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ティレアの悩み事 作者:里奈使徒

1章

閑話 「邪神ダークマター降臨」

「塩田さ〜ん」
「はい」

 受付に呼ばれ、いそいそと生活保護相談窓口へと向かう。

「塩田さん、君ね、もう受給出来ないよ」

 開口一番そいつはとんでもないことを口走る。生活保護、いわゆるナマポは邪神ダークマターの現在唯一の資金源である。それが受給出来ないとなると俺の邪神生活は根底から覆ってしまう。俺は大いに狼狽えた。

「ええっ、どうしてですか!」
「だってね、本来生活保護は働く意欲はあるが働けない事情がある方に受給されるのですよ。あなた、どう見たって働く事が出来るでしょう!」

 ば、ばかな!

 俺の演技、もとい俺の鬱から発する働けないオーラは完璧なはずだが……

「いや、でもこのところ頭が痛く持病の鬱も治ってないのでとても働く事なんて出来ないんですが――」
「あのね、働きたくないという理由では受給資格なんかありませんよ。それに鬱というなら診断書を持ってきて下さい!」

 何だと! 俺を疑うのか!

 だいたい窓口はいつも木下さんなのに、どうしたんだ?

 まさか、首になったのか?

 何てことだ! あんなに楽に、もといあんなに俺を理解し淡々と業務をこなしてくれた木下さんがいなくなろうとは思いもしなかった。

 それに診断書は木下さんに提出済みなのに、どうして今更必要なんだ!

「それなら前任の方に渡してますけど……」

 俺の言葉を聞くと受付の男はファイルからその書類を取り出す。

「あなたね、確かに診断書あったけどもう十年も前の診断書で無効ですよ。もう治っているでしょう!」
「い、いえ、まだ完治していません」
「それならまた新しく診断書を出してください」
「前回の受給は新しい診断書なんて出さなくても良かったはずですけど――」
「今は市長が代わって審査が厳しくなっているんです。特にこの地区は不正受給者が多いから特に厳しくしろとお達しを受けているんです」
「今、手持ちのお金がないんです。後で持ってきますから受給を先にしてもらえませんか?」
「だめです。どうしてもお金がいるのなら働いたらどうですか?」 

 そう言って受付の男は就職情報誌を渡すと、帰れといわんばかりに追い出しにかかった。

 ふ、まったく愚かな小市民が、俺を誰だと思ってやがる……

 俺は邪神ダークマターだぞ! 何が不正受給だ、愚か者!

 誰のおかげでのうのうと暮らしていけると思っている。邪神の偉大なる力があればこそ、地球が無事にあるのだ。俺がいなければ地球などあっという間に邪悪なる者共に乗っ取られていただろう。

 俺はそうぼやきながら福祉事務所を後にする。

 ぐぅ〜と腹が鳴った。そういえば朝から何も食べていない。ボケットから財布を取り出し、中身を確認する。

 ――所持金は三十八円、おにぎり一つ買えやしない。

 兵糧攻め、古典的だがダメージはデカい。邪悪なる者共め、やりおるわい。

 そう、奴らは邪神ダークマターを恐れてとうとう国家権力にまで手を伸ばし、その資金源をつぶしにかかったというわけだ。今まで受給出来ていたのが今回出来なかったからくりはそこにある。

 しかし、国家も情けない! 邪悪なる者どもにいいように操られおって!

 まったく情けない、情けないぞ! 国家ともあろうものが!

 俺は一人ブランコに乗りながら叫び続けた。

 数十分後、

 はぁ~就職か……

 先ほど渡された就職情報誌をぺらぺらとめくってみる。「明るくアットホームな会社です。やりがいのある仕事が出来ます」と書いてある。

 ……何が明るくアットホームな会社ですだ! どうせそんな会社は社員旅行や飲み会が半ば強制参加なんだろう。そして、その輪から外れようものなら吊るし上げ、いじめ行為に発展するに違いない。

 騙されんぞ! ブラックめが!

 次のページをめくる。「ヤル気ある人材求む、頑張り次第で店長候補、幹部候補になれる、あなたの夢を叶えよう」と書いてある。

 ……やる気ある人材求むぅ? 夢かなぅ? このような精神論を語る会社はビジネスと根性論を勘違いしてやがる。どうせノルマを達成出来なければ時代錯誤的な体罰や精神的追い込みがあるのだろう。

 騙されんぞ! ブラックめが!

 俺は就職情報誌を隅から隅まで吟味していったが、どれも箸にも棒にもかからぬブラック企業しか載っていなかった。

 ふ、ふ、大衆は騙せても邪神ダークマターは騙されんぞ! あっはっはっは! 

 俺は一人、ジャングルジムの頂点に立ち叫び続けた。

 三十分後、

 はぁ~同志井上を頼るか……

 俺の長年の友人だった井上、奴に金を借りて当座を凌ぐという手もある。

 ここは頭を下げ――いや、もう奴は同志ではない。奴は決定的な裏切りをしでかしたのだ。何が「塩田ももういい年なんだから将来の事をきちんと考えろ」だ、

 ちょっと就職出来たからと言って偉そうに!

 せいぜい資本主義の豚共に搾取される人生を歩むんだな。

 可哀そうに、もうお前は人生の奴隷になったも同然だ! 元は邪神ダークマターとともに戦う同志であったのに、情けない!

 しかも、井上は「エルフをこよなく愛する会」の会長をしており、俺は長年その副会長として奴を支えてきた……

 それなのに俺の窮状に手も差し伸べてくれない、この恩知らずめが!

 ふん、もう友などいらぬ、親からもとうに見捨てられている、そして、今日国家からも見捨てられた。

 邪悪なる者共め、まさにABCD包囲網並みにプレッシャーを与えてくる。こういう時こそ俺には支援が必要だというのに……

 いいさ、いいさ、どうせ俺には味方など誰一人としていないのだ。

 両親、友人、国家、全ての愚かなる者共よ、そこまで俺に敵意をむき出しにするのならこちらにも考えがある。

 最終作戦を実行する時が来たようだ。

 作戦名「アタックトラックザマネー」、

 作戦は実にシンプルだ。まずは道路脇に潜む。そして、出来るだけスピードの出ていない車を探す。別に車はトラックでなくても構わない。最後はその車にダイブするだけである。

 すると、どうだ! いつのまにか資金が手元にあふれてくるという寸法だ。

 俺は公園を出ると、見通しの悪い道路脇に隠れるように佇む。トラック、バス、乗用車がスピードを出しながら傍を通過していく。

 ……い、痛そうだな。

 行き交う車は、時速八十キロは出ている。

 ぶつかったらミンチになるかも……

 いや、何を弱気になっている!

 俺は世界を壊し世界を創りかえる男、邪神ダークマターだぞ! 

 車如きに恐れを抱いてどうする! 俺は選ばれし存在、死ぬことはない! 

 そうして心を奮い立たせて隠れ見守ること数十分、徐行してくるトラックを見つけた。トラックをよく見てみる。

 ×○建設……

 大手ゼネコンだ。どうせ、政治家と癒着してあくどく稼いでいるのだろう。

 ふっ、その資金、邪神ダークマターが貰い受けよう!

 トラックが横切る頃合いを見計らい一気に飛び出す。

「俺は邪神ダーク――って、いきなりスピードを上げてんじゃねぇ――ごばっ!」

 そして、俺はそのまま意識を失ったのだった。
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