第二十五話 「死闘終焉、明日は筋肉痛だね」
虎ドキュンは血反吐を吐き気絶した。俺みたいな少女が三メートルを越す大虎を倒したのだ。
バーストアースの鉄甲……
ヘタレ自慢のレアアイテムなだけある。こういう時は異世界だなと実感してしまう。レベル差を装備でカバー出来るのだ。
「い、一撃だと……?」
「えぇ、驚愕です。でも、邪神もそうとう魔力は削られているはずです」
「そ、そうだな、よし、もう一度、魔邪最大封殺呪文だ!」
「二人だと辛いですが、やむをえません」
竜ドキュンと炎ドキュンがまたもや呪文を唱え始める。二人の間を魔法陣が包んでいく。
「ま、まさか!」
「ふふ、三人じゃないと出来ないと誰が言いましたか、二人でも出来るんですよ」
くっ、またさっきのあれか! もうティムの助けはない。次、あれをくらうと対処のしようが無いぞ。
どうする?
魔邪最大封殺呪文、中二的に言っているがようするに体力吸収のドレインだ。ネタは分かっている。奴らは呪文の最後にロックオンするかのごとく俺を指差し、そして黒い矢が四方から飛んでくるのだ。そして、その黒い矢が刺さるとほとんど力が出なくなる……
ん!? そういえばあの時、ドキュンにヌンチャクを振るうのを躊躇し棒立ちになっていた。ドキュンが指差しする時に照準を取れないように動いていれば防げていたのかもしれない。
試してみるか!
そうと決まれば、今こそ邪神七百七十七の黒歴史の一つを解放する。
必殺ブロー「ペプシー・ロール」だ。
蜂の字ディフェンスと言って蜂のように舞いながら移動し、舞っている反動を利用して左右の連打をペプシが弾けるかのごとく叩きこむ技だ。
これは前世のボクシング漫画に出てくる主人公の必殺技である。前世、俺はこの漫画にはまって読みふけっていたのである。勉強もせず働きもせず漫喫にこもり全巻五往復は読んだと思う。特に主人公の必殺ブローである「ペプシー・ロール」は漫画を読むだけでは物足りず、自分で何度も実演し動画サイトにも載せたことがあるほどだ。
まぁ、調子に乗って丸太を打ちつける荒行を行った時、拳にひびを入れてしまったのは余談である。とにかく、まだあの感覚は覚えているはずだ。
俺は拳をかまえ、ボクシングスタイルを取る。そしてそのまま蜂の動きを使い全速力でドキュン共に向かっていく。
「な、なんだ!? あの動きは?」
「くっ、動きが読めないです」
ふっ、予想的中、ドキュン共はトリッキーな動きについてこれないみたいだ。奴らが狙いを定められないうちに一気に竜ドキュンの目の前まで詰めた。
「覚悟しなさい!」
掛け声とともに遠心力を使ってパンチの連打を浴びせる。竜ドキュンの鳩尾、顔面、こめかみとリズミカルにヒットしていく。急所にも容赦なく当てている。仕方が無い。竜ドキュンは再生能力を持っているから中途半端な攻撃をしても意味が無いのだ。
「ひ、ひぃ、ぐぇ、こ、や、やめ、た、助け――ごべぇええ!」
竜ドキュンは泡をふいて悶絶した。辺りに血反吐をまき散らしてはいるが、一応、生きてはいるようだ。
さて、ドキュンは残り一人。ただ、女の子には暴力を振るいたくはない。このまま退散してくれればいいが……
まぁ、やる気なら男女平等パンチをくらわしてやる。
「あとはあなた一人だけよ、どうする? 降参する?」
「……邪神、見事です。だけど弱点が分かりました。あなたはどうやら近接戦闘タイプのようです。遠距離から燃やしてあげます」
炎ドキュンはそう言って、距離をあけると魔法を発動させようとしてくる。
しまった!
俺が魔法を使えない事がばれたようだ。確かに俺は今まで一度も魔法を使ってなかった。仕方が無い、ここははったりで何とか凌ぐ。
「ふ、ふ、私がいつ遠距離が苦手だと言ったのよ。むしろ私は遠距離からの魔法攻撃が得意なのに」
「う、うそです」
「嘘かどうかは試してみるといい。ただし血の一滴も残らない事を覚悟しろ!」
「それでは私も最大火炎呪文でお返しします。この地域一帯を消炭にしますよ」
おお、こいつもなかなか吹くじゃねぇか! 負けてたまるか、こういう中二的はったりは前世から得意分野である。
「はっはっ! それなら私はこの魔法で国そのものを滅してやろう!」
「は、はったりです――い、いいでしょう、そこまで言うのならこれから地獄の業火を見せてあげます。私のとっておきですよ。あなたもこの町も終わりです」
炎ドキュンは動揺している。俺のはったりを半信半疑といったところか? どうやら虎ドキュンと竜ドキュンを倒した事で俺を凄腕の冒険者と勘違いしているようだ。ヘタレのレア武器のおかげでうまく騙せている。
よし、ここは何かどすが効いた呪文を使って畳み掛けてやる。ただ、俺はこの世界の魔法を知らないから前世の知識を活用するしかない。
どのフレーズがいいか……
そうだ! あれがいい!
俺は某アニメであった最強呪文の台詞を使いびびらせる事にする。
「恐怖に慄け! 闇よりも暗きもの川の流れよりも急なもの……崇高なるダークマータの名において……余は邪神に誓わん」
「な、何ですか! そんな呪文聞いた事がないです」
「ふ、この国の未熟な魔法素子で出来た呪文などぬるくて私には性にあわん。お前には邪神の究極魔法を見せてやる!」
「そ、そんな、な、なんて魔力……」
「続きだ! 余の前に楯突く全ての愚かな者に余の全力を以て滅びを与えん!」
俺はさも大呪文を始動しているかのように手をリズミカルに動かしていく。適当に右手と左手を合わしたりハートを作ったり、所謂パントマイムの要領である。
「そ、そんな、正気ですか! そんな巨大な魔力で魔法を放ったらこの国どころかこの世界そのものが壊れます!」
「ふ、ふ、見たいんだろ、見せてやるよ! 世界の終焉を!」
「ま、待って……」
「遊びは終わりだ、ギガスレ――」
「ひ、ひぃい!」
炎ドキュンは俺を化け物でも見るように悲鳴をあげて逃げ出した。
やった、俺のはったりに騙されやがったぞ!
け、計画通り!
予定外のハプニングはあったが、ドキュン共に力を見せつける事が出来た。これだけ痛い目にあえば、もうちょっかいをかけてくることはないだろう。
それにしても今回は前世の知識がおおいに役立った。やっぱり転生チートなのは知識だよね♪
喧嘩が終わりズキッと体に痛みが走った。俺って殴り合いしたんだよな。まったく喧嘩なんて初めてやったよ。前世でも一方的に暴力を振るわれた事はあったが、ここまでひどくやられた事はない。まぁ、今回はこっちもきっちりお返ししてやったけどね。
そういえば、炎ドキュンの奴、仲間を置いて逃げやがった。ドキュンとはいえ、このまま放置しておくのは気が引ける。けっこう重症ぽいし誰か呼んできて治療ぐらいはしてやるか。俺は町へ踵を返そうと振り向く。
「うっ!」
振り向いた先にはサーベルタイガーみたいな騎獣がいてガルルと睨んでいた。
そ、そうだった……
奴らは危険な騎獣に乗ってきたんだった。
ま、まずい、ドキュンはまだ人だから口八丁でごまかせたが、野生の動物にそんなものは通用しない。
ど、どうしよう?
俺と騎獣の眼と眼が交差する。な、なんて獰猛な顔なんだ、友好の欠片もない。
こ、こうなればやぶれかぶれだ!
俺はレア武器を見せつけるようにファイティングポーズを取って威嚇する。
く、来るなら来い!
出来れば来ないで欲しいけど……
「キャイン、キュイン」
お~なんか知らないが逃げ出した、飼い主を倒したから強者と思われたのかな? なんか怯えて逃げ出す騎獣を見ているとチワワみたいでちょっと可愛く思えてしまう――って、ちょっと待て、待て! 君たち飼い主を置いてこうとしているぞ。
俺は騎獣達に身振り手振りで飼い主の事を伝えてみる。指で飼い主を指したり乗せていくようなそぶりを見せたり……
数分後、俺の思いが通じたのか騎獣らはドキュン共を背中に乗せてそのままどこかに消えていった。
こ、これで本当に終わった。安心して胸をなでおろす。
「おろ、ろ」
気が抜けるのと同時にガクッとひざをついてしまう。やはり無理をしずきた。全身が疲労を訴えている。ドレインをくらったからな、仕方が無い。
でも、よく無事だったよ。ヘタレにもらったレア防具のおかげだね。ただレア防具は見るも無残な姿になっていた。ヒビは入っているし、炎ドキュンの火炎魔法のせいで全体的にすすけている。
これはヘタレの奴、この有様を見たら再度気絶するんじゃないか?
あんなに自慢していたきらびやかな防具が屑鉄のような味を醸し出している。でも俺は弁償する気はさらさらないぞ。文句はドキュン共に言ってもらわないとね。
だいたいヘタレの奴が開始早々気絶してリタイヤするのが悪いんだ! 警護長しているくせにいい気なもんだよ。ヘタレが頑張ってくれていればティムも俺も喧嘩しなくてすんだというのに……
今回の騒動は俺とティムのおかげで解決したようなものだ。特にティムには頭が上がらないよ。命がけで俺を助けてくれた。今は中二病にかかっているけれど根本的なところは変わらない。本当に出来た妹だね。
俺は慈しむようにティムを見る。ティムはすやすやと眠っていた。
「ティム」
ティムのもとへ駆け寄ろうと身体を動かす。
いて、ててて……
体中が痛い。明日は筋肉痛だろう。これは家に帰る前に少し休憩するか、俺はティムの隣に移動すると寄り添うように眠りについた。
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