第二十八話 「家族会議しなきゃね(前編)」
ふん、ふん♪ さ~て今日もはりきって働きますか!
俺は厨房に入り、料理の仕込みに取り掛かる。このところ色んな騒動があって料理に集中出来なかった。そろそろ本業を頑張らないとね。
今日は春雨スープを作ろうと思っている。異世界で春雨を再現させるのは苦労した。スープの表面にゴマしいたけと卵ネギを刻み、前世の春雨に近い食感のイジヅキソウを煮て入れる。この組み合わせが視覚的にも味覚的にも春雨スープに近い。
早速、レシピ通りに料理する。手順は頭に叩き込んである。後は今日の温度や湿度、食材のよしあしに応じて調味料を調整していけばよい。
そして料理開始から十五分経過……完成!
うん、ゴマしいたけから溢れる湯気が食欲をかきたてる、いい感じだ! 後は父さんが主菜を作れば仕込みも全て完了なのだが、父さんが厨房に来ない。
変だな? いつも俺より早く来て黙々と働いているのに……
俺はスープ鍋の火を止め、厨房を出ると父さんを呼びに両親がいる寝室へと向かった。寝室は厨房を出て突き当たりに位置している。家は広いわけでもないすぐに寝室に到着、ドアを開け、父さんに声をかける。
「父さん? そろそろ今日の仕込みをしないと……」
「ティレアか、ちょっと待ってくれ」
ん? 部屋には父さんだけでなく母さんもいる。母さんは椅子に座りうなだれている様子だ。
どうしたんだろう?
いつも朗らかで優しい笑みを絶やさない母さんが沈痛な面持ちをしているのだ。母さんの手足は小刻みに震え、青ざめている。
「母さん、何かあったの?」
「……何でもないのよ」
母さんはそう言うが、絶対に何かあったのだ。声も抑揚も普通じゃない。まるで、悪魔にでも追い詰められたように怯えているのだ。
「本当にどうしたの? 何か心配事でもあるの? 私に出来る事があるなら言ってみて。母さんが辛い顔をしていたら私も辛いよぉ」
「ティレア……心配かけてごめんなさい。本当にあなたは親思いの良い娘ね」
本当に何があったんだ?
あんな母さん初めて見る。母さんを助けたい。だが、俺がいくら事情を問いただしても母さんは「大丈夫よ」と言うだけで落ち込んでいる理由を話してくれない。これでは母さん助けたくても何をすればよいのやら……
俺は事情を説明してもらおうと父さんに目線を送る。
「ティレア、何も心配する事はない、セーラはちょっと疲れているんだ」
「どういう事?」
「セーラ、ティレアも心配している。事情を説明してやろう。な~にセーラの勘違いに決まっている。だから、そんなに深刻になるな」
「そ、そうね、よく考えればティレアにも話をしておかないといけなかったわね」
母さんは椅子に座りなおすと、真剣な目つきで俺を見つめる。母さんの真剣な表情、これはすごく重たい話がありそうだ。ゴクリと生唾を飲み込み、母さんからの話を待つ。
「テ、ティムはいない?」
「うん、いないよ。ニールと遊びに出かけたみたいね」
「そ、そう」
母さんはティムがいないと分かるとふ~っと息をつき、ほっとしている様子だ。なんかティムを警戒しているみたいだぞ。
どうして……?
「母さん、ティムがどうかしたの?」
「……最近、あの子おかしくない?」
「あ~そう言う事ね。母さんそれは気にしなくていいよ、今のティムは一種の反抗期みたいなものだから」
なるほど、母さんは最近のティムの言動を心配していたのか、あれは思春期の子供がかかる一種の病みたいなものだ、こじらせなければ問題ない。その辺は俺がちゃんとティムの事を見守っているから大丈夫だ。
ふ~母さんがあまりにも真面目な顔をしているからびっくりしたよ。中二病については俺がプロだから任せなさい。
「そうだろ、そうだろ、ティレアもそう思うか、セーラは心配しすぎなんだ。むしろ、ティレアがこの前、着ていた妙ちくりんな服のほうが問題だ!」
「うっ、父さん、あれ返してよ~せっかく似合ってた服なのに……」
「馬鹿やろう! 年頃の娘にあんな破廉恥な服を着せていられるか! まったくお前はどこか隙がある! 変な男が言いよりでもしたら……」
父さんはぶつぶつと文句を言ってくる。父親は娘を溺愛するというのは本当みたいだ。いつもは料理に一途であまり俺達姉妹に干渉しない父さんなのに……
ふ、ふ、ダディ、ツンデレですか、たしかに俺ら姉妹は抜群に可愛い、特にメイド服を着たティムなんて天使そのものだ。父さんが心配する気持ちも分かるよ。
安心してくれ、父さん、俺も同じ気持ちだ。ティムに言い寄ってくる変な虫がいたら俺が鉄拳制裁してやるから。俺と父さんはその後も「メイド服がだめなら何がいいか」などわいわい議論を交わしていく。
「反抗期なんてそんな生易しいものじゃないのよぉ――っ!」
「か、母さん?」
俺と父さんが他愛もない話をしていると急に母さんが悲痛な声で叫ぶ。母さんの表情は先ほどからまったく変わらず悲痛そのものである。俺がティムについては説明したのに分かってくれなかったみたいだ。
「あ、あの子の眼を見るとぞっとするの、まるでわが子と誰かが入れ替わったみたいに……あ、あれは断じて私の娘じゃない」
「セーラ、そんな事を言うもんじゃない!」
「そうだよ、ティムが可哀そうだよ」
「あなたもティレアも何も分かっていない……あなた達はいい意味で料理バカだから気づかないのよ」
母さんがため息交じりに言った。確かに俺と父さんは料理の事となると熱が入り周りが見えなくなる事はよくある。だけど、ティムの事は別だよ。何たって大事な家族の事なんだから。
「母さん、本当に大丈夫だから。ティムの言動は一過性のものだよ」
「料理バカって何だそりゃ。俺は一家の大黒柱だ。家族の事は分かっているぞ、セーラは疲れているんだ」
「……ふ、ふ、それじゃあね、私があの子に何て言われたか知っている? あの子の正体は何なのか知っている?」
「セーラ、いい加減にしろ! ティムは俺とセーラの娘でティレアの妹だ。大事な家族の一員だろ!」
「そうだよ、母さん、どうしちゃったんだよ! お願いだから話を聞いて、ティムは大事な家族だよ。母さんだってあんなにティムの事大事にしてたじゃないか!」
「ティレア、聞きなさい! あの子は魔族なの、本当のティムは魔族に殺されたのよぉぉおお――っ!」
母さんはぼろぼろと涙を流し、嗚咽をあげながら号泣する。
魔族って……
いかん、母さんはティムの中二言語をまともに聞いたようだ。
「母さん、それは違うよ。ティムはね、今、自分は魔族、特別な存在だと言って遊んでいるの、ただそれだけなの!」
「ひっく、ひっく、それじゃあね、あの子、母さんに何て言ったと思う? 私がティムって名前を呼んだら『殺す』って言ったのよ。ひっく、その名前を呼ぶ事を許されるのはある特別な方だけなんですって!」
「な、な、な!」
「そ、それでね、ひっく、ひっ、あ、あの子、自分を『カミーラ様と呼べ』と言うの。近いうちにここを出ていくからそれまでは仮の家族を演じてやるそうよ。ひっく、ひっ、そ、そして出ていくまでは私の命を取らないでおいてやるって言ったのよぉぉ――っ!」
「なんだとぉ――っ!」
ティムがそんな事を言ったのか! 突きつけられた現実に心が折れそうだ。ティムは中二病、魔族カミーラのふりをするのはしょうがない。中二病の理解者は少ないが俺だけは認めてやらねばと思っていたのに……
だが、甘かった。ティムは中二病を振りかざし家族に暴力を振るったのである。この場合、力の暴力でなく言葉の暴力というやつだ。俺がティムにお仕置きをした時、ティムは反省したと思っていた。
だがそれは違った。ティムはお仕置きが怖いから俺でなく母さんにターゲットを変えただけなのである。
何という事だ……
ショックである。これはもう一度お仕置きする必要が出てきた。
「母さん、ティムの事は私に任せて!」
「だめ! ティレア、あなたが殺されるわ!」
へっ? いやいやいや、母さん、なんて事言っているの?
え!? まじですか!
これはそうとう母さん追い詰められている。そっか、そうだよね、この異世界では中二病なんて言葉はない。ニュースもカウンセリングもない。あんな言葉を言われて変な言動になって母さんからすると、ティムが別人になったと思っても不思議では無い。
あぁ、前世俺も中二病をこじらせた時、両親にこんなふうに思われていたんだろうな。実際、両親はカウンセリングに行ったり病院に通ったりしていた。前世の両親も俺が別人になったと思ったかもしれない。
前世の母さん、父さん、ごめん、ごめんね、気づいてやれなくて。子を思わない親はいないんだ。
実際、母さんはティムにあんな言動をされて、悩んで悩んでティムが別人になったと結論づけて精神の安定を図ろうとしたんだろう。中二病にかかる前のティムが良い子だったから猶更気に病んだに違いない。
「母さん、父さん、この件は私に任せて、絶対絶対私が何とかしてみせる! 取りあえずティムがニールと一緒に帰ってきたら話をしてみるから」
「ティレア、あの子と一緒にいる人も危ないから近づいちゃだめ!」
は、はい? 変態が危険? まぁ、ある意味、変態で危険な存在だが……
はっ!? もしや!
「母さん、まさかニールも何か言ってきたの?」
「ぶ、無礼な振る舞いをしたらこ、殺すって」
はい、殺す、さんざん目をかけてやったのにあの野郎!
変態は死刑決定だが、ティムはどうしようか? いや、悩んでいる暇は無い。こうしている間にもティムと母さんの間の親子の情が消えてしまう。それは母さんにとってもティムにとっても悲惨な結果だ。
ティム、あなたの為よ、今回のお仕置きはスーパーだから。既に俺の心は激おこぷんぷん丸からカム着火インフェルノまで達していた。
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