第三十八話 「私の誓いとお嬢の決意」
ドリュアス君がはりきって出て行ったけど大丈夫だろうか? なんか逆にエディムを刺激しそうなんだけど……
ドリュアス君がどなり散らして、エディムが切れて血の海になっているとか?
うぅ、なんか嫌な予感がする。でも、サイは投げられたのだ。後はドリュアス君に任せるしかない。俺がいくら考えても結論は出ないのだ。
よし、一旦、エディムの事は置いといてベルムの新メニューでも考えよう。仕込みもしなければいけないしね。俺は厨房に入ると、もやもやした気持ちを誤魔化すように料理を始める。
そして幾ばくか料理に没頭していると、地下帝国の階段から登ってくる足音……
「ドリュアス君?」
「いえ、エディムです」
あわわわ、当のエディムのご登場だよ。ま、まさか俺がエディムを疑っているのがバレて……
「な、何か用事?」
「ティレア様にお話したい事がありまして」
「そ、そう……」
な、何の話かな? 俺をぶん殴りたいとかそんな物騒な話だったりして……
ど、どうしよう? ミューを呼んできたほうがいいかな? 俺が無言でいると、
「あ、あの……お願いです。お話を……どうかどうかお願いします」
エディムの消え入りそうな声が聞こえた。とたんに心が締め付けられる。
「エディム、ごめん、入って」
エディムを店に入るように促し、テーブルに座らせる。俺も料理を中断しエディムの正面に座る。エディムの顔は顔面蒼白で今にも倒れそうであった。それは吸血鬼というより年相応のいたいけな少女そのものである。そんな少女を疑っていたと思うと俺の心にチクリとした痛みが生じてきた。
「それで話って……?」
「ティレア様、私は何か粗相でもしでかしましたか?」
「えっ!?」
「ティレア様、私に悪いところがあれば直します。懲罰をお望みであれば何でも受けます。ですから、どうか、どうか私を、うっ、うぅうっ、み、見捨てないでくれませんか? わ、私にはここしか、この居場所しか……敬愛する方々のお側にいられないのであれば……うぅうぅ」
エディムが大粒の涙を流しながら嗚咽している。子供さながらに泣きじゃくっているのだ。全身を震わせ今にも崩れそうなそんな感じなのである。
あぁ、何てこと! 俺はなんで馬鹿なんだ……
エディムはちゃんと分かっていたんだ。俺がエディムに怯えていた事、疑っていた事、敏感に感じ取っていたんだ。
やっと、差別なく生活できる、平穏を取り戻せると思っていたエディムの居場所を愚かにも俺は奪い取ろうとしていた。
それも俺の心の弱さの為に……
くそ! こんな展開、漫画やアニメでよくあったじゃないか! その特異性によって周囲から差別され生きていく主人公、心優しき主人公はその力のせいで化け物扱いされても、迫害している者に恨みを抱くどころか悪と戦いその命を救っていく。だが、助けてもらったモブ達は恩を感じるどころか厄介者扱いをするのだ。
俺はこの手の作品を見た時はいつも憤慨していた。なぜ、主人公の味方になってやらない! お前らは主人公のおかげで命、助かったんだろうが!
忘恩の徒、犬畜生にも劣る外道、人非人……そんな恩知らずなモブ達につけた仇名は腐るほどある。
お、俺はそんなモブ達と変わらない言動をしていた。
エディムに助けてもらったのに……
悪鬼に狙われていたところを命懸けで助けてくれた……
身を隠さなければいけなかったのに……
目立ちたくないはずなのに……
別に俺の言う事なんて無視すれば良かったのに……
エディムなら簡単にそれが出来たのだ。
だが、エディムは、俺との友情のために頑張ってくれた。
く、くそぉ――っ!
俺はおもいっきり自分の顔を殴る。ズシンと衝撃が顔全体に広がる。
いててて……さ、さすがに強く叩きすぎたのか鼻血が出てきちゃったよ。でも、これくらいが何だ! エディムが受けた心の傷にくらべれば軽い、軽い。
「ティレア様?」
「驚かせちゃってごめんね。今のは自分への戒め、エディムを傷つけた罰だから」
「そ、そんなティレア様、罰なんて……」
「ううん、辛かったでしょ。辛かったに決まっている! 私が皆を煽ったようなものだからね」
「いえ、いいんです」
「良くない! 私はね、エディムあなたが本当は元主の敵を取るつもりじゃないかって疑っていたのよ」
「そ、そんな……私はティレア様に弓引く真似なんて絶対に致しません!」
「そうだよね、うん、ごめんね、本当にごめん。私が愚かだった。あなたを疑うなんて。あなたを信頼しないなんて本当に馬鹿でどうしようもなかったよ」
エディムに向かって深々と頭を下げる。俺の心は罪悪感でいっぱいだ。エディムが許してくれるまで一晩でも頭を下げ続けるつもりである。
「いえ、そんな、ティレア様、頭を上げてください」
「ううん、エディムが許してくれるまで頭を下げ続けるよ。だって、それだけの事を私はしたんだもの」
「テ、ティレア様、許します、許しますから、ど、どうか頭を上げてください! そ、そんな事をされたら、わ、私どうしたらいいか……」
エディムがあたふたしながら答えてくれる。ふふ、やっぱりエディムは吸血鬼じゃない人間よ。俺みたいな普通の人間にこんなに普通に接してくれる。むしろ俺なんかをきちんと立ててくれるんだからね。
「エディム、許してくれてありがとう。あなたの居場所はここよ」
「う、うっ、うっ、テ、ティレアさ、様、そ、それでは私、ここにいても宜しいのですか? わ、私は敬愛するティレア様、カ――」
「もちろん、いいに決まっているじゃない! 私が保証する! 誰にも反対はさせないわ! あなたの居場所は絶対に守ってみせるから」
「うぅうあああ、テ、ティレア様!!」
エディムが号泣して抱きついてくる。俺もエディムに応えるように固く抱きしめ合う。よしよし、こうしているとエディムは本当に年相応の少女みたいだ。もう俺は迷わない。絶対にエディムを守ってみせるから。
そして、しばらく抱擁しているとエディムがポツリポツリと今の現状を話してくれた。どうやら俺のせいでエディムはここを放逐されそうになっているらしい。しかも、ドリュアス君が先導して実施しているそうだ。さらにオルが暴走して収拾がつかなくなっているとは……
「ひっく、ひぃ、テ、ティレアさ、様、わ、私、一週間以内なんて、と、ても無理なんです、うっ、うっうっ」
「分かったわ。そんなに泣かないで、私が何とかしてあげる。それでも無理難題を言うようなら私がドリュアス君達をガチコンしてやるから」
■ ◇ ■ ◇
「う、うっ、うっ、テ、ティレアさ、様、そ、それでは私、ここにいても宜しいのですか? わ、私は敬愛するティレア様、カ――」
「もちろん、いいに決まっているじゃない! 私が保証する! 誰にも反対はさせないわ! あなたの居場所は絶対に守ってみせるから」
ティレアさんはそう言ってその哀れな吸血鬼を抱きしめた。
わたくしがまさに黒衣の精鋭部隊を突入させようとした矢先に起きた出来事……
バカな子……
本当にバカでお人好しで……
吸血鬼、魔族を庇う事がどれだけリスクなのか分かってますの? でも、もう教えて差し上げても無駄でしょうね。彼女はもう迷わないでしょう。
そういえば魔族撲滅忠信会で初めてティレアさんと会った日、どこか彼女は落ち着きがありませんでした。お茶を吹いてアタフタしてました。
今、考えればティレアさんは必死に友達を守ろうとしていましたのね。
「撤収しますわよ」
「よろしいのですか?」
「えぇ、しばらく監視はしますが、あなた達はもう帰りなさい」
「御意」
黒衣の精鋭部隊を撤収させる。一騎当千の強者達だ、あっという間に闇夜へと消えていく。
ふぅ、まったくティレアさん迂闊ですわよ。吸血鬼だの魔族だの、お店で話していたら誰が聞いているか分かりませんのに……
今度、会った時は情報漏洩しないように釘を刺しておきますわ。
それにしてもあの吸血鬼、いやエディムさんでしたね。権謀渦巻く世界を生きてきたわたくしだから分かる事がある。彼女は嘘をついていない。本当に自分の居場所を失う事を恐れていた。ティレアさんから嫌われる事を心底怖がっていました。演技ではない、それは断言出来ますわ。
ふふ、つい笑みが漏れる。魔族と人間、本来相容れない関係である。ですが、ティレアさんとエディムさんには確かに深い信頼の絆で結ばれている事が分かりました。
ティレアさん、本当に見てて飽きないですわ。これからも魔族を庇い続けると宣言しましたね。まったく魔族撲滅忠信会のわたくしが聞いているというのに……
ティレアさん、数えるのも馬鹿らしいほどの罪を重ねてますわよ。そして、それを知りながら何もしないわたくしも犯罪者の仲間入りですわ。一点の曇りの無い経歴をもったわたくしに泥をぬったのですからね、この借りは大きいですわよ。
国家転覆罪、魔族幇助罪、機密漏洩罪……
思い浮かべるだけで三回は処刑されなければならないほどの大罪の黙認、
他の魔族撲滅忠信会のメンバーが知ったら怒りますわね。お前に正義はあるのかってね。
ですが、
正義の名のもとに彼女達を罰する? バカバカしいにもほどがありますわ!
いいんじゃないんですの、魔族と人間が仲良くしても! 同じ人間同士でも裏で暗躍し、蹴落とし醜い争いが絶えない世の中です。相手の弱みを握り脅し、上に立とうとする者が多々いる世界なのです。
そんな世界では、お互いがお互いを信頼する光景なんてめったに見られるものじゃありません。こんな美しい光景を汚す輩をわたくしは絶対に許しません!
プラトリーヌは周囲を警戒するとそのまま家路へと戻る。その足取りは軽い。
世界は醜い、裏切り、嫉妬、讒言……
他人の足を引っ張り、上に立とうとする者がいる。
相手を騙し、裏切り、愉悦に浸る者がいる。
争いを好み、絶えず人を傷つけようとする者がいる。
そんな輩が多くいる世界、心底破壊したくなる時がある。
だが、
世界は気まぐれに美しいものを見せる時がある。
「ふふ、本当に難儀ですわね」
だから、わたくしは世界を嫌いになれないのだ。
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