閑話 「ビセフ・フォークランツの軌跡」
俺は死んでいた。あの時、あの天使に出会うまで……
俺は生きる力をもらったのだ。
ビセフ・フォークランツは回想する。
俺は王都冒険者ギルド期待のホープであった。冒険者を目指したのは十五歳の時、町一番の暴れん坊でガキ大将、怖いもの知らずであった。生まれた町は人口千人弱、王都からも遠く離れた田舎町である。娯楽もなく田舎の若者達はこぞって王都で一旗揚げようと躍起になっていた時代だ。
俺もその夢見た若者の一人であり、その自信も他より一際強かった。
俺に出来無い事はない。今、出来ないとしてもいつか必ず超えられる!
根拠の無い自信が常にあった。もちろん口だけでない、俺には冒険者としての実力が確かにあったのだ。冒険者ギルドに登録しデビュー戦を飾ると、とんとん拍子にランクは上がっていった。そして若干二十歳でCランクの冒険者まで上り詰める事が出来たのである。思えばそれが冒険者ビセフのピークであった。
御多分に漏れず俺は周囲からの嫉妬にさらされた。何かにつけ足を引っ張られたのである。さらに小生意気な性格も災いして周囲との軋轢は年を追うごとにひどくなっていった。
魔獣討伐にいけばハブられたり、盗賊退治にいけば偽情報を掴まされたり、しまいには同じ冒険者から闇討ちまがいの事までされた。こんな悪意に晒されてレベルが上がる訳がない。
俺は一気にスランプに陥ったのである。Cランクの最年少ルーキーと持てはやされたが、同年輩との差は見る見る縮まり追い越されていった。そしていつしか俺は只の平凡な冒険者になりはててしまったのである。
歴代十位といわれるほどの速さで出世コースを上っていたのに、この現状は屈辱以外の何者でもなかった。
普通になっただけ、今までが過分にもてはやされていただけだと受け入れる度量があれば良かった。だが肥大したプライドはそれを許さなかった。
なんとしても返り咲いてやる!
俺は勲功をつむため無茶な冒険を積み重ね、相手を出し抜くためならどんなスタンドプレイもやってのけた。そんな有り様だから数少ない味方や仲間であった人達とは疎遠になってしまった。
それでも構わない。俺はとことん上だけを見ていたのだ。周りは敵と決めつけギラギラとトンがっていたのである。
この頃からだろうか……
俺はそれまで以上に武器集めに精を出すことした。人は裏切るが武器は裏切らない。裏切られた反動からか金に物を言わせて武器を買い集めていった。人は信用出来ないが武器は俺を守ってくれると……
だが、人を信じず武器の性能に頼っただけの戦い方でやっていけるほどこの世界は甘くなかった。
ある日、恨みを買っていたある冒険者の策略にかかり、白亜の人食い虎の討伐で再起不能の大怪我を負ってしまったのである。全身打撲の粉砕骨折、ポーションや回復魔法でも完治が無理なほどの重傷を負ったのだ。
体が資本のこの稼業……辞めざるをえなかった。
俺は自分の人生を呪った。
もう何も残っていない、あるのは借金の山だけ……
これからどうすればいい?
二十の半ばにしての早すぎるリタイヤ、俺は茫然自失で日々を過ごしていった。
数ヶ月が過ぎ、どん底にいた俺の心情にも変化が起きた。
このまま腐っていても腹はへる。日常生活に支障がでないほどに回復した俺は次の仕事を探す事にしたのである。故障しているとはいえ元Cランク冒険者の肩書きは伊達じゃない。
仕事は次々と見つかった。商隊の護衛から要人のボディガード、剣の指導等、いくつかやってみたが俺の心は晴れなかった。どいつもこいつも口ではおべっかをいっているが内心は故障した俺を馬鹿にしていたからだ。
だんだんとそういう周りの状況に嫌気がさし、田舎の警護隊として雇われる事にした。ただ警備といっても至って平和な町でやる事はほとんどないそうだ。退屈しそうであるが構わない。仕事があるならどこでもいい、こんな腐った場所から一刻も早く逃れたかったのだ。
そして、その平和な町ベルガに着任する。そこは王都から離れた片田舎、どこまでも生い茂る森、田園風景が広がっていた。のどかといえば聞こえがいいが王都暮らしには耐えられそうにないド田舎である。
俺も落ちたものだ……
いくら王都から離れたかったとはいえ、ここは何もない。強いて挙げるとすればうまい料理屋があるらしいがそれだけだ。ある程度仕事をこなし、金が貯まったらまた辞める事にしよう。
そう決意をしていると、詰所に子供達が入ってきた。
十歳くらいだろうか?
金髪と銀髪の少女がもの珍しそうに部屋を見渡している。まったくこれだから田舎はやってられない。詰所というものは厳粛でみだりに関係者以外が入っていいものではないのだ。
「君達、勝手に入ってきちゃだめじゃないか!」
「す、すいません、怪しいものではありません。私はティレアと言います。こっちは妹のティムです。あなたがビセフさんですか?」
「そうだが……」
「あの~町の人が言ってたんだけどあなたが冒険者だったって本当ですか?」
金髪の少女が眼をきらきらさせてそう尋ねてくる。
あぁ、またか……
子供とはいえ興味本位で騒がれるのはうんざりだった。
「……昔の事さ。とにかくここは関係者以外立ち入り禁止だ、帰った、帰った」
半ばイラつくように答えた。過去をつつかれると冷静でいられない。子供に八つ当たりをするのは酷いと分かっているが、抑える事が出来なかった。
俺の剣幕にこの少女もおびえ逃げ出す事だろう。
「すごぉ――い! 私初めて冒険者を見たよ。サインください!」
予想外の反応に面食らってしまう。
くすぶって以来、絶え間なく浴びせられていた嘲りや中傷とは正反対の反応であった。
いつぶりであろうか?
これほど尊敬の眼差しを受けるのは……
決しておべっかではない、俺には分かる。この娘は純粋に褒めてくれている。表面だけ取り繕っているが心の中では馬鹿にしている奴らとは違う。王都でそういう輩と付き合いすぎたせいで忘れていた。
この感覚……
それはもうずいぶん昔に思えてくる。
初めて魔獣を狩ったこと……
盗賊を討伐し攫われた娘を救出したこと……
皆が皆、俺を称えてくれた。
涙ながらに感謝してくる親子もいた。
そんな気持ちをもらったからこそ俺は足が震えながらも懸命に前に進んでいけたのだ。
それから金髪少女の反応が嬉しくて時間を忘れて冒険話に花を咲かせた。
魔法の概念に始まり、王都での暮らし、盗賊団との戦いに人喰いザメを討伐した等等、女の子が聞いてもあまり面白くない話なのに、この子は目を輝かせながら真剣に話を聞いてくれたのだ。
……
………
……………
「うんうん、それでそれで?」
「その時はさすがに俺も終わりだと思ったよ。だけど一瞬の隙を見つけると剣で一閃、狼の群れを突破したのさ」
「ふぇえ、すごいなぁ、もしかしてその腰に下げている剣がその時のですか?」
「そうだよ。今でも愛用している業物だよ」
「あ、あのちょっと触ってもいいですか?」
「いいけど、気をつけてね。ティレアちゃんが持つには危ないから」
普段であれば他人に剣を渡す事なんで考えられないが、純粋に褒めてくれるティレアちゃんが可愛くてついつい承諾してしまった。
ティレアちゃんは剣を受け取り構えようとするが持ち上がらない。
それはそうだろう、大剣は大の大人でも持ち上げるのに苦労する。まして女で子供のティレアちゃんなら尚更だ。
ふふ、一生懸命に剣を振ろうとするティレアちゃんが可愛らしい。
「はぁ、はぁ、はぁ、だめだ、お、重たくてとても持ち上がりません」
「ははは、そうだろう。これは大剣といってまず素人には振れない」
「はぁ、はぁ、そうみたいですね。じゃあビセフさんが代わりに剣を振ってみてくれませんか?」
「いいよ」
ティレアちゃんから剣を返してもらうと空中に向けて剣を振る。ぶんぶんと空気が切り裂かれるように振動した。
「おぉ、すごいなぁ。これが玄人の技なんですね」
「まぁ、大分、腕は衰えちゃったけどね。全盛期だともっとキレがあったんだよ」
あぁ、ついつい剣で演舞までしてしまった。ティレアちゃんの目を見ていると、どうしても頼みを聞いてあげたくなってしまう。
「ねぇ、お姉ちゃん、そろそろ帰ろうよ」
「あ、そうだね、もうこんな時間だ」
「そうだよ~お腹すいちゃった」
「えへへ、ティム、ごめんね、ついついビセフさんの話に聞き入っちゃった」
銀髪の少女ティムちゃんはティレアちゃんと違いあまり冒険の話には興味がないようであった。まぁ、これが普通の少女の反応だろう。長々と俺の話につきあえるティレアちゃんが特別なのだ。
「それじゃあビセフさん、今日は帰りますね。またお話を聞かせてもらってもいいですか?」
「もちろん、ティレアちゃん達ならいつでも歓迎だよ。ティレアちゃんのように可愛くて面白い子と話が出来て俺もすごく楽しかったし」
俺がそう答えると、ティレアちゃんは照れながら満々の笑顔で応えてくれた。本当に純粋な子なのだ。
そして、照れていたティレアちゃんが真面目な顔をして尋ねてくる。
「ビセフさん、もう冒険はしないの?」
「あぁ、残念だけど……無理なんだ」
俺は怪我の後遺症で万全に動く事が出来なくなっている。簡単な仕事はこなせても冒険者の時のような難易度の高い業務はこなせない。
俺が冒険者稼業を出来ないと知りティレアちゃんは悲しそうな表情をした。この子が残念そうにしていると胸が締め付けられる。
「あ、ティレアちゃんは気にしなくていいよ。もうこの事は吹っ切れて――」
「ありがとうございました!」
「えっ!? い、今、なんて?」
「いや、今まで皆を守ってくれてたから。大怪我してまで頑張ってくれたんでしょ。だから、ありがとうございました!」
「で、でも、それは仕事だから当然だし、それに皆が皆救えてたわけじゃないよ」
「ううん、そんな事ないです。父さんが言ってました。うちは料理屋をやっているんだけど、食材を手に入れる事が出来るのは冒険者の人達が頑張ってくれているおかげだって。盗賊退治はもちろん、魔獣狩りだってまわりまわって皆の助けになっているんだよって。ビセフさんのように命をかけて頑張っている冒険者がいるから、だから―――」
思わずティレアちゃんを抱きしめてしまう。
大怪我をしてリタイヤをしてからずっとずっと欲していた……
本当に本当に欲しかったもの……
退職金でも再就職先でもない。
そう俺はこの言葉を言って欲しかったのだ。
あれから数年、ティレアちゃんはちょくちょく話を聞きに詰所に通ってくる。何年も冒険話をしているのに飽きもせず目を輝かして聞いてくるのだ。
ティレアちゃんが冒険者に憧れているのは間違いなかった。ティレアちゃんに才能と本気の熱意があれば冒険者としての手ほどきをしてもいいと思った時がある。 だけど、憧れは憧れのままでいい。冒険者は確かに夢があり華があるが、それにもまして悪意もある。ティレアちゃんにはそんな悪意に晒されて欲しくない。
それにティレアちゃんは料理人としての断固とした夢を持っているし、その才能もある。実際、ティレアちゃんの料理の腕は日を追うごとに上がっていった。
今や王都の下手な料理人では足元にも及ばないだろう。冒険者みたいな危険な仕事に寄り道せずに料理人の道を邁進して欲しい。
ティレアちゃん……
俺の思い人、俺の心を救った恩人、料理上手で明るく美人だ。
ベルガに赴任してからの六年、この思いは日に日に膨れ上がっていった。町の男達もティレアちゃんを狙っていたがすべて返り討ちにしてやった。田舎の芋男共にティレアちゃんは勿体無い。ティレアちゃんは知らないだろうがこういう決闘は幾度となく行ってきたのだ。
詰所に入り同僚のジョージ達と世間話をしながら思う。
頃合かな?
そろそろティレアちゃんに告白するべきかと……
「ビセフさん、それってティレアちゃんの手作りですか?」
「あぁ、この前、話のお礼って渡されたよ」
ティレアちゃんが作ってくれた「肉じゃが」という料理である。見た目も味も抜群だ。ジョージ達も羨ましそうに見ているがやらんぞ。
「本当にうまそう。ティレアちゃんって料理上手で美人だし、男共が騒ぎそうですが浮いた話を聞きませんね」
「確かにあんな家族思いで器量も良い子、恋人の一つや二つすぐにできそうだ」
「私も色々な町に住んだことあるけどティレアちゃんみたいなかわいい娘はそうはいなかったよ」
詰所の同僚達がティレアちゃんを褒め称える。
当然だろう! 何せ俺の思い人なんだから、その辺の子と一緒にされては困る。
「確かに料理上手で明るくべっぴんだ。町の若い男共はみんな狙っているんじゃないですか?」
「バカ野郎、そんな輩はもうビセフの旦那に絞められてあの世行きだよ」
「おいおい、根も葉もないデタラメを言うな」
「何言っているんですか、この前もティレアちゃんにちょっかいをかけようとした若い男を脅してましたよね?」
「あ、あれは、あまりに軽薄な野郎だったから鉄拳制裁したまでだ」
「あぁ、なるほど、それでティレアちゃんに浮いた話が出なかったんですね、ビセフさんも罪な人だ」
「くっ、違う。俺は純粋にティレアちゃんを心配して……」
「ふふ、大丈夫ですよ。ティレアちゃんきっとビセフさんに惚れていますから」
「ま、まじでか?」
「そうそうティレアちゃん、ビセフさんの武勇伝をいつも目を輝かせて聞いているじゃありませんか!」
「た、確かに」
「ビセフさん、結婚式にはちゃんと呼んでくださいよ」
「お、おう」
ティレアちゃんは俺に惚れている。自分でもなんとなく思っていたが周りから言われると自信がつく。ジョージ達が仕事に戻っても顔はニヤついたままだ。これではいかんと頬をバチンと鳴らし身を入れていると、思い人の声が聞こえてきた。
「ビ、ビセフさん! ビセフさん! ビセフさ~ん!」
ティレアちゃんが怯えている!? 何があった?
だが何であろうと男ビセフに不可能は無い。盗賊だろうが魔獣だろうが退治してやる。
これは男を上げるチャンスだ!
ニヤついていた顔を引き締めティレアちゃんの前に移動する。
「ティレアちゃんじゃないか、血相を変えてどうしんたんだい?」
「と、とんでもないことが起きました、じ、事件です、大事件ですよ!」
「事件?」
「は、はい、ドラゴンが――」
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