挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ティレアの悩み事 作者:里奈使徒

3章 群雄割拠編

第十八話 「円満解決に向けて(後編)」

 ティムを変態(ニールゼン)に引渡し部屋に戻ってみると、修羅場は続いていた。オルは必死に母さんに「刺さないで」と懇願しているし、母さんはオルの言葉をガン無視して短刀で脅し、問い詰めている。

 そして……

 あぁあぁ、とうとうオルが泣き崩れちゃったよ。

「母さん! 弱い者いじめしちゃだめでしょうが!」
「テ、ティレア、あ、あのね、これは違うのよ。本当にこいつは――」
「……母さん、お願いだから冷静になろうよ」
「い、いや、でも、こいつは大貴族で……」
「母さん、本当にほんと~うに、この姿を見てもまだ演技だと思うの?」

  母さんにずいっとオルの情けない姿を見せつける。オルは大粒の涙を流し、鼻水もわんさか出して見るに堪えない姿だ。これがもし演技だとしたらアカデミー賞を越えているぞ。オルが母さんの言うとおり本当に裏の人間だとしたら俺はもう誰も信用しなくなるね。

 母さん、こんな情けないオルの姿を見てまだ裏があるって疑うの? いい加減に現実を見てくれよ。

 ちょっと非難がましい目で母さんを見つめる。母さんも少し冷静になってくれたみたいだ。罰が悪いかのような顔をして短刀を収めてくれた。母さんが短刀を収めたのを見るやオルがあからさまにホッとした顔つきになる。

 オル、良かったね。すごく怖かったでしょ。えぐっえぐっと泣いているオルの肩をポンポンと叩いてやる。

「うぅうぅ、ひっぐ、テ、ティレア様~」
「はいはい、いつも言っているでしょ。いい大人がもう泣かないの」

 母性本能を全開にしてオルを慰める。母さんがそんな俺とオルのやり取りを見て自分の過ちに気付いたみたいだ。さきほどオルを責めていたような疑惑の眼差しではない。その表情から罪悪感らしきものが窺える。

「た、たしかに演技とは……とても思えないわね」
「でしょ、オルは本当に悔いているのよ」
「で、でも、今は悔いていたとしても……後でこのことを根に持って仕返しを考えてるかも……」

 むむ、まだ母さんにはオルを疑う気持ちがあるのか。

「オル、今日の腹いせに何か報復を考えていたりするの?」
「と、とんでもございません! わ、私がなぜそのような愚かな事を……ありえません! 絶対にそんな事はありえません! 私は、私はいったいどうしたら、うぅ、し、信じてくださるのですか……ううぅひぐっ」

 せっかく泣き止んでいたオルがまた泣き始めた。母さん、もうこれいじめだよ。

「あぁあ、母さんが泣~かした」
「……ごめんなさい」

 あまりに哀愁漂うオルの姿にとうとう母さんが謝罪した。どうやらやっと誤解が解けたみたいだ。

「よし、これで一件落着ね」
「ティレア、オルティッシオさんが悪人じゃない事は分かったわ。でも、肝心の借金の件がまだ残っている」
「だからオルはそんな事を気にする奴じゃないって」
「ティレア! オルティッシオさんのご好意に甘えちゃだめじゃないの! 人の良いオルティッシオさんが破産したらどう責任を取るつもりなの!」

 おりょりょ、なんか意見が百八十度変わって俺のほうが悪者みたい。人の良いオルに付け込んで金を使い込ませる悪女みたいになってんぞ。
 ま、まぁ、確かにわざとじゃないが俺の為にオルが金を貢いでいるのは確かだ。

 あれ? じゃあ俺のほうが悪鬼じゃないか――っていやいや、借金の件はなんとかなる。確かに借金が「億」なのは予想外だったけど、ドリュアス君なら何とか対応策を考えてくれる。

「あ~母さん、その事なんだけどね、私とオルに聞くんじゃなくてうちの店のブレーンに相談してよ」
「ブレーンって誰なの?」
「ドリュアス君ってエルフがいるのよ。もうすごく頭がいいんだから。きっと億の借金もなんとかしてくれるよ」
「ティレア、森のエルフ様がお店で働いているの? エルフは排他的な民族よ。それなのに人間に協力してくれるなんて……」
「あっ、母さんも驚いた? ふふ、凄いでしょ、でも本当の事なんだから」
「信じられない……でも仮に森のエルフ様が手助けしてくれたとしてお店の経営なんて本当に分かるのかしら」
「そこがドリュアス君のすごいとこ。ドリュアス君は森の知恵だけでなく森羅万象あらゆる事に精通しているんだから」
「そんな凄い方が本当に手助けをしてくれるの?」
「もちろん! 論より証拠、ちょっと連れてくるから。母さんはお茶でも飲んでくつろいで待っててよ」

 それから地下にいるドリュアス君に事情を説明し、母さんの説得をしてもらう事になったのだ。ドリュアス君は「我が君の仰せのままに」と二つ返事で引き受けてくれた。

 爽やかイケメンボイスがにくいねぇ~

 今、ドリュアス君と母さんが二人で密に話合いをしている。

 小一時間後――

 母さんとドリュアス君が部屋から出てきた。ドリュアス君ならオルのような心配をしていない。きっと何か打開策を考えてくれたに決まっている。

 さてさて結論はどうなったかな?

「母さん、問題ないって分かったでしょ」
「えぇ、えぇ、ドリュアスさんってすばらしいわ!」

 な、何か、母さんのテンションが高い。しきりにドリュアス君を褒めちぎっている。やるなドリュアス、人妻までたらし込むとは伊達にイケメンじゃないね。

 ……くそ、なんか悔しい、爆発魔法をかけてやろうか!

 嫉妬で思わずドリュアス君をギロリと睨む。だが、ドリュアス君は俺の視線に微笑みで返してくる。どこまでもイケメンな奴だ。

 まぁ、いい。とりあえず、借金の件はどうなったのか……

「で、借金のほうは……?」
「画期的なプランに長期的な視野も考慮している、あれなら借金を返済出来るわ」

 そうなんだ、うん、もう俺が話すより最初からドリュアス君に任せたほうが良かったね。

「ドリュアス君、悪いね。なんか骨折ってくれたみたいで」
「いえ、ティレア様の御為なら苦労を厭いませぬ」

 ドリュアス君はそう言って地下室へと消えていった。去り際までカッコいいオーラーを醸し出している。俺が女脳だったら惚れていたかもしれない。

「ティレア、母さん安心しちゃった」
「そうでしょ、ドリュアス君は頼りになるのよ」
「ふぅん♪ ドリュアスさんって彼女いるのかしら?」
「さぁ~知らない。でもイケメンだしいるかもしれないね」
「ふふ、ティレア頑張んないとね」
「はぁ? 母さん、なんか勘違いしてない?」
「うふふ、母さんは種族の問題なんて気にしないよ」
「だから――」
「初孫はハーフエルフか……きっと二人に似て可愛い子ね」

 そう言って母さんが未来の息子を見るような目でドリュアス君が去っていった方向を見ていた。

 か、母さん、止めて。ビセフ(ヘタレ)だけでもうっとおしいのに……

 あ、でも、レミリアさんと為す子供は確かにハーフエルフだね。

 ■ ◇ ■ ◇

 セーラは困惑していた。あれだけの凄みを見せていたオルティッシオが子供のように泣き喚いているのだ。

 どうして?

 確かに私は冒険者まがいの事をしたこともある。その時に短刀の手ほどきを受けた事もあった。だが、せいぜい素人に毛が生えたようなものだ。それなのにここまで怯えるものだろうか?

 いや、騙されるな、セーラ! 娘が現れてからオルティッシオの態度は一変している。よっぽど娘を騙したいのね。演技が真に迫っている。あれほど情けない姿を見せられたら娘がほだされるのも分かるわ。

 はぁ、ティレアに謝らなきゃね。この男、本当に演技がうまい。このおびえように泣き顔、とても演技とは思えない。娘はお馬鹿だから騙されると思っていたけど、これほど演技が上手ければ騙されるのも無理のない話だ。

「いい加減に本性を見せなさい!」

 持っている短刀を奥へぐぐっと突き出す。あたかも短刀が腹部に刺さりそうな感じだ。もちろん、本気で刺すつもりはない。あくまでこれは脅し。このペテン師の本性をあらわにし裏の顔を引き出すのが目的だ。そうすればティレアも眼が覚めるだろう。

 それから私はオルティッシオの本性を引き出そうと必死に短刀で脅してみた。貴族のプライドを粉々にするような罵倒もしてみた。ここまで言ったらまずいかもという一線を越えた言葉も放った。

 さすがにやり過ぎたか? もう普通に挑発の域を越えてしまった。オルティッシオが裏の顔を出して襲ってくる可能性が高い。

 怖い、何をされるのだろうか? 貴族というものは本当にえげつない。伝説の悪鬼の様々な所業が脳にフラッシュバックされる。

 だが、娘の目が覚めてくれればいい。仮に襲ってきても必死に抵抗するし、部屋の外にはニールゼンさん、そして何よりビセフさんが王都にいる。オルティッシオが本性を見せたらすぐにティレアにビセフさんを呼んできて助けてもらおう。私の身の危険より娘の目を覚ます事が重要なのだ。

 しかし、オルティッシオは私の予想に反し、ただただ謝罪するのみである。本当にこいつは我慢強い。これだけ挑発しても抵抗のひとつしてこない。普通、これだけの挑発をしたら何かしら反発するものだ。特に大貴族ならばそれこそプライドの塊みたいなものだから暴力の一つでも振るってくるのが普通だ。

 も、もしかして、ティレアの言うとおりただの金持ちなだけの気弱な青年だったとしたら……

 ううん、そんなことない。さっきは本当に伝説の悪鬼以上の何かを感じたのだ。こうなったら多少、強引な手を使う。犯罪者になっても構わない。
 私はちくちくとオルティッシオの腹に短刀を突き刺す。深く刺すつもりはないが、かすり傷くらいはついているだろう。これは温厚な人物でも切れる所業だ。いくら我慢強いオルティッシオでも限界のはずだ。
 だが、予想に反し、オルティッシオは反撃してこない。私がちくちく刺す度に「やめて、やめて」と騒ぎ出す始末である。

 ……
 …………
 ……………………

 も、もしかして、私、勘違いしちゃった……?

 やむなく振りかざしていた短刀を下ろす。あれからさらに挑発を繰り返したが、のれんに腕押しであった。

 そして、とうとうオルティッシオ、ううん、オルティッシオさんは泣き崩れてしまった。本気で、本当の本気で私に刺されたくなかったみたいだ。ティレアからは「弱い者いじめしたらダメでしょ」と注意されるし、やれやれといった眼で見つめられた。

 オルティッシオさんはえぐっ、えぐっと娘の胸の中で泣いている。さすがにここまで無様な姿を見せる裏の人間など見た事も聞いた事もない。

 こ、これは本当に私の見込み違いだ……

 あのとき、オルティッシオに悪鬼以上の何かを感じたのは気のせいだったのだ。なまじ大貴族の嫌な記憶を持っているせいでオルティッシオさんにそのイメージを重ねちゃったのかもしれない。

 オルティッシオさんには悪い事をしたわね……

 「ごめんなさい」とオルティッシオさんに謝罪する。オルティッシオさんはやっとほっとした顔つきになってくれた。

 あ~なんか一人相撲をとってしまった。オルティッシオさんはティレアを騙していない。でも疑問は残る。じゃあ、騙すわけでもないのになぜあんな大金を娘にあげていたのか? それにオルティッシオさん、さっきは「ティレアさん」と言っていたのに今は「ティレア様、ティレア様」と言っている。なんで貴族様がそこまで娘にへりくだるのか?

 はっ! そうか、分かったわ!

 オルティッシオさん、本当にティレアのことが大好きなのね。それからオルティッシオさんを注意深く観察する。オルティッシオさんは娘をまるで女神でも見るかのように陶酔して見ていた。

 こ、これは昔の知り合いに似ているわ。その知り合いはある商家の放蕩ドラ息子だった。性格はお人好しの見栄っ張り。
 ある時、酒場の女に入れあげ、身代を傾けるぐらいに貢いで捨てられた。哀れな男だった。酒場の女は言葉巧みに甘い声で囁き篭絡したのである。周囲はあんな女になぜあそこまで尽くすのか信じられなかった。だが、当人にいたってはどこ吹く風「あれほどの女はいない」と反発する。

 ティレア、あなた無意識でその悪女と同じ事をしているわよ。もちろん、あなたにそんな貢がせるようなあくどい真似は到底出来るとは思えないし、そんな気はさらさらないでしょ。
 だけど、無意識でオルティッシオさんを篭絡しているわ。オルティッシオさん、あなたの為なら平気で破産するまで貢ぐ気よ。

 ティレア、分かっている? あなたは一人の男の人生を狂わそうとしているの。

 ティレアは私の思いを知らず、呑気にオルティッシオさんと談笑している。  

 はぁ、ティレア、無自覚なだけにタチが悪いわ。実態は、魔性の女とは程遠い存在なのに……

「ティレア! オルティッシオさんのご好意に甘えちゃだめじゃないの! 人の良いオルティシオさんが破産したらどう責任を取るつもりなの!」

 ティレアにオルティッシオさんに甘えすぎないように釘を刺す。だが、返ってきた返事はまた予想外。お店の事は別にブレーンがいるという話だ。しかもそのブレーンは森のエルフ様という事だ。また新たな人物の登場に不安を隠せない。

 エルフって排他的な民族なのよ。どうして、こうも娘の周りにはキワ物が集まるのか。娘はそのエルフ様を「史上最高の頭脳」とか「わが軍師」とか言っている。確かにエルフは森の知恵を持っている。

 だけど、お店の経営の事まで分かるのだろうか? まぁ、でも娘がこれだけ太鼓判を押すのだ、そのエルフ様に会って話をしてみるのもいいかもしれない。

 私は邪魔が入らない空間でそのエルフ様と話がしたい事を伝える。ティレアは快諾、そして、連れてきた森のエルフ様。青髪のスラリとした長身で威厳を出しながらの登場だ。

 な、なんという美形なのか……

 涼やかでいて知性のある切れ長の目、エルフは総じて美形が多いと聞くが、彼はその中でも飛び抜けているようだ。

「お初にお目にかかります。ドリュアス・ボ・マルフェランドと申します」
「こ、これはご丁寧に、娘がお世話になっております。セーラと申します」

 最初の挨拶から少しの雑談でドリュアスさんの類まれなる知性を感じた。そして、肝心のお店の件を話始めると衝撃を受けた。

 す、すごい、凄すぎる! ドリュアスさんは切れる、切れすぎるくらいに的確なアドバイスをくれるのだ。私が挙げたお店存続の問題点に対し、次々と解決案を出してくれる。それも適切かつ私の想像のはるか上をいく方法でだ。

 いつしか私は、時間を過ぎるのも忘れて話に夢中になっていた。

 そして、お店経営の話が終了――

 話終わった率直な感想だが、これほどの逸材に会った事が無い。ドリュアスさんには、娘の事をこれからも見守ってほしい。私はドリュアスさんに向き直る。

「ドリュアスさん、これからも娘を宜しくお願いします」
「もちろんでございます。お嬢様の事は我が身命にかけて支えていく所存です」

 ドリュアスさんの確信に満ちた返答。彼ならこの言葉どおり娘を陰日向から支えてくれる事だろう。聞いたところによると、ドリュアスさんはエルフの里を追われていたところを娘に暖かく迎え入れてもらったらしい。その恩に報いるため、ティレアのお店を手伝っているという話だ。なんとも義理堅い話である。

 眉目秀麗で礼儀正しい。会話をする際にも私の意図をすぐに察し、気配りできる返答をしてくれる。謙虚でいてかつ自信に満ちていると言っても良い。

 ティレアのお婿さんにはビセフさんが一番と思っていたが、これは意外なダークホースが現れたわね。ドリュアスさん、娘にまんざらでもない様子だし、種族の問題があるとはいえ、些細な事よ。ティレアのように抜けたところがある子にはこういうしっかりした人がいてほしい。

 ドリュアスさんが退出し、幾人かのティレアの知り合いと挨拶を交わす。

 それから休憩、お茶をしながらティレアとしばし歓談した。ティレアにドリュアスさんとの仲をそれとなく聞いてみよう。

「ティレア、さっきも話したけど、母さんはエルフだって気にしないわ。あなたもそうなんでしょ」
「うん、私も気にしないよ。それどころかエルフは私が一番好む種族なんだから」
「やっぱり!」
「あ、でも聞いて母さん、確かにエルフは好きだけどドリュアス君とは――」
「あ~やっぱりそうなのね、初孫はハーフエルフ、きっと可愛いわ」
「そうだね、うん、私も子供はハーフエルフ希望だよ。だけどね、ドリュアス君とはぜんぜんそんなんじゃないんだからね」

 ティレアはドリュアスさんとの仲を否定してくる。素直で可愛い娘だが、こういう恋愛では不器用な娘らしい発言だ。確かにあれほどの逸材、ティレアが尻込みするのも理解出来る。これは母親としてティレアの後押しをしてあげないと!

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ