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ティレアの悩み事 作者:里奈使徒

2章 王都襲撃編

第一話 「ジェシカと噂の転入生」

 キーンコーンカーンコーン♪

 終業のベルが鳴り響き、クラスの大多数が教室を後にしていく。

「ジェシカ」
「ん?」
「何か新しい喫茶がリンドのモールにできたみたいよ。この後、寄ってかない?」

 親友のエディムが気さく気に誘ってくる。喫茶か行きたいなぁ。最近、甘い物を食べてなくて胃袋が誘いをかけてくる。

 う~ん、でもだめだめ。今、私には山積みの課題があるのだ。明後日までにレポートを仕上げなければならないのにまだ半分も終わっていない。喫茶に行ってたら絶対に終わんないよ。

「エディム、ごめんね。行けない、課題がまだ終わってなくて」
「そっか。ジェシカ、先週は風邪で休んでたもんね。バエナ先生も少しは大目に見てくれてもいいのに……」
「ふふ、しょうがないよ。体調管理できてなかった自分が悪いんだもの」
「まったくジェシカは真面目なんだから。しょうがない、今日の所は諦めますか」
「私は今度で良いから、ミレスでも誘って行ってきなよ」
「そう、それじゃあ行くけど……ジェシカも病み上がりなんだからほどほどにね」
「うん、ありがと」

 エディムに軽くお礼を言って、課題に集中する。いつもは毎日こつこつと進めているレポートを今回は三日で終わらせなければならない。

 できるかなぁ……

 私はコツコツと進める亀型なので短期的にスパートをかけるやり方は苦手なのである。でもやらなきゃ留年し下手すれば退学になってしまう。ここアルクダス魔法学園は年に三回の筆記試験に技術試験、そして隔週に渡って出されるレポートで一定の点数を取らないと進級できないシステムなのである。

 アルクダス魔法学園は王都が誇る国立機関であり、国内から優秀な人材を集め冒険者及び魔導師を育成させるため厳しいカリキュラムを組んでいるのだ。その為、一年に必ず数人は脱落する者が出てくる。

 私も負けてられない。将来は宮廷魔導師を目指しているのだ。私は次第に重くなる瞼をこすり眠気を払う。

 机にかじりつき集中すること数刻、レポートが一つ終了した。外は少し薄暗くなっている。もうこんな時間か。あとは魔法歴史学だけやって帰るとしよう。

 魔法歴史学の教科書を取り出し、基礎編の十四ページを開く。十四ページは魔法属性と魔族について記載されている。

 魔法属性――
 現在、確認されている魔法の種類は火、水、木、土、風、雷、光、闇の八つの属性があり、各員の魔力に応じてその威力が増減される。ただ闇属性に関して人間はほとんど使えない。もともと魔族専用の属性だからである。

 魔族――
 古の時代に栄華を極めた種族であったが、神々の怒りを買い滅亡。魔法に関しては魔族の右に出るものはいない。現在の魔法体系を作ったのもカミーラという魔族だったらしい。一説によるとカミーラは「魔弾」という高位の魔法使いが放つ魔法弾の数十倍の威力の魔法を使いこなしたそうだ。しかも数百、数千の魔弾を流星のように降り注ぐことができたとか。研究者が言うには少なくとも十万以上の魔力を持ってないとそんな芸当はできないとの見解だ。

 す、すごいよね、魔族。この世界全体で魔力一万超えの人間は数えるほどしかいない。魔力千を超えたら一人前と言われている。それを十万って……

 魔族の存在は魔法歴史学でも別格だ。たびたび歴史の重要な事件に関わってきている。私が魔法の歴史に感慨深く浸っていると、ふいにバイオリンの調べが聞こえてきた。

 発生源は一年の教室かな?

 音が聞こえる教室の窓に近づいてみる。そこにはバイオリンを持った先生と幾人かの女子生徒がいた。

「いつ聴いてもすてきよね、アルキューネ先生のバイオリン」
「ほんと。それにあの憂いを帯びた横顔がたまらないわ~」

 どうやらアルキューネ先生がバイオリンを弾いていて、そのファンの子達が騒いでいるみたいだ。

 アルキューネ・ボ・マルフェランド……

 最近、学園に就任した若き先生だ。その整ったルックスと優雅な振る舞いで瞬く間に生徒の心を掴み、ファンクラブまでできているらしい。たしかに整っている。美形すぎるといっても良い。だけど私はいい印象を持っていない。皆、あの憂いを帯びた目が良いといっているが、私はむしろ恐怖を感じることがあるのだ。

 なんでかな?

 ときおり、先生の目つきが怖いときがある。私達を見る目が生徒でなく獲物を狙っている獰猛な獣みたいに思えるのだ。
 だけど、このことはだれにも言っていない。だって学園一の人気者の先生をそんな風に言って皆の不興を買いたくない。私はいたって小市民なのだ。

 おっと、課題、課題、こんなところで悠長にはしてられない。教室に戻りレポートの続きを始める。外はもう大分薄暗くなってきた。う~やだなぁ。学園から寮への帰り道は人通りが少なく不気味なのだ。

 あ~だめだめだめ。仮にも宮廷魔導師を目指すものがそんな弱気でどうするの? 震える心を叱咤激励し、レポートに取り組む。

 しばらくして……

「まだ誰かいるのか?」

 担任のケイル先生が声をかけてくれた。

「す、すいません、課題が終わらなくて……」
「そうか、もうすく寮も閉まる時間だぞ! 今日は切り上げて早く帰れ!」
「はい」

 やばい、もうそんな時間か。慌てて帰り支度をするとそのまま教室を後にした。良かったぁ、ケイル先生が声をかけてくれなかったら寮に戻れなかったよ。

 ケイル先生はそうやっていつも遅くまで学園を見回りして帰っている。他にも見えないところで頑張っている良き先生なのだ。ケイル先生のさりげない優しさになんでみんな気づかないのかなぁ?
 ケイル先生は無精ひげを生やし、よれよれの服を着ていていつも生徒にからかわれている。アルキューネ先生が就任してからなおさら目立つみたいだ。でも、私はやぼったいけどケイル先生のほうが断然、好感が持てる。

 あれ? まだ明かりがついている教室がある。帰宅途中、教室に光源があるのを発見した。何人かが学園にまだ残っているみたいだ。

 ふふん、課題が残っているのは私だけじゃないみたいね。仲間がいた――って安心している場合じゃない。課題が残っている事実には変わりないのだから。

 翌朝、学園に登校するとざわざわ騒しい。先生達がばたばたとせわしなく動き回っている。もちろん、教師だけでない。周囲を観察すると、登校している生徒達も何やらヒソヒソ会話をしている。

 一体何が……あっ!? エディムとミレスが登校している。ちょうどいい、何があったのか聞いてみよう。

「エディム、ミレス、おはよう」
「ジェシカ、おはよう」
「ねぇ、何か周囲が騒がしいけど、理由知ってる?」
「うん。それがね、一組の子が昨日から寮に戻ってきていないみたいなの」
「えっ!? 大変! もしかして誘拐とか?」
「う~ん、誘拐はどうだろう? 半人前とはいえ私ら魔法学園の生徒だよ。そんじょそこらのやつに拐かされたりするかなぁ」
「なんか前も似たような事件があったよね?」
「そうそう、たしか二組の子だったよね。でもあの子は家出だって聞いているよ」

 そう数か月前にもこんな失踪騒ぎがあったのだ。でも、確かその子の場合、落第寸前で「辞めてやる!」って周囲に漏らしていたから、只の家出ということになったのである。

「そうだったね。今回も家出なのかなぁ~」

 エディムとミレスと一緒に頭を抱えていると、

「そこにいると邪魔」

 ひときわクールな声が辺りに響く。エディムとミレスがさっと左右に散らばった。他の通行人達も顔を背け、道をゆずっている。

「やばいよ。札付きの不良に睨まれちゃったよ」
「こ、怖かったねぇ。特にあの目つき、人を殺したって噂本当かも」
「うんうん。他にも夜な夜な外を出歩いて獲物を探しているって噂もあるよ」
「もしかしてこの誘拐事件にも関わっていたりして……」
「「キャー怖い!」」

 エディムとミレスは互いに肩を寄せ合い不満をぶちまけている。他の生徒達も怪訝な顔をして似たり寄ったりな反応だ。みんな噂を鵜呑みにしすぎだよ。

「そんなことない」
「ジェシカ、あの不良を知ってるの?」
「うん」

 リリスちゃん、相変わらずだ。怖い態度とミステリアスな感じで皆に誤解されているけど、本当は誰よりも優しい人だって私は知っている。何度も声をかけようとしたけどだめだった。だってリリスちゃん、取りつく島もないんだもの。

「それより、もうすぐ始業のベル鳴っちゃうよ」
「あ、やばい! ジェシカ、ダッシュよ」
「うん」

 私達は足早に自分のクラスへ移動する。先生は来ていない、どうやら間に合ったようだ。そうか今朝の失踪事件があるから先生達も忙しいのだろう。そして、しばらくしてケイル先生がやってきた。

「席につけ。ホームルームを始めるぞ」

 おしゃべりをしていた面々が先生に注目する。

「あ~今日は皆に報告がある」

 もしかして、今朝の失踪事件の話かなぁ。あの事件は何か嫌な予感がする。朝から嫌な気持ちになってきた。

「先生、もしかして失踪事件のことですか?」

 クラスの男子がおもむろにそう聞いてくる。やっぱり私だけでなく皆も失踪事件について気にしているみたいだ。

「いや、その件はまだ調査中だ。皆も軽々しく憶測で話をしないように。報告したいのは……このクラスに一人新しい仲間が入ってくる」
「え~この時期に転入生? 珍しい。先生、転入生は女の子ですか?」
「ふふ、お前ら喜べ。可愛い女の子だぞ!」
「やべぇ、本当ですか! ラッキー!」

 クラスの男子が喜びの雄叫びをあげた。うん、私も男子の気持ちが良くわかる。魔法を扱える素養のある者は少ない。だからだいたいの顔ぶれは昔から知っている。転入生なんて本当に珍しいのだ。可愛い女の子なら尚更そうだろう。

「先生、どんな子なんですか?」
「名前はティム、年は十四歳でベルガという町に住んでいる。それに魔法は独学で覚えたそうだ」
「独学! すごいじゃん。先生、その子ってもしかしてすごい天才児ですか?」

 皆、独学という言葉に驚いている。本当にそうだ。魔法を覚えるというのは並大抵ではない。先人達の教えを本から実地から学び取り、ようやく土台が身につくものなのだ。それにベルガって田舎のほうだよね。きっと魔法学なんてろくに学べなかっただろうに……

「いや、ティムのお姉さんから聞いたが、初期の初期の魔法しか使えないそうだ。学園のレベルについていけるか不安でそのことをお姉さんはすごく心配していた」
「へぇ~そうなんですか。それなら俺らできちんとフォローしてあげます」
「あぁ、そうしてくれ。皆、ティムが困っていたら助けてやるんだぞ」
「「は~い」」
「ティムちゃんには俺が専属で教えてあげますよ」
「あ、ずるいぞ。魔法は俺のほうが得意だ」
「まったく、これだから男子なんて。先生、私が教えてあげます」

 もの珍しさもあって、クラスの皆がティムちゃんのお世話役に立候補している。私もできたらやってみたいけど、希望者が多すぎて無理そうだ。

「待て待て。お前らじゃティムが怯える。ニコル、お前がお世話役をしてくれ」
「は、はい」

 これがトンビに油揚げというやつなのか。ふふ、ティムちゃんかどんな子かな? 会うのが楽しみだ。ティムちゃん、学園生活は初めてだからきっと不安だよね。私が色々教えてあげよう。
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