俺は作戦その二の準備の為、ヘタレ(ビセフ)のいる詰所に向かった。

　ヘタレ(ビセフ)にはガルムの件で恩を売っているしドキュン撃退くらいしてもらいたい。

　というのもガルム騒動時、俺は気絶したヘタレ(ビセフ)を詰所まで運んでやったのだ。まぁ、あやうく忘れてもう少しでヘタレ(ビセフ)を放置して帰るところだったが……

　まったくヘタレ(ビセフ)の奴「ガルムに注意してやる！」と息巻いてたのに全然役に立たなかった、本当に只のお荷物だったよ。今度こそ、元冒険者らしいところを見せてもらいたいものだ。

　そう淡い期待を持ちながら詰所近くまで移動すると何やら喧噪が聞こえてきた。

　――ん!?　何だろう？

　詰所に勤務している人達がガヤガヤと騒いでいる。俺は詰所の書類係をしているジョージさんに何事か聞いてみる事にした。

「ジョージさん、どうしたんですか？」
「あっ、ティレアちゃん、良いところに来てくれた」
「へっ？　私に何か用事でもあるんですか？」
「ティレアちゃんからも止めて欲しいんだ。ビセフさんがドラゴンが町の近くにいるから王都に救援を呼ぶって聞かないんだよ」　

　はぁ？　何やってんだ、ヘタレ(ビセフ)の奴！

　ヘタレ(ビセフ)を詰所まで運んで来た際、詰所の人達に事の真相を大まかにではあるが説明していたはずなのに……

　ドラゴンじゃなく只の子犬だったのだ。まったくヘタレ(ビセフ)はちゃんと説明を聞いていたのかよ。

　しょうがない、もう一度説明するか、ヘタレ(ビセフ)の暴挙を止める為、説得を試みることにする。

「ビセフさん、止めてください！」
「ティレアちゃん、来てくれたんだね。この前はごめん、君の事を信用してやれなくて、やっぱりあれはドラゴンだよ。ドラゴンとドラゴンを使役する者、きっと魔族が現れたにちがいない。だからあのとき俺は魔族の瘴気で気絶したんだ、早く国中に緊急発令しないと！」

　ヘタレ(ビセフ)は王都に向けて今にも出発しようとしている。旅装に身をつつみ颯爽と馬に乗る姿は冒険者らしいのに、やっている事ときたら……

「ビセフさん、止めてください。町の男達で捜索しましたけど、ビセフさんが言っていた辺りにはドラゴンなんかいませんでしたよ」
「そうそう、あの辺にいるのはせいぜい小動物ぐらいでした」

　詰所の皆が必死にヘタレ(ビセフ)を説得する。

　皆で捜索って……

　詰所の仕事もあるだろうにとんだガセ情報にふりまわされちゃって、ヘタレ(ビセフ)のせいで本当にご苦労な事だ。

「それならどこかに移動したんだ、早く対応しないと国中に犠牲者が広がる！」
「移動って、足跡もなければ目撃情報もないんですよ」
「目撃なら俺がしたと言っているだろうが！」

　ヘタレ(ビセフ)が半分キレ気味で声をあげる。詰所の人達はヘタレ(ビセフ)が元冒険者だからって遠慮して強く言えないようだ。

「起きてからビセフさんこの調子で、俺達の言う事全然聞かないんだよ」
「そうだったんですか、ジョージさん私に任せてください」

　まったく、元冒険者が幻影魔法にひきずられてどうすんの？

　俺は興奮気味のヘタレ(ビセフ)の正面に回り込む。

「ビ〜セ〜フさん、あれは幻影魔法でしたよ！」
「ティレアちゃん、俺は一応元冒険者だよ。幻影魔法なんてそうそうかかることはない。だからきっとあれは本物のドラゴン、魔族に決まっている」

　あ〜もうヘタレ (ビセフ)の奴、田舎に来てへんに自信がついちゃっているよ。元冒険者って事で周りからちやほやされていたからね。自分は絶対に幻影魔法にかかっていないと自信満々である。まったく、たいした実力じゃないくせに！

「あれはドラゴンなんかじゃありません。現に私達、無事に生きて帰ってこれたじゃないですか！」
「そ、それはそうだけど……た、たまたま運が良かったんだよ」

　まったくドラゴンと魔族に狙われて逃げられるなんてどんだけ運が良いんだよ！　
　ヘタレ(ビセフ)の奴、論理破綻しかけているの分かってる？

「魔族に狙われて生き残るなんてそんなわけないでしょ。それにティム達もあれはドラゴンじゃないって証明してくれます」
「えっ！　ティムちゃんもあの場所に来ていたの？」
「えぇ、前にも言いましたよね？　あの人はティムの遊び仲間だって。ビセフさんが気絶した後、愛犬連れてきて一緒に遊んでました」
「そんな事だと思いましたよ。まったくビセフの旦那もどうかしたんですかい」
「本当、本当、朝から酔っぱらわないでくださいよ」

　俺の説明を聞き、ジョージさんを含め詰所の皆は呆れ顔である。

　当然だ、詰所総出でドラゴンでなく子犬を捜索していた事になるんだからね。

「そ、そんな……本当に？」
「もう本当です！　嘘なんて言いませんよ！」
「は、はは、お、おかしいなぁ？　俺も腕がにぶったみたいだ。幻影魔法にかかり気絶までするなんて……」
「…………」

　皆さんの冷たい視線がヘタレ(ビセフ)に突き刺さる。本当にしっかりしてほしい、あんたは町の警備長なんだからね。町の治安が不安になってくるよ。

「はっはっは、みんな騒がせてすまない。どうやら俺の勘違いみたいだ」
「まったく、ビセフさん、これっきりにしてくださいよ」
「ほんとう寝ぼけるのもたいがいにしないと」

　皆、やれやれといった表情で仕事に戻っていった。

　本当にお疲れ様、夜通しの捜索は疲れたと思うよ。特に無意味な事に労力を使ったと分かっちゃったから。

　今度、皆には何か差し入れを持って行ってあげよう。

「いや〜昔の古傷が痛んだのかな？　そ、それにあの時は魔法耐性の防具も着けてなかったし、ティレアちゃんに悪戯した人もきっと名のある冒険者にちがいない、きっと、うん、そうに決まっている」
「そ〜うですね、きっと名のある冒険者なんでしょう。魔獣討伐や研究よりもティム達と遊ぶ事を優先するぐらい優秀なんでしょうね」

　まったく、言い訳を次から次へと言ってくる。

　何が昔の古傷だ！

　それ、はっきり言ってヘタレのフラグだから。これは作戦その二の成功は怪しくなってきた。作戦その三に移行する事を念頭に入れておいたほうがいい。

「テ、ティレアちゃん、そんな疑いの眼をしないでよ。あぁ、そういえば気絶した俺を運んでくれたんだってね、ありがとう」
「い〜え、そのくらい気にしないでください。それより、ヘタ――じゃなかったビセフさんに頼みたい事があるんです」
「ティレアちゃん、今、何て言おうとした？　もしかしてヘタレって――」
「あ〜もうそんな事はどうでも良いから聞いてください。ティムが遊んでいる会の中に不良がいてそいつらが絡みに来るみたいなんです」
「本当かい？　それは許せないね。任せて、きっちり俺が守ってあげるよ」
「本当に頼みますよ。それと今度は必ず防具をつけてきてくださいね」
「防具って……たかが不良に防具なんていらないよ」
「ビセフさん、万が一って事があるでしょう。また幻影魔法を使われたらどうするんですか！」
「わ、分かったよ、大げさすぎだけどね」
「あと、もう一つお願いがあります。私にも防具を貸してください」
「え、ティレアちゃんには防具は必要無いよ、俺がいるんだから」
「お・ね・が・いします」

　話をして確信した。もうヘタレ(ビセフ)は信用出来ない。俺が戦うことも念頭に入れておいたほうが無難だ。だから何としても防具が必要である。

「し、しょうがないな。ティレアちゃんには借りがあるし、防具をつけるって経験をさせてあげるよ」

　ヘタレ(ビセフ)がしぶしぶ承諾したので気が変わらないうちに奴の家に案内してもらうことにした。

　ヘタレ(ビセフ)は元冒険者だけあり、色々な武器・防具を持っている。そしてその数々は家の倉庫に保管してあるみたいなのだ。

　ヘタレ(ビセフ)の自慢話を聞きながらその倉庫に入ってみると、

「す、すごい！　いっぱいありますね」　

　驚愕した……

　倉庫には剣、槍、斧から鎧、兜等、多種にわたって飾ってあった。それも色違いから異なる形状まで様々である。さらにマネキン人形みたいにでんと立ってあるものまであった。

　おぉ、これなんてプレート一式じゃないか！

　いっそ武器屋にでもなったらいいのに……

　こいつ冒険者じゃなくて只の武器マニアだったんじゃねぇか？

「ふ、ふ、ティレアちゃん、驚いたかい？　冒険者だった思い出の品ばかりだからどうにも手放せなくてね。いつのまにかこんなに集まっちゃんたんだよ」

　あぁ、驚いたよ。まったく大したコレクターぶりだ。きっと冒険そっちぬけで買いあさっていたんだろう。

　まぁ、今回はそのおかげで助かった。やはり防具の有無は戦闘に雲泥の差が出るだろう。俺はただの一般人だ。ステータスは装備でカバーするしかない。

　よし、どうせなら出来るだけ高そうなものを借りてやるか！

　う〜ん、どれがいいかな？

　あっ!?　なんか良さそうなものを発見したかも……

　それは部屋奥に台が設置されているのだが、そこに陳列してある品々はケースに入れてあるのだ。綺麗に汚れを拭き取られたガラスケースに大事そうにはめ込んである。完全に他と区別してあった。レアものの匂いがぷんぷんする。

「ビセフさん、それじゃあこの『籠手』と『鎖帷子』を貸してください」
「そ、それはちょっと無理だよ。『レギウスの籠手』に『マギマデスの鎖帷子』どちらもレアものなんだ」
「やっぱりそうなんですね。じゃあこれが良いです、これ貸してください」
「テ、ティレアちゃん、これは鑑賞用で実際に使うものじゃないんだ」

　やはりヘタレ(ビセフ)の奴、コレクターだ。観賞用ってなんだよ！　武器は使うものだよ、使って汚れて価値が上がるのさ。

「ビセフさん、私が戦う事はないって言ったじゃないですか！　それなら実際に使う事もないですし貸してください」
「で、でも汚されたら困るし……」
「ひ、ひどい……私が汚いとでも言うんですか！」

　俺はうるうるとヘタレ(ビセフ)の眼に訴えかける。女の子にデリカシーの無い事を言ったら嫌われるぞといった勢いでだ。

「わ、分かったよ。戦闘になる事なんてないし貸してあげるよ」
「ありがとうございます」

　よし、最強防具げっと！

　ふ、ふ、これでひとまずは安心だ。

「まったくティレアちゃんにはかなわないなぁ。たかが不良程度にレア防具をつけていくなんて」
「じゃあ、これ装備していたら不良の攻撃なんて効かないですか？」
「効かない、効かない。むしろ攻撃した不良のほうがダメージをこうむるよ」
「それはすごいです！」

　ヘタレ(ビセフ)の話が本当ならドキュンの攻撃を受けてもびくともしない。勝機は確実に上が――ちょっと待てよ。

　確かに防御は上がったけど、攻撃はどうしよう？

　俺は他にレアものがないか探してみる。

　ん!?　良さそうなのがあったぞ。

　ひときわ大事そうにケースに入れてある鉄甲を見つけた。ガラスケースは二重にしてあり綺麗に布で包んである。これはかなりの値打物だと推測できた。

「ついでにこの『鉄甲』も貸してください」
「テ、ティレアちゃん、冒険に行くんじゃないんだから。いくらティレアちゃんでもその鉄甲をはめて殴ったらその人死んじゃうよ」
「えぇ！　私なんかの力で殴ってでもですか！」
「うん、その鉄甲は『バーストアースの鉄甲』と言って魔法付与が付いている。自分の力にプラスして魔法の力が加わるんだ。だからティレアちゃんの力がいくら弱くても、魔法の力そのものが強いからかなりの攻撃力になる」
「どれくらいの攻撃力になるんですか？」
「う〜んそうだね、その鉄甲をつけたらティレアちゃんでも小さな魔獣くらいなら倒せるかもしれない」
「そんなにすごい武器なんですか！」
「うん、俺が持つ武器の中でもトップスリーに入るぐらい貴重なものだよ。俺はこれを購入する為にその時貯めていた貯金を全部使っちゃたぐらいだからね」
「はは、それは聞くだけですごいって分かります、確かにそんな武器を使ったら不良なんて一発でノックアウト、殺しちゃいそうですね」
「そうだよ。まぁ防具は貸してあげるから、この危険な鉄甲は預かっておくね」

　それじゃあ仕方がないか、殺人者になるのは勘弁だ。でも鉄甲はヘタレ(ビセフ)に装備してもらう。ヘタレ(ビセフ)には最強装備で来てもらわないと不安でしょうがない。

「それじゃあ、不良が来たらお呼びしますから宜しくお願いします」
「あぁ、まかせてよ」

　俺はヘタレ(ビセフ)と約束し、お店に戻ることにした。

　とりあえず、不安は残るが作戦その二の準備は整った。作戦その三の仕上げにとりかかろう。

　まず、ヘタレ(ビセフ)に防具を借りて防御力だけは上がった。これでドキュン共の攻撃は効かないだろう。

　あと攻撃はどうするか？

　ヘタレ(ビセフ)が持っている武器の場合、さすがにどれも攻撃力がありすぎて相手を殺してしまうかもしれなく借りることが出来なかった。というより防具ならともかく武器の場合、それを扱う事が出来ないと借りる意味も無いしね。俺はどの武器も使った事が無く扱えない。

　当たり前だ！　俺は冒険者ではない一介の料理人なんだぞ！

　――仕方ない、ここは黒歴史を解放するしかないだろう。

　今こそ封印を解く。

　俺はお店の倉庫から適当な金属の棒を二本探し、その二本を適当な長さの紐で結んでいく。そう所謂「ヌンチャク」である。

　前世、引きこもりのニート時代に俺はヌンチャクにはまっていた時期があった。学校にも行かず働きもせずひたすら通販で買ったヌンチャクの練習をしていたのである。ブルゥスリーのヌンチャク講座を見てひたすらハチャー、オチャーと修行に励んでいたのだ。

　ふ、ふ、異世界ではこんな技なんて見たことが無いだろう。きっとドキュン共もびびるに違いない。名のある武術家と思われればもうけものだ。

　……多分、ヌンチャク見た事ないよね？

　ちょっと実験してみるか、俺は変態(ニールゼン)を呼びだし実演してみせる事にした。

「ティレア様、お召しにより参上しました」
「お姉様、いったい何をなされるのです？」

　あっ、変態(ニールゼン)だけでなくティムも来たのか……

　ティムは当然、ヌンチャクなんて知らないだろうけどね。

「ニール、ティム、見てなさい。今からある技を繰り出すから感想を聞かせて」
「ははっ」
「分かりました」

　よし、思い出せ、ブルゥスさんのヌンチャクさばきを！

　俺は前世の記憶を浮かべていく。そして……

「ふぉ――っ、はい、はい、はい、はい、ふぉ、ハチャー、オチャー！」

　良かった、前世の感覚を忘れていなかった。イメージどおりにヌンチャクを振り回すことが出来たのである。
　打ちおろし、側面うち、右脇指構え、右袈裟打ちと次々に技を繰り出していく。イメージは映画「燃えてまえ！　ドラゴォーン！」での戦闘のワンシーンだ。

「す、すばらしいです、お姉様！　なんという技なのでしょうか？」
「さ、殺人ヌンチャクよ」

　あっ、やば……

　つい前世に命名した中二的な技名を言ってしまった。

「偉大なる技を拝見でき感激にございます！　『殺人ぬんちゃく』まさに攻防一体の武術とお見受けしました」
「我もニールゼンと同様です。感激でいっぱいです。それでお姉様、その『殺人ぬんちゃく』でいかほどの敵をお倒しになられたのですか？」
「さ、さぁ……どのくらいかしらね」
「さすが、お姉様！　その『殺人ぬんちゃく』で数え切れぬほどの敵を打ち破ってこられたという事ですね？」
「『殺人ぬんちゃく』これほどの技を私は見たことがありません。編み出されたティレア様にあらためて敬意を表します！」

　や、やめて～それ以上その名前を言わないで〜

　俺の精神がその名を連呼されるたびに抉られていく。

　どうやらこの世界でヌンチャクは見知らぬ武器みたいだ。感想を言ったのが変態(ニールゼン)なのが少し自信ないけどね。

　とりあえず準備は整った。

　いざ、来い、魔邪三人衆！