「お姉様、この騒ぎはいったい？」

　俺はティムに事のあらましを伝えた。ティムは聞くに従って眉を吊り上げていく。そうだよね、ティムも女の子に暴行するような屑に怒りを覚えているようだ。ティムが怒りに満ちた顔でオルを睨む。
　おぉ、我が妹ながらちょっと怖いぞ。まるで本物の魔族みたいだよ。ティムの怒りの形相にオルはすっかり青ざめて弁解を始めた。

「ち、違うのです、カミーラ様。邪神が何を言ったか知りませんが我らは――」
「邪神だぁ!?　オルティッシオ貴様、お姉様に敬称をつけぬとは何事だ！」

　ティムの容赦ない一喝、オル達はがたがたと震え始めた。

「も、申し訳ありません。そ、そのティレア様が人間の味方をしたので……そ、そうだ、ジェシカとか親しく名を呼んでおりました、ティレア様は人間如きと親しくし、我ら魔族を裏切っておられたのです」
「ジェシカ……それは我がお姉様から頂いた品の名ではないか！　オルティッシオ、貴様は我がお姉様から頂いた品を勝手に壊そうとしたのか！」
「ひ、ひぃ、そ、そんな、し、知りませんでした」

　あぁあぁ、オルの奴、火に油をそそいだね。ジェシカちゃんに暴行しようとしたなんて知れたら親友であるティムが怒るのも無理ない。ティムの怒りの態度にオルの奴、もはや可哀そうなくらいガタガタと震えてティムに縋りついている。

「もう良い、オルティッシオ！」
「ははっ、ま、まことにまことに申し訳なく、このような事は二度と致しません」
「死ぬが良い」
「なっ!?」
「お姉様に刃向おうなど万死に値する。貴様が何を訴えようが聞く耳持たぬ。いいか、何が有ろうともお姉様が常に正しいのだ」
「カ、カミーラ様、な、なぜ？　何故そこまで邪神に忠誠を誓うのですか？　魔法体系の租とまで讃えられたあなたが……」
「ええい貴様が近衛隊にいるだけでお姉様に対する我の忠誠が疑われてしまうわ」
「カミーラ様、他の隊員は情けなくも邪神に膝を屈していますが我らオルティッシオ隊は違います。邪神など恐れる事はありません。カミーラ様がお立ちになる御覚悟があればいつでも――」
「貴様！　言うに事欠いて我にお姉様への謀反をすすめるのか！　許せん、許してはおけぬ！」

　馬鹿だ！　あまりに馬鹿すぎる！

　オルの奴、身内を一緒に襲うなんて言われてティムが怒らないと思ったのか！　案の定、ティムの怒りはますます跳ね上がったようだ。ティムはオルを蹴飛ばすと、オルに向けて魔弾を放つ。オルはふっとばされて息も絶え絶えだ。

「はぁ、はぁ、お、お許し下さい」
「しゃべるな！」
「がはっ！」
「動くな！」
「げほっ！」

　オルがしゃべったり動こうとするたびにティムが初期魔法をオルにぶつける。う～ん、オルの奴、いい気味だがさすがにそろそろ止めないとまずい。いくら初期魔法とはいえ虚弱体質のオルが何発もくらって無事ですむはずがない。
　予想通り、オルはティムの魔弾に耐えきれずだんたんと血まみれになっていく。やばい、ティムが殺人を犯してしまう。俺はティムの肩に手をかけ、魔弾を撃つ行為を抑える。

「ティム、そろそろ止めないとそいつ死んじゃうよ」
「そうでした、我とした事が怒りのあまり力を入れすぎるところでした。お姉様のおっしゃる通り、簡単に殺すつもりはありません。それでは幾分セーブして罰を再開します」

　そう言ってティムが魔弾を再度放とうとする。いやいや、そういう意味じゃないよ。確かに暴行犯で屑な奴だけど殺してしまってはこっちが悪者だ。だが、ティムは頭に血が上っているようでこのリンチを止めそうにない。
　まぁ、気持ちも分からないでもない。もし、オルがティムを襲っていたなら俺もティムと同様の事をしただろう。きっとオルをぼこぼこにしてただろうね。ティムの姉を思う気持ち嬉しいけど、このまま見過ごしてティムを犯罪者にさせるわけにはいかない。

「いいからやめて、ここは私に任せなさい」

　オルはティムの魔弾をくらいぼろぼろだ。ところどころ出血して痛々しい。いくら犯罪者の屑だからってちょっとやりすぎかな？

「オル、反省した？　ティムもちょっとやり過ぎたかもしれないけど、それだけあなたがしでかした事が許せなかったんだからね」
「はぁ、はぁ、邪神、な、何がティムだ！　はぁ、はぁ、わ、私が敬愛するカミーラ様をそのような名で呼ぶではない！」

　この期におよんでまだそんな事を言うなんて……

　オル、あなたはティムの筋金入りのファンみたいね。アイドルを「実名で呼ぶな、きちんと芸名で呼べ」って事だろう。

「ティレア様に対し何たる口の聞き方、許せぬ！」
「お姉様、どうやらこやつはとことん反省しておらぬようです。我が考えうる最大級の苦痛を与えてやります！」

　ティムや親衛隊の皆がオルに憤慨する。オルも俺に対する敬語を止め、敵意満々の目つきだ。多分、俺のせいでティムに嫌われたと思っているのだろう。
　それにしてもオルめ、ティムにあんな目にあったにも関わらず、まだティムに縋りついている。俺を見る眼と違いオルのティムを見る眼は欠片ほどの敵意もない。純粋な敬意を持った目つきをしている。オルは犯罪者の屑だけど、ティムを思う気持ちだけは本物なのかもしれない。

　確かに魔族襲来なんて大事件が起きなければオルもあんな大それた事をしなかったかも。パニックになって理性が少しはじけ飛んだのかもしれない、情状酌量の余地は残されているかもね。

　俺も前世オタクだったし、好きなアイドルから罵られ嫌われる事が辛い事は十分に分かっている。オルもティムから暴力を振るわれ嫌われているのは何よりも辛いはずだ。今もティムから情け容赦ない言葉がオルに振り落とされている。暴力こそ俺が止めているもののその口撃は止まらない。ティム達のオルへの激しい糾弾は留まる事を知らない様子だ。
　オルは必死に弁解している。傷口から出血し、痛みも多々あるだろうに必死にティムに情けを乞いているのだ。その様子はあまりにも哀れだ、哀れすぎる。

　ふぅ、仕方が無い、オルにも最後のチャンスを与えてやるか、これで反省していないようなら容赦なく警備隊に突き出してやる。一応、オルに対しティムに恨みをもってないかをきちんと確認してからだけどね。かわいさ余って憎さ百倍ともなれば目も当てられない。

「オル！」
「な、何だ？」
「ティム――――カミーラの事、嫌いになった？」
「はぁ、はぁ、ば、馬鹿なことを！　カミーラ様は私の命以上に大切な存在、そのような思いなど欠片も存在せぬ！」
「これだけの目に遭わせられたのに？」
「無論だ！　はぁ、はぁ、どれだけの事をされたとしても……私の忠義は一切揺るぎはせぬ！」

　オルの断固たる決意が窺えた。俺の目から見ても嘘をついているようには見えない。ティムに害がないのであればファンは必要かもしれない。これから先、ティムが王都で暮らしていく中で味方は多いほうが良い。ただでさえ田舎出身という事で他からのやっかみが多いだろう。オルはどうしようもない奴だが、ティムを大切に思う気持ちは本物みたいだ。

「お姉様、そろそろ宜しいですか？　こやつのお姉様に対する不遜な口の聞き方に我はこれ以上理性が保てそうにありません」
「カ、カミーラ様……」
「あぁ、もう良いよ、ティム」
「お姉様、それはどういう意味でしょうか？」
「オルにこれ以上の罰はいらないって事。誰か治療魔法が出来る人がいたらオルを治療してやって」

　俺の言にティムも親衛隊の皆も目を白黒させている。オルの厳罰は当然と思っていたようだ。治療してやってと言ったにも関わらず誰もその場から動かない。皆、オルの事を怒っているようだが、ここは堪えてほしい。

　……というか、早くしないとオルが死んでしまわないか？　今もどくどくと血を流し続けるオル。やばい、やばいって！　もう救急車が必要なレベルだ。あぁ、誰でもいいから治療してよ！

　ん!?　というかそもそもの話、治療魔法なんて使える人がこの中にいるか？

「お姉様、本当にオルティッシオめを治療してやるのですか？」
「えぇ、そうよ。誰かいないの？　早くしないと！　あぁ、ポーションでもいいんだけど……」
「お姉様、我ら魔族にとって神聖魔法は最も不得意な分野です。ほとんどの者が治療魔法(ヒール)なんて出来ないでしょう。まぁ、すべての属性を極めた我は別ですが」
「おぉ、ティムは治療魔法(ヒール)出来るんだね、早速お願い！」
「分かりました。お姉様がそうおっしゃるのであれば……」

　ティムはぶつくさ不平をいいながら、オルに治療魔法(ヒール)をかけている。オルの体はみるみる傷がふさがっていく。すごい、まるでベホマンみたいだ。あっという間だ。完全回復魔法だよ。ティムは闇属性が一番得意と強がっていたけど、本当は神聖魔法が得意なんだな。中二病だから闇が好きなんだろうけど、学園では自分の特性に合った勉強をしてほしい。


　そして、治療を終えたオルが俺を見る。治療をさせたせいか、その眼には敵意が先ほどより薄らいでいるようだ。

「私を許すという事ですか……？」
「えぇ、その通り」
「あれほどの無礼を働いたのに……」
「ふっ、オル、もし私とティムが窮地に陥ってた時、どっちを助ける？」
「無論カミーラ様です。この身全てを犠牲にしてもカミーラ様の為に尽くします」
「貴様っ！　まだそのような事を！　その口引き裂いてくれるわっ！」

　ティムが怒りの形相で身を乗り出す。

「ティム、よしなさい。オル、よく言ったわ！　そのティムを思う気持ちがあるからこそ私は許したのよ」
「ティレア様、いけません、オルティッシオに御咎めなしでは示しがつきませぬ」
「これでいいんだって！　もともと皆はティムの親衛隊よ。親衛隊はティムを大切にしてくれるならそれで十分示しがつく」
「お姉様……以前にも申し上げたとおり親衛隊は我の者ではありません。我を含め皆お姉様のものです」
「ティム、その姉を思う気持ちは嬉しい。でもね、だからって皆の気持ちを無理やり私に向けても意味がないのよ」
「そ、そんな我らは真にティレア様を崇め信奉しておりまする」

　変態(ニールゼン)達は口をそろえて異議を唱える。

「ニール、分かっている。皆が私を信頼してくれているのは十分に理解している。だからこそ、そんな皆には私が大切にしているティムの事を一番に支えて欲しいの、これは命令よ」
「し、しかし……」
「命令！　私はティムを他の何よりも大切にしているの！　だから親衛隊の皆もそうであってほしい」
「はっ、ティレア様のカミーラ様を思う気持ち心打たれました。カミーラ様の事はお任せください」

　変態(ニールゼン)がいつも以上に気合の入った声を出す。他の隊員も真剣な眼差しで頷いている。親衛隊の皆は納得してくれたみたいだ。

「うぅ、お姉様、わ、我は嬉しゅうございます！」

　ティムは涙を流している。感激しているようだ。ばかね、姉妹だから当然の事を言っただけよ。後は、オルの態度次第だけど……

「オル、あなたがやった事は確かに許せない行為だった。だけど、状況が状況だしあなたの気持ちを少しは汲んでおかなければいけなかったわね、ごめんなさい」
「ティレア様……私如きに頭を……か、数々のご無礼、お許し下さい」

　オルが深々と謝ってくれた。うん、どうやら反省したみたい。俺を襲おうとした事はチャラにしてやるか。そのティムを思う気持ちに免じ一度だけ許してあげる。

　雨降って地固まるというか、なんとか収拾がついたようだ。ティムや変態(ニールゼン)はまだオルにしこりが残っているようだが、なんとか俺が治めさせた。オルの友達も気が気じゃなかったようだが、俺とオルが和解したことでほっとしたようだ。

　さて、この後はどうしようか？　ジェシカちゃんの事も気になるし、本陣に行ってみようか。知り合いが馬鹿な事をしたしそのフォローもしてやらないとね、そう考えてると、

「ティレア様、僥倖です。まだレミリアは捕縛から逃れていませんでした」

　オルの友達が何やら物騒な言葉を投げつけてきた。そして、そいつらが運んできたものを見る、そこには見目麗しきエルフが縄に縛られ横たわっていた。

　がぼっ！　レミリアさん！！　なじぇここに？

　そ、そういえばレミリアさんを捕縛だの、何だのオルが話してたね。多分、レミリアさんが魔族と戦い傷つき倒れているところを偶然発見、これ幸いと縄で踏んじまったのだろう。これだから中二病は手に負えない。

　あばばばばば、こいつら究極のバカなの？　一難さってまた一難、王都の至宝を浚うなんてどれだけの罪になるか分かってんのか！