挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ティレアの悩み事 作者:里奈使徒

3章 群雄割拠編

第四話 「なんて貧弱な奴ら、一から鍛え直さないとね」

 魔族による王都襲撃により、ここアルクダス王国は治安が急速に悪化している。なにせ魔族によって犯罪を取り締まる国の警備隊の大半が殺されているのだ、犯罪が多発するのも必然という訳である。
 今日もどこかの商家で押し込み強盗が出たとか、ナイフで刺されて誰かが殺されたとか背筋の凍る怖い事件が起きている。それに、スリや置き引きも頻繁に横行しているみたいだし、まるで前世でいうスラム街並みの治安の悪さなのだ。

 国側も必死で対策を練っていると思うが、人手も時間を足りず間に合っていないのが現状だ。よって、王都に住む市民達は国に頼らず自分達で自衛をしなければならないのである。
 西通りで呉服屋を営んでいるミレーさんもそのうちの一人、急遽、冒険者ギルドに依頼してお店の護衛を雇ったそうだ。うち「ベルム王都支店」も強盗に狙われる可能性は十分にある。なんたって店の中の調度品は見る人が見れば分かる高級品を使っているし、何より地下にはうなるほどの財宝が転がっているのだ。

 はぁ~よく考えればオル家ってどこまで無用心なのか! 馬鹿なのだろうか! あんな財宝を置いといて金庫番も錠前もないんだよ! どうかしている!

 それとも、隠し別荘みたいな感じだしあえて無防備にしているとか? 護衛も金庫もなければこんなところに財宝があるとは思わないだろうから……

 いやいや、そうは言っても限度がある。あれじゃあ「盗ってください」と言っているようなものだ。分からん、大金持ちの考える事は一向に分からない。

 とりあえず俺は店の門に「ギルドの超新星、ミュッヘン御用達のお店」と看板を立てている。まぁ、前世の警察官立寄所のステッカーみたいなものだね。
 一応この看板は功を奏しているみたいで、いまだ強盗には押し入られていない。俺の店に凄腕剣士ミューが立ち寄っていると思われて防犯になっているみたいだ。

 だが、これで安心は出来ない。確かにミューは立ち寄ってくれているが、毎日ではない。ミューにはギルドでの仕事があるからだ。ミューがギルドの仕事をしている間は、はっきりいってうちの店は無防備もいいとこ。へっぽこ警備として数はいるのだが邪神軍は俺を除いて皆もやしっ子だ。強盗にでも入られたら全員あえなくお陀仏となるだろう。
 一応秘密兵器としてエディムがいるけど、エディムは学園があるし何より表立って警護出来ない。もし吸血鬼だと役人にばれたら指名手配されてしまうからね。

 ふむ、これはいかん。考えてみると、うちのセキュリティーは綱渡りもいいところだ。本当はミレーさんみたいにギルドに警護の依頼が出来たらいいんだけど依頼するお金がない。さすがにこれ以上オルから資金を借りるのはまずいだろうし、お店が軌道に乗って売上が出たときにでも考えるとしよう。それまでは邪神軍幹部(ひんじゃくども)に頼るしかないか……

 う~ん、でも下手したらというかほぼ間違いなくあいつらより俺のほうが強い。あいつら警護の役に立つのか? ならないだろうな。強盗が来た時に助けを呼ぶまでの時間稼ぎ、足止め程度は出来るぐらいになってもらいたいが……
 ふぅ~しょうがない。俺が奴らを鍛え直して少しはマシにしてやるか。

 翌日……

 ここは、邪神軍地下帝国のとある一室。俺は昨日のうちにこの地下帝国の部屋を探索し、トレーニングする上で最適な部屋を見つけたのだ。数十人が動き回ってもぶつからない広々とした空間、高そうな調度品も置いていないし、気兼ねする必要もない。俺はこの部屋にティム達を呼び出す事にした。

「「ティレア様、お召しにより参上仕りました!」」
「みんな、揃ってるわね?」
「いえ、ミュッヘンがギルド潜伏中で不在ですが、こちらに呼びましょうか?」
「いや、必要ないからいいよ」

 ミューはあんた達と違って職に就いているんだ。お仕事(ギルド)の邪魔しちゃいけないでしょうが! それに、今回の趣旨にミューは当てはまらない。

「今日皆を集めたのはね。最近、物騒でしょ。だから私があなた達に護身術というか技を教えてあげる」
「な、なんと、ティレア様自らご指導してくださるのですか!」
「お姉様、我はこの時を今か今かと待ち望んでおりました! ぜひぜひご指導をお願いします!」

 ティム、変態(ニールゼン)を始め、皆、色めき立って興奮する。お前ら本当にこういうノリ好きだな。

「言っておくけど、遊びじゃないからね。真剣にやるように!」
「「勿論でございます。命を掛けて取り組みまする!」」
「うん、気合はおっけいかな」
「それでどのような技をご指導して頂けるのですか?」
「お姉様、我は魔法を希望します。破壊と混沌の究極魔法を教えて頂きたいです」
「私はぜひ拳闘術をお願いします」
「私は邪神七百七十七の技のご披露をお願い申し上げます」

 君たち、中二病のノリでどんどん興奮していっているね。

「あ~その前にちょっとあなた達の身体能力を見たいから、体力テストをやるよ」
「体力テストですか?」
「うん、腕立て伏せとかやってもらうから」
「あ、あのティレア様、腕立て伏せとはあの腕立て伏せですよね?」
「オル、あなた何を言っているの? 他に腕立て伏せがあるわけ?」
「いえ、そういうわけではないですが……もちろん、普通にするわけではないですよね、やり方といいますか……」
「オルティッシオ! 当たり前の事を言うな! 我らが普通に行えば何億回やったとしても終わりがないわ」
「も、申し訳ありません。ティレア様の事です。特別な魔法を使ったやり方があるのでしょう」
「当たり前だ。ティレア様なら私達には及びもつかない方法をお考えになっておられるにちがいない」

 皆、ただの腕立て伏せについて「あーでもない、こーでもない」と騒ぎ出す。なるほど、こいつら普通に腕立て伏せをやりたくないわけだ。
 まぁ、こいつらは中二病「トレーニングなんてやなこった」ってところだろう。ここは中二病に合わせてやるか、そうすれば盛り上がるだろうし、奴らのやる気につながる。

「ふふ、よく分かったわね。そう普通に腕立て伏せをやるのではおもしろくない」
「おぉ、やはり!」

 皆の期待に満ちた目、どうするか……

 よし、あれだ! 中二病といえば重力負荷の中でのトレーニング。
 そう重力を自在に操る魔法、重圧呪文(ペッタンコ)だ。重圧呪文(ペッタンコ)を使って負荷が掛かった状態にすればこいつらの事だ。やる気になってトレーニングするだろう。

 ただ俺の初期魔法で実現可能なのだろうか? 何か難易度高いような気がする。
 う~ん考えても仕方がない、ぶっつけ本番だ! 俺は重圧呪文(ペッタンコ)をイメージする。

 そして……

「えぇい、重圧呪文(ペッタンコ)!」

 俺がこの部屋全体に魔法を放つと、心持ちズシンと体重に負荷がかかったのが分かった。

 おぉ、成功だよ、やった!

 さすがに重力十倍みたいなすごい事は出来なかったが、この感じ、自重プラス1キロぐらいの負荷がかかっているかな?

 はは、やっぱり魔法って面白いね。俺の魔力が微々たるものだからこれくらいしか変化出来なかったが、それでも魔法が成功して変化を見るのは楽しい。
 さてさて、皆もこの変化を楽しんでいるかな? ティム達を観察する。ティム達は何か堪えるような表情をしていた。まるで何倍もの重力にさらされているような感じである。さすが中二病、早速やる気を出したか。

「皆、どう? 部屋全体の重力を変えてみたんだけど……」
「お、驚きました。重力を変える魔法ですか、我も理論は知っていましたが、さすがはお姉様、既に実践されておられたとは」
「ティレア様、すばらしいです。この重圧、私の体感からいきますと部屋全体が百倍の重力になっていると思われまするが」

 早速、変態(ニールセン)がこのシチュエーションに食いついた。そうね、重力百倍が心くすぐられるよね。自重プラス1キロ程度の負荷しかないがここは変態(ニールゼン)に乗ってやろう。

「さすがニール、正解よ。それじゃあ、この重力百倍の中で腕立て伏せやるから。どう? 燃えてくるでしょ」
「さすがティレア様! こんなトレーニング方法があるとはお見逸れしました」
「ふふ、燃えているわね。いい傾向よ。それじゃあ、準備して」
「「はっ」」

 ティム達が腕立て伏せのかまえに入る。

「それじゃあ、はじめ!」
「い~ち、にーぃ……」

 俺の合図で皆、いっせいに腕立て伏せを始める。それではあなた達の体力チェックといきましょう。

 周囲を見渡す、一番優秀なのは……

 ティムね、さすが俺の妹! 多少腕が震えているが、なんとか様になっている。俺が目標回数として挙げている十五回に到達しそうだ。

 次点は……

 ドリュアス君かな。少し遅れて変態(ニールゼン)ってところか。この二人は目標回数の半分もいけばいいとこだろう。なにせ腕立て数回の時点で既に身体を支える手が小刻みに震えているし、額から大量の汗が雫になって床に落ちている。予想していたとはいえドリュアス君「色男、金と力はなかりけり」を地でいっているよ。せめて、エルフなんだからもう少し腕力をつけようね。変態(ニールゼン)はまぁ、予想どおりかな。気合は入っているが空回り。四、五回出来れば御の字だな。

 問題なのは……

 オルとムラムだ。こいつらさっきから一回も出来ていないよ。ただ、ムラムはでぶちんだからある程度は仕方がない。体重を支えるのは大変だからね。

 でも、オルあなたは……

「オル、せめて一回ぐらいは頑張ってみよう」
「はぁ、はぁ……テ、ティレ……ぜぇ、はぁ、様、承知……しまし……た」

 だめだ、オルの奴、息も絶え絶えで限界寸前だ。もう腕の筋肉が悲鳴をあげているんだろうね。俺がやれやれとあきれていると、

「……じゅうご、はぁ、はぁ、じゅうろ……も、もうだめだ」

 ティムが腕立て伏せを十六回終え、ばたりと床に倒れた。ちなみにドリュアス君は七回、変態(ニールゼン)は五回終えた後、床にダウンした。

「ティム、頑張ったわね」
「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ、お、お姉様、ありが―――」
「あぁ、無理にしゃべんなくてもいいから。ゆっくり息を整えてなさい」

 ティムにそう言ってタオルを渡す。ドリュアス君も変態(ニールゼン)もまだぜぇぜぇ言っている。奴らにもタオルを渡すか、二人にタオルを渡していると、

「ぐあぁああ!」

 急につんざくような叫び声が聞こえた。オルの声だ。

「オル、ど、どうしたの?」
「う、腕が折れたぁああ!」

 そう気をつけてね――――じゃない!
 腕立てで骨折ってんじゃねぇええよ! いくら何でも貧弱すぎだろぉぉ――っ!

 見るとオルの腕がぽっきりと折れている。典型的なトレーニング不足にカルシウム不足だ。きっと偏った食事にろくな運動もしてこなかったんだろう。オルの場合、食生活の改善から始めなきゃいけないみたいだ。なんて遠い道のり。
 まぁ、オルのトレーニング計画は後で考えるとして、とりあえずオルの治療をしないと……
 俺はティムに頼み、オルに治癒魔法をかけてもらう。ティムの治癒魔法によってオルの手がみるみる回復していく。やっぱり魔法って便利だね。

 ふぅ、それにしてもまだ腕立て伏せしか見ていないが及第点はティムだけ。こいつらなんて貧弱なの? ティムみたいな魔法使いタイプに体力で負けるってどういう事だよ。

「あなた達、そのまま休みながらでいいから聞いて」
「「はっ」」
「本当はね、この体力テストをちょっとやったら『柔道』という前世の技を教えてあげるはずだったんだよ」
「『じゅうどう』ですか! 興味深いです。ぜひ教えていただきたいです」
「早まらないで。あなた達は技を教える前に基礎的な身体作りのほうが先、あなた達、貧弱すぎるわ。及第点は今のところティムだけよ」
「ティレア様、それでは技を教えていただく為にはカミーラ様の記録である腕立て伏せ十五回をこなす必要があるという事ですか?」
「えぇ、そのくらい出来ないと話にならないよ」
「こ、この重力下で十五回ですか! む、無理です。私はこうして立っているだけでやっとです」

 オルが青ざめた顔でつぶやく。そうだよね。一回も出来ないならそう思うよね。でも、あなたの場合は食生活も関係しているから。

「オル、今のあなたならそうでしょうね。まぁ、任せなさい。オル用のトレーニングをちゃんと考えてあげるから」
「ティレア様、わ、私のような者のために、そこまでご指導して頂けるとは……」

 オルが涙ぐんで感動している。うん、まずは牛乳飲もうね。

「あと、ムラムは減量、その体重だとこの後のトレーニング出来ないよ」
「承知しました」
「それと皆の腕立て伏せを見ていて思ったんだけど、回数をこなそうと思ってやっているでしょ。それじゃあ、だめ。回数より型が大事なんだから」
「型ですか?」
「そう型よ。見本を見せてあげる」

 俺は型通りきれいな腕立て伏せを実践してやる。ふふ、何を隠そう前世、通信空手もやったことがあるし、この手の知識はくさるほど漫画や小説に出てきた。前世は身体能力が貧弱で無理だったが、今の俺なら何回でもいけそうだ。

「さ、さすがはお姉様! この重力下で余裕の動きです」
「ふふ、当然よ。たかが百倍の重力なんて、私には何も感じないわ」

 俺は調子に乗って片手腕立て伏せをする。さらに指立て伏せまでやったりする。驚愕するティム達。おぉ、さっきやった感じだと出来そうだと思ったが案外やれるもんだ。やっぱり小さい頃から鍋をふるって鍛えていたからな、腕力はそうとうついていたんだね。これは俺の実力、空手三段ぐらいあるかも? 少なくとも空手の都大会で優勝出来るぐらいの実力はありそうだ。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ