第七話 「我はエセ眷属をお仕置きするのである」
お姉様の勧めで王都の魔法学園に行くことになった。お姉様にあれよあれよと手続きをして頂き、現在、我とお姉様、そして近衛隊の選抜組で王都を目指し進軍中である。もうあと半刻ほどで王都に到着するだろう。
王都に行くのは構わない。むしろ邪神軍の覇業のため、拠点移動は望むところである。だが、学園への入学に関しては正直気が重い。いくら人間共の情報を得るためとはいえ、学園の授業を聞かなければならないのは苦痛以外の何ものでもない。
一度、我は学園生活などとても我慢できそうにないと胸の内をお姉様に話したことがある。だが、お姉様は「ティムが弱気になるのは分かるけど、これは将来のために絶対必要な経験よ。だから騙されたと思って頑張ってみて」とおっしゃったのだ。学園での情報収集が必要なのは分かる。だが、王都でも有数な使い手だと称する輩が家庭教師に来たが、その実力は語るに落ちるというものだった。人間共の実力が否が応でも分かるというものだ。
お姉様は少し慎重すぎだと我は思う。人間共を過大評価しすぎなのだ。お姉様の実力なら人間共など一ひねりだというのに……
お姉様に情報収集などせず一気に殲滅しましょうと幾度となく進言したが、お姉様は首を縦に振られない。何かやれやれといった表情をされて否定されるのだ。
ふむ、分からぬ。あれほどのお力を持ちながら積極的に攻勢に出られないのは何故なのか? こういう時は、独りで悩むよりニールゼンに相談するのが良い。我はニールゼンの傍らに移動する。
「ニールゼン、何故お姉様は王都に攻め入ろうとしないのか分かるか?」
「そうですな……やはり、ティレア様の前世が関係していると思われます」
「前世だと?」
「はっ。ティレア様は『にほん』での日々は楽な戦いはなかったとおっしゃってました。おそらく油断や敗戦にことのほか過敏になられてるのではないかと」
ふむ。そういえばお姉様に前世のお話を聞くと決まって苦い顔をされる。きっと「にほん」での戦いがお姉様に影を落としているのだ。
「そうであった。お姉様は『にほん』の修羅の国のご出身、ちょっとした油断が死につながっておるのだったな」
「御意。『ろけっとらんちゃー』なる極大破壊兵器が跋扈するところでした」
「我はまた同じ間違いをするところであった。人間が相手ということで少なからず油断をしておった」
「カミーラ様、それは私も近衛隊全員が同じ気持ちでした。ティレア様はそんな我らの雰囲気を察し、こたびの作戦をご提案されたのではないでしょうか?」
「ニールゼン、その通りだ。このような浮ついた気持ちで攻め入っても足元をすくわれたかもしれん」
「まことにそう思いまする」
さすがはお姉様。我らの驕りを諭すだけでなく士気までも向上させたのである。
お姉様の真意が分かった。やはりニールゼンと話をすると良い。流石は我が最も信頼する部下である。心のもやもやがなくなったわ。
お姉様の為、こたびの任務絶対に成功させる。そう心に深く誓っていると、先頭を歩いていたお姉様が我のそばに歩み寄ってこられた。
「ティム、ニールとなに話してたの? なんか意気投合してたみたいだけど」
「はい、こたびの作戦を話しておりました。お姉様、我は学園での任務、是が非でもやり遂げて見せます」
「そう、気合十分ね。お姉ちゃん、期待しているから」
お姉様は我の頭を優しく撫でながら励ましてくれる。ふふ、我は果報者である。部下でありながら、まるで実の姉妹のように接していただけるのだ。慎まねばならぬとわかっていてもにやけてしまう。
そうしてお姉様としばらく歩いていると、王都に到着。簡単な手続きを済ませ、中に入った。
数千年ぶりの王都……
なんともまぁ、衰退している。魔力の流れで分かる。単純な軍事力だけでも古の時代の半分以下といったところであろう。これでは情報収集する必要は皆無ではないか、いや、この油断がいけないのだ。もう負ける訳にはいかぬ。今度負ければお姉様が負けるのだ。それだけは絶対に避けねばならぬ。
それにしても周辺にオルティッシオの気配がない。ニールゼンから聞くに合流地点はこの辺のはずだが……
「ニールゼン、オルティッシオはどうなっておる?」
「はっ。すでに約束の刻限を過ぎてますが、いまだ連絡はありません」
「ニールどうしたの? そのオルティッシオって人迎えに来ていないの?」
「も、申し訳ございません。現在、状況を確認中です」
「もしかして待ち合わせ場所が違うんじゃない?」
「いえ、ここが合流地点のはずですが……」
「さてはニール……道に迷ったの?」
「いえ、そんなはずは……た、確かにここが合流地点です」
「本当に? あなた間違ってないでしょうね?」
「はっ。どうやらオルティッシオ隊に想定外の事態が起きているようです」
「はぁ~そうね。あなたに任せたときからこうなると予想できたかな」
お姉様が落胆しておられる。
いったいオルティッシオめは何をしている? お姉様を待たすとはけしからぬ!
オルティッシオに憤りを感じると同時に不思議にも思う。なぜならオルティッシオは曲がりなりにも我自慢の近衛隊の一員だからだ。ちょっとやそっと不測の事態が起きようとも対処できる力を持っておる。
何があったのだ?
どれ、ちょっと探査してみるか。五感を研ぎ澄まし、魔力の流れを追ってみる。
む!? この魔力……
街中のいたるところで魔族の気配がぷんぷんする。オルティッシオ達ではない。他に潜伏している魔族がいる。
ヒドラーの手の者か? いや、魔王軍にしては力が弱い。
それにこの魔力どこかで……そうか!
「お姉様、どうやら我らの同族が王都のいたるところに潜伏しているようです。王都を狙っておるのか、泥棒猫のような輩です。オルティッシオの動向も含めニールゼンに調査させることを進言します」
「はは、ティムは相変わらずね。まぁ、いいわ。確かにオルと連絡つかないのは心配だ。ニールちょっと探してきてくれる?」
「御意。つきましては王都の広さを考慮し近衛隊全員で捜索しようと思います」
「え!? ミューも連れて行くの?」
「はい、効率的に考えてそのほうがよろしいかと。ティレア様とカミーラ様はここでお待ちください」
「う~ん、まっいいか。ちょっと不安だけどあなただけに任せるのもあれだしね」
「それでは調査を開始します」
「ミュー、それじゃあニール達を頼んだよ」
「お任せください」
お姉様の号令のもと、近衛隊が四方に散っていく。それにしてもお姉様のミュッヘンに対する信頼は日に日に篤くなっておられる。王都への護衛もミュッヘンを強く推してきたほどだ。最近では何かことを起こすときは常にミュッヘンありきで考えておられる。
むぅ、少しやきもきする。ニールゼンなども胸中複雑であろう。最近ではニールゼンの仕事がミュッヘンに取られておるからな。そのうち我の役割も奴に取られはしないか……
くっ、そうなる前になにか手を――
いや、何を考えておる! ミュッヘンもお姉様を支える大切な家臣ではないか!
くだらぬ妄想を振り払い、ニールゼン達が戻るのを待つ。
そして、辺りが薄暗くなるにつれ、魔力の流動が活発になってきた。どうやら潜伏中の泥棒猫共が騒ぎを起こすようだ。点々としていた魔力の渦が固まり、そして人間共を襲っていく様子がわかる。
「はぁ、もう真っ暗ねぇ~。ニール達どのくらいで戻ってくるかな?」
「おそらく当分はかかるかと、それにお姉様何やらきな臭いことが起きそうです」
「そ、そう」
「どうしますか? 我らで奴らを阻止するのも手ですが」
「そうだ。それより学園に行ってみない? ニール達もいつ戻るか分からないし何か情報が得られるかも」
「そうですね。お姉様に従います」
お姉様のお言葉に従い、魔法学園に向かう。途中途中で人間共が襲われているのが気配で伝わる。ここより数キロ先だが魔力の活動が活発だ。お姉様はもちろんお分かりであろう。そのうち、王都中を巻き込んでパニックが起きそうだ。
そして、魔法学園の正門に到着。
この辺りはまだエセ魔族共が活動していないようだ。他はどうだろう? 周囲を観察すると、西門のあたりに明かりがついてるのが見えた。誰かいるみたいだ。
む!? 魔力の気配。どうやら学園の中にエセ魔族が入り込んでいるようだな。
「誰かいるみたいね」
「はい。どうやら泥棒猫の仲間がいるようです。殺しますか?」
「うぐっ、ティムはここで待っててね。お姉ちゃんがちょっと話をしてくるから」
そう言ってお姉様は西門に向かわれた。もしやお姉様もエセ魔族の気配を感じとり制裁に乗り出しにいかれたのか? それならあの程度の輩、我が露払いをしたであろうに。
しばらくお姉様がお戻りになるのを待っていると、
「そこにいる君、一人で何をやっている!」
野太い声が我の耳に届いた。甲冑をきた騎馬姿の中年である。
「何者だ?」
「怪しい者ではない。私は王都治安部隊副隊長のゲーベだ。現在、王都は何者かによる攻撃を受けている。ここは危ない、避難するぞ」
なんだ、王都の治安部隊か。
治安部隊は避難民を連れてぞろぞろ歩いていた。なるほど、お姉様が我をここに留ませた理由はこれか。まずはこやつらから情報を得るとしよう。
我は治安部隊の言にコクリとうなずくと避難民の列の中に移動する。皆、ひどく憔悴している。着の身着のままで出てきたのだろう。服装は寝間着の奴らが多い。
奴らの話に耳を傾けるとほとんどの避難民は何が何やら分かっておらぬようだ。分かっているのは突然、牙をむき出しにした化け物に襲われたこと、襲われた人間も同じように化け物となって襲ってくることぐらいだ。
状況から考えるに吸血鬼だな。
先ほどの魔力の気配と合わせて考察すると、奴らは古の時代に我が戯れに作った眷属で間違いないだろう。戯れに作ったはよいが、あまりにも役立たずで捨て置いた我のおもちゃ……
エセ眷属だ。
それに奴らの気配、封印から覚醒したような感じではなかった。おそらく古の戦いには参加せず、そのおかげで神々の封印を免れおったのだろう。敵前逃亡しただけでも極刑すべきガラクタだ。
さてさてエセ眷属をどうしてくれようか。真祖としてきっちりけじめをつけておかねばならぬ。
そう思いに耽っていると慣れ親しんだ気配を感じ取った。
この気配……
ニールゼン達が戻ってきたようだ。
気配よりニールゼン達がいる方向に視線をやる。
いる……
ちょうどななめ廃屋の辺りか。ぼんくらな人間共には分からぬようだが、気配を殺して佇んでおる。
我は人間共に気づかれないようにここまで来いと目線で指示をした。するとミュッヘンが隙を見て避難民の中にうまい具合に入り込んできた。
「カミーラ様、ここにいやしたか。オルティッシオと合流できやした」
「そうか、ご苦労。それでは状況をお姉様に報告しろ。オルティッシオの処遇についてはお姉様にお任せする」
「分かりやした。それでカミーラ様は?」
「我はしばらくこやつらと行動を共にする」
「御意」
ミュッヘンはそう言って姿を消し、廃屋にあった気配も消えた。近衛隊全員に我の言葉を伝えたのだろう。
後は治安部隊の情報収集だ。我は何食わぬ顔で避難民の中で観察を続ける。
数刻後……
最初の戦闘が発生した。
息継ぐ間もなく元人間の吸血鬼に襲撃されたのである。その度に避難民が恐怖で叫び声を上げた。
あ~うるさい! 観察の邪魔だ!
いっそ殺すか? いやいや目立ってはいかん。
それにしてもひっきりなしに戦闘が起きる。どうやらエセ魔族共が手当たり次第に人間を眷属にしているようだ。
ふん、品がない。どいつもこいつもただ自我を崩壊させ狂わせただけである。
まったく魔族の美学も知らぬ。
ただ、数を作ってくれたおかげで人間共の戦闘を何度も観察はできた。
動きを見るにこやつらは極力戦闘を避けておるな。避難民共を守ることを第一にしておる。それに相手が弱すぎるのもあって高度な戦術を使用しておらぬようだ。
これでは物足りぬ。せめて自我が崩壊した元人間じゃなく魔族との戦闘を見せてほしいものだが……
我が不満げに周囲を観察していると、西方数キロの地点から赤い牙を持った集団がこちらに向かってきているのが分かった。
おぉ、ちょうど魔族が襲ってきているでないか!
レッサーデーモンの群れである。最下級であるがれっきとした魔族だ。先ほどまでの愚図とは違う。
さぁ、どうする?
人間が魔族とどう戦って見せるのだ? 種族の差は大きいぞ。
我は興味深げにその様子を観察する。
そして、レッサーデーモンの群れが治安部隊と激突した。レッサーデーモンは巧みな動きで治安部隊の面々を翻弄していく。
「な、なんだ? あの動きは!」
「くっ、あ、あれは闇魔法!?」
「ぐはぁあ! な、なんという威力!」
レッサーデーモンはその強力な爪や牙で襲い、そして口から魔弾を放出する。治安部隊は慣れない魔弾に戸惑っているようだ。
「今までの敵とは違う。皆気を引き締めろ!」
「ちらばれぇ――っ! 的になるな、散開!」
一人一人は脆弱だがフォーメーションを敷いて連携している。なるほど。小賢しくはあるが、あの程度の下級魔族ならなんとか対抗できそうだ。
「副隊長。このままだと避難民に被害がでます!」
「くっ、何とかするんだ! 迎え撃て、突破されるな!」
「だ、だめです。突破されました」
度重なる戦闘で治安部隊に疲れが出たようだ。陣形の隙をついて、レッサーデーモンがこちらに襲撃してくる。
ちっ、観察もここまでか。
我は襲撃に備え、身構えていると、
「ご苦労さん。後は俺らに任せるんだな」
「きしゃああ!」
突然、謎の男が現れ、その身体にそぐわぬ大剣を振り回しレッサーデーモンをぶつ斬りにしたのである。
ほぉ、最下級とはいえ魔族を一撃とは……
何者だ?
「真空雷大槌!」
「大地火大槍!」
「「ぎしゃああ!」」
さらに、大槌と大槍をかついだ謎の女が二人現れ、レッサーデーモンを駆逐していく。そして、その三人の活躍でレッサーデーモンの群れは全滅したのである。
「お、お前達、何者だ?」
治安部隊の副長ゲーベが驚愕の顔でその三人に問う。
「何者って――魔滅五芒星って言っても分からないだろ?」
「魔滅五芒星? 聞いたことがない。とにかく王都は我ら治安部隊が守護している。先ほどは助かったが、勝手な真似は謹んでもらおう」
「俺達も王からの命令で行動している。お前らこそ邪魔をするんじゃない」
「な、何だと? 嘘をつくな!」
「ったく、治安部隊は頭が固いから困る。これ王直々の指令書、ここでの権限は俺達がすべてにおいて上だから」
「た、確かに……王の刻印がある。わ、分かりました。それではこれより治安部隊はあなた方の指揮下に入ります」
「それじゃあ命令。ここはもう危険だ。速やかにあんた達も指定の避難地区まで逃げるように」
「お、お言葉ですが、我らは武人。敵に対して背を向けるわけにはいきませぬ」
「そうだ、そうだ! 我らは王都最強の部隊だぞ!」
大剣を担いだ男の理不尽な物言に治安部隊の面々が騒ぎ出す。
「レペス、もうこいつら気絶させて無理やり転移させたほうが早いんじゃない?」
「ヴェーラ、お前は笑顔でまた身もふたもないことを……」
「だって、そうでしょ。私達の命令を無視するのは王の命令も無視するってことだよ。そんな人達に礼儀をもって接する必要はあるのかしら」
「うっ、わ、分かりました。我々は王直属の部隊。王直々の指令書を無視するわけにはいきません。それでは避難民も含めて我らを転移させてもらえますか?」
「えぇ、ちょっと待っててね。今から準備するから」
「よし。ヴェーラ、リリス、魔法陣を描くぞ」
「は~い」
「……」
「リリス、おいリリス?」
「……何だ、聞いているぞ。転移魔法だろ、やるよ」
「ヴェーラ、リリスの奴、どうしたんだ?」
「ふふ、どうやら友達が心配みたいなのよ」
「ヴェーラてめぇ、余計な事言うんじゃねぇ!」
「まったく、しょうがない奴だ。ここは俺がやっておく。今から自由行動だ」
「で、でも、いいのか?」
「そんな調子じゃ足手まといだよ。とっとと探してすっきりして戻ってこい」
「すまない、すぐに戻ってくる」
「あぁ、ヴェーラもついていってやれ」
「私はいいけど、ひとりで大丈夫?」
「問題ない。吸血鬼とはそろそろ決着をつけるべきだ。俺がやる!」
ふん、話を聞くに魔滅五芒星とは王家直属の裏機関といったところか、こうなると実力のほどを見てみたい。さっきのレッサーデーモン如きではこやつらの真の実力を見れなかった。二人ほどここから出て行ったのは悔やまれるが、こやつだけでもじっくり観察するとしよう。
「ほぉっほぉっほぉっ。魔力を追ってくればいるいる人間共が集まっておるわ!」
「これはこれは……魔族の長自らお出ましとは探す手間が省けたというものだ」
「ほぉっほぉっ。ワシを知っておるとは魔滅五芒星の者じゃな」
「いかにも、魔滅五芒星の騎士レペス」
「まったくお前達ときたらワシら相手に数千年も無駄に抵抗をしおって」
「だまれ! 魔族打倒は我らの悲願。貴様の命、貰い受ける!」
「たかが人間の癖に、この大魔族に刃を向けるとは身の程知らずな」
大剣を持った男とエセ眷属が対峙する。
マルフェランドだとぉ!
たかがエセ眷属のくせに我の家名を勝手に使いおって! そして、何よりお姉様の領地に土足で足を踏み入れておる!
どうやらエセ眷属にはきついお仕置きが必要みたいだな。
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