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ティレアの悩み事 作者:里奈使徒

3章 群雄割拠編

第十話 「このままじゃ倒産の危機だよ」

 ぎゃぼん! 今月も赤字だ。愕然と机に突っ伏す。
 料理屋「ベルム王都支店」をオープンして以来数ヶ月、利益が出た試しがない。なぜ? なぜなの? 料理は他に負けていない、ううん、むしろ他の店よりツーランクは上のものを出している自負はある。だが、なにゆえ利益が出ないのだ? 不思議だ? お客だってそこそこ来ているのに……

 それとも、そこそこだからだめなのか? だめだ、こういう経営に関してまったくの素人なので原因がさっぱり分からない。今までお店経営なんて考えた事無かったし。前世でニートなんてやらず大学で経営学でも習っておけば良かったんだよ! 
 実家にいたときも、俺と父さんは料理担当で母さんが経理関係を仕切っていたからその辺のノウハウはまったく分かんないんだよね。でも、だからといってこれほどの赤字を出してしまうか? 

 俺は店の帳簿と睨めっこする。そこには積もりに積もった額、赤インクで三千万ゴールドの赤字と記載されていた。はは、軽く小さな店なら二、三店舗潰している額だよ。普通なら不渡り出してとっくに倒産しているのだが、オルが絶えずお金を出資してくれていたので実情なんとかもっていただけの話なのである。オルがお金の出資を止めればお店は即終了。借金だけが残ってしまうのだ。

 はぁ~今月も赤字だって言ったらさすがのオル(オーナー)も切れるかな……?
 ただでさえ最初に店の運転資金や材料費なんやらでオルには一財産使わせているのだ。俺が襲われた時の慰謝料だと言ってもさすがにこれ以上はやりすぎなような気がする。ふんだくりすぎだ。

 よし、これ以上オルに負担をかけないように起死回生の案を考えてみよう。

 ポク、ポク、ポク……チーン!

 うん、閃いた。というより開き直った。無理です。とてもじゃないが、三千万ゴールドもの大金を返すようなアイデアは出てこない。
 はぁ~なんてダメ経営者なんだ、こんな俺がもしマネーの獅子(ライオン)に出演していたらきっとフルボッコされていただろうな。「君、社会を舐めているだろう!」とか「今まで真剣に生きてこなかったよね?」とか言われたりして……
 とにかく今月だけ、今月だけはオルの情けに縋ろう。

 方針が決まり、邪神軍の秘密基地である地下室へと降りていく。オル、どこにいるかな? てくてくと地下帝国をうろつく。

 そして……見つけた。

 オルは重力室Cでひたすらトレーニングをしていた。ちなみにこの地下帝国にはトレーニング室が四つあるのだ。それぞれ重力室Aから重力室Dとなっている。ティム曰く、重力室Aは百倍の重力でティム専用、重力室Bは五十倍の重力で変態(ニールゼン)、ドリュアス君専用、重力室Cが三十倍の重力でその他幹部専用だとか。

 まったく、お前らこういうの本当に好きだよな。実際、俺もその重力室に入ってみたんだけど、ちゃんと負荷がかかっているんだよ、微妙にだけどね。
 俺が以前に使った初期魔法である重圧呪文(ペッタンコ)をティムが解析してそれぞれの部屋に重圧呪文をかけたんだとか。本当に中二病者はこういう事にこだわる。だが、それが中二病の琴線に触れているのか、トレーニング室は絶えずいつも誰かが使っているみたいだ。
 まぁ、奴らは貧弱だから向上心に繋がる事は良い事だ。少しでも体力をつけてほしいよ。

 オルがいる重力室Cに入る。気持ちちょっとだけ体重に負荷がかかったように思う。うん、ほとんど何も感じない。だが、少しだろうと負荷を感じる、この状況がいいのだ。高重力下のトレーニング。中二病者のヨダレの出るようなシチュエーションだ。オルも重力三十倍(笑)の中、漫画のキャラクターにでもなった気分で頑張っているのだろうよ。

 腹筋をしているオルに近づく。オルは俺が来た事に気づくとすぐさま立ち上がり、かけ寄ってきた。

「これはティレア様」
「トレーニング中のところ悪いわね」
「いえ、今しがた終わったところです」

 さて、どう切り出すか、とりあえず借金するんだから下手には出ないとね。

「あ~オルティッシオさん(・・)に折り入って頼みたい事があるんですよ」
「何なりとお申し付け下さい」

 タオルで汗を拭きながら満面の笑顔で答えるオル。すまないオル、あなたの笑顔を崩すことになってしまうよ。

「実はですね、まことになんと言いますか、困った事になっちゃいまして」
「ティレア様、何故私如きにそのような口調をなされるのです。お止めください。どのような事態が起きようとも不肖オルティッシオ、命を掛けてティレア様の為に尽くす所存にございます」

 オルからの反論、確かにいきなり口調が変わったら変に思うか。もともと友達同士でタメ語だった奴がいきなり敬語で話してきたらそりゃ不審がる。まずい、切り出し方を失敗したか? こういう時は正直にド直球が一番なのかもしれない。

「あ~オル、実は上でやっているお店の事なんだけどね……」
「はい」
「てへっ♪ 今月も赤字だしちゃった。んでもって、追加で資金を宜しく!」

 これはいくらなんでも軽過ぎたか? いつもの口調でフレンドリーに頼んでみたが効果はあったかな? オルはなにか面食らったようで目が点になっている。

「ティレア様、困った事とおっしゃられたので何事かと思いましたよ。承知しました。それではまたいつものように資金を置いときますので」

 え!? なにその態度? いいの? 甘えちゃうよ。いくら親の金だからって使いすぎるとあなたも立場が困るでしょうに……

「ティレア様、どうされました? いつもの額では足りませんか? それではさらに追加で……」
「あ~待って待って! 本当にいいの? 今までオルからもらったお金、ぶっちゃけ数千万ゴールドはいっているのよ」
「ティレア様、申し訳ございません。数千万ゴールドしかお渡ししていなかったとは……それでしたら増額を――」
「ちがぁ――う! あ、あなたね、数千万ゴールドの赤字って普通の店なら倒産しているんだから。自分で言うのもなんだけど、こんな放漫経営者にあなたはまだ出資するのかって聞いているの!」

 俺の噛み付くような咆哮にオルはやっと事の重大性が分かったのか、神妙な顔つきになる。そう、真面目にしなさい。あなたの実家の身代をつぶしちゃうかもしれないんだから。

「ティレア様は邪神軍の軍資金を減らした事を嘆かれておられるのですね?」
「ま、まぁ、あなた的に言うとそういう事ね。私がお店を運用したせいで三千万ゴールドの穴を出してしまったんだから」
「ご安心下さい。数千万ゴールドなど微々たるものです。体制に影響ありません」

 そうにこやかに答える大貴族の息子オル。おいおい、数千万ゴールドが微々たるって――あなたの家はどこまで資産家なんだよ。

「そ、それじゃあ、今月の出資も問題ナッシングって事?」
「もちろんでございます。なんなら倍額でもけっこうですよ。それにティレア様、この世の財は全てティレア様のものです。どうぞ、そのような些事にとらわれず、存分にお使いください」

 おいおい、それって無制限にオル家の財産を使っていいってことか? なんだそのプリチーウーメンぶりわ。冗談抜きにお店で「ここからここまで欲しい♪」なんて言いながら商品をタッチしまくるぞ。

「あ~じゃあ、もし私が一億ゴールド欲しいなんて言ったらどうする?」
「すぐにご用意致します」

 おい、こやつ一ミリも躊躇なく即答しやがったよ。何でそこまで俺の為に……

 はっ!? まさか……

「オルってさ、もしかして私に惚れている?」

 俺に惚れているのならばこれほど申し訳ない事はない。なぜなら俺の心はすでにレミリアさんで予約済みだからだ。実らぬ恋の為にお金を使わせ続けるなんて非道な事はしないからね。さぁ、オル、その辺のとこどうなの?

「当然でございます。ティレア様の深淵なるお力、崇高にして偉大なるお方にお仕えできて身を震える毎日でございます」

 ふむ、これは変態(ニールゼン)とティムの関係に似ているな。恋人というより好きなアイドルに貢いでいるといった感じだ。前世、好きなアイドルのCDを一人で数百枚買った人に通じるものがあるぞ。ただ、オルは大貴族の資産家、その規模は半端ないけど。
 結論としてどうやら俺がここまで悩んだ赤字はオル家にとって些細な額でしかないらしい。ならばこのまま援助してもらってもいいかな――っていいわけあるか! 

 このままずるずるとオルに援助してもらってたらいくら何でもどこかで破綻するに決まっている。だって資産は無限じゃないんだから。俺は別に悪女というわけではない。資金提供は嬉しいけど、このままじゃオルが破滅の道にまっしぐらだ。息子を溺愛し親バカ代表格のオル父でもそうなったらオルを勘当するだろう。

「オル、お金は無尽蔵じゃないのよ。そんないくらでも使っていいなんて考え方は止めなさい。身の破滅よ」
「こ、これは申し訳ありません。それでは邪神軍の経費削減のため、上の料理屋はつぶしてしまいますか?」

 がぼっ! し、しまった。それは本末転倒だ。俺は王都で料理屋がしたいのだ。ティレアよ、趣旨を忘れるんじゃない。あまりにオルの金に対する無頓着ぶりについつい話がそれてしまった。今月分だけオルに資金提供してもらう、その話だったはずだ。何もオルの金の使い方にどうこう言う必要はないのだ。

「オル、料理屋をつぶすのは困るよ」
「そうでした、料理はティレア様のご趣味ですから、その場所をつぶすような事は致しません」
「はっ!? 今、何て言った?」
「いえですから、お店をつぶすような真似は致しませんと」
「いやその前に」
「料理はティレア様のご趣味――――はぐっ、ぐわああ!」

 思わずオルの顔面をアイアンクローばりに鷲掴みする。怒りのあまり手に力が入ってしまう。ミシミシとオルの顔面が悲鳴を上げる。苦悶の声をあげるオル、だが許さん! こいつは俺の料理を趣味と言いやがった! プロである俺の料理を! 
「オル! 私の料理は趣味で素人同然だと言いたいわけ?」
「がぁ、はぁ、い、いえ、決してそのような……わ、私が申したい事は、はぁ、はぁ覇業を打ち立てる傍らで、はぁ、あれだけの料理――――ほっぎゃあ!」
「オル! 私が傍らで、暇つぶしで料理をしているって言いたいわけ?」

 オルの火に油を注ぐ発言にアイアンクローの力をさらに強める。オルはぴくぴくして気絶してしまった。ふむ、やり過ぎたか? つい俺の料理を馬鹿にされたと思って血が上ってしまった。
 だが、これは由々しき事態だ。多分、オルは赤字ばかりのお店をみて俺を料理の素人だと思ったのだ。素人で趣味の料理だから赤字で当然だと。これはオルだけでなく周囲の幹部達もそう思っているのかな? そうであれば、ゆ、許せん! プライドが傷ついたぞ。

 こうなれば是が非でも今月は黒字に転換してやる。さっそく作戦を……
 そうだ! 俺には軍師がいたじゃないか、頼りになる知将がいた。なんでこうなる前にアドバイスをもらっていなかったのだ。すぐにでも助言をもらいにいこう!

 俺はオルを地べたに寝かせ、すぐさまドリュアス君を探しに向かう。
 ええと、ドリュアス君は……?
 無駄に広い地下帝国を探す。道行く人に尋ねるとドリュアス君は会議室にいるとのことだ。

「ドリュアスく~ん、ヘェ――ルプ、ミ――」

 駆け足で会議室へと向かう。そして到着するや会議室のドアをおもむろに開く。会議室ではドリュアス君、ティム、変態(ニールゼン)がなにやら話し合いをしていた。

 おっ!? ドリュアス君だけでなくティム達もいたか、ちょうどいい二人にも意見を聞いてみるか。いや、リサーチするには幅広く意見を聞いたほうがいい、この際幹部全員に話を聞いてみるのもいいかも……

 こいつらの話を中断させて皆を呼んできてもらおう。どうせこいつらくだらない遊びの話で盛り上がっているだけなんだから。
 あ!? いや待てよ、そうとは限らないか。もしかしたらエディムの事を話しているのかもしれない、それならばお店よりそっちが優先だ。

「あなた達、話し合いの途中で悪いわね」
「「これはティレア様」」

 話を中断して俺に向き直る三人。

「え~っとエディム関連の話をしてたのかな?」
「いえ、マナフィント連邦国への出兵の調整をしておりました」

 はい、遊びの内容だ、平和だねぇ~まったく羨ましい限りだよ。こちとらただでさえレミリアさん達の会合で鬼気迫る会議をしているというのに……
 それにしても出兵? なんか知らない間にサバゲーみたいな話をしているね。面白そうな話で普段なら食いつくんだけど、今はそれどころじゃない。俺の料理人としてプライドがかかっているのだ。

「あなたたち、そのマナなんちゃらは中断、緊急で話し合いたい案件があるの、主だったものを集めて」
「はっ、すぐに招集致します」

 変態(ニールゼン)がそう言って部屋の外へと出て行く。

「ティレア様からの案件とは珍しいですね」
「うん、ちょっとみんなの知恵を拝借したいことがあって……」
「お姉様たっての案件、我は力を惜しみません」

 ティムの心強い言葉、うんうん、三人よれば何とやら一人で思い悩むより幹部全員集めれば良いアイデアが浮かぶ事だろう。
 まぁ、期待の星はドリュアス君だけどね。俺ももちろん意見は言うよ。お昼のサービス券を配るなんてどうだろうか。
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