第五話 「この中二病のじいさんは何なんだよ!」
ティムに叩かれた。姉に手を挙げたのである。魔将軍の芝居にかこつけ、さっき叱った事に対する腹いせだろう。やはり中二病が過ぎるとろくなことにならない。
俺も前世に覚えがある。中二病が過ぎ両親に手をあげた事があるのだ。口うるさく将来を心配する両親に物を投げつけ、暴れた挙句「我が名は邪神ダークマター、将来? 就職? 世界の危機の前にそのような愚かな事は言うな!」と捨て台詞を吐き、そのままずっと部屋にひきこもっていた。
そんな俺に両親は何も出来ず、ただただ悲しい目をしていたっけ……
ティムにあんな思いをさせたくはない。俺は今度こそ家族を大切にすると誓ったのだ! 今、ティムは反抗期なのだろう。今年に入ってティムにはお店のお手伝いばかりさせていたからな。俺はお店も料理も楽しくてしょうがなかったから、ついついティムも一緒だと思っていた。
……そうだよね。
ティムはまだまだ子供で遊びたい年頃なのだ。俺は料理に熱中していて最近じゃあまりティムと遊んでやれなかった。ティムは寂しくなってついついこんな集まりに参加したにちがいない。
ティム、ごめんね。
――――だけど、やって良いことと悪いことがある。夜遅くまで遊び、叱られると家族に手をあげる。姉としてティムの将来の為けじめをつける必要がある。
ここは心を鬼にしよう!
前世、体罰の是非で世間をにぎわせた事がある。俺の考えはその是非はそこに愛があるかどうかが重要だと思う。俺はティムに立派になって欲しい。だから今は恨まれる事になっても愛のムチをふるう事を選ぶ――――って、ちょっと待て待て、周りの目が多い。こんな衆人の中でそれを行っても逆効果だ。むしろ反発して萎縮する可能性がある。人前で叱るなってよく言うからね。
どうしたものか……
俺がしつけのやり方で悩んでいると、
「カミーラ、その人間の処分はお前に任せる。皆行くぞ!」
突然、鎧男はそう言って皆を洞窟から連れ出したのだ。
おぉ、さすが鎧男さん! 出来る男は違う!
イベントの空気も壊さず、「後は家族で話し合ってね♪」といった具合に俺とティムの二人だけにしてくれた。もう「さん」づけ無しじゃ呼べないね。
俺は出ていく鎧男さんに感謝の目配せをすると、ティムにしつけをするべく向き合った。
――――ん!?
一人まだ残っている。周囲の者がぞくぞくと外に出ていく中でその男はティムの隣に佇んでいた。歳は六十くらいか? 髪はロマンス・グレー、長身でありオシャレな口髭をしている。胸元に紋章を下げスーツを着たハリウッド映画に出てくるような男がそこにいた。ダンディな老紳士といった感じである。
あ、あんた何で残っているの? せっかく鎧男さんが気をきかしてくれたのに台無しだよ。他の人達は真意を分かって外に出てくれたのに……
空気読めているのかよ!
「カミーラ様、ここは私にお任せください」
そう言ってその男はティムを庇うように前に進み出ると俺に向けて拳を握り構えてくる。
何それ?
戦闘モードのつもり?
さらに顔は不敵な面構えで睨みつけてくるし一体何なのだ?
「ニールゼン、お前が出る事は無い。我が命を受けたのだ!」
「いえ、カミーラ様は覚醒したばかりお力も万全ではないでしょう。ここは近衛隊長である私の務めでございます!」
「あの……私はティムに話が……」
「人間! カミーラ様に侮辱を与えたのだ、死で償ってもらおう!」
「――いちおう聞くけど、本気なのかな?」
今までのイベントだって分かっているよね? さっきからガンガン睨んできて殺気が半端ないんだけど……
「本気かだと? ふっ、光栄に思え、私の究極奥義が見られることを!」
「究極奥義って、まさか――」
その男は拳を握りしめ思い切り気合をいれているようだ。体はプルプル震えていて血管切れそうな勢いである。
「奥義! 超魔爆炎撃!」
嫌な予感がした。
ほ、本気だ……本気でカミーラの部下になりきっていて、鎧男さんの言葉をそのままとらえてやがる。
こ、こいつ中二病だぁ――っ!
「うぉおお! 死ねぇえ!」
雄叫びをあげながらニールゼンは突進し、俺の頭を狙って拳を突き出す。拳が側頭部に命中する。
「いっ!」
こいつマジ殴りしてきた。ニールゼンは俺をぼこぼこに殴ってくる。その拳は正確に俺の顎を突き上げ、腹に叩き込んでいく。
な、何だよ! こいつ頭おかしいのじゃないか? 仮にも俺は女だぞ! それをこいつは遠慮無しに殴ってくる。普通に考えて傷害罪だし社会的にアウトだ。
くそ、びびった。最初は雄叫びをあげながら殴ってきたので驚いた。
だが……こいつ弱い、弱すぎる!
なんて言うか、拳自体は大した威力は無い。なんだろう、そう小学生が泣いて叩きまわしてくるそんな感じだ。いい歳したじいさんが必死で少女を叩きまわす姿はシュールすぎる。この痛い行動、中二的セリフ、遊びの分別も分からないのは職についた事がないのだろう。間違いない。このじいさんはこの世界の初老ニートだ。
――よし、ティムに現実を分からせる良い機会だ。中二病をこじらせるといかにダメな人間になるか見せつけてやる。ふりほどく事は簡単だが俺はじいさんのなすがまま攻撃を受ける事にした。
「はぁ――っ、せい! はっ、とっ!」
気合の雄叫びとともにじいさんは続けさまに拳を打ち込んでくる。
ほら、ティム見なさい。この残念なじいさんを! 大の大人が働きもせず現実から目を背け、空想に浸り続けるとこうなるのよ!
……ティムは分かってくれただろうか?
ふとティムのほうを見ると、不安そうにじいさんを見ていた。その眼はじいさんを心配しているようにも見える。
なぜに? なぜこんな少女に襲いかかる危ないじいさんを心配するの?
――そうか! きっと、ティムが中二病になったのもこのじいさんのせいなのかもしれない。カミーラ様、カミーラ様と言われて慕われたように感じたんだ。そして、どんどんそのさびしい心につけこまれて中二病をこじらせていったのだ!
あ、ありうる……
そう考えれば、見た目少女を襲う危ないじいさんもティムにとっては敵からわが身を守ってくれる騎士のように見えるのか!
くそ! 予想よりもティムの中二病は進行しているようだ。
あ〜そう考えると、このじいさん腹立つな。なんたってティムを中二病の道に引きずり込んだ張本人だ。それにいい加減、こいつうざい。じいさんは息を乱しながらもいまだ殴り続けてくる。殴られているとはいえ、まったくの赤の他人に対して暴力をふるうのはどうかと思っていたが、限界だ。
「この、いい加減にしなさい! 中二野郎が!」
俺は殴ってきたじいさんの手を掴むとそのまま後ろに突き放す。じいさんは俺に突き放されバランスを崩した。じいさんのボディががら空きとなる。
チャンス!
俺はダッシュでじいさんの胸元に接近し拳を叩き込む。
「制裁! 制裁! 制裁!」
ボクシングの要領でストレートパンチをじいさんの顔面、顎、鳩尾にクリーンヒットさせた。
「ぐはっ! がふっ、ごはぁ! はぁ、はぁ――な、なんという速く重い拳だ……こ、殺される」
俺の拳を喰らい、じいさんはバタリとその場に倒れ込んだ。
倒れるセリフも中二くさい。
殺されるって……
そんなに力は入れてないっての!
まぁ、じいさんも予想外だったのだろう。こんな小娘にケンカで負けるわけがないと思っていたんだろうな。だがそうは問屋が卸さない。これでも俺は料理人、いつも料理で鍋をふるい鍛えているのだ。ニートの非力じいさんくらいだったら余裕で倒せるのである。
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