あ、ありのまま起こった事を話すぜ！

　さぁ一緒に戦おうと思っていたら、ジェシカちゃんに「ティレアさん、後は頼みます」と言われて置いてかれた。何を言っているかうすうす分かっているけど、現実逃避しそうだ。催眠術にかかっただけとか超スピードで逃げる事が出来たらどんなに良かった事か……

　今、俺はもっともおそろしい現実(まぞくといったいいち)を味わっている。

　あぁ、まさか一人で魔族の長と戦う事になるとは思いもしなかった。魔族と戦うのはしょうがないとしてもせめてジェシカちゃんに魔法で援護してもらいたかったよぉ。ふぇえん、まさか置いていくなんて……

「ふぉふぉ、無駄なあがきじゃ。あやつの魔力は覚えておる。転移すればすぐに追いつくわい」
「聞いた！　ジェシカちゃん、カムバ――ック！　何か逃げても意味ないみたいだよ、一緒に戦おう。このままじゃ各個撃破されちゃうよ」

　だめだ、聞こえていないのかな？　ジェシカちゃんは振り返りもしない。

　そうか！　怪我人(多分、会話から察するにジェシカちゃんの友達？)を庇いながらの逃走だから必死で聞こえていないのかも……

「ふぉふぉふぉ、人間とは醜いのぉ。お前はどうやら捨て駒になったようじゃな」
「べ、別に捨て駒じゃないし！　ジェシカちゃんは私を信頼してこの場を任せてくれたのよ」

　ついムカっときたので心の内をぶちまけた。魔族のあんたにそんな事言われる筋合いはない。あんたにジェシカちゃんの何が分かるんだ！
　そうだよ！　見捨てられたとかちょっと薄情なんじゃないとか考えていた自分が恥ずかしい。ジェシカちゃんは、さっきまで奴と戦闘していた友達を助ける為に必死に行動を起こしたにすぎないのだ。彼女はだいぶやられていたから早く治療しないと命に係わる。だから、俺の力(チシキ)を信頼し急いで本陣に向かったのだろう。
　それに、ジェシカちゃんはまだ十四歳、中学生みたいなものだ。子供に援護を頼るなんて情けなさすぎる。俺は前世も含めればもういい年した大人だ。

　そ、そうだよ、これでいいのだ。俺が時間を稼いでいる間にジェシカちゃん達が逃げのびればいい。

「こ、この場は行かせないんだから、わ、私がお前を止めてみせる！」
「ふぉ、人間如きが魔族であるワシを足止めするじゃと！　ふん、最弱種のくせに生意気なやつじゃ！」
「脆弱だからって最弱が最強に勝てないとでも思っているの！」
「ふぉふぉ、生意気な小娘じゃわい。怪我も回復した。逃げた奴らは転移ですぐにでも追いつける。どれ、少し遊んでやるわい！」

　そう宣言すると魔族の長(さいきょうしゅ)はおもむろに私に向かっくる。俺はすかさずクカノミを手に取る。

　どうする？　相手はこれまでの敵と違う。魔王の直属護衛軍だ。今までと同じように考え無しにクカノミをぶつけても勝利は薄い。避けられるかもしれないし、急所を外せばカウンタ―を受けるかもしれない、作戦が重要だ。

　ん!?　まてよ、というか前提としてクカノミ効くのか、こいつに？　いや、そこは信じよう。というかそこがだめなら手のうちようがない。何とか隙をついて連撃すれば倒すチャンスがあるかも。

　よし、とりあえず初手は必ず当てる。まずは……え～とどうしようか――って、ちょま――作戦がまとまらないうちに奴がどんどん近づいてくる。

「く、くるな！　い、いいのか？　私には七千人の部下がいる！」
「ふぉふぉふぉ、藪から棒に何の冗談じゃ？」

　くっ！　とっさだったとはいえ七千人は言い過ぎだったか。あ、でも歩みは止めてくれたぞ。

「そ、そうね、七千人は冗談だとしても五百人はいるわ。いいの？　私に何かあったらそいつらが黙っていないわ！」
「ふぉふぉ、五百人が本当じゃとしてもそれがどうした？　ほれ、連れてくるが良い。全てワシのエサにしてくれるわ」
「い、いいのね？　一人ひとりが一騎当千よ。あ、あんたをぼこぼこにする。全員が魔力三万あるわ」
「ふぉふぉ愉快愉快、部下がそれならお主はどうなるのじゃ？」
「え!?　わ、私？　そ、そうねぇ、じ、十万よ」
「ふぉふぉ嘘をつくにしても知識を蓄えてからにしろ、魔力相場が出鱈目すぎる」

　い、いかん、作戦を考える為の時間稼ぎのつもりが、しどろもどろなうえ無茶苦茶だった。自分で言っといてなんだが、親衛隊の皆を部下で一騎当千だなんてでたらめもいいところだ。言っていた自分でさえあきれはててしまう。

「さぁ、余興はすんだかのぉ。それじゃ、ほれ、踊るが良い」

　奴の指から炎が噴出され、足元の地面が焦げる。

「ど、どわ、わっ！　ち、ちょっとやめて」

　俺は思わず、ステップを踏む。

「ほれほれ、もっと踊らんか！　足が消しとぶぞい」
「うわっ！　わっ！　あ、あぶな！」

　奴の指から連続して炎が噴射される。足元の地面が次々とえぐれ、石や瓦礫が消炭へと変わる。あ、あんなのが当たったら骨すら残らない。
　でも、奴はわざと俺に当てずにぎりぎりを狙っている、一撃で終わらせずに恐怖を与えて楽しんでやがるな。なんて、外道な奴！

「く、くそ、なんて卑劣な！」
「ふぉふぉ、当たり前じゃ、最強種たる魔族にとって人間などエサであり戯れに壊すおもちゃにすぎぬ」

　くそ、ばかにしやがって！　見てなさい、人間の英知をみせてあげる。俺は一発逆転の秘密兵器クカノミを持っているのだ。吸血鬼の弱点、とことん味あわせてやるんだから。だが、どうしよう？　奴が炎を噴射し続けるのでタイミングがつかめない。一旦距離を取るか、俺は後ろに下がろうとする。

「ふぉふぉ、逃がしはせんぞ」

　そう言って、奴は俺の行く手に炎の壁を出現させる。くっ、とっさに左に向きを変えようとするが、

「ふぉふぉ、どこに行く気じゃ、ふぉれ、それ、ふぉれ！」

　どわっ、なんて事をしやがる！　奴は俺の周囲を囲むように円形に炎を出現させるじゃないか！
　くそ、このままじゃ、焼き殺されるのは時間の問題だ。唯一、救いなのは奴が遊んでいる為、すぐには殺されないという事だ。だが、奴の気がいつ変わるか分からない。気が変われば俺は奴の炎で一瞬で消炭に変わる事だろう。

　くっ、この現状を打破するにはどうすれば？　選択肢は三つってところか。

　①美人でキュートなティレアちゃんは突如反撃のアイデアがひらめく
　②仲間が来て助けてくれる
　③現実は非情。さっさと焼け死んじゃいな♪

　う～ん、やっぱり他力本願はダメ、ここは①だ。何とかするのよ、ティレア！　この炎の壁を突破する画期的なアイデアを出すのだ。

　ポクポクポク……ぶっぶぅ

　だ、だめだ、見当もつかない。どうしよう？　体当たりぐらいしか思いつかなかったよ。実際にかむしゃらに突撃しようものなら墨くずになっちゃう。

　し、仕方が無い②だ！　他人任せで嫌だが背に腹は変えられない。仲間、仲間、え～と、ジェシカちゃんは友達を連れて本陣へ逃走中。ミューはティムの警護をしている。ならば……

　俺はすぅっと息を吸い、そして……

「レーミーリーヤさぁ――っん！　たっけ――て！」

　ピンチ、ピンチ、大ピンチなんです！　あなたの未来の恋人が魔族の手にかかろうとしてます！　早く白馬の王子のごとく駆けつけてください。もう処女でも童貞でも何でもあなたに捧げますから。そう祈りながら大声で叫んだ。

「な、何じゃっ！　いきなり大声を出しおって！　鼓膜が破れるかと思ったぞ！」

　あれ？　もしかして怒らしちゃった？　さっきまで奴は猫がネズミを甚振るかのような顔をして余裕の笑みがあった。だが、今は少し憤怒に変わった気がする。

「まったく助けを呼んでも無駄じゃ。周囲に人がいない事は確認しておる。それに増援が来てもワシが返り討ちにするだけじゃ」
「そ、そんな……」
「はぁ～まったく鼓膜が痛いわい、人の分際でちょこざいな。ああ、もう余興は終わりじゃ、さっさと焼け死ぬが良い！」

　そう言うや周囲に円のように出現していた炎の壁が徐々に狭まってくる。

　あわわわ、ど、どうしよう？　や、やっぱり③なのねぇ～
　ふえっふぇんぇ、ひっく、うぁわーん、死にたくないよぉ！　誰か助けてぇ！　

　俺は狼狽え右往左往する。

「ふぉふぉふぉ、せいぜい恐怖におびえ、いい声を聞かせるのじゃ！」
「貴様！　お姉様に何をやっておるのだぁ――っ！」
「へっ？」

　俺が現実の非情さに嘆いていると、突如、背後からかけられる声……

　こ、この声はティム!?

　うぉおおお②だ、②が出たよぉ――っ！　ナイスだ、ナイスタイミングよ！　ティムが来たと言う事はミューもいるって事になる。やった、歴戦の勇士が駆けつけてくれたぞ。
　それにしてもティムの憤怒の表情……きっと俺が殺されそうになったからすごい怒っているのだ。姉思いのティムらしい。いまにも魔族の長に向かって襲い掛かろうとしている。
　でも、だめよ、危ないから。俺を心配してくれるのは嬉しいけど、ここはミューに任せてね。

　ん!?　って魔族の長(ヤツ)め！　いきなり現れたティム達に驚いて炎を消している。これは攻撃のチャンス！　なぜかぽけっと阿呆づらしているヤツの顔にクカノミをぶつけてやる。俺はクカノミを手にとる。
　で、でも、効くかな？　魔族の長に対しやはり不安は尽きない……

　そうだ！　ここにきて一発逆転の策、思いついたぞ。俺はクカノミを握り潰し、その汁を十字架に塗りつける。そう、これならクカノミの効果に十字架の攻撃力が加わる。弱点の相乗化だ。
　ふふ、これで効果も倍増するはずだ。奴もひとたまりもないだろう。

「何やらお姉様のお声がしたと思って来てみれば、なんという有様！」
「なっ？　はっ？　お姉様？？　どういう？　ワ、ワシはしんそ――」
「言い訳は聞かぬ、情けはかけんぞ！　我自ら制裁してくれる、塵一つ残さぬ！」

　よし、今、奴はティムと話をしていて隙だらけだ。俺はこれ幸いと奴の懐へとダッシュする。

　ふぅ、魔族の長、見た目からして恐ろしい存在だった。もちろん見た目だけでなく、その強さ、残虐性、まさに最強魔族と言ってもよい。だが、あまり人類を舐めないでもらおう。人は最弱な分、知識でその穴を埋める事が出来る。そうそう人類がやられっぱなしと思わないことだ。

　俺はクカノミの汁にまみれた十字架を握るとその拳を奴の顔面へと振りかざす。

「いくぜ、魔族の長(さいきょう)――――私の知識(さいじゃく)はちぃっとばかり響くわよ！」

　俺の拳が、奴の顔面へとぶち当たった。
　瞬間、ぷちっと感触が手に伝わり、びちゃっとなにかが顔にかかる。

「へっ？」

　何？　この感触？　そして、なにこの眼前にうごめく物体は？
　そこにはミンチとなって半壊した魔族の長の姿。肉塊が死後痙攣したらしくピクピクしているのが生々しい。

　ス、スプラッタァ―――――！！

　えっ？　えっ？　ち、ちょっといくらなんでもひびきすぎだろ！　自分で考えたアイデアだが相乗効果ぱねぇ――っ！
　え？　じゃあ、もしかして顔にかかってているのは奴の肉片？　俺は顔にべっとりかかったそれを手にとる。うぁああ、ねばねばしてきもい。おぇえ！