第十八話 「魔邪三人衆がからみにくるんだって」
「ティレア様! ティレア様!」
朝早く変態の大きな声が聞こえてくる。俺はというと店の厨房で吹きこぼれた大鍋を見つめ、大きくため息をついていた。
「ここにいましたか、ティレア様、大変でございます! 魔邪三人衆が――」
「大変だじゃねぇええよ!」
変態が来るやいなや変態の顔を手で掴むとアイアンクローをかまし、万力とばかりにメキメキと締め上げていく。
「ぐぉおお! さ、さすがティレア様、あいかわらずのお力です」
俺は変態に「大鍋が沸騰したら火を止める」という小学生でも出来る仕事を言いつけていた。だが、このバカは鍋をほっといてどこかに行っていたようだ。
何が「大変だ、ティレア様」だ! 魔邪だかおじゃるまるだか知らないが店のほうが大変だよ!
今日の仕込みどうすんの?
あと半刻したらお店を開けなければいけないのに……
一からまたダジを取って作っていてはとても間に合わない。もういっそ変態を鍋に放り込んで変態でダジを取ろうか……
怒りで変態を滅してしまいそうだ。いかん、いかん、いつもの呪文を唱えねば!
変態は中二病だから仕方が無い、中二病だから仕方が無い――仕方が無い。
よし、何とか怒りを抑えられた。
はぁ、しょうがない。
事情を父さんに説明し、お客さんには開店が遅れることを説明しよう。また変態の尻拭いだ。まったく、お前は鍋の番も出来ないのかよ!
もうこいつに頼めそうな仕事は考えつきそうにない。俺はやれやれといった目つきで変態をにらむ。変態は変態で何か言いたげな様子だ。
……しょうがないな。とりあえず限りなくゼロに等しいが、本当に何か大変な事が起きたのかもしれない。一応、仕事をサボった理由を尋ねてみる。
「で、何が大変なの? 仕事をほっぽり出すくらい緊急の事なんでしょうね?」
「はっ、ティレア様のお言いつけに背いた事、万死に値します。ですが、事は緊急を要する事案でございます。勝手ながら私の判断を優先させ店外に情報の確認に行っておりました」
はぁあ? お前、もしかして「将、外にありては君命にも従わざる」って言いたいわけ? お前そんな都合の良い解釈をしてこれからも仕事をさぼる気かよ!
俺の中で治まっていた怒りが再び吹き上がりそうになる。
いや、待て、待て、一応、最後まで変態の言葉を聞いてやるか。最後の辞世の句ぐらい言わせてやらないとね。
「で、その緊急を要する事案って具体的に何?」
「はっ、ヒドラーが魔邪三人衆の封印を解いた模様です。恐らく、近日中にこちらに攻め込んでくるでしょう」
まだティムに文句を言いに来る人達がいたのか……
この前はガルム、次は魔邪三人衆ってか、また中二的名前な奴らである。まったくガルムの件もカタがついたばかりだと言うのに……
でも仕方が無い。クレームには一個一個対応していくしか他に方法はないのだ。案外、話し合いをすればわだかまりも解けるもんだよ。ガルムの奴だって最初はいたずらされたけど結局最後は仲直りしたみたいだし。
ギャングって言ったっけ……?
ティムはガルムのペットをもらったらしい。お詫びの印って事なんだろうね。愛犬をもらうってどれだけ仲良くなったんだろう。
魔邪三人衆……
今度は三人か、どんな人達なのかな?
「ニール、その魔邪三人衆ってどんな人達?」
「はっ、奴らの性質は獰猛にして残忍。あまりの無法ぶりに魔王ゾルグみずから封印をほどこしたほどでございます」
「それはつまり、そいつらはもともと無茶な行動ばかり起こしてきたから魔王軍から除名されたってこと?」
「はっ、その通りでございます。あと除名ではなく封印です」
「はいはい、封印だったね、それで封印された奴らをなんでまた復帰させたの?」
「カミーラ様の魔王軍脱退を始め、キラー、そしてガルムと脱落していき魔王軍の弱体化は進むばかり。ヒドラーもそうとう追い詰められての行動でしょう」
えっ!? キラーさんやガルムって結局辞めちゃったんだ!
あ〜でもいろいろゴタゴタが続いて嫌気がさしたのかもね。ティムとは仲直りしたけど人間関係が疲れちゃったのかも。だいたいサークルを辞めるときってこんなタイミングだしね。
なるほど、ティムが辞めちゃった事、この時にティムの親衛隊も一緒に辞めているから相当の人数が「魔王軍になって楽しもうの会」から抜けていることになる。
そして、キラーさん、ガルムまで続けて辞めたのなら会が存続出来なくなっちゃったのかも。それでヒドラーさんも苦渋の選択で一度除名したメンバーを呼び戻したってところか。しかし、あの温厚なヒドラーさんが魔王の名のもと封印、つまり会から除名したのはよっぽどの事なんだろうな。
いったい奴らは何をしたんだ?
イメージを浮かべる……
(へいへい、俺たちゃ、泣く子も黙る魔邪三人衆だぜぇええ、パラリコパラリコ)
(ママ、変な人達がいる?)
(ミヤちゃん、見ちゃだめよ!)
(も〜何なのあの人達、赤ちゃんが起きちゃうじゃないの!)
(民家があるのよ土煙を出さないで! まったく布団もほせないじゃない!)
(三人衆の皆さん、住民の皆さんに迷惑がかかっています。自重してください!)
(へっ、ヒドラーの奴、ノリわるわる、俺たちゃ魔王軍だぜ!)
(そうだ、そうだ! もっと飛ばしてこうぜ! ウォンウォン)
こんなところだろう、とりあえず奴らの素性を大体理解した。
――この世界にもいたか! いや、いないわけがない。ああいう奴らはどの世界にも発生するのだ。社会常識に欠け周囲に迷惑をかける輩……
魔邪三人衆とはいわゆる「ドキュン」な奴らってことだろう。
「つまり奴らはドキュンって事ね」
「お姉様、その『ドキュン』とはどういう意味なのですか?」
おぉ、いつのまにかティムも俺と変態の話の輪に加わってきた。
「前世にもいたのよ、魔邪三人衆だっけ? そういう輩をドキュンって呼んでたの、もう奴らはどこにでも湧いてきてね」
「前世ではあのような強大な存在がそ、そんなにいたのですか?」
変態が驚愕した顔で尋ねてくる。そんなに驚かなくても、どの世界にもはみ出し者はいるでしょ。
「いた、いた、いっぱいいて、どこにでも出没していた。前世、私もそんな輩に手を焼いていたわ」
「さすがお姉様! あのような強大な輩と日々戦ってこられたなんて」
「はっ、まことに、ティレア様の偉大な力に感服するばかりでございます!」
本当、迷惑していたよ。深夜のコンビニにタムロする、夜中轟音を鳴らして走り回る。そして、目をつけられようものなら殴られる、蹴られる、貢がされる等々。
ドキュンのせいでどれだけダークマターの資金が流れて行ったことか!
俺は前世の苦々しい記憶を思い浮かべる。
なるほど、それなら変態の言うとおり確かに大変な事だ。仕事を抜けてでも確かめに行く必要がある。変態もたまには役に立つじゃない。
「確かに大変な事ね。ニール、よく報告してくれたわ」
「ご理解頂き恐悦至極に存します」
ティムが抜けた事にドキュンが文句を言いに来る、いや、奴らはそれが目的ではない、きっと抜けたティムが美少女と知ってからみにくるのが目的にちがいない。
絶対にそうだ! ドキュンめ、可愛い妹に指一本でも触れさせないぞ!
これは作戦を立てる必要がある。まず父さんや母さんには迷惑をかけられない。だから何とかお店に関わらせる前に決着をつけたい。
作戦その一、レミリアさんに頼む。
レミリアさんは、S級の冒険者であり王国治安部隊に所属している。はっきりいってレミリアさんならドキュンの一匹や二匹お茶の子さいさいだろう。
だが、この作戦のキモはこんな些細な事件に王国の治安部隊が動いてくれるかどうかだ。はっきりいって無理だろう。国を揺るがす大事件ならともかく不良がいちゃもんをつけてくるぐらいの事件なんて耳を傾ける事なんてしないだろうね。「町の警備隊に相談しろ」と言われるのが関の山だ。
作戦その二、ヘタレに頼る戦法だ。
俺の中でヘタレに対する株が急降下中ではある。だがヘタレは元冒険者であり、この町の警備をしている警察官みたいなものだ。実力はともかくヘタレは肩書だけなら立派なもの、素性をドキュンに話して逮捕するぞと脅せばドキュンも大人しくなるかも。ただ、ビセフはヘタレ、注意する前に気絶したら意味が無い。
……いやいや、大丈夫、大丈夫。この前は幻術魔法にかかったとはいえドラゴンだったから気絶したんだよ。まさかただの不良、ドキュン如きに気絶しないよね? 多分、うん、それはもう信じたい。
作戦その三、ドキュンとの話し合いだ。
まぁ、正攻法だね。俺と変態がドキュンと対峙し交渉にあたる。ただ奴らに真摯な態度や誠意は通じない。むしろそんな態度を見せれば調子に乗って付け上がってくる。この交渉では話し合いといいつつ、力を見せなければならない。そう、交渉しながら、こいつらはやっかい、痛い目にあう、もう関わりになりたくはないと思わせなければならない。
結論として作戦その一は実行不可、作戦その二を実行、失敗したら作戦その三に移行するってところかな。あと気になるのはドキュン共ってどれくらいの力があるのだろうか? まぁ、冒険者ほどの力は無いだろうが、町の不良ぐらいの力はあるにちがいない。
こちらの戦力は俺、変態、ヘタレ、そしてティム。
まずは「俺」……
小さい頃から料理修行をして体を鍛えている。町の不良程度、一対一なら引けをとらない。ただ複数だとちょっと自信がないかな。だって、スペックは十七歳の少女なんだよ。
次に「変態」……
毎回、意気込みは買うけど力は小学生並。きっとドキュンのワンパン一発で沈むことだろう。見た目はダンディな老紳士なだけに残念でならない。まぁ、戦力としては当てにならないということだ。数合わせだね。
次に「ヘタレ」……
こいつは何ちゃって冒険者だった事が近頃判明した。唯一の救いは元C級の冒険者で町の警備長をしているという肩書のみ。ドキュン共がこの肩書にびびってくれれば御の字だ。ただ「警察何ぼのもんじゃい」といきがっている奴らだと逆効果になる。それにヘタレの実力がばれれば、ますますドキュン共は調子に乗るだろう。やはり当てに出来ない。
最後に「ティム」……
魔法を使えるし、足もけっこう速い。ティムがこの中では一番役に立ちそうだ。後方に隠れてもらっていざとなったら目くらましに魔法弾を撃ってもらう。
でも、危ない目には合わせたくはない。やはり、ティムにはお留守番してもらって変態とヘタレで行くことがベストかな。
ふ、ふ、何だろう考えてたら涙が出てきた。もう俺が一番頼りになるんじゃね。
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