第四十三話 「奴隷市場での戦いの幕開けだよ」
俺はヘタレの道案内のもと奴隷市へと到着した。そこは見るからに裕福な商人、羽振りの良さそうな冒険者達でごった返していた。娼館通りもすごかったけど、ここも熱気がすごい。
皆、奴隷を物色する為に来ているのだろう、目がギラギラと血走っている。
こ、これが噂に聞いていた奴隷市……
こんなところにティムがいるなんて思うと気が気ではない。
「それでビセフさん、どこに行けば?」
「ティレアちゃん、こっちだよ」
ヘタレが一つの建物を指さす。それは、ずらりと並んだお店の中でも一際豪奢な建物であった。
「ここにティムが……?」
「うん、ティムちゃんか分からないけど、噂の美少女はこの店にいるみたいだよ」
ゴクリと唾を飲む。漫画や小説でお馴染みの奴隷館が目の前にある。鎖に繋がれ、ぼろぼろにやつれた奴隷やムチをもった鬼のような大男が待ち構えているにちがいない。普段であれば中に入るのに二の足を踏むが、ティムがここにいるかもしれないのだ。俺は意を決して、その門扉をくぐる。
不安と緊張の中、周囲を見渡す。
だが、俺の想像と違い中は清潔で煌びやかな部屋が広がっていた。まるで高級ホテルのロビーみたいな感じである。
ここ奴隷館だよね? いったい奴隷はどこに?
俺が混乱していると豪奢な衣服をまとった小太りのおっさんが姿を現した。傍らには大剣で武装した屈強な青年奴隷を控えさせている。
「おぉ、お久しゅうござりまする。王都に戻っておられたのですな、ビセフ様」
「あぁ久しいな、スレグ。十年前に護衛をした時以来だったか?」
「はい、あの時は命を助けていただき、感謝にたえません」
「礼には及ばぬ。仕事だったからな」
「いえいえ、私が雇った腰抜け共は大狼を見て無様に逃げ去りましたが、ビセフ様はただ一人奮戦して私を助けて頂きました」
なんかヘタレとこの奴隷商は知り合いみたいだ。話も弾んでる。ヘタレよ、世間話している場合じゃない、ティムの安否がかかっているのだ。早く話を始めろ!
「あ、あのビセフさん、そろそろ話を――」
「おぉ、これはなんとも美しい!」
俺が二人の話しに割り込むと、スレグと呼ばれた奴隷商は俺の姿を頭の先から足の先まで舐めるように視線を這わせる。
くっ、不愉快極まりない。俺は見た目が超かわいくて、スタイルも良い、奴隷商の目に止まるのは分かるが、少しは自重しやがれ。
「あぁ、彼女は――」
「ビセフ様、もしやその娘をお売りしますか? ビセフ様なら多少割高で――」
「やめろ、ティレアちゃんはそんなんじゃない。俺の大事な人を侮辱するとただじゃおかないぞ!」
「こ、これは申し訳ございません、それでは奥様でいらっしゃるのですね?」
「ま、まぁ、そ、そんな感じかな」
そう言って、顔をニヤけるヘタレ。おい、今は緊急事態だから訂正するのもめんどくさいし、そのお芝居に付き合ってもいい。だが、あまり調子に乗っているとそのニヤケ顔に鉄拳を打ち込む事になるからな。
それからヘタレにスレグの事を聞いた。スレグは王都で奴隷取引を仕切っている男の一人だ。ヘタレが言うには王都の奴隷商の中では信頼できる奴らしい。多少値をはるが、高品質な商品を揃えるし、お客の信頼が高い。ここ以外にも幾つかの娼館をもっていて、スレグはエビル地区では名の知れた男だそうだ。
ふん、奴隷商している奴を信頼できると言われてもねぇ~。まぁ、ヘタレの言っている事はいわゆる大手の会社だから騙したり奪ったり、お客の信頼を損なう事をしないという意味で言っているのだろう。
「それでスレグさん、私達、奴隷を見に来たんですが……」
「おぉ、そうでしたか、奴隷を買いにくる夫婦も珍しくありません。こちらへ」
そう言ってスレグは奥の部屋に案内する。そこにいたのは鎖に繋がれ、怯えてお互いに身を寄せている少女達であった。
くっ、なんて事……
娼館通りで手招きしてくるお姉さん達とは違う。彼女達はまだ子供だ。しかも、この状況に怯えている。ティムとそう変わらない子供を性の対象に……?
笑えない、すごく不愉快であった。そばにいるスレグをぶん殴りたくなったが、ティムを助けるために迂闊な行動は出来ない。ぐっと耐える。
俺の怒りをよそにスレグは営業トークを始めた。
「それではビセフ夫妻に説明させてもらいます。奴隷は男奴隷と女奴隷がいますが、どちらをご希望ですか? 差し支えなければご用途もお聞かせ下さい」
「女奴隷を見せてくれる? それも美少女ね、さらに付け加えるならば最近噂の美少女をお願い」
「おぉ、これはこれは……コホンそれではこの娘はどうでしょう?」
そう言って連れてこられたのは先ほど怯えていた少女であった。目鼻が整っていて美しい、しかも気品がある。
「この娘は、ガイア地方の没落貴族の娘でございます。金に困った両親によって一ヶ月前に売られてきました。元貴族なだけあって容姿、教養ともにずば抜けております。三百万ゴールドでいかがでしょうか?」
「スレグさん、私は最近噂の美少女といったはずです。この子は茶髪だから違う。銀髪の美少女を見せてください」
「これはこれは……ですが、この娘もなかなかのものですよ。分かりました。それでは二百五十万ゴールドでいかがでしょう?」
「スレグ、いいから最近仕入れた目玉商品を見せてくれ。俺達はその娘を目当てにここまで来たんだ」
「ふぅ、困りましたな」
「スレグ、頼む。俺に借りがあると思うなら見せてくれ」
「仕方がありません。ビセフ様だからお教えしますが、確かに噂の娘はこちらにいます。白髪でギリシャ彫刻のように美しい容姿の美少女でございます。上客のお客様にも売るように打診されましたが、お断りしました。なにせ彼女はこの後のオークションに出す予定ですので」
「な、なにそれ、オークション? しかも銀髪じゃないの?」
「奥様、失礼ながらご記憶違いかと、目玉商品は白髪の美少女でございます」
スレグが言うのが本当ならティムじゃない。でも、こいつが嘘を言っていたとしたら……
「本当に白髪なの……?」
「お疑いであればビセフ様も奥様もついてきてください。今、オークションの真っ最中でございますので、その娘を確認する事ができましょう。本来であれば、会員資格がないと会場に入れませんが、特別に許可致します」
そして、スレグに案内されるがまま会場に入ると、司会者らしき人が商品解説をしていた。それは高そうな壺であったり絵であったりときに奴隷であったりした。
しばらく見守っていると、
「次の商品はなんとグルダ族の生き残り。そう最近エビル地区で噂があった美少女の登場です。容姿、魔力ともに優れ、護衛にするも良し、ベッドをともにするもよし、飽きて壊すのもよし、三拍子揃った至れり尽くせりの一品でございます!」
会場がどっと沸く。グルダ族? 何だそれ? 本当にティムじゃないのか?
司会者のトークが終了後、噂の美少女がステージのど真ん中に現れた。
ティム、ティム、ティム、
俺は断腸の思いでステージを見る。そこにいたのは……
うっ、一瞬心臓が跳ね上がった。銀髪かと思いきや白髪の美少女がいた。
よ、良かった。ティムじゃない。その容姿は確かにすばらしい。流れるような白髪も日の光を受ける事で銀に見えなくもない。俺もさっき一瞬銀髪と見間違えたほどだ。なるほど白髪だけでなく銀髪の美少女の噂が出るわけである。
会場のお客達も騒がしい。ざわざわと騒ぎ立てている。よっぽど白髪の彼女にご執心の様子だ。そして、彼女のアピールトークが終了すると、
「それでは休憩三十分を挟んだ後、オークションを開始します!」
司会者が休憩の合図を出した。三十分後にはあの少女の運命が決まるのだ。彼女の事を思うと心が痛くなる。このままでは彼女が……
ううん、考えても仕方がない。と、とにかく、ティムじゃなかった。良かった、本当に良かったよ。俺はホッと肩をつく。
「ティレアちゃん、良かったね」
「はい、もう心臓がパクパクしちゃって、動悸が止まりませんでしたよ」
「ふふ、それじゃあ帰ろうか」
「そうですね」
銀髪の美少女、ティムの噂がデマと分かった以上、ここに留まる必要はない。帰って料理の仕込みでもしよう。
……
…………
……………………
さっき白髪の美少女と目が合った。ティムくらいの年齢だね。没落貴族の娘もそうだったけど、あの歳で奴隷になるなんて……
あの子達、この後どうなるのかな? 良い人に買われたらいいんだけど……
俺はあの子達の主人となるかもしれないオークション会場にいる奴らを見渡す。総勢十数人ばかりの男達がずらりと揃い、商品である少女にその欲望の目を向けていた。
皆、下卑た笑い声をだしてぎらぎらした目つきをしている。とてもあの子達を大事にするようには見えない。こいつらの誰かが買うのか……
うぅ、で、でも俺には関係ない。そう、俺に力があればこいつらの魔の手からあの子達を救うことが出来るかもしれない。でも、物事には限界がある。全ての者に手を差し伸べる事は出来ないのだ。
「ビセフさん、あの子達どうなるんですか?」
「そ、それは……」
「し、幸せになれますか?」
「難しいね。こういうケースでは奴隷はモノとして扱われるから」
「何とか助けてあげる事は出来ないんですか? こっそり逃がしてあげるとか」
「ティレアちゃん、そんな事したら裏家業の奴らから一生つけ狙われる事になるよ。奴らは面子を大事にする。そんなことをしでかした者は草の根を分けてでも探し出すだろうね」
「ほ、本当に……?」
「あぁ、特に最近、このエビル地区を仕切っている奴らはヤバイ。もともといた各地区の元締めをあっさり手なずけ、恐怖で支配している」
「そんな恐ろしい奴らが……」
「うん、信頼できる情報屋の話だから確かだよ。なんでも週ごとにそいつらは交代で各地区の監査に来るみたいなんだが、どいつもこいつも曲者ぞろいで名うての悪党達もぶるっているそうだ」
「じゃあ、そいつらにバレたらただじゃすみませんね」
「もちろん、ティレアちゃんに危害が及ぶようであったら俺が全力で守るよ。ただ、そんな危険な奴らを手足のように動かす闇の帝王もいるみたいなんだ」
「闇の帝王ですか!」
「あぁ、生年不祥、名前も出身も分かっていない。ただ一つわかっているのはその帝王は小魚とチーズを大量に食べるらしい」
「はぃ? な、なんかカルシウム不足なんですかね、その帝王……」
「ティレアちゃん、その『かるしうむぶそく』という意味は分からないけど、とにかく恐ろしい奴らなんだ。だから、奴らと敵対行動を取るのは避けたほうがいい」
「うぅ、そ、それじゃあどうすれば……?」
「そうだね、オークションで競り落とすしかないだろう。だけど、あの白髪少女は今回の目玉商品だし、VIPだけが集う高レートのオークションだ。競り落とすのにどれだけの資金が必要になるか、しかもオークションが再開するまで時間がない」
「お、お金なら私も少しだけなら持っているし、借りるあてもある事はあります」
「ティレアちゃん、高レートのオークションなら参加するだけで数百万ゴールドはかかるよ。競り落とすとなるとその数十倍はかかるかも……」
「そ、そんなに……」
「それに仮に資金が集まって彼女を競り落としたとしても問題がついてくる」
「問題って何ですか?」
「まず、競り落とせなかった者から恨みを買う。それに、オークションを競り落としてから商品をかっさらう専門の悪人もいるし、ティレアちゃんが狙われるだけじゃない。妹のティムちゃんも狙われるかもしれない」
ヘタレの気まずそうな顔。そうだよね、偽善だとは思う。縁もゆかりもない子のために行動して、大事な家族が狙われたらたまらない。
「あ、あの子と目があったんです。あの子『助けて!』って言ってたような気がして、あ、あんなティムと同じ年の子が、こ、これからひどい目にあうなんて……」
「ティレアちゃんは優しいね」
「うぅ私は優しくないです。あの子がかわいそうと思いながら何も行動出来ない」
「ティレアちゃんが気に病む必要はないよ。世の中どうしようもない事はやまほどある。自分に出来る範囲で頑張るしかないよ」
た、確かにそうだ、何事にも限界がある。だけど、俺にはまだあの子を救うための手段を持っている。持っているのに、勇気がでない。暗黒マフィアの奴らに関わりたくないのだ。俺が逡巡し悩んでいると、
「うひゃぁひゃぁひゃ、今度の奴隷はそそるわい」
オークションの客の中でもひときわ下品な声が聞こえてきた。
「ちっ、まだ王都にいたのかあのクソ野郎は!」
「ビセフさん、誰ですか?」
「奴はボーゼン・マッコイ、金貸しだ」
「金貸しですか」
「あぁ、クソ野郎さ、奴のためにどれだけの善人が泣いたことか、それに女癖も悪い。奴隷を買いあさっては壊しているって噂だ」
「くっ、まさか今回も……」
「あぁ、奴は買うだろうな。それだけの資金も持っている」
なんてこと! そんな悪鬼みたいな野郎がまだいたのか! あの子の悲しそうな顔が蘇る。
だけど……
ご、ごめんなさい、俺は姉として妹を危険な目に遭わせるような事をするわけにはいかないのだ。
ほ、本当にごめん、情けない俺を許し――
「今度は何日もつかのぉ」
「ボーゼン様、この前もやりすぎて壊したばかりではないですか」
「道具は壊れてなんぼのもんじゃ」
「それもそうですね、ボーゼン様に壊されるなら道具も本望でしょ」
「当たり前だ。道具の寿命は天が決めるのではないわしが決めるのじゃ」
ぷつん、俺の中の何かが切れた。
無理、こんな腹の底まで腐った男にあの子が買われると思うだけで腸が煮えくり返りそうになる。
ティム、ごめん、あなたを危険な目に遭わせる事になるかもしれない。
でもね、お姉ちゃんこれを我慢してのほほんと生活するなんてとても出来そうにない。小心で臆病な俺にも譲れないものがある。
あの子を救う。思えばあの子と目が合ったときにそれは決定していたと思う。だってあの子とティムが重なって見えちゃったんだもの。そうなるともう目を背けることはできない。ティムみたいな子が奴隷になるなんて死んでも認めない。絶対にあの子を救ってみせる。
「ビセフさん、やっぱりあの子を救う。このまま見て見ぬフリはとても出来そうにないです」
「ティレアちゃん、俺も奴には我慢がならない。でも、奴に対抗するには多額の資金が必要だよ」
「大丈夫です、お金にはあてがあります」
そう奴が大金持ちなら俺にも超がつく金持ちの知り合いがいる。
オル、あなたの出番よ。このオークションあなたに任せるから。きっちりボーゼンを懲らしめてあげなさい。
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