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ティレアの悩み事 作者:里奈使徒

1章

第三十九話 「ガルガン討伐隊だって(前編)」

「うぅ眠いよぉ~」

 昨夜はお店の新メニュー作りに没頭していた為、あまり寝ていない。新メニューとはアツアツのご飯に複数の香辛料を使って味付けした野菜や肉が入ったルゥーをかけたもの、そう「カレーライス」のことだ。

 昨日、俺は一日かけてカレー作りに挑戦していたのである。何か異世界にくると無性に食べたくなるって本当だったんだね。どうしても食べたくなって作ろうとしたんだけど難しい。味は覚えているけど、いかんせんスパイスが分からない。似たような素材で作っても微妙な味になるのだ。

 いやインド人はすごかったんだね。あの絶妙な味加減をスパイスの組み合わせで考えたんだから。あぁ、まじでカレー粉が欲しい。

 前世、ろくに料理なんてしなかったからカレーのレシピを作れない。何せカレーの具なんてじゃがいもと人参ぐらいしか知らなかったからね。だから覚えている味覚を頼りに作るしかないのだ。
 もう前世の自分をぶん殴りたいくらいだよ。今では異世界の食べ物のほうが詳しくなっているからな。前世、どんだけ怠惰に生きていたかが分かる。

 そんなこんなで寝たのが二刻前だ。そして、現在俺は町の寄合に参加している。普段、こういう寄合は父さんか母さんのどちらかが顔を出すのだが、急遽父さんの要請で俺が抜擢されたのだ。

 ダディのこの無茶ぶり……

 この前の事が尾を引いているのは間違いない。

 お店の借金騒動の際、俺が独りで解決したのがまずかった。まぁ、正確には俺というよりレミリアさんのおかげだけどね。一歩間違えば危険な目にあっていたかもしれないと説教を受けたのである。

 父さんから「お前は町の皆を信頼していないのか!」とさんざんに叱られた。町の皆で団結して立ち向かおうとしていたのに、俺が勝手にスタンドプレイをしでかした事を怒っているのだ。

 多分、父さんが俺をこの寄合に参加させたのは少しでも町民の事を知ってほしい、もっと大人になってほしいといった気持ちが込められているのだろう。

 そこまで思われたら断る訳にはいかない。

 眠い目をこすって来たが……こういう会議ってどの世界でも変わらないね。何かどうでもいい議題をぐだぐだと話しているだけに聞こえる。

 うちの町長って演説が長すぎるよ。町長が話好きだって聞いた事があったけど本当だったんだ。前世、学校の校長の話もまともに聞いたことがない俺だ。ついつい睡魔に襲われる始末である。

「ティレアちゃん、眠そうだね」

 俺が船を漕いでいると、警備詰所で事務をしているジョージさんが気さくにそう尋ねてくる。

「す、すいません。ちょっと、夜遅くまで料理していたもので……」
「はは、あいかわらず熱心だね。だけど、あまり無理はしない事だよ」
「はい、分かってはいるんですけど……つい、えへ」

 料理バカなところを指摘されてつい頭をかいてしまう。

 あれ!? そういえばジョージさんが来ているんだ。ヘタレ(ビセフ)は来ていない?

 こういう寄合では率先して参加し、偉そうな事を言ってそうなのに……

「ビセフさんは寄合に参加しないんですか?」
「あぁ、ビセフさんまだ家に引きこもっているんだよ」

 まじか、まだあの事を引きずっているのかよ! このままひきこもっちゃうんじゃないか?

 だいたいヘタレ(ビセフ)のせいで家族は危機にさらられたというのに、いまだ一言も釈明に来ていないのである。ヘタレなのはこの際しょうがないとしても迷惑をかけたなら謝ってほしい。

 ぶつぶつ不平を漏らしていると町長が一段、声を上げてきた。

「あと、最後に緊急の事案がある!」

 緊急の事案?

 これはさすがに聞いとかないとね。両手で顔をバンバンと叩き、眠たげな頭をむりやりクリアにし、町長の話に聞き入ることにした。

「ここ数日、ベルガ町の流通に変化が起きている」
「町長、変化とは何ですか?」
「どうやらベルガ町近辺の生態系が壊れているようなのだ」
「そ、そんな本当ですか?」

 町長の衝撃発言に町民達はざわざわと騒ぎ始める。確かにオーク肉は値上がりしていたし、市場によく出ていた食材のいくつかが消えていた。

「市場に魔獣の肉を卸しに来てくれる熟練の冒険者達が口を揃えて言うのだから間違いあるまい」
「そんなどうして急に?」
「どうやら大型の魔獣か魔犬の群れが発生したみたいだ」
「大型の魔獣! そんな話今まで聞いたことがなかったですよ!」
「既に人的被害も出ておる。ザルギーの村が壊滅したそうだ」
「ザルギーの村ですか! ここからそんなに遠くないですよ」
「あぁ、だからワシらも注意しないといかぬ」
「で、でも壊滅なんてそんな馬鹿な!」
「何でもザルギーの村に行った冒険者が言うにはそこは誰もいなかったそうだ」
「ど、どこかに皆で移動したのではないですか?」
「生活用具を置いてか? ありえぬ、それに冒険者が村民の死体を発見したらしく、その死体は獣に無残に食いちぎられてたそうだ」
「ぜ、全員ですか?」
「死体は数人分しか見つからなかったようだ、後は魔獣の胃袋の中だろ」

 町民達に動揺が広がる。こんな平和な町でそんな物騒な話を聞く事になるとは皆思っていなかったらしい。俺もその一人だ。だって、下手すればベルガの町って日本より治安がいいと思ってたよ。

 この前はヘタレ(ビセフ)がウソジマ君という闇金の悪者を呼び寄せたけど、あれはイレギュラーなケースであって基本平和な町だったのだ。それなのにこんな事が起こるなんて……

「魔犬の群れか大型の魔獣……この辺りも物騒になりましたね、ジョージさん」
「あぁ、儂も三十年この町に住んでいるけど初めての事だよ」
「そうですよねぇ~」

 大型の魔獣か魔犬の群れ、本当に物騒な話だ。いきなり大型の魔獣がこの辺りに出現するのも考えにくい。現実的には魔犬の群れが正解のような気がする。多分、何かのきっかけでこの町に移動してきたのだと推測する。

 さらに町長の話が続いていく。

「……で、二つ解決案を考えておるのだ」
「それは何ですか?」
「一つは町の皆で自警団を創る事だ」
「自警団ですか」
「そうだ、各世帯から数人有志を募り、交代で町の周辺を警戒するのだ」
「もう一つの案は何ですか?」
「もう一つはギルドに依頼する事だ。冒険者達の証言もあるし魔獣の討伐隊を組織してくれると思う」
「そのほうが良いんじゃないですか? 俺達素人だしプロにお任せしましょうよ」
「ふむ、ただし依頼料は町の税だけでは足りぬ。相応の金の供出を各世帯にしてもらう事になる」

 町長の提案に皆考え込む。有志を募った自警団では金の心配は無いが、少なからず命の危険が伴う。逆にギルドに依頼した場合は命の危険は無いが、それなりに痛い出費を伴う。

 金か人か……

「ジョージさんはどう思いますか?」
「そうだね、普通だったら自警団で事足りるけど。聞いた限り被害が只事では無いから自警団では手に負えないかもしれない」
「なるほど。でも本当は大した事無かったらギルドへの依頼なんてお金の無駄ではないですか?」
「そうだけど町の皆で大丈夫かなぁ? 何せうちはビセフ(エース)があの通りだから」
「あぁ、そうでしたね」
「ティレアちゃんは誰か頼りになりそうな人知らないかい?」
「う~ん、数だけならうちの従業員とその仲間達でけっこういるんですけどね」
「あぁ、今話題のニールゼンさんだろう。まったくあんな伊達男どこで見つけてきたんだい?」

 げげっ、ジョージさんまで知っているのか! あの変態(ニールゼン)ここでも熟女キラーの名を広めているようだ。

「まぁ、確かに奥様方に人気なんですけどね。腕っ節のほうはちょっと……」
「いわゆる色男、金と力はなんとやらってことだね」

 む、あんな中二病を色男なんて世も末だ。だけど考えてみると自警団を作ってもろくな人材がいないのも確かだ。ここは多少金がかかってもギルドに依頼するべきである。

「それでは意見も出尽くしたようなので多数決を採る」

 町長はそう言って多数決の音頭を取った。俺はもちろんギルドへの依頼に票を入れた。結果、大多数の票でギルドへの依頼が決定したのである。

 皆、ヘタレ(ビセフ)に不安感を持っているみたいだね。寄合の決定を受けてギルドへの早馬が飛ぶ。数週間後には討伐隊が組織されるであろう。

「ティレアちゃん、大変な事になったね、くれぐれも外出時には注意するんだよ」
「はい、ジョージさんも気を付けてください」

 本当に物騒になったものだ。特にザルギーの村近くは近寄らないようにしなきゃね……ってあれ?

 あの辺ってティム達がよく遊んでいる場所じゃ無かったっけ? これは早急にティムに注意をしなければならない。

 俺は寄合を後にし、急ぎお店へと向かった。
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