お店に戻るやティム達に先ほどの件を注意する。呑気に遊んでいて魔犬に襲われでもしたら堪らない。

「ティム、話があるんだけど……」
「お姉様、我もお話があります」
「あら奇遇ね。でも、まずは私の話を聞いてくれる？」
「分かりました、お姉様」
「実はね、最近ザルギーの村近辺で魔獣の被害が出ているらしいの」
「我もその話です。どうやらガルガンの存在が嗅ぎつけられたようです。噂は既に近隣まで伝わっております」

　え、えっとガルガン？

　子犬ではなくて魔犬の群れの話をしているのだが……

　あ～いつもの中二言語ね。

　いや、待てよ。そうとは限らないか……

　人的被害は魔犬の群れのせいだ。だが、ガルガンも放し飼いにしているから田畑を荒らしている可能性がある。ガルガンも討伐対象になってて不思議ではない。

「ティムも知っているなら話は早いわ。ガルガンに関しては大した事はないと思うけど注意は必要だね」
「はい、我もそこまで大事とは思っておりません。目撃情報もそれほどの数とは思えず、いざとなれば近辺の住民を根こそぎ殺してしまえば良い事です」
「根こそぎ殺すって……」

　ティム、分かっているよ。ちゃんと分かっているけど中二病進行していない？　もう最近ひっどいよ。もう普通人では俺以外話が通用しないと思う。これは仮に家庭教師を呼ぶにしても魔法学園に通うにしても絶対に一悶着ある。

　あ～まさにこれは前世の俺状態だ。そんな態度だと周囲から浮いていじめの対象になってしまう。まぁ、ティムは美少女補正がかかるからそうとは限らないか？

「私もカミーラ様に賛成です。ここは大事をとって皆殺しといきましょう。それにそろそろ拠点を移しても良いと思われます」

　変態(ニールゼン)がさらに輪をかけた会話を始める。はぁ、あんたまで面倒見ないといけないと思うと頭が痛くなるよ。頼むから大人の対応をしてほしい。

「ニール、ふざけないで。それに簡単に引っ越しするなんて言わないでくれる？」
「こ、これは申し訳ありません。私ごときが邪神軍の方針に口を挟むべきではありませんでした」
「まったく、引っ越しなんてあなたが勝手に決めていい事じゃないんだから」
「ははっ」
「お姉様がそこまで言われるのです。この土地に固執するのには何か理由がおわりなのですね？」

　いや、だって誰もが生まれ育った町が好きでしょ。引越しなんて大変じゃない。旅行気分で良いと思うかもしれないが、前世引き籠りニートだった俺の性分にあわない。それともティムは新天地に行きたいのか？　王都で魔法を学びたいというのなら拠点移動も有りだ。かわいい子には旅をさせろと言うからね。

「ティムは新天地に行きたいの？」
「はい、我は拠点移動に賛成です。ここは王都に遠く、また背後から魔王軍に挟撃される位置にあります」
「同感です。ベルガの町は他拠点を攻め難く守りにくい位置にあるのです」
「……あ、あなたたちねぇ～」
「邪神軍総督として我は拠点移動を提案します。ですが最終決定はお姉様です。我はお姉様のご指示に従います」

　ふ～あいかわらずな二人だ。要するにティムと変態(ニールゼン)が言いたいのは王都で遊びたいけど、ここからは遠いから引っ越ししたいってところかな。都会に憧れるのは分かる。ただ王都で魔王軍ごっこしたいって理由で引っ越すのはさすがにダメだね。

「あなた達の気持ちは分かったわ。だけど拠点移動は許可しない」
「はっ、それでは引き続き潜伏作戦を継続します」
「ティムも本当に王都に行きたくなった時はお姉ちゃんに相談して、何とかしてみるから」
「はい、我はお姉様に従うだけです」
「よし、この件は終わり。で、大分話が脱線しちゃったけど、本題は魔獣注意報の事よ。外出時にはザルギーの村近辺には近づかない事！」
「お姉様、承知しました。これ以上、痕跡を残すわけにはいきません。近衛の皆に伝えておきます」
「そ、そう、まぁ、近づかないでくれるならそれでいいわ」

　とりあえず伝えられてほっとした。ティム達が遊んでいる場所は本当に危険区域みたいだったから。後は魔犬の群れを討伐隊に退治してもらうだけだね。

　あ、そうだった……

　魔犬の群れだけでなくガルガンまで討伐対象になるかもしれないんだ。

「あと、この件でギルドから討伐隊が来る予定でね、ガルガンどうしようか？」
「それはまずいことになりましたね」
「うん、そうなんだよな」

　きっと、討伐隊は魔獣を見たら手当たり次第に狩っていきそうだ。子犬だからといって容赦してくれるかな？　ガルガンは放し飼いにしているノラだ。
　前世のゆるい日本でさえ野良犬は保険所に連れて行かれる。この世界で見逃してくれるはずがない。

　ダメもとで討伐隊の人に頼んでみようか？

　でも「だめだ、だめだ！　一つを認めれば全部を認める事になる。魔獣は皆殺しとの御達しだ！」とか言われそうだ。

　しょうがない、お店で匿っておくか……

　いや、うちは料理屋としての教示がある。たとえ数日でもお店の衛生面に悪影響をだしてはいけない。ティムにはかわいそうだけど、ガルガンはどこか遠くの自然に帰してやるのも手かもしれない。

「ティム、残念だけどガルガンを手放さなければならないかもね」
「えっ!?　ガ、ガルガンは先の大戦も含め数々の戦いで我と生死を共にした一心同体の存在です。で、ですが、お姉様のお望みとあらば我は……わ、我は……」

　ティムが沈痛な面持ちでそう答えてくる。いかん、あからさまにティムの顔が落ち込んでいるよ。

「ああああ、嘘、嘘だよ！　ガルガンはティムの大切な友達だもんね。そんな事は絶対にしないよ！」
「いえ、我が大切なのはお姉様です、お姉様以上に大切な存在などありません！　ご命令とあらば生死を共にした分身でさえ殺して御覧にいれます！」
「い、いいから、別にそんな事はしなくて良い！　私はティムが悲しむ事は絶対にさせないからね！」
「お姉様！」

　ふ～なんとか治まってくれた。どうやらティムにとってガルガンはすっかりお気に入りのペットになったみたいだね。これは捨てさせる事なんて出来ない。

「こうなれば、一戦覚悟で攻め入るのも手ではないでしょうか？」

　変態(ニールゼン)は血気盛んに一戦、つまり「討伐隊に訴えにでてみては？」と提案する。

　簡単に言うなぁ～

　犬一匹の事とはいえギルドに意見するのは骨が折れそうだ。

「お姉様、ニールゼンの言う事も一理あると思います。魔王軍は現在弱体化しております。ここは全力で人間側に攻め入るのもありかと思います」

　う～ん、どうしようか……

　討伐隊は魔獣狩り専門の冒険者で組織されるはずだ。一癖も二癖もありそうな奴らが集まる予感がする。

　まぁ、でも冒険者だから無法者というわけでもないだろう。話し合いをしてみるのが一番良い方法かもしれない。

「そうね、とりあえず交渉してみるのも手かな」
「はっ、それではまずは交渉、決裂したら戦闘という事で宜しいですかな」

　決裂したら戦闘って……

　お前、言う事聞かなかったらぶん殴るつもりなのか？

　いかん、このままでは話し合いが決裂した場合、変態(ニールゼン)が逮捕されてしまう。

　そうだな、とりあえずこのバカは置いていこう。こいつを連れて行ったら収拾がつかなくなることは目に見える。

「そうね、その方向で良いわ」
「はっ、お供はお任せ下され」
「いいえ、ニールは留守番よ。お供は親衛隊のミューにしてもらうから」
「ミュッヘンですか？」
「そうよ、何か不満？」
「……いえ、それではミュッヘンに伝えておきます」
「宜しく！」

　この前のチャンバラごっこ以来、ミューの株は花丸急上昇中なのだ。ギルドに訴えをしにいくのだ、大人な対応をする人じゃないとね。
　それに、このメンバーの中で一番強いのはミューだ。話し合いとはいえ何があるかわからない。凄腕の剣士に見守ってもらわないと安心できないよ。