺す、殺す、絶対に殺す! いったいどこのバカが暴走しやがったんだ!」
「エディム落ち着い――」
「ジェシカ! そいつがいたというところに案内して!」
そう言ってエディムは私を引っ張ってお店を後にしたのだ。