第十五話 「レペスの決意(後編)」
どうする? このままべべの奴を倒せたとしても現状、カミーラの掌の上だ。俺が打開策を模索していると、
「真空雷大槌!」
「大地火大槍!」
雷と炎の突風が巻き起こり、べべを取り巻いてた軍団員が根こそぎ消滅した。この威力、術式……
「お前ら!」
一人では絶対に勝てなかった。願ってもない援軍である。魔滅五芒星の同志であるヴェーラとリリスがそこにいた。
「巨大な魔力を追ってきてみれば、こんな所にいたのね、レペス」
「この大量の魔族の死体、あいつの仕業か?」
「あぁ、その通りだ、伝説の魔族カミーラが復活したみたいだ」
「まじでか!」
「う、うそでしょう」
リリスとヴェーラは驚愕している。そんな事があるのかと疑問の顔をしていた二人だが、カミーラの巨大な魔力と威圧を前に納得の雰囲気だ。
「で、リリス、お友達は見つかったのか?」
「あぁ、その件はもう心配ない」
「そうか、それじゃあ心置きなく任務に励め」
「分かっているよ」
「それでレペス、この現状説明してくれる?」
「カミーラの言で吸血鬼達と戦闘していた。『この円の中で殺しあえ、残ったほうを部下にしてやる』と、なんともありがたい話さ」
「ちっ、遊ばれてるな、ムカつく」
「レペス、もちろんこのまま言いなりになってるわけじゃないんでしょ」
「無論、なんとか勝機を見出して離脱するつもりだ」
「そうね、戦っても無駄死にしそうだし、私もそれがベストと思う」
「よし、アレクの許に一旦引き対策をねる、お前ら気合入れろ!」
「了解、逃げるのはしゃくだがしょうがない」
「でも、あちらさん簡単には逃がしてくれなさそうね」
カミーラは突然、現れたヴェーラ達を興味深げに見つめている。まるで珍しいおもちゃがまた増えたみたいな様子だ。
「ほぉ、格下の魔族相手とはいえなかなかの攻撃だったぞ、魔滅五芒星の者達よ。ちょうど良い、お主達も参加するのだ」
カミーラがヴェーラ達にもこのバカげた殺し合いの参加を強要している。いかにも楽しげな様子だ。よし、カミーラは油断している。リリスやヴェーラがいればこの現状を打破できそうだ。
「俺が突破口を開く。ヴェーラ、リリスお前達はその間に離脱するんだ」
「カミーラ相手に独りで大丈夫? なんなら私も……」
「いや、俺は秘薬を飲んでいるし、リリスと牽制しながら逃げてくれ」
「わかったわ、無理はしないで」
「あぁ、それじゃあ行くぞ、いちにの――さん!」
俺の合図を皮切りにリリスとヴェーラが円の外に駆け出す。俺はベベとカミーラにフルパワーで剣技を連発する。
「うぉおお! 大海水大剣最大連撃!」
魔力の続く限り全力で奥義を放ち続ける、途中、気を失いそうになりながらもひたすら時間をかせぐ。剣技の余波でもくもくと土煙が上がる。
そして、土煙が霧散――――へっ、もしかして倒せたと思うのは希望的すぎるか
そこには先ほどとまったく変わらない姿の化け物がいた。
「はぁ、はぁ、はぁ、まったく化け物が」
「人間、威力はともかくなかなかの覇気だったぞ!」
俺の攻撃はカミーラの障壁に全て阻まれていたようだ。なんという固い防御魔法! カミーラの体を覆う魔力の濃密さが実感される。あれを突破出来る攻撃を俺は想像出来ない。せめてベベの野郎ぐらいは片付いたか? 俺はカミーラの直線上にいたべべの様子を確認する。
「はぁ、はぁ、むちゃくちゃしよるのぉ、この人間は!」
どうやらべべは全力で防御魔法をはっていたようだ。ちっ、生存していたか、だが、カミーラと違って少なからずダメージを負っている様子だ。数発はべべの防御魔法を越えて直撃していたのだろう。
だが、決死の攻撃も魔族共は両者健在であった。俺も詰んだな。せめてヴェーラ達を逃がした事だけでも救いか。俺は力尽き、死を覚悟する。
「あがぁ!」
突如、ヴェーラの苦悶の声が聞こえた。ヴェーラ、逃げ切れなかったか! あれでもカミーラを牽制する事が出来なかったとは……
苦悶の声が聞こえた方角を見る。
「な!? 新手だと!」
そこには老紳士風の男のこぶしがヴェーラの腹を突き破っている光景が見えた。
「カミーラ様、お待たせしました!」
「おぉ、ニールゼンか、それでお姉様は……」
「はっ、ティレア様のご指示によりカミーラ様の元へ集結するようにと、ティレア様はご用事があり、後程来られるそうです」
「そうか。ところでニールゼンお前達は何故木の杭なぞ持っておるのだ?」
「これもティレア様のご指示です。『この杭で敵を撃ち滅ぼせ』と、おかげで我らはずいぶんと修行できました」
「さすがはお姉様! このような状況で近衛隊総員のレベルアップをお考えであったとは」
突然、現れた木の杭をもった集団、その姿は滑稽であるが並々ならぬ力を持っている事は十分に分かる。話から聞くにカミーラの部下らしいな。さすがはカミーラ直属の部下だ、一人一人がべべとは比べ物にならない力をもってやがる。
特に、ヴェーラに拳を突き入れている男は別格だ。迂闊に近づけば俺もヴェーラの二の舞いになる事は明らかである。俺の戦士としてのカンが冷徹にそう判断出来た。だが臆してはいられない、このままだとヴェーラの命が危ないのだ。
「ちくしょう、ヴェーラを離しやがれ!」
俺は自身の負傷も顧みず、特攻をかけようとするが、
「ま、待って、レペス、わ、私はもう……だ、だめみたい、せ、せめて……」
ヴェーラの体が光始める。これは自爆魔法、魔滅五芒星のメンバーの最終魔法であり、自身の魔力を暴走させ大爆発を起こさせる。自爆魔法は、格が上の敵と遭遇した場合の最後の対処法であり、その威力は術者の魔力以上の効果が出る。
ヴェーラ、何て事をしやがる……俺はヴェーラを助けにいこうとするが、術式は起動しており止めるのは不可能であった。もうヴェーラは助からない。ヴェーラの意志を尊重し、その隙に離脱する事を決める。
「ニールゼン注意しろ、そやつ自爆するようだぞ」
「はっ、すぐにでもひっぺが――」
「そ、そうはさ、させないわよ、さ、最後の悪あがきぐらい……さ、させなさい」
「くっ、小娘が!」
「は、離さない……わ、あなた、達、みんな、み、道連……れ」
「ちっ、隊員カミーラ様を守れぇ!」
「くそっ、ヴェ――――ラぁ――――ぁ!」
「さよな……ら……レペス」
ヴェーラの魔力が極限まで暴走し周囲を巻き込む大爆発が起きた。轟音が大地を巡り、爆風ですべてを吹き飛ばすかの勢いだ。これならさしもの化け物達でも只ではすむまいと思っていたのだが……
これほどの爆発直後であると云うのに、カミーラは普段と変わらぬ平静そのものの顔付きであった。
「ふぅ、驚かせおって、カミーラ様ご無事ですか!」
「心配ない、この程度の衝撃では我の障壁を超える事などできぬ」
ヴェーラの命をかけた自爆すら無傷とは……なんて奴らだ。許せぬ! だが、敵討ちよりもここは離脱が優先。ヴェーラが命がけで稼いでくれた時を無駄にしてはいけない。俺はその間に編み込んでいた転移魔法を発動させる。
「転移魔法!」
無理やり短時間で編みこんだ術式、それに秘薬を使った副作用と度重なる戦いの負傷で倒れる寸前である。だが、休んでもいられない。どうやらカミーラの奴、追手を差し向けてきたようだ。俺の術式を辿ってきたのか、俺の魔力の波動を覚えたのか、正確にひたひたと追手が来ているのが分かる。
もう一度、転移をするか? いや、もう魔力はすっからかんだ。無理やり術式を使うと意識が飛ぶ、下手をすれば死ぬだろう。
ここはどこだ? とりあえずランダムに転移したから見当もつかない。自身の残っていた魔力量からいってそれほど遠くには転移していないはずなんだが……
早くアレクに報告せねば、はぁ、はぁ、だめだ、もう追手が……仕方が無い、もう一度転移する。血が逆流するような痛みに耐えながら転移魔法を発動させる。
「転移魔法!」
「うぁああ! びっくらこいた。いきなり人が降ってきたよ」
転移した途端、すっとんきょうな女の声が聞こえた。はぁ、はぁ、どうやらここは敵地ではないらしい。少女の声、どこかの避難地区に転移したか、良かった。
「俺はレペス、王家の役人だ。はぁ、はぁ、すぐにでも本部と連絡を取りたい」
「そうなんで、うわっ、よく見ると血まみれじゃないですか! 大丈夫ですか?」
「俺の事は良い。はぁ、はぁ、そ、それより早く取り次いで欲しい」
「そ、そんなこと言われても、あぁ、ジェシカちゃんが気絶しちゃったからここって場所が良く分からないんだよね」
なっ!? ここは避難地区ではないのか? そうかこいつらは逃げ遅れた避難民なんだな。眼前には魔法学園の生徒とみなれる少女とその少女をおぶさっている金髪の少女がいた。
「はぁ、はぁ、お、お前達、治安部隊の指示で避難地区には行かなかったのか?」
「いや、そうしたかったんですが色々事情がありまして、今もそこに行こうとしていたんですが、どうやら道に迷ったみたいなんです」
なるほど、そういう事か、くっ、はやくカミーラという人類の危機を伝えればならない時に……む!? 振りきれていなかったのか、追手が来る、だめだ、もうとても転移は出来ぬ。
「はぁ、はぁ、娘、い、今、俺は魔族に追われている。はぁ、はぁ、み、見つかったらお前達も無事では済まない、早く逃げろ!」
「えぇえ! マジですか! ど、どうしよう、また戦闘だよ、ク、クカノミ準備」
「はぁ、はぁ、な、何をごちゃごちゃ――――だめだ、追手のほうが早い。娘、もうすぐ傍まで来ている。やりすごすぞ」
少女を促し近くにあった廃屋に入ると、そこで俺の意識はとぎれてしまった。
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