第二十話 「悪鬼ゴードンとの戦い」
ゴードンが獲物を見つけた鷹のような目で俺を睨む。
まずい、まずい、なんとか隠れないと!
咄嗟に人影に隠れる。先ほど目があったが一瞬だったし、ばれていないかも……
淡い期待を抱きながら人の影に隠れやり過ごそうとする。だが、ゴードンは正確に俺がいる方向に近づいてくる。
そして……
足音が止まった。俺の前を通り過ぎる事なく、ゴードンが目の前にいる。
「くっく、バカめ! それで隠れているつもりか!」
ゴードンの愉悦の声が聞こえる。
や、やばい、どうしよう?
とりあえず顔は覚えられたくない。無駄な抵抗とは分かっていても下を向きやり過ごそうとする。
「どれ、女、顔を見せんか!」
「……」
「娘! さっさとゴードン様に顔をみせんか!」
ゴードンの言葉を無視する俺の態度に苛立ったのか、取り巻きの一人が俺の髪を鷲掴みにし、無理やり顔を上にあげさせる。
くっ、汚い手で女の子の髪を触るんじゃない!
「ほぉ! ばたくさい娘しかいないと思ったがなかなかでないか!」
ゴードンが好色そうな笑みを浮かべ、舐め回すように俺の体を視姦する。うぅ、おぞましい。
「ゴードン様、今日は不作と思いましたが、掘り出し物がいましたね」
「うむ、王都も捨てたものではないな。ろくな女がおらぬと嘆いていたが、いい拾い物をした」
俺の顎を掴みながら満足そうに言い放つゴードン。とてつもないピンチだ、このままでは俺もサミーちゃんと同じ目に遭ってしまう。ここは内心のムカツキを我慢し、平身低頭しておくしかない。
「あ、あの無礼があったら謝ります。ど、どうかご容赦を……」
「ならぬ、貴様は庶民の分際で公爵たる私を嘘つき呼ばわりした。本来なら処刑するところを貴様の美貌に免じて特別に許してやろうというのだ、感謝するが良い」
「か、感謝って……」
「そうだ、感謝だ。私は特別にお前を許すだけでなく、性奴隷として雇ってやると言っているのだ」
「そ、そんな困ります」
「なんだ? これ以上口答えするのならこの場で殺してやっても良いのだぞ」
「ひっ!? 嫌です。や、止めてください」
「なら私の性奴隷になるしかないな。朝昼晩と私にご奉仕するのだ」
「うぅ、うぅ」
「なんだ、不満か? それならばお前の家族に責任をとらせよう。親兄弟すべて極刑にしてやるわ」
「や、やめてください! 家族は関係ないでしょ!」
「くっく、なら観念するのだな。お前にはもともと選択肢など存在せんのだ」
「ひ、ひどい……」
あまりのショックにガクリと膝をつく。
「あ~そうだ、一昨日の娘のように自殺はするんじゃないぞ。楽しみの途中で死なれては困るからな」
「サ、サミーちゃん」
「おぉ、そんな名だったか、くっく、じつにいい声で泣く女だった。お前にも期待しているぞ」
「きひひ、ゴードン様、傑作でしたな。あの時、そばにいた婚約者の哀れな顔といったら……」
「くっあははは! 止せ! 思い出すだけで腹が痛いわ!」
ゴードンと取り巻き共がゲラゲラと笑い出す。な、なんて奴らだ。くせぇ、くさすぎる。ゲロ以下のにおいがプンプンする。まさに悪鬼だ。通行人達も眉をひそめている。
「さて、娘、屋敷に来て早速奉仕してもらおうか」
ひとしきり笑ったゴードンがニヤつきながら俺の手を引っ張る。くっ、キモイ、キモい、キモすぎる。
「ち、ちょっと止めてください。私はレミリアさんの友人ですよ!」
とっさにレミリアさんの名前を出す。どうだ! 悪鬼! あんまり調子こいていると友人のレミリアさんに成敗されるぞ! 俺はドヤ顔でゴードンにその事実を突きつける。ゴードンは怯んでくれたのか、一応、手を離してくれた。
ただ、その顔はニヤニヤして歪んでいるが……
「レミリアと友人だぁ! うそをつけ!」
取り巻きどもがいきりたって騒ぎ出す。ふん、それが嘘ではないのだ。せいぜい強がっているがいい。レミリアさんにかかればお前たちなどケチョンケチョンだからな。あ、でも信じてくれないとこいつらが手を引いてくれないぞ。
「本当よ。ティレアちゃんはレミリア様の友人です。私は二人が仲良くしているのを何度も見ました。仲良く二人でお食事されていた時もあります」
おぉ、ミレーさんが援護射撃してくれた。悪鬼に目をつけられるだろうに俺を助けてくれた。嬉しい、やっぱりミレーさんは良い人だよ。
「ババァ、嘘つくんじゃねぇ! どうせこの娘と共謀しているんだろうが!」
「そ、そんな嘘ではありません。あなた達こそこんな事をしていたらレミリア様に逮捕されますよ!」
「なんだと! このババァ!」
ミレーさんと取り巻き共の舌戦が続く。他の通行人の方々もミレーさんに乗じて口撃する。
これは世論を味方にできたのか……?
だけど、レミリアさんの名を出したのにゴードンに焦る様子はない。
「くっく、まぁ、仮にレミリアと友人だとしてそれがどうした?」
「えっ?」
「これは国の上層部しか知らぬ事だが、レミリアは処刑される身の上なんだぞ」
「どうして!」
思わず大声を出してしまう。なぜ? なぜ? どうしてレミリアさんが処刑されなければならないんだ!
「当然だろ! 先の魔族襲撃で王都は半壊したのだぞ。治安部隊の長が責任を取らずして誰がとる!」
「で、ですがレミリアさんのおかげで救われた命はたくさんいました」
「だから何だというのだ! あやつは治安部隊の中で一人だけおめおめと生き残った卑怯者だぞ。とんだ恥知らずだ!」
「レミリアさんは王家の至宝なんですよ!」
「何が至宝だ! 実際は魔族に手も足も出なかったグズだ。それはレミリア本人も認めている事だ」
「で、でも……そ、そんな理不尽な事がまかり通るんですか!」
「くっく、レミリアの事より自分の身の上を心配したらどうなのだ?」
ゴードンの爬虫類の如き恫喝。うぅ怖い、あの伝説の悪鬼に狙われるなんて……
「うぅ……」
「なんだ、声も出ないほど恐ろしいか? 私に逆らったらどうなるか、とことん思い知らせてやろう!」
「へっへっ、ゴードン様、どうしますか?」
「そうだな、屋敷に戻る前に少し調教するか、とりあえず剥け!」
「「はっ」」
取り巻き共のいやらしい手つきが俺に襲いかかる。うぉ、まずい。これ洒落になんないよ。
「ち、ちょっとやめ――」
「ゴードン様、お待ちを」
「ニィガ、どうしたのだ?」
「こちらに治安部隊が向かってきております」
「ちっ、私の鼻薬が効いていない部隊だな」
「はい、レミリア傘下の魔族撲滅忠信会のようですな」
魔族撲滅忠信会!?
それって毎月参加していたあの会か!
良かった、レミリアさんの仲間だ、助かったよ。ほっと胸をなで下ろす。
それから、数分後、数組の騎馬が到着した。
あれはライデン・ジャフトさんにモス・デンバーさんだ。会の仲間である。嬉しい、いつも仏頂面のライデンさんだが、こういう時は逞しく思える。
「狼藉はおやめ下さい」
デンバーさんが馬上から叫ぶ。おぉ、華奢な体格なのにずいぶん威厳を感じる。さすが魔法士隊のエリートだね。
「貴様、誰にものをいっておる!」
「公爵様とはいえ治安を脅かすものは許しません!」
「生意気な若造が! ゴードン様返り討ちにしてやりましょう」
「うむ、皆殺しにし――」
「ゴードン様、ここは引くべきです」
「ニィガ、何ゆえだ?」
「数の上ではこちらに分がありますが地形的にここは騎馬が有利です。戦をしかければこちらも被害がでます」
「ふん、ニィガがそこまで言うのなら引いてやる。皆、引くぞ」
「「はっ」」
ゴードンと取り巻き共が引き返し始める。ゴードンは悔しげに振り返ると、
「レミリアを処刑したあとは連座で貴様らも全員縛り首にしてやるからな」
捨て台詞を吐いてこの場を去っていった。
はは、貞操の危機は守られたよ。
「大丈夫だったかい、ティレアちゃん」
「デンバーさん、ありがとうございます」
「災難だったね。怪我とかしていない?」
「えぇ、大丈夫です」
デンバーさんの暖かい言葉が胸に染みる。
当初は罪悪感で胃痛が激しかったあの会への参加だが、良かった、本当に参加して良かったよ。こんな良い人達と知り合えたんだもの。
あ、そうだ、レミリアさんの安否を聞かないと……
「あ、あのゴードンがレミリアさんを処刑するって言ってましたが本当ですか?」
「悔しいけど、本当さ」
「そ、そんな……」
「やられたよ。ゴードンは虎視眈々と王家への復讐を狙ってた。そして、王権を簒奪、レミリア様も王権をたてに捕縛したんだよ」
「そんな事が出来るんですか?」
「うん、我が国はマナフィント連邦国への戦争準備をしていて内部への警戒を怠っていたからね、その隙をつかれたんだと思う」
「なっ!? 戦争なんてしようとしてたんですか!」
「そうなんだ。うちの王様はそんな愚かではなかったんだけどね」
「と言いますと?」
「他国へ戦争をしかけたり、それにいくら戦争準備をしていたからといって政争に破れるほど政治下手ではなかったんだよ」
う~ん、やっぱり魔族襲撃の爪痕は大きいようだ。ストレスで王様が迷走してたりするのかな……?
まぁ、そんな事よりレミリアさんだ。王様がロバでも裸でもどうだっていい。レミリアさんを助ける事が出来るかが重要なのだ。
「それでレミリアさんはどうにか助けられないんですか?」
「すぐには無理だ。今、仲間達もどんどんゴードンにやられている」
「ゴードンが?」
「あぁ、敵対する者に容赦はしない。ティレアちゃんも奴に目をつけられたのなら王都から逃げたほうがいい」
「そ、そんな急にそんな事を言われても……」
「ゴードンは狙った獲物は逃さない。家族を連れて逃げるんだ!」
デンバーさんの鋭い指摘。うん、確かに悪鬼ならやりうる事だ。すぐにでも王都から脱出しよう。まずはお店へと戻って身の回りの物をかき集めてティムを連れて逃げよう。邪神軍の皆にはほどぼりが覚めるまで田舎に戻っていると伝えておけばいいよね。
デンバーさんにお礼を言い、ミレーさんに王都を出る事を伝えると、ダッシュで店に戻る。
すると、お店の入口の前に男が立っていた。
誰だ、こいつ?
「よぉお! そんなに急いでどうしたんだ?」
下卑た声、忘れもしない、こいつ確かゴードンの取り巻きの一人だ。ニタニタといやらしい顔を近づけてくる。
どうしてこいつがお店の前にいるんだ?
「な、なんで、ここが……?」
「なーに、ちょいとその辺の奴をこづいたら教えてくれたよ。この辺に金髪碧眼の美人がいないかって聞いたらな」
「そ、そんな……」
「くっく、美人も得ばかりではないな、看板娘の有名人、あっはははは!」
くっ、やばい。住所がバレたよ。もっと早く帰って逃げ出しておくべきだった。一刻を争う時にミレーさんと長話をしすぎたようだ。
うぅ、でもだってミレーさんが泣きながら心配してくるんだもの、宥めるまでは立ち去れなかったんだよ。
「で……何か用ですか?」
「ゴードン様からの伝言だ。明日、迎えに行く。逃げようと思うな。逃げたら家族郎党皆殺しにする」
「ひ、ひどい」
「まぁ、門番には俺達の息のかかった者が大勢いる。逃げようと思っても逃げられないがな」
取り巻きの男は高らかに笑いながらその場を去っていった。
畜生、とんでもない事になってしまった。このままではサミーちゃんの二の舞である。やだ! 男に奉仕なんで絶対に出来ない、有り得ない! あんな下衆とだなんて身の毛もよだつ思いだ。
そうだよ、悪鬼に目をつけられたからにはティムにも危険が及ぶ可能性は十分にある。ティムが悪鬼の毒牙にかかる事を想像すると怒りで頭が沸騰しそうだ。
どうする?
現状、王都から逃げる事は不可能。取り巻きが言ってたとおりゴードンの手の者が門番に大勢いるだろうから。それにレミリアさんに助けを求めるのも無理だ。レミリアさんは処刑を待つ身、とても助けてくれる状況ではない。というよりレミリアさん自身が風前の灯火なのだ。
まぁ、レミリアさん救出に関しては魔族撲滅忠信会のメンバーに頼るしかない。会のメンバーならきっとレミリアさんを助けてくれる事だろう。
王都からは逃げられない。
助けもこない。
もし、このままレミリアさんが処刑されたら悪鬼の天下は決まったも同然。俺もティムも父さんも母さんも俺の愛する人達が悪鬼の餌食となるだろう。
嫌だ嫌だ! そんな事が許されていいはずがない! じゃあどうすればいいか?
……
…………
……………………
殺すしかないか……
断腸の思いで決意する。
幸いにして俺には強い味方がいるのだ。悪鬼に対する唯一のアドバンテージだ。
そうミューとエディムがいる。
明日、悪鬼の迎えが来る前に奴の首をとる。ミューはギルドのお仕事で王都を離れているから時間的に無理だ。エディムに頼むしかない。エディムに悪鬼の首をとるか眷属にしてもらおう。
いや、眷属にしても性格はそのままだといった。悪鬼は眷属にされてもエディム下でコントロール出来ないかもしれない。それどころか吸血鬼の力を使ってもっと悪さをする可能性だってある。
うん、やはり殺すしかない。
殺すとなれば同じ大貴族のオルの力も借りるとしよう。エディムが吸血鬼の力で攻め込む。ただ、力攻めだけで補えない部分が出てくるかもしれない。その為にオルには家のコネを使ってエディムのサポートをしてもらう。
次々と浮かぶ殺人計画……
はは、俺って最低な奴だ……
エディムには人間として暮らしてもらいたいと思いつつも、こうやって吸血鬼の力に頼らせてもらっている。きっと「助けてくれ」って頼んだらエディムは快く引き受けてくれるだろう。本当は吸血鬼の力なんて使いたくないはずなのにね。ごめんなさい。
俺は犯罪者になる。いくら極悪非道な奴と言っても人殺しに関与するのだから。成功しても失敗してもその業を背負っていかなければならない。巻き込む人は少ないほうがいい。この事は俺とエディムとオルだけの話にしよう、他の皆には内緒にする。特にティムには明るい日の下で生きていて欲しいから絶対に言わない。
迷いはある。大切な仲間であるエディムやオルを巻き込んでしまう。でも、悪鬼は本当に危険なのだ。悪鬼に目をつけられたら俺だけじゃない、ティムや他の大切な人達にまで被害が及ぶのだ。ティムの安全のため、非情になる。
殺人教唆上等! 犯罪者になってでも大事な家族を守ってみせる!
俺はとある一室にオルとエディムをひそかに呼び出したのであった。
+注意+
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