血相を変えて戻ってきたバカティッシオからの報告を聞き、血の気がひいた。何でもドリュアス様はティレア様に「密命は成功間違いなし」と太鼓判を押したらしい。確かに普段の実力を出す事が出来たら問題なかったのだ。バカティッシオがここまで足を引っ張るとはドリュアス様も私も想定外であった。
とにかくこのまま任務を果たせなかったらドリュアス様の軍師としての面目は丸つぶれである。
そうなれば私やバカティッシオがどんな目に遭わされる事か……
バカティッシオはともかく私は何も落ち度はない。
「ダルフ、至急全眷属に通達しろ。各自で行っている任務は一時中断、悪鬼捜索を最優先する事」
「ははっ、すぐに主だったものに命令します」
「頼んだぞ。全力を挙げて捜索するのだ!」
「御意」
ダルフに指示を出し、念話を終える。
バカティッシオが交渉に失敗したせいでベルナンデス様率いる諜報部隊の協力を得る事が出来なかった。バカティッシオは使えないし、もう私の力だけで何とかするしかないのだ。王都中に散らばる眷属を通したネットワーク、それとジェジェに命じた水路調査に期待しよう。
後は……
「エディム! エディム!」
「……何でしょうか?」
作戦に抜けがないか集中して考えている時にバカティッシオがうるさく話かけてくる。あぁ、もう頼むから手伝えとは言わないがせめて邪魔をしないで欲しい。
「エディム、さっきから何を悠長にしているのだ! 参謀殿の話は聞かせただろ、このままだと我々は明日の朝日を拝む事ができなくなる、さっさと動かんか!」
「オルティッシオ様、現在眷属達に王都中を捜索させております。いずれ悪鬼の尻尾を掴んでみせます。決して何もしていない訳ではありませんのでご安心を」
「エディム、いずれとはいつの事だ! 夜明け前の事であろうな。夜明け後であれば只では済まさんぞ!」
「はい、夜明け前までに必ず見つけるつもりで全力を尽くしております」
「本当か? お前は一度、失敗をしているからな。必ず悪鬼が見つかるという証拠を見せてみろ! ほら早くしろ! 出せ!」
「し、証拠と言われましても……」
「何をしどろもどろになっておる。やはりお前は信用出来ん。こうなればここら辺一帯を吹き飛ばし悪鬼を燻り出して――」
「お止めください! 悪鬼は地下水路を使っている可能性が高いです。この辺、一帯を爆撃したところで奴は探せません。それにそんな事をしたら周辺住民が騒ぎ出して余計に捜索の邪魔になるだけですよ!」
「なぜ、そう言い切れる! このまま地下水路の捜索をチマチマしていて間に合うのか! 貴様、このまま任務に失敗したらどう責任を取るのだ!」
だ、だめだ、こいつ……
言っている事が無茶苦茶すぎる! このままバカティッシオの言うとおりにしていたらますます捜索が難航する。
どうする?
どうやったらこいつを説得出来る。私がバカティッシオのあまりに不甲斐ない態度に落胆していると、
「ここにいたかオルティッシオ」
ミュッヘン様とムラム様が現れた。第一師団と第三師団の長がそろい踏みで一体、何をしに来られたのだろう?
「お前達、何しに来た? 私は今忙しい、これから大事な任務があるのだ」
「俺達も任務だ」
そう言ってミュッヘン様とムラム様はぴったりとバカティッシオの横に張り付いた。まるで監視をしているようである。
「おい、何をしている? 私は大事な任務があるといっただろうが! お前達に付き合っている暇はない!」
「オルティッシオ、夜明けをもってお前を拘束するように指示を受けている。神妙にするんだな」
「はぁ? どうして……そうか、あのクソ参謀の命令だな! お前達、あんな新参者の言いなりでどうする! 生意気な若造に命令されて腹が立たないのか!」
「オルティッシオ、ドリュアス殿は総参謀、あっし達の上司だぞ。そして、それを決めたのはティレア様だ。お前はティレア様が決めた事に反旗を翻すのか?」
「い、いや、違う、そうじゃなくて……」
「とにかくあっしらはこのまま朝までお前に張り付いておく。逃げようとするな」
「く、くそ、あの野郎! 私には大事な任務が……」
「別に俺達がいても構わないだろうが」
「いや、うっとおしい事この上ない、いいから邪魔をするな!」
「あのな俺達は俺達でお前を拘束する任務があるのだ、お前こそ俺達の邪魔をするんじゃない」
「お、おのれぇ! お前ら、私がどれだけ大変な状況か分かっておるのか!」
バカティッシオがミュッヘン様達に食ってかかる。よし、私への絡みが解けた。バカティッシオはミュッヘン様達に任せよう。私はその隙にこの場を離脱する。
とにかく、まずは現状の把握だ。王都東西南北の城門には誰も近づいていない。悪鬼は王都内にいる事は確かだ。シラミつぶしに探していけばいつかは見つかるはずである。後は時間との戦いだ。
定期的にダルフ、キャス、ジン、そしてジェジェと連絡を取りながら捜索範囲を狭めていこう。私は眷属達を動かしながら悪鬼を捜索する。
そして、捜索開始から数十分後、ダルフからの念話をキャッチする。
「ダルフか、発見したのか?」
「いえ、ただお耳に入れたいことが、邪神軍の部隊長以下面々が王都外周に布陣しております、他にも遠方から続々と王都に集合してきている模様です」
「な、なんだと!? それは応援部隊か? だが、オルティッシオ様の話によると任務は我々だけで行うはず……」
「いえ、悪鬼の包囲網形成部隊と動きが違うようです。これは何というか王都全体を封鎖しているような気配です」
王都全体? 部隊長以下団員が勢ぞろい……
はっ!? まさか!
「ダルフ、その部隊は王都全ての出入り口に布陣していないか?」
「はい、その通りです。あの布陣、蟻の子一匹這い出ないと思われます」
ま、間違いない……
これは
魔弾一斉射撃だ……
総督、総司令、参謀にだけ許された特権、ティレア様を除けば一度発令したら止める事は不可能、部隊長以下軍団員全員による魔弾での一斉射撃……
万を超える強者達の魔弾だ、発動すれば王都はぺんぺん草すら生えない焼け野原となるだろう。
ド、ドリュアス様、なんて恐ろしい御方、これは任務に失敗した場合は悪鬼だけでなく私達ごと皆殺しにする気なのだ。
はは、クレイジーすぎる。任務一つの成否で王都の浮沈が決まるのだ。
まぁ、それだけドリュアス様がお怒りになっているという事でもある。普段、冷静かつ極限まで効率を求めるドリュアス様のこの行動、ティレア様への強烈な忠誠心がそうさせるのだろう。
急がねば、早く悪鬼を捜索しないと私に未来は無い。
■ ◇ ■ ◇
はぁ、はぁ、はぁ、くそ、大貴族たる私が何故、このような下水を這いずりまわらねばならぬのだ!
暗く薄汚れた通路をゴードンは一目散に走る。
だいたい、あの
吸血娘は何なのだ!
いきなり我が邸宅に押し入り、手練の部下達を根こそぎ殺していった。しかも私が最も信頼する部下であるニィガまでもがどうやらあの吸血娘にやられたみたいなのだ。転移で私を追ってこない。これはニィガが殺されたという事だ。
あれが魔族、半年前、王都を襲い恐怖を振りまいた存在。国側がなんとか退けたと聞いていたが……
まったく治安部隊も駆除するなら取り残すではないわ!
ゴードンは悪態をつきながら逃走する。
ほんの数日前までは歓喜に満ち溢れていたというのに……
ゴードンは現国王、アルクダス三世から国外退去を命じられていた。大貴族とはいえ数々の悪行を国王から責められどうしようもなかった。ゴードンは田舎の僻地に追いやられる事になったのだ。
閉門、それはこのまま一生、王都に戻れない事を表す。ゴードンは憤懣やるせない思いで日々過ごしてきた。女も食い物も下の下、最低レベルの片田舎で一生を過ごす事になるなどまっぴらごめんであった。
毎日、不平不満で爆発しそうであった。戯れに家臣を斬ったり女を慰めものにしたりしたが、ゴードンの気持ちは晴れなかった。
そうして鬱々と過ごしてきたゴードンに転機が訪れたのは半年前の事だ。そう王都への魔族襲撃があった日の事である。この襲撃により王都治安部隊は全滅し、王家の威信はかなり低下したのだ。それからゴードンは王都へ斥候を放ち情報を収集した。
するとどうだ、あれほど苛烈に政治に意欲を見せていた国王が抜け殻のようになっているとの事だ。これはチャンスとばかりに勝手に王都に戻ってきたが国王からのお咎めはなかった。やはり魔族襲撃がかなりこたえたようだ。国王が手塩にかけて育てた治安部隊はほぼ全滅したと聞く。ざまぁみろとばかりにゴードンは勝手気ままに強権をふるったのだ。かつての政敵を弾圧し、国王の子飼いの忠臣レミリアを獄に繋いだ。
そして、今までの鬱憤を晴らさんとばかりに美女を集め、享楽にふけようとしていた矢先に……
この始末だ!
着の身着のまま転移されたので財産は屋敷に置いてきたままだ。しかも高い金を払って雇った傭兵どもは皆殺された。
くそ、忌々しい魔族め! どうせなら王家を襲撃すれば良いものを!
頼みの綱のニィガはいない。ただこういう時に備え、ニィガが用意していたのだろう。ニィガ配下の近衛隊が地下水路の合流地点に待機していた。今、ゴードンに残されているのは身につけている宝石とこの近衛隊のみ。
覚えておけ、必ず王都に戻って返り咲いてやる!
それにしても、いつまで走れば良いのか……
曲がりくねった道を幾度も往復している。こいつらに案内を任せたが本当に大丈夫なのか?
「おい、いつになったら城門にたどり着くのだ? 近道をするなり何とかしろ! いい加減に疲れたぞ!」
「申し訳ございません。現在、東西南北の城門に斥候を放ち安全なルートを探しております。しばしお待ちください」
「くそっ、いつまで待てば良いのだ! ここは臭いし、一時でも居たくない」
「し、しかし、何やら不審な集団を見かけたとの報告もあります。安全が分かるまではどうかご容赦ください」
「くっ、女でも抱いていないとやってられんな。お前達、女を調達してこい」
「それは危険すぎます。ゴードン様の情報が漏れたらいかがされます」
「問題ない。用が済めば殺せばよい。ここにいる間の暇つぶしになれば良いのだ。分かったらさっさと行け!」
「し、しかし……」
「私は今すごく機嫌が悪い。これ以上口答えするのであれば分かっておろうな?」
「わ、分かりました、すぐに行ってきます」
近衛隊達が四方に飛ぶ。
くそっ、腹が立つ!
今頃は屋敷のベッドで美女共を貪り尽くしていたというのに……
それがあの吸血娘のせいでおじゃんだ。あぁ、抱いていない女がまだけっこういた。あいつらは今頃は魔族共に殺されたか。勿体ぶらずにさっさと手をつけておけばよかった。獲物を横取りされた気分である。それに、明日はティレアとかいう村娘が連れてこられるはずだったのだ。私が攫った女の中でもトップスリーに入る上玉で楽しみにしていたというのに……
このまま手に入らぬのならさっさとあの吸血娘にでも殺されていればいい。
爪を噛みながらギリギリと悔しさを滲ませていると、近衛隊達が戻ってきたようだ。少女を連れてきている。
「ゴードン様、ただいま戻りました」
「まったく遅いぞ」
「申し訳ございません。人目につかず、またゴードン様のご要望にそう女を探すのに手間取りました」
「こんな状況だ、私だって弁えておる。多少質が落ちた芋女でも我慢するわ」
「……」
「何を黙っておる! さっさと渡せ!」
連れてきた少女を近くに引き寄せる。
まったくうすのろ共が!
生死のかかった逃走でゴードンの生存本能は活発になっており、その欲望はマックスまで膨れ上がっていた。
芋女でも快くまで貪りつくしてやる! 泣こうが喚こうが容赦はせぬ!
ん!? そう言えば何かおかしい。無理やり連れてきたはずの少女が泣きも喚きもせずただ佇んでいる。
ゴードンは注意深く、その少女を観察する。
地下水路は暗くじめじめしており視界は悪い。近衛隊達が連れてきた少女の顔はうすらぼんやりとしてよく見えない。だが、じっと目をこらしているとだんだん目が慣れてきて、少女の整った顔が映し出された。
ほぉ、これはなかなかの美形、掘り出し物だ。こういう状況でなければ殺さず連れて行きたいぐらいであった。
「女、お前のような下賤な者に栄誉を与える。抱いてやるから――」
「探したぞ」
「ひっ!」
い、今の声、それにその服装、そしてこの顔……
なぜ、思い出さなかった、こ、こいつは吸血娘だ!
「お、お、お前達、こ、こいつは魔族だ、吸血鬼だぞ! 追い払え!」
「……」
「何をやっておる! さっさと――」
「エディム様、それでは私達はこれで失礼致します」
「あぁ、後はダルフの指揮下に入れ」
「ははっ」
な、何が起こっているのだ……?
さっきまで私の命令を素直に聞いていたのに親衛隊共の態度が一変している。吸血娘の言葉を受け、この場を去っていくのだ。
「な、なぜ……?」
「な~に、奴らを私の眷属にしたにすぎぬ」
「け、眷属!? そんな……」
「お前の女好きも大概にしないとな。まぁ、今回はそのおかげで助かった。まったく、呆れてものがいえんぞ。命からがらの逃走中に女を探すとは……」
「黙れぇ――ッ!」
咄嗟に剣を抜き、吸血娘に振り下ろす。だが、吸血娘はその剣を片手で掴むとそのまま剣ごと握りつぶしてしまった。
「なっ!?」
「なんと弱い剣戟だ」
吸血女はそう言って不気味なオーラを醸してさらに近づいてきた。先ほど戦った時とは違う凄みのある威圧を感じる。ニィガの言うとおりであった。あの時はなぜか弱っていたのだ。
こ、これが本来の魔族の力……
「ひっ、よ、寄るな!」
「予想通り、往生際が悪い奴だ」
こ、殺される……
この吸血娘はニィガを倒した、人類最強といわれた男を倒したのである。ゴードンが吸血娘に勝てる可能性はゼロに等しかった。抵抗しても殺されるだけ、そう判断するやゴードンはすぐさま地べたに頭を擦りつける。
「お、お助けくだされ、あなた様の下僕となります。金でも何でも差し上げますのでどうかどうかご容赦ください」
死んでたまるか、こいつの足を舐めてでも助かってみせる。なんならその眷属とやらになって人間を辞めてもいい。生き残る為なら何でもしてやる。
「貴様は命乞いをした人間を許した事があるのか?」
「も、申し訳ございません。心を入れ替えます。これからは世の為、人の為に尽くしますので」
「……嘘くさいな」
なるほど、こいつは魔族のくせにそんな偽善を振りかざすのか、それならば好都合。口の回る限り、嘘八百を並べ立ててやるわ。
「ほ、本気でございます。それにあなた様は私の悪行をお怒りなのですね? 実は全ての悪行は私の部下であるニィガが主導で行ったのです。私は脅されてやむなく従っていたに過ぎません。もちろん、主人である私がニィガを止められなかった。それは私の罪です。ですがその罪を――」
「あぁ、もういいもういい。お前の言い訳を聞いているとうちのバカ上司を思い出してきて胸糞悪くなる。先ほどのセリフは人間の心を持った場合の練習だ。ジェシカならどう言うか考えて言ったのだが、どうやらお前は信じたようだな」
「は?」
「芝居は終わりという事だ」
「あ、あのそれでは私を許していただけるのですか?」
「別にお前が悔い改めようが善人になろうが知った事ではない。我が主がお前の首を所望しているのだ。貴様が聖人君子だろうが極悪人だろうが関係ない」
「そ、そんな、どうかどうかお助けください。あなた様がお怒りでないのであればその主様に弁明します。ですのでどうかどうか――」
「私が怒っていないだと! ゴードン、貴様のせいで私がどれだけの信頼を失墜したと思う。ティレア様、ドリュアス様、そして何より敬愛してやまないカミーラ様の前でどれだけの恥をかいたと思っているのだ!」
「ひっ、た、助け――」
「まったく、手間をかけさせやがって!」
「ひぃぎゃああああああ!」
