変態(ニールゼン)を雇って一週間が経過した。いまだ変態(ニールゼン)はまともに働いた試しがない。というより営業時間お店にいる事すらできない。

　ベルナンデスとか言ったっけ……？

　変態(ニールゼン)の無職仲間なんだろう、奴が頻繁に店に来て変態(ニールゼン)を連れ出す。

　変態(ニールゼン)は「ティレア様、どうやら魔王軍の斥候が近くに潜んでいるようです。ふ、ご安心めされい、すぐに片づけてきます」とほざいて抜け出していくのだ。

　俺はその度に変態(ニールゼン)の後始末をしなければならない。父さんに頭を下げ、変態(ニールゼン)の為に準備した仕事を代わりにこなすのである。俺は変態(ニールゼン)の上司であり変態(ニールゼン)を指導出来ないのは上司たる俺の責任と言うことだ。

　厳しく叱ろうかとも思った。

　当たり前だ！　誰がほいほい勤務中に仕事を抜け出す従業員を放置するか！

　だが変態(ニールゼン)が働くのは人生初めての事だ、豆腐メンタルな事は間違いない。叱ればほぼ百パーセント辞めるだろう。なんたって変態(ニールゼン)は六十歳近くまで働いた事がない筋金入りのニートだからだ。そう長い目で見て変態(ニールゼン)を育てなければならないのである。叱るのではなく褒めて伸ばさなければならない。これは変態(ニールゼン)を雇うと決めたときから覚悟はしていた事だ。

　――よし、話をしよう！　変態(ニールゼン)のなけなしの良いところを何とか探して、そこを褒めて仕事のやる気を出させることから始めるか！

「ニール、ちょっと話を――」
「む!?　また斥候が現れたようです。それでは掃討してまいります」

　変態(ニールゼン)はまたもや店を飛び出していった。

　ふふふ、初めてですよ――ここまで俺をコケにしたおバカさんは……

　それから店に戻ってきた変態(ニールゼン)にはきちんと折檻しておきました。


　数日後、いまだ成長を見せない変態(ニールゼン)に頭を悩ませていると俺を呼ぶ声が聞こえてきた。声の主は最近の悩みのタネ、変態(ニールゼン)である。

「ティレア様！　ティレア様！」
「今度はな〜に？　魔王でも復活したの？」
「いえ、それはまだ大丈夫です」
「じゃあ何？」
「はっ、キラー隊の攻勢が厳しく近々前線で指揮を執る必要が出てきました。それで本陣をしばらく離れることをお許しください」

　ふ〜つまり休みがほしいと言うことね。あれだけさぼっときながらまだ働くのは辛いのか。ここでだめだと言ってもやる気がなくなって逆効果だよな。

　――しょうがない、とりあえず自分のペースでどのくらい働けられるか聞いてみよう。

「じゃあ店にはどのくらい来られるの？」
「はっ、戦の経過にもよりますが週に一日くらいは本陣に戻れそうです」

　はい、来ました！　週休六日制、お前仕事舐めているだろう！

　どこの世界に週に六日も従業員を休ませる会社があるか！

　しかもお前、魔王軍と戦うって……

　遊びに行くから働けないって言っているようなものだぞ！

　ふ〜ふ〜落ち着け、落ち着くのだ、ティレア！

　俺の中にあるすべての母性本能を引き出すのだ。子供を見守る母親のような気持ちになれば落ち着く事が出来る。

　――よし、落ち着いた。そうまだ慌てる時間では無い、週に一日とは言え変態(ニールゼン)にはまだ働く意思があるのだから。これから変態(ニールゼン)に社会人としての常識を育てていけば良いのだ。

　しかし、まだあのイベント続いていたのか……

　鎧男さんじゃなくてヒドラーさんもご活躍中みたいだ。変態(ニールゼン)に聞いたけど、鎧男さん、ヒドラーって名前みたいだね。どこぞの魔王みたいな名前で雰囲気合ってる、合ってる。

　それにしても、キラー隊との攻勢？

　魔王復活イベントでは無くなっている。

「キラーって？」
「はっ、カミーラ様が魔王軍を抜けた事により、慎重なヒドラーはともかく好戦的な魔将軍が動き出す事は予想しておりました。そのうちの一人がキラーです。奴はもともとカミーラ様の事を快く思っていなく衝突の機会を狙っておりましたので」

　……さっきからお前ねぇ、それで会話が成立すると思っているの？

　中二病に理解がある俺にしか通じないよ。本当に俺が転生体で良かったな。

　つまり、変態(ニールゼン)が言いたい事はこうだ！

（なぁなぁ、ヒドラーさん、カミーラちゃん辞めちゃったって本当？）
（本当だよ。お姉さんが来て連れて帰っちゃった）
（え〜まじか、それじゃあ六魔将から五魔将になるじゃないか！　ごろ悪いよ）
（まったく、俺なんてこのイベントの為、休み返上で仕事頑張ってきたんだぜ！）
（そうだ、そうだ！　今さらメンバーチェンジできねぇぞ！）
（まぁ、まぁ、ご家族にはご迷惑かけられないよ）
（ヒドラーさんは甘いよ！　突然入ってきたと思ったらいきなり辞めるなんて！　俺ちょっと抗議してくる！）

　なんて会話が成されていたのだろう。

　キラーさんは突然辞めちゃったティムに一言、文句を言いに来ているってところか、そう考えると変態(ニールゼン)もただただ遊びたくて休みたいと言っているわけじゃないんだね、キラーさんと話をつけてくるのだし。

「分かったわ、ニールその件は任せるからね」
「ははっ、身命にかけて務めさせて頂きます」
「お姉様、奴には前々から因縁があるのです、我にも出陣の許可を頂きたいです」

　え！　ティムが行って大丈夫かな？

　いや、甘やかせるばかりが愛情ではない。今回の件はティム自身が謝りに行く事である。ティム自身が遊びに行った中で迷惑をかけた事なのだから。迷惑をかけた人にはきちんと謝らないとね。

「そうね、ティムも行ってきなさい。きちんとけじめはつけてくるのよ」
「もちろんです、お姉様！」

　うんうん、いつのまにかティムも逞しくなっているね。