第二十七話 「ジェシカと武の将バステン」
私が本陣に戻ると、急にいなくなった事にムヴォーデリ会長が訝しげな目をしてきた。そうだよね。言い訳ならあるが、勝手に持ち場を離れたのは事実だ。私は会長に謝罪する。会長は何か言いたげな様子であったが、不問にしてくれた。
リリスちゃんの通信魔法によってレミリア様の危機が伝わっているので本陣はそれどころではない。私の事情を聞くどころではないのだろう。会長達はレミリア様の救出の為、部隊の編制から作戦と大忙しだ。
そして、部隊が出発しようとしていた矢先、レミリア様が戻られたのである。皆、レミリア様が重傷だという報告を聞いていたので悲壮な顔をしていたが、無事な様子にほっとしていた。ただ、レミリア様を除く治安部隊の全滅は魔族の脅威を皆により実感させたようだ。全ての者が緊張に包まれている。
レミリア様はそんな皆を叱咤し、部隊を編成して再度魔族掃討に向かわれた。ただでさえ魔族の襲撃によって人が減っていたところに部隊を連れて出て行ったので本陣はろくに人が残っていない。ちらほら冒険者ギルドの面々を見かける程度だ。今、また魔族の襲撃があればここはもたないだろう。ティレアさんがここにいたらどんなに心強い事か……
ティレアさん、今頃どうしているだろう? あの恐ろしい魔族オルティッシオにやられたとは思っていない。きっと倒していると思うけど……
とりあえず、リリスちゃんの様子をみてこよう。私がリリスちゃんを本陣に連れ帰った時、リリスちゃんは虫の息だった。駆けつけた魔滅五芒星のアレクは顔色を変え、すぐさまリリスちゃんを治療室に連れて行ったのだ。本陣にいるのは優秀な治療士達だが、度重なる激戦で負傷者であふれかえっている。リリスちゃんの治療が間に合ったか不安だ、気になって仕方がない。
私はアレクの許に向かう。リリスちゃんが治療されている部屋に入ると、寝ていると思われたリリスちゃんがアレクとともに外に出ようとしていた。
「あ、ジェシカか」
「リリスちゃん、もう動いて大丈夫なの?」
「あぁ、治療は終わった。私達はこれから仲間の救助に向かう」
ティレアさんが言っていた小屋にいる魔滅五芒星の仲間の許に向かうらしい。
「で、でも本当に大丈夫なの? いくら治療魔法を受けたからって、あれほどの重傷だったのに……」
「私達はそれほどやわじゃない。ジェシカ、助けてくれてありがとう」
リリスちゃんは微笑み、アレクと共に外に出ていった。いくら治療魔法とはいえ万能ではない。普通、あれだけの重傷なら少なくとも二、三日は安静にしていないといけないのに……
リリスちゃんが心配だ。本当は休んでて欲しい。でも、リリスちゃんの意志の篭った目を見ていると止められなかった。仲間のアレクはかなりの腕前で頼りになりそうだ。ここは彼を信頼するしかないだろう。絶対にリリスちゃんに無理はさせないでほしい。
「あ、ここにいましたか? お知り合いの方がジェシカさんを捜していましたよ」
リリスちゃんを見送り呆然としていた私に本陣受付の人が急に声をかけてきた。私を捜している人? 誰だろう?
「私を捜している人って誰ですか?」
「ティレアと名乗ってましたよ」
ティレアさん! 良かった、無事だったのね。うん、大丈夫だとは思っていたけど、実際に無事だと分かったら嬉しい。すぐに会いたい。
「言伝ありがとうざいます! それでティレアさんは?」
「大広間で待っているそうです」
受付の人にお礼を言い、すぐさま大広間に向かう。大広間に着くと、冒険者達数人でグループを形成していた。ティレアさんはどこだろう? 周囲を見渡す。
見つけた! ティレアさん、他の冒険者達と談笑している。本陣にいるから安心しているのかな? 私は声をかけるべくティレアさんに近づく。
ん!? 何だろう? 私はティレアさんが首に何かぶらさげているのに気づいた。
白くて丸い……あれクカノミだよ!
ティレアさんクカノミに紐を付けて首にぶらさげている。クカノミはきっと本陣から拝借したのだろう。あぁ、もう絶対変な人と思われているよ。
さらに近づくとティレアさんと冒険者達の会話が聞こえてきた。
「そうなんですか! 吸血鬼を百人も倒すとはすごい!」
「あぁ、ついつい俺の短剣が火を噴いちまった、するとどうだ! 辺りは吸血鬼共の死体の山だ」
「おぉ! まさに短剣使いここに極まるですね。それであなたは?」
「私か、私はこの弓だ、私が弓を放てば雨あられの如く。同じく死体の山さ!」
「なんていう老黄忠! いやロビンフッドと呼ばせてください」
な、なんか円陣になって順番に戦功を言い合っているみたいだ。ティレアさんは彼らの自慢話にいちいち驚愕している。
ティレアさん、騙されないで! この人達、どう見てもFラン、せいぜいEランぐらいの冒険者達です。
この人達、ここにいるのもただただ避難しているだけのようだ。一度も戦闘をしていないと思う。だって、この人達の剣や槍……どの武器を見てもほとんど血糊がついていないんだもの。リリスちゃんやレミリア様が命がけの戦いをしていたというのに……
聞くにも堪えない話を聞いているとティレアさんの番になったようだ。
「あ、次は私の番ですね。え~と、私は知の将だけでなく、ふふ、なんと魔族の長を討ち取りました!」
「くっあっはっは、何かえらいデカい口を聞くねぇ。で、得物を持っていないとこみると、あんたの武器はそれかい?」
冒険者達はニヤニヤしながらティレアさんが首にぶらさげているクカノミを指差す。あぁ、もうだから止めたほうがいいのに。冒険者達にバカにされているよ。
「おぉ、良く分かりましたね」
「くっくっ、それが武器? そんなのがあんたの力なの?」
「いやいや、これは力というより知識ですよ」
「ぷっ、知識? そういえば知の将を倒したんだっけ?」
「そうです。いや~死闘でしたよ。私は力がないぶん、ここで勝負するしかないですからね」
ティレアさんはそう言って自身の頭をちょんちょんと指差している。冒険者達もそれを聞いて笑っている。なんか盛り上がっているよ。
「本当かよ。あんた、そんなに頭が良さそうに見えないけどな」
「うぁ~ひどい。本当ですよ。そばに魔法学園生徒のジェシカちゃんもいました。彼女が私の頭脳戦の証人です」
ち、ちょっとティレアさん、止めてよ。証言なんてそんな……
しかも、ティレアさんの頭脳戦? いやいやいや、私に偽証させる気ですか! とにかく無茶な事を言われる前にティレアさんに声をかけよう。
「ティレアさん」
「ジェシカちゃん! 気分はもう平気?」
「はい、大丈夫です」
「本当に心配してたんだよ。トラウマになってなくて良かった」
「ティレアさんには何度も命を助けて頂きました。本当にありがとうございます」
「いやいや、そんな……あ、そういえばさっきジェシカちゃんの話をしてたんだ」
え!? ティレアさん、何言い出すの?
「皆さん、さっき話したジェシカちゃんです。彼女が私の頭脳戦の生き証人です」
「くっく、あんたがこのほらふき――――おっと失礼、彼女の証人か」
む!? あなた達にティレアさんを侮辱されたくない。頭脳はともかく力だけならあなた達の百倍は強い人なんだよ。
「魔法学園所属、ニコル・ジェシカといいます。頭脳はともかくティレアさんの言った事は本当です」
「ち、ちょっとジェシカちゃん、頭脳はともかくって……」
「はっはっ、やっぱりなぁ。大嘘もここまでくると大笑いだ」
「嘘はあなた達です! さっきから威勢のいい事を言ってましたが、一度でも戦闘しましたか? ただ逃げ回っていただけではないんですか?」
「な、なんだと! 小娘、我々を侮辱する気か!」
「ジェシカちゃん! 何て事を!」
冒険者達が怒りを滲ませる。だけど、私は何度も恐ろしい魔族と対峙したのだ。この人達の怒りなど何も恐ろしくない。そよ風そのものだ。ティレアさんは冒険者達の怒りを見て、恐怖の顔をしている。いやいやいやティレアさん、あなたは本当に勘違いしすぎです。
冒険者達との一触即発の中、天井から物凄い轟音が鳴り響いた。
「ここにいたかぁ――っ! 仲間の敵、大魔族四騎士が一人、武の将バステンが貰い受ける!」
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