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ティレアの悩み事 作者:里奈使徒

1章

第十六話 「ヒドラーの台頭」

 ここは魔王軍の居城、とある小国があった根城である。ただ国といっても一つの小さな都市の規模であり、また周囲とは隔絶している閉鎖的な国であった。数週間前、ヒドラー率いる魔王軍はここを強襲、魔王軍の本陣としたのであった。

 ヒドラーはその国の玉座にどっかりと腰を据え周囲を睥睨する。周りには先の大戦で死線を乗り越えた魔族が整列していた。

「ヒドラー様! 何故人間どもの掃討を中止されたのです!」
「そうです、我ら魔王軍はこの時を今か今かと待ち望んでいたのですぞ!」
「まことに、何故我らは王都殲滅から呼び戻されたのですか? 部下共も早く人間共の血を啜りその血肉を喰らいたいと躍起になっておりまする」

 人間掃討の役目を担っていた魔人共が騒ぎ出す。魔人の戦闘本能はすさまじい。それを我慢させられ鬱憤がかなり溜まっているようだ。

「貴様ら、ヒドラー総督に対し無礼であるぞ!」

 騒ぐ魔人共を一喝したのは魔王軍情報局長官のヨーゼである。背は小さく小男であるが魔王軍の頭脳であり、その情報分析力は軍に欠かせない存在だ。

「ヨーゼ、良い」
「はっ」

 ヒドラーは玉座から立ち上がり騒ぐ魔人共をひと睨みする。その威圧は別格、ヨーゼの一喝とは比べ物にならぬほど周囲を縮こまらせた。

「カミーラの裏切りは皆知っておるな。人間共より先にその件を優先する」
「ええっ! カミーラちゃん、魔王軍を裏切ったの? 馬鹿ね、ゾルグ様を裏切るなんて、殺しちゃえ♪」

 ぶんと首をかき切る動作をしたのは覚醒したばかりの魔人ルクセンブルクである。六魔将の一人にして魔獣人だ。その姿は猫のような風貌をしており、しなやかな四肢、燃えるような赤い目と氷のような青い目をしている。その愛らしい容姿とは裏腹に残忍で邪悪な性質を持つ。

「まさか、智勇ともに優れ忠義に厚かったあのカミーラ殿が……」

 絶句するのは同じく覚醒したばかりの魔人ポーである。単純な腕力だけなら六魔将軍随一。その姿は強固な鱗で覆われ、その硬さはドラゴンの比ではない。武人としての性質も持っているが戦となれば獰猛な怪物となる魔竜人である。

「何にしても裏切りは容赦せぬ! 何故に総督は裏切り者を放置しておる!」

 瞳の奥に凶暴な感情を露わにし六魔将ガルムが吠えた。獰猛なドラゴンを操り人竜一体となって戦う魔人である。

「皆の疑問は尤もである。カミーラ一人の事であれば我自ら制裁しておった。問題はカミーラが新たに忠誠を誓っているという邪神の存在だ」
「総督、その邪神とはいかなる者なのですか?」
「邪神ダークマター、強さは魔王ゾルグ様に匹敵するやもしれぬ」
「ま、まさか! そんな存在が……」

 魔人達に動揺が広がる。無理も無い。ゾルグ様は絶大なる力を持つ唯一無二のお方だ。そのお方に匹敵する力を持つ者がいるなどヒドラー自身信じられなかった。

 だが、あの日邪神はカミーラの手刀の一撃に耐え、鉄壁のニールゼンを軽々と倒したのである。

 何者なのだ?

 ヒドラーはこっそりと邪神の魔力探知を行った。少なくとも六魔将以上、ヒドラー自身に匹敵する力があると予想したのだが……

 その予測はもろくも崩れ去った。魔力の底が見えなかったのである。ヒドラー自身、冷や汗が止まらなかった。あの邪神には総がかりで襲っても無意味、ただただ殺されるだけだろう。そう確信したヒドラーは邪神の注意がカミーラに向いているうちに撤退することを決めたのである。

 そう、カミーラには悪いが捨石になってもらった。ゾルグ様復活の為には魔王軍を全滅させるわけには行かなかったのである。カミーラが裏切ったのも魔王軍から見捨てられたと思っての事だろう。

 ただし、ヒドラーは撤退するにあたりヨーゼに命じ、その場の情報収集だけは行った。それによりあの日乱入してきた少女が邪神である事、カミーラが敗北した事を知ったのである。

「信じられないだろうが事実だ。だから我は人間、邪神との二正面作戦を避ける事にし、まずは情報収集を優先的に行うように決めたのだ」
「そうでしたか、それで邪神について何か情報を得たのですか?」
「ヨーゼ、斥候部隊の状況を説明しろ」
「そ、それが――邪神軍本陣に警戒をあたらせていた斥候部隊は全滅しました」

 ヨーゼは額から汗を流し恐縮している様子だ。斥候部隊はヨーゼが指揮をとっている。全滅などありえぬ醜態である。冷静沈着なヨーゼが慌てるのも当然だ。

「全滅! あんた、覚醒して腕がにぶったんじゃない?」
「よせ、ルクセンブルク! それで何が起きたのですかな?」

 六魔将ポーがくってかかるルクセンブルクを制止し、話の先を促す。先の大戦では神がかり的な指揮を取ったヨーゼの失態である。対する邪神がそれほどの相手という事なのだ。

「は、はい、斥候部隊の最後の報告では邪神の居城を監視、包囲していたのですがニールゼン率いる近衛隊に見つかり失敗したとの事です」
「鉄壁のニールゼンか、小賢しい! 総督、それでこのまま黙って見ているだけじゃないでしょうね? 俺は我慢がならぬ!」

 六魔将ガルムが凶暴な目つきをして怒声を放つ。ガルムの気性は激しい。自軍の敗北情報に居てもたってもいられない様子だ。

「ガルム、出撃は禁ずる! 今動いても戦力が削られるだけだ」
「しかし、舐められたままで良いのですか!」
「ガルム様、総督のおっしゃる通りでございます、キラー様もそれで無駄に命を落とされました」
「キラーの奴、死んだのか?」
「はい、キラー様は総督の制止も聞かず、ニールゼン隊にまんまと挑発に乗る形になりあえなく命を落とされました」
「はっ! キラーの単細胞ぶりは覚醒しても治らなかったようだな。それで奴の部隊も全滅したのか?」
「御意、キラー様を失った隊員達は慌てふためき組織だった行動がとれず、ニールゼン率いる近衛隊に各個撃破されました」
「それで情報収集してろってか! そんなのは性にあわん。それに邪神? ゾルグ様に匹敵するお方などいるわけがない! 総督、悪いが好きにさせてもらう」

 ガルムは扉を開け外に出て行った。殺気はぎらぎらと放出しており、おそらくそのまま邪神に攻めこみに行くのだろう。

「お待ちなさい! 総督のご命令ですぞ!」
「もう良い。言ってだめなら実際に見てその力を実感しないと分からぬだろう」
「はっ、それでこの後の戦略はいかがいたしましょうか?」
「ヨーゼ、引き続き情報取集を行え! 今度は選りすぐりの者を選ぶのだぞ!」
「ははっ」
「それでワタシらはどうすればいいんです?」
「ルクセンブルク、ポーお前達は我に付いてこい! やるべき事がある」
「やるべき事とは?」
「魔邪三人衆の封印を解く」
「なっ!? そ、総督、正気ですか! あやつらはあまりの無法ぶりにゾルグ様自ら封印された輩ですぞ!」

 ヨーゼが血相をかえて進言する。情報局長官であり魔王軍の軍師としてそれは反対すべき事項であった。

「それがしも反対です。同じ魔王軍でも奴らと我々では考え方がまるで違う!」

 六魔将ポーも激しく反対する。周囲との歩調を大事にし、上からの命令に絶対に服従するポーですら異議を唱えるのだ。魔邪三人衆がどれほど無法者か窺える。

「分かっておる! 我も奴らのゾルグ様への不敬は苦々しく思っている。だが奴らの戦力はけた違いだ! 邪神に対抗するには奴らしかおらぬ」
「……そこまでのお考えなら分りました。我らも封印を解くお手伝いをさせていただきます」

 魔邪三人衆、その戦闘力は計り知れない。人知れず邪神軍包囲網が形成されつつあった。
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