レペスが死んだ。情報通りにアレクと小屋に行ってみれば無残な死体となったレペスの姿を発見したのである。ショックではあるが予感はしていた。レペスは生粋の戦士だ。自身の負傷も省みず命の続く限り魔族をなで切りにしたのだろう。　　生々しい傷跡が激しい戦いだった事を物語っている。レペスらしい最期だ。勇敢だった戦士の最期に黙祷を捧げる。その後、アレクと一緒にレペスの遺体を埋葬し、本陣に帰還する事にした。

　そして、帰還途中に一人の少女と魔狼族(ワーウルフ)が対峙している光景に出くわした。とっさにアレクと身を隠したが、驚くべき事実を耳にした。対峙する二人の会話の内容から少女は邪神で今回襲撃した魔族の幹部達を幾人も打ち倒してきたという。

「あいつがカミーラのボス？」
「恐らくな」

　あんな少女が恐るべき敵なのか？　にわかに信じられないリリスだったが、対峙した魔狼族(ワーウルフ)は本気の様子。少女相手に最終奥義を繰り出すらしい。急激に魔力を増幅させる。

「くっ、この力、あの魔族カミーラに匹敵していないか？」
「あぁ、奴が話していたように満月の時間帯だけ力が増幅されるんだろう」
「おい、カミーラだけでも厄介なのに、あの魔狼族(ワーウルフ)まで――――」
「リリス、まずいぞ。そのカミーラ達だ！　こちらに接近している」
「わ、分かった、すぐに撤――――なっ!?」

　なぜ!?　ジェシカがここにいる？　リリスは驚愕する。邪神の傍らでジェシカが倒れているのだ。邪神と魔狼族(ワーウルフ)の対峙に集中していた為、最初は気づかなかったが、あれはジェシカだ。ジェシカやられたのか――――いや、かすかに胸が上下していて呼吸している。気絶しているだけで死んではいないようだ。

「おい、早くしろ！　奴らが到着したらおいそれと逃げる事は出来んぞ」
「分かっている！　だが、ジェシカがいるんだ。私の親友がここにいるんだ」
「くっ、お前が友誼に篤い事は知っているが、今回ばかりはあきらめろ！　とてもじゃないが救出は無理だ」

　アレクは冷徹に判断する。あぁ、分かっている。あの魔狼族(ワーウルフ)の増幅された魔力、とてもじゃないが割って入る事は出来そうにない。絶望的なのは十分に理解している。だけど……

「アレク、先にいけ！　私は残る！」
「リリス！　いい加減にしろ！」
「何を言っても無駄だ。私はジェシカを見捨てる事は出来ない。さぁ、さっさと一人で――――」
「いや、もういい。時間切れだ」

　アレクの沈んだ表情。そうか、もう来たか。リリスは慎重に周囲を窺う。辺りに並々ならぬ濃密な魔力が漂っていた。くっ、この魔族独特の雰囲気。そうカミーラをはじめとした魔族の一団が到着したのだ。それにしてもこいつら一人一人が半端ない。これまで戦ってきた魔族が赤子に見えるほどに。

「アレク、こいつら……」
「あぁ、今まで俺達が相手をしてきた魔族とは比べ物にならん。恐らく奴らの下っ端ですらべべの戦闘力を超えているだろう」
「こ、こいつらの前じゃ下手に動けないな」
「あぁ、ここはじっと堪えるしかない」

　アレクとリリスは茂みの中でじっと息を潜める。そして、邪神と魔狼族(ワーウルフ)の戦いにも動きが見えた。魔狼族(ワーウルフ)に対し、邪神が魔法を放ったのだ。魔狼族(ワーウルフ)は何も出来ぬまま塵一つ残さず消滅したのである。

　言葉もなかった、なんて威力……

　リリスにとってこれまで信じていた経験(もの)がふっとぶ出来事だった。全ての魔法体系と異なる異質な存在。全ての属性の祖ともいえる破壊と混沌の塊。リリスは言葉では言い表せない究極の力を見せつけられたのである。
　死地に飛び込むことはやまほどあった。戦力差がある敵との戦いも幾度と行ったし、命を捨てる覚悟なんてザラであった。どんな危機に直面しても戦士として冷静に耐えることが出来たはずなのに……
　この光景だけは恐怖を抑えることが出来ない。な、なんなんだ、あれは？　あの魔狼族(ワーウルフ)、戦闘力はべべ以上、満月直下のあの時間帯だけでいえばカミーラの魔力にせまるものがあった。それをあの邪神は一撃、たった一撃で沈めたのだ。

　邪神ティレア。外面だけで言えば金髪碧眼の美少女。どこかで見たことがあるような顔立ちだが思い出せない。ただ言える事は溢れる魔力はその整った容姿を天使から悪魔に変化させるのに十分であった。

　動いたらやられる、動けない。指先一つでも動かしたらあの悪魔に気取られそうだ。幾ばくとそうしていただろうか、時間にしてみれば少しの時であったと思う。邪神が軍を鼓舞し軍団が解散となり、ようやく時が動き出した。それにしてもあの邪神の演説、あれは世界征服の宣言ではないか！　邪神の部下達も熱狂して聞いていた。あれほどの力を見せつけられたのだ。魔族は絶対的な強さに惹かれる。きっと狂信的な軍団が出来上がる事だろう。

「アレク、し、信じられるか？」
「至急、撤退するぞ。あの化け物相手では戦うどころか相対する事すら危うい」

　アレクが冷や汗をかいている。チームの中でも飛びぬけて冷静沈着なのに。だが、あの邪神(バケモノ)を見ると同感だ。あれだけ恐れていたカミーラが子供に思えてしまうほどに。

「アレク、何度も言うが私は撤退しない。ジェシカを助けてからだ」
「リリス、お友達の救出は無理だ。せめて援軍を呼んで準備をしないと無駄死にするだけだ」
「いや、救出が遅れればジェシカの命が危ない」
「リリス！　あ、あれを見てもまだそんな事を言っているのか！」

　アレクが悲壮な表情で叫ぶ。あくまで言うことを聞かないのであれば実力行使も辞さない勢いだ。

「お願いだ、頼む。止めないでくれ。ジェシカは……ジェシカだけは見捨てる事ができない」

　リリスの確固たる決意にアレクは天を仰ぐ。例え、アレクが腕ずくで止めようとしても無駄だとばかりにリリスは必死な形相でアレクを睨む。

「ふぅ～仕方がない。俺も手伝おう」
「アレク、すまない」
「だがこれだけは約束しろ。深追いはしない。俺が危険と判断したら即撤退する」
「……分かった」

　アレクとひそかに邪神を追跡する。邪神に気取られずに後を追う。これまでの任務があくびがでるほどの危険な行為だ。
　邪神はジェシカを抱えながら移動している。これは本陣に戻っている？

「アレク、もしかして……」
「あぁ、奴ら本陣に戻っている。恐らく唯の市民として紛れるつもりなんだろう」
「そんなことが可能なのか？」
「魔力をサーチしてみろ。邪神を含め軍団員全ての魔力が一般人のそれと変わらぬ。あれだけの魔力をよくもここまで抑える事が出来るものだ」
「ほ、本当だ、これじゃあ、奴らが魔族だとは誰も疑いはしない」
「リリス、ますます俺達の情報が重要になってくる」
「アレク、どうする？　このまま市民に紛れてしまうと追跡が困難になる」
「……よし、危険だが、邪神の魔力の波動を覚えてみる」
「それは危険じゃないか？　止めたほうが……」
「いや、危険だがやる価値はある。このまま奴らが王都に留まるとは限らぬ。魔力を抑えられたまま国外に雲隠れされたら手の施しようがない。今、邪神が魔力を抑えているうちがチャンスなんだ」
「分かった。確かに魔力の波動さえ覚えてしまえばどこにいても感知出来る」
「リリス、周囲を警戒しておけ」
「了解、だが、無理はするなよ。邪神は底がしれん」

　アレクが調査魔法(トレース)を発動させる。魔力は人それぞれ波動が違う。調査に成功すれば居場所を把握できるし、転移する事も可能なのだ。もし、今ジェシカ奪還に失敗しても居場所さえ判っていれば再救出できる。
　頼む、成功してくれ！　アレクは全神経を集中させてサーチしているようで、全身から滝のような汗が流れている。

　アレクの本気中の本気の姿、これは成功するか……




「貴様、見ているなぁ！！」

　邪神から突然の叫び声、な、なんだ、さきほどの少女の声とは別人だ。どういう事だ？　ただ言える事は邪神にサーチがばれたという事である。

「ま、まずい。サーチが邪神にばれたようだ。アレクここは一時撤退……」
「あぐぐ……そ、そんな、ひぃ……お、おま、あ、ありえない」
「ア、アレク？」

　どうしたんだ？　こんなアレクの姿を初めて見る。いったい邪神に何をみた？

「アレク！　しっかりしろ！　とにかく逃げるぞ！」
「あ、ひぃ、はぁ、あぁああ」
「アレク！　レペス、ヴェーラ、共に戦ってきた仲間がこの戦いで死んだんだぞ！　お、お前がそんなんじゃ仲間が浮かばれない！」

　そう言ってアレクの頬を引っ張ったく。アレクは焦点が定まらない眼をリリスに向ける。

「はぁ、はぁ、す、すまない、俺は無理だ。はぁ、はぁ、あ、あんなのを見ちまったら戦えない。戦えないんだ」
「とにかく邪神がこっちに来る、早く行くぞ！」
「はぁ、はぁ、はぁ、お、俺はダメだ」
「つべこべ言わずに来い！」

　リリスは強引にアレクの手を引っ張るが、アレクはその手を押しのけた。

「お、俺の事はいぃいい！　行けぇえ！」
「で、でも……」
「はぁ、はぁ、お、お友達を助けたいんだろ！　だったらまずは生き延びろ！」

　アレクの叫びにリリスは駆け出す。

「はぁ、はぁ、リリス、ふ、振り返らずに聞けぇ！　はぁ、はぁ、や、やつは魔王だぁあ……ひ、ひぎゃあ！」

　アレクの断末魔が聞こえた。だが、後ろを振り向かない。止まらない。止まれば命をかけてまで逃がしてくれたアレクの意志に背く事になる。リリスは全魔力を速度付与の魔法に変えてひたすら走る。

　ご、ごめん、ジェシカ、今は助ける事が出来ない。私が甘かった。私が無理を言ったせいでアレクを犠牲にしてしまった。今は冷静になろう。邪神に勝つため、秘策を持って戻ってくる。それまで待ってて、絶対に貴方を助けるから。

　まずは魔滅五芒星(デガラビア)本部へ帰還する。そして、魔王が復活した事、その魔王がティレアという少女だという事を伝えないと。本部へと繋がる緊急の転移魔法陣がこの先に敷いてある。そこまで移動できれば……

　あと少し、もう少し――――

「死ね！」
「なっ！」

　突如、全力で走っていたリリスに魔弾が放たれた。かろうじて避けられたが、偶然に近い。次に放たれると避ける自信はない。何者？　リリスの行く手に突然現れた人物。燃えるような赤い目と氷のような青い目をしていて赤い耳をしている。ネコの容貌。

「獣人？　いやただの獣人ではない。あの魔弾の威力……魔族か」

　リリスはすかさず臨戦態勢を整える。

「う～ん、惜しい、魔族だけどただ(・・)の魔族じゃない」
「なに!?」
「奥義、超魔手魔撃(エアアジア)、くっく、避けたと思ってるでしょ。もうあんた死んでるよ」
「えっ!?」

　ぐらりと体が揺れ、力が抜ける。体のいたるところから血が吹き出ている。い、いつの間に、ま、まずい。戦士としての経験が知っている。これは致命傷だ。

「キャハ♪　惜しかったね。でもゾルグ様の秘密を知った者は生かしておけない」
「はぁ、はぁ、お、お前は……」
「な～に、わたしの事が知りたいの？　キャハ♪　良いよ。教えてあげる。どうせあんたは死ぬんだし。わたしは六魔将――いや新生魔王軍総督ルクセンブルク」
「はぁ、はぁ、ま、魔王軍、そ、総督だ……と？」
「いい冥土の土産になったかな、それじゃあ、わたしはゾルグ様の警護で忙しいから、あとは勝手に死んどいてね♪」

　そう言うやリリスはルクセンブルクからとどめとばかりの一撃をもらう。そして、ルクセンブルクは満足そうに闇夜へと消えていった。