第二十八話 「ジェシカとワーウルフ」
上から怒声が聞こえるやいなや、天井がガラガラと崩れ落ちた。武の将バステンの登場である。バステンの姿形は狼のそれであり獣人のようだが実態は全然違う。その内包している魔力は獣人とは桁違い。その威厳も相まって只の吸血鬼とは一線を画す存在だ。自分で武の将というだけの事はある。
「娘、名は?」
バステンがティレアさんに問いかける。だが、ティレアさんは自分に話しかけられたと思っていないのか辺りをキョロキョロしている。いえいえティレアさん、どうみてもあなたが当事者です。今までしてきたことを思い出してください。
「ティレアさんに聞いているみたいですよ」
「え!? え!? わ、私?」
「そうだ。アルキューネ、ホルス、ベベ……マルフェランドが誇る三騎士を倒したお前の名が知りたい」
「な、なぜ、私って分かったの?」
「ふん、仲間の骸についていた匂いを追ってきた。どの骸にも貴様の匂いがついていたからな」
「に、匂いで……」
「あぁ、俺の嗅覚にかかれば造作もないことだ……それで名は?」
「……」
「どうした? 名だ! 早く言えぇ!」
「は、はい、テ、ティレア」
「そうか。ではティレアよ、仲間の敵ここで討たせてもらうぞ!」
バステンが戦闘態勢に入る。震える大気、魔力の波動がここまで伝わる。
な、なんて魔力! やはり魔族は根本的にスケールが違う。でも、それでもティレアさんなら何とかしてくれる。
「さぁ、ティレアさん、いつものようにクカノミを……」
「だ、だめ……な、なんてこと」
「ティレアさん?」
「な、なんで狼男なのよぉ――っ! 弱点が違ぁ――う!」
え? どういう事? いつものクカノミ投擲しないの?
「うぁああ、殺される! だ、誰か……そ、そうだ! で、出番ですよぉ! 虐殺ソードのオズマさん! 青い彗星のシャベンさん! 五月雨将軍のシャナさん!」
ティレアさんがFランの冒険者達に助けを乞う。冒険者達は突然の魔族の出現に唖然としていたようだが、ティレアさんの一声で思い出したかのように取り乱し始めた。
「うぁああ、て、てめぇええ、こっちに振るんじゃねぇえよ!」
「ち、ちょっと誰か治安部隊呼んできてよぉ!」
「ひ、ひぃ! ま、魔族が何でここに!」
冒険者達は自慢の武器も投げ捨て右往左往している。いくら魔族だからって取り乱し方がひどすぎる。入学したての新入生でもここまでの事はないよ。まぁ無理も無いか。このバステンという魔族はAランクの冒険者でも太刀打ち出来そうにない代物だ。ましてFランの冒険者達では……
「ちっ、小虫共が騒がしいな」
その瞬間、バステンの手から鋭い魔閃が抜き放たれた。抜く手も見せない一閃である。冒険者達は全員、瞬く間に殺された。ある者は魔閃が頭半分に命中し、半壊した頭から脳奬が吹き出している。またある者は頭から股下まで一刀両断され、傷口から臓物が撒き散らされていた。
「さぁ、邪魔者は消えた。これで――――」
「た、大変だ! 魔族が現れたぞ! 敵襲!」
事態を聞きつけ、本陣警護の部隊が集まってきた。皆が皆、おのが武器を振り回しバステンに立ち向かう。
「小賢しい! まずは貴様ら有象無象共から片づけてやるわ!」
バステンは咆哮し、警護部隊をけちらしていく。あぁ、やっぱり彼らじゃ太刀打ちできない。ただでさえレミリア様を始め一線級の人達がいなく手薄になっているのである。ここは何としてもティレアさんの力が必要だ。
「ティレアさ――」
「ジェシカちゃん、い、今のうち逃げよう!」
「え!? ち、ちょっとま――」
ティレアさんに手を掴まれ、強引に外に連れ出されてしまった。ティレアさん、どうして逃げるんだろう?
「ティレアさん、どうしていつものように戦わなかったんですか?」
「ジェシカちゃん、今回ばかりはダメ、相手は狼男よ。クカノミは効かないわ」
「どうしてですか? 狼魔獣族でもティレアさんなら大丈夫です。クカノミを投擲してみてください」
「ジェシカちゃん、無駄だよ。狼男にクカノミも十字架も効かない。あぁ、銀の弾丸さえあれば……」
銀のだんがん? またティレアさんの妙なこだわりが始まった。クカノミでも十分に通じると思うのに……
どうしよう? どう説得するか? それともティレアさんに話を合わせたほうが早いかな?
「ティレアさん、そのだんがんというのはよく分かりませんが銀の塊があれば良いんですか?」
「うん、銀で出来てさえいれば……」
私はそっと傍に落ちていた石を拾うと鉛に錬金する。金や銀とはいかなくても鉛ぐらいなら私でも錬金可能である。
「ティレアさん、実は銀の石を持っているんですよ」
私はそう言って鉛で出来た石をティレアさんに渡す。
「えぇ!? そうなの? なんていう偶然! これで奴に勝てるわ……ってこれ本当に銀なの? なんか光ってなくて濁っているし、まるで鉛のような……」
私が渡した石を見てティレアさんがあからさまに怪しんでいる。当然だね、だってそれ本当に鉛だもの。
「ティレアさん、その石は我がニコル家に代々伝わる家宝なんです。何百年という年月を重ねてそのような重厚な色合いになったんですよ。でも、銀の品質はお墨付きです」
ちょっと苦しい言い訳だったかな。さすがのティレアさんも騙されな―――
「そうなんだ! なんかそう聞くと趣のある銀って感じがする」
信じちゃったよ! 言ってみるもんだ。ティレアさんはしきりに鉛を見ながら「匠の技が光るなぁ~」と言って頷いている。
「それじゃティレアさん、クカノミの代わりにそれをバステンに投擲して下さい」
「うん……でも良いの? 家宝なんでしょ」
「いいです、いいです。むしろ魔族を倒すのに使ったとなればご先祖様も喜んでくれます」
ティレアさん、私が即席で作った鉛にそんな心配は無用です。
「そっか、それなら遠慮なく――――あぁ、だめだ!」
ティレアさんが嘆く。また何か問題があるようだ。
「ティレアさん、今度はどうしたんですか?」
「ジェシカちゃん、銀の弾丸はね、人の手で投げてもだめなの。弾丸というぐらいだからね。ピストルで撃たないと」
あぁ、もうめんどくさいな。しょうがない、これもどうにか言いくるめよう。でも「ぴすとる」って何の事かな? う~ん、多分ティレアさんの話から察するにボーガンみたいな武器を言っているんだと思う。手で投げてもだめだと言っているぐらいだし……
ふふ、ティレアさんが投擲すればボーガンどころじゃないぐらいにスピードが出るんだけどね。ただ、そうは言ってもティレアさんは納得しないだろうけど……
ではどう話そうか……
そうだ! 確かティレアさん、初期魔法が使えると言ってた。ティレアさんには魔法でバステンを攻撃してもらおう。ティレアさんが言う初期魔法は私達でいう最上級魔法に匹敵するにちがいない。ティレアさんなら魔法でもバステンを倒す事が出来る。
「手で投げるのがだめなら魔法で銀の石を放てば良いんですよ。ティレアさん、魔法使えるって言ってましたよね?」
「うん、でも初期魔法だよ」
「問題ありません。初期魔法でもすごいスピードなんですよ。なんと秒速イチミリコンです」
言ってて自分であきれてしまう。かなりむちゃくちゃで子供でも騙されない理論なんだが……ティレアさんなら大丈夫よね。
「なるほどぉ! なんだかすごい速そうな感じがする。きっとそれはピストルと同じくらいね。いや、それ以上かも。さすがはファンタジー」
うん、予想通り! 意味不明な事をつぶやいているがティレアさん納得してくれたみたいだ。
「ここにいたか、ゴミ共は全部潰した。さぁ、最強同士始めようか!」
本陣の守備をあらかた片づけたバステンが現れ、不敵な面構えでティレアさんに吠える。
「ジェシカちゃん、下がって。ここは私が……」
「は、はい」
私は素直にティレアさんに前を譲る。良かった。ティレアさんがやる気になってくれている。
「ホルスやベベを倒した貴様が相手だ。最初から全力で挑む! はぁああ!」
バステンが急激に魔力を増幅する。う、嘘でしょ。ただでさえ高い魔力がさらに高くなる。こ、これって私が探知した大物魔族と同じ波動なんじゃ……
そして、バステンが濃密度の炎を生成した。す、すごい、これってキロ、メガどころじゃない、ギガ……いや伝説で語られる最大火炎呪文に匹敵するのでは……
私はバステンの火炎呪文に圧倒される。ティレアさんは私が錬金した鉛に気をよくしているようだ。自信に溢れているというか油断しきっている。いけない、いくらティレアさんでもあれを喰らったらまずいかも……
私はティレアさんに注意しようとするが……くらっと体が揺れた。
ま、まずい、またあの感覚。魔族の威圧だ。この至近距離で受けるとさすがにもたない。あぁ、だめ、意識が途切れる。テ、ティレアさん、後は頼みます。
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