第二十二話 「異世界ドキュンのレベルを舐めてました」
「ところで、ティレアちゃん?」
「何ですか?」
「今度は俺が気になるんだけど……さっきからティレアちゃんが持っている棒は何なんだい?」
「こ、これは――」
「ふっ、ゴミ! それは殺人ヌンチャクという貴様ではとうてい及びもつかぬ技を繰り出す武器だ! ティレア様直々にお創りになられた神具である」
あっ!? バカ、そんな事を中二病でないヘタレに言ったりしたら……
「ぷっ、あっはははは! さ、殺人ヌンチャクだって! しかもティレアちゃんが作った武器が神具? あ、あまり笑わせるなよ」
ちくしょう!
案の定、大笑いされた。殺人ヌンチャクがかなりヘタレのツボにきたらしい、ヘタレは腹筋を大きく揺らしゲラゲラ笑い転げている。
「ティレア様、やはりこのゴミは殺しましょう! 作戦とはいえ不敬過ぎる!」
「ニール、言ったでしょ。大いなる作戦の為には堪える事も必要よ」
「さすがはティレア様! どんな矮小な存在に対しても驕る事の無いその姿勢。覇業を成し遂げる為にはそのくらいの気概と慎重さが必要と言う事ですね?」
「はい、はい、その通り。私の天下布武の為にもおとなしくしていてね」
「ははっ、ティレア様もこの屈辱にお堪えになられているのです。私も堪えがたきを堪えてみせます」
そうして変態の暴走を止めているとヘタレが笑い転げていた状態からむくりと起き上がってこちらを見てくる。
「は〜笑った、笑った」
ヘタレの奴、ようやく笑いが収まったようだ。ただ顔はまだにやついている。そこまで笑う事ないだろうが……
「ビセフさん、笑いすぎです」
「ごめん、ごめん、ぷっ、さ、殺人ヌンチャクだったね、この日の為にティレアちゃんが作ったの?」
「は、はい」
う〜なんかだんだん恥ずかしくなってきたよ。やはりこれが普通の反応なのだ。変態があまりに俺を持ち上げるからついつい調子に乗って持ってきてしまった。
「あ〜ティレアちゃん、そんなに顔を赤くしないでも良いよ。もう、笑ったりしないから。お詫びにその武器に魔法付与をつけてあげるよ」
「本当ですか!」
お〜これはひょうたんから駒だ。やはりただの金属棒では不安が残る。魔法付与でもつけて箔をつけたいところだ。
「ちょっとその棒を貸してごらん」
「はい」
俺はヘタレにヌンチャクを渡す。ヘタレはそれを受け取るとなにやら呪文を唱えた。そしてヌンチャク全体に魔法の光が包み込んでいく。
「ふぅ〜これで出来た。攻撃付与の魔法を与えてみたよ。ティレアちゃんの攻撃力にプラスされるはずだ。ただ、ちょっと張り切り過ぎたかな。けっこう威力が上がったから使うのは慎重にね」
「ゴミ、その程度の補助魔法で何がどうなるというのだ! ティレア様のお力の前ではクズも同然、百万の力に一を加えただけにすぎぬ!」
あ〜また変態の奴、いちゃもんつけているよ。俺があんなに注意したのに……
それとも変態にとっては堪えているうちなのか?
「ティレアちゃん、分かったよ。確かにこいつにムキになるのは大人げなかった。もうこいつ何言っているかさっぱり分からないんだけど……」
「ニールの事は気にしないでください。それより魔法付与ありがとうございます」
「いいって、いいって。それより本当に使う時は注意してよね」
「分かってます。もしもの時以外はこの武器は使いませんから」
「ふ、ふ、ティレアちゃん、俺がいる限り、もしもなんて事はないよ」
う、うざい……
ヘタレはそう言って何度も腕自慢をしてくる。変態は変態で事あるごとにヘタレの話にちゃちゃを入れる。
まぁヘタレはもう変態を相手にしていないようで掴み合ってのケンカにはならないみたいだけど……
ふぅ、何かドキュンと対峙する前に疲れたよ。二人共呑気に口喧嘩しちゃって、ピクニックか何かと勘違いしているようだ。ドキュンが絡みにくるんだよ。暴力を振るわれる可能性が高いのに……
事の重大性、分かっているのか?
そうして俺の懸念を他所にしばらく待機していると、ドドドドと地響きが伝わってきた。予告通り魔邪三人衆が現れたのである。
どひゃぁああ!
えぇ、何が驚いたかって、確かに三人現れた。だが三人とも騎獣に乗ってきたのである。それも只の騎獣ではない。何かサーベルタイガーみたいな怖そうな魔獣に乗ってきたのだ。
もしかしてこれも幻影魔法?
いや、違う、奴らはドキュン。この世界ではバイクなんて代物は無い。だからこの世界のドキュンはバイクではなく騎獣に乗るのだろう。まったくどこから仕入れてきた代物か分からないが物騒極まりない。
前世のドキュンは改造バイクで暴れまわった。では、こちらの世界のドキュンはより恐ろしい騎獣を入手するのがステータスなのだろうか?
まずい、まずいぞ!
あんな物騒なペットをけしかけられたら命がいくつあっても足りない。
俺が冷や汗をかいているとドキュン共が騎獣から降りてこちらに近づいてくる。どうやら騎獣をけしかけてくる事はないようだ。
――そうか!
奴らにとって騎獣は愛車同然。けしかけて万が一傷ついたらまずいもんね。ひとまずは胸をなで下ろす。
そして、一歩、一歩、ドキュン共が近づき、俺の目の前に現れた。
こ、こいつらが魔邪三人衆――
な、舐めてました……
こちらの世界のドキュンを本当に舐めてました。
そうだよね。こちらの世界に銃刀法違反というものはない。
まずは……なにあの竜人?
どでかく長い刀を持ってきてやがる。そうまるで青龍偃月刀みたいだ。今から敵将の首を千人討ち取ってくる気か?
お前はカンウかよぉ――っ!
それとあの獣人……
もう虎そのものじゃないですかぁ――っ!
いや、本当にとらじろうなんて可愛いものじゃない。人間一人くらい丸呑みしそうな迫力を醸し出している。只のマスクであればどんなに安心していたか。
最後にあの人……
何で炎を体中に巻きつけているの? 「私は魔法使いだぞ」とアピールでもしているのか?
しかも、ちょっと可愛い……
とりあえず「竜ドキュン」「虎ドキュン」「炎ドキュン」といったところか。どいつもこいつも一癖も二癖もありそうな人達だ。とても俺の手に負えそうにない。ここは名ばかりではあるが町の警護長に頼ろう。
「ビ、ビセフさん、汚名返上ですよ。さ、ビシッと注意して下さい!」
ちょんちょん、俺はヘタレの肩をつつく。だが、そこには誰もいない。
ふ〜予想はしていたが……
下を見てみる。
……やっぱり気絶ですか、
ヘタレはまたもや白目をむいて気絶していた。
もうあんた、職変えたほうが良いよ。今までベルガのような田舎で大した事件が起きなかったから勤まっていたんだね。
「魔邪三人衆」確かにすごい迫力である。この世界のドキュンは迫力があって、まるで「魔族」と言われても不思議じゃない。俺もおしっこちびりそうだった。でもね、元冒険者がびびってどうすんの?
――というか、お前、絶対冒険出てなかっただろ!
多分、有名冒険者のマネージャみたいな事をしていたんだな。現場とか絶対に出てないと思う。書類整理や薬草採取しかこなさず、仲間の功績のおかげでC級クラスの肩書を取ったにちがいない。
Cランク、そんな立派な肩書きの冒険者がベルガのような田舎の警護長になるなんて不思議だなと思っていたけど、こういうからくりがあったんだ。田舎だと実力がばれない、もし、山賊なり盗賊なりがベルガの町に攻め込んできてたら大変な事になってたね。
……もうゆっくり休んでてくれ、後は俺が何とかするよ。
俺はヘタレを端に寄せるとドキュンと対峙する。
「ふ、人間、俺の威圧で気絶――」
「はい、はい、また覇気を使ったのね。もう分かったから」
どうしてこいつらは同じリアクションをするかね。まぁ、前世の俺ももし誰かが偶然気絶でもしようものなら同じ言動をしていたかもしれないけど……
「ハキだと? どういう意味だ?」
「どうだっていいでしょ、それよりあなた達がうわさの魔邪三人衆ね?」
「いかにも。ヒドラーが恐れる邪神とは貴様か?」
「あ〜そういう設定ね、邪神ティレア様よ。で、ここに来た目的は何? ティム――じゃなくてカミーラにただ文句を言いに来たわけじゃないでしょ!」
「ふ、噂の邪神を喰いたくなってな」
「はい、邪神はどんな味がするか知りたくて来ました」
「ははっ、邪神喰ろうてやるわ!」
なっ!? わ、私を喰らうですって!
そうか! 会ではティムの姉である俺の存在も噂になってたのだろう。俺は美少女だから尚更、噂は広がっていたはずだ。
やはりな下種共!
いかがわしい事を考えていたのは予測通りである。
喰らうってまたストレートな欲望をぶつけやがって! 俺は安くないぞ!
もちろん男からなんて想像するだけで寒気がする。俺は体は女だが心はれっきとした男だ。それに獣人に竜人だぞ。ホモでジューカンなんてどんだけ俺にトラウマを植え付けたいんだ!
あ、でも女の子がいるんだよな。けっこう可愛い顔をしているし、この娘には食べられてみたいかも……
――っていかん、いかん!
相手はドキュン、レディースみたいなものだ。関わるものではない。
しかし、俺も甘かった。下心は持ってるだろうと予測はしていたがいきなり面と向かって「襲う」なんて言ってくるとは……
欲望にストレートすぎる、こいつらは俺一人でどうにかなるものじゃない。もうなりふりかまっていられないようだ。
最終作戦始動!
町の皆に助けを求める。変態にティムを連れて逃げてもらわないとね。
「ニール、最終作――」
「ティレア様への暴言、許さんぞ!」
変態が雄叫びをあげドキュンに殴りかかる。
バカ、早まるんじゃない!
俺の制止は間に合わず変態がドキュンに突撃したが――
「ノロいわ! ふん!」
「ぐはっ!」
案の定、虎ドキュンのワンパンで沈んでしまった。
予想通りか……
いや、それでも俺の為に怒ってくれたんだよね。あんな怖そうな奴らに向かっていってヘタレなんかよりよっぽど勇気がある。ちょっと見直したぞ。
「はぁ、くっ、ま、まだ、まだ……」
変態はダメージがあるにも関わらず必死に起き上がろうとしている。いや、その根性は認めるが無理はよせ。ドキュンは常識が無いから手加減なしのパンチだっただろう。虚弱の変態ならパンチ一発で骨が折れているかもしれない。
「ニール、無理しなくていい、後は私にまかせなさい」
「テ、ティレア様、申し訳ございま――」
俺の言葉に安心したのか変態はそのままばったりと気絶した。
「くっくっ、こいつ確か『鉄壁のニールゼン』だぜ」
「誰ですか? 知りません」
「あぁ、弱い奴には興味はない」
ドキュン共は口々に変態を嘲笑する。
言いたい放題ね、さすがはドキュン、人を殴っておいて悪びれもしない。
「しかし、ヒドラーがあんなに恐れる邪神を楽しみにしてきたが……」
「あぁ、脆弱すぎる魔力だ、とても強者には思えん」
「スザク、邪神の魔力はいかほどと見た?」
「そうですね、ほとばしる魔力は三百程度。仮に増幅出来たとしても五千がいいところでしょう」
「五千だと? 腹の足しにもならぬぞ。ヒドラーめ! この程度の者に我らをつかいおって!」
「邪神、いやお前は只の人間だ。運が悪かったな、今俺達は機嫌が悪い、手荒く扱ってしまう」
「すぐに死ねるなんて思わないでください、遊んであげます」
ドキュン共は獰猛な笑みを浮かべて近づいてくる。
「話し合い――はもう無理よね……」
「何だ? もう降参する気か? つまらん、こいつでは長く遊べそうにないな」
「あぁ、こうなればカミーラの奴で遊ぶしかねぇ」
なっ!? まさか、俺だけでなくティムにまで手を出そうとする気なのか? ティムはまだ十四歳だぞ。いや、条例なんてないこの世界ではやりたい放題だ。こいつは冗談では済まされない、犯罪だ!
「カミーラの奴、前から喰らってみたかったぜ」
ドキュン共がゲラゲラと下卑た笑い声を出す。ティムみたいな子供にまで手を出そうとする、やはりヒドラーさんが除名しただけある。とんだゲス野郎達だ。
「あなた達、許さないわよ」
「なんだ? 俺達は今、機嫌が悪い、忘れたのか!」
「あ〜そうなの、私も今すごく機嫌が悪いのよ! 気が合うわね」
「人間、我らを侮辱するとは只では殺さぬぞ!」
「えぇ、身の程知らずです」
「あなたたちこそ、そんなヘタレを気絶させたくらいで調子に乗らないでよね」
俺の挑発にドキュン共の殺気がぶつかり一触即発の空気となる。
そして……
「「ぶっ殺す!」」
両者の怒声が開始の合図、魔邪三人衆との戦いの火蓋が切って落とされた。
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