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消えゆく「秘宝館」は今…“おじさん御用達”秘密の場所に増える女性客

産経新聞 1月11日(日)20時35分配信

 温泉街にはつきものの、性に関するテーマパーク的施設「秘宝館」。昭和末期には全国20館以上あったものの近年は急減、今年1月から日本唯一の存在になったのが「熱海秘宝館」(静岡県熱海市)だ。昭和の香りが濃厚に残る同館には、いま若い女性客の姿が目立つという。本当だろうか? また、なぜここだけが生き残れたのか。実際に同館に足を運んでみた。(磨井慎吾)

 ■18歳未満、入館禁止

 JR熱海駅から車で海沿いに約10分の距離にある「アタミロープウェイ」山麓駅。ここからゴンドラで上がってすぐの山頂駅と一体化した施設が、熱海秘宝館だ。入館料1700円(ロープウェイ往復券とセットだと1800円)。「大人のためのおとぎの国」というキャッチフレーズ通り、18歳未満は入館できない。

 施設は3階建てで、開館は昭和55年。展示は等身大人形を使ったアトラクションを中心に、立体映像や性に関する民具の展示など、30以上ある。

 たとえば「モンロー」は、米女優マリリン・モンローの等身大人形のスカートが、手前のハンドルを回すと下からの風でまくれ上がる趣向だ。「貫一お宮」は、明治時代の流行小説「金色夜叉」が題材で、主人公貫一が恋人のお宮と熱海の海岸で別れる有名シーンをパロディー化した寸劇。女性の乳首を模したボタンを押すとナレーションが流れた後、貫一の人形が振り向いてマントの前をはだけ、2人が別れた本当の理由が分かるというもの。性的要素だけでなく、ユーモアやナンセンス感もふんだんに交えており、入館者からは笑い声が絶えない。また、見る側の動作に合わせて反応する参加型展示が多いのも特徴だ。

 ■「もう、びっくりとしか…」28歳女性、絶句

 取材したのは月曜日の昼ごろ。温泉街の施設としては週内で最も人が少なそうなタイミングだが、意外にもそこそこの客入りだった。同館入口の受付男性(63)は、入館者の男女比について、「日によって異なるが、どちらかというと女性の方が多い印象を受ける」と話す。記者が見たところ1人客はほとんどおらず、カップルかグループ旅行者が多い。若い女性の姿も少なくなかった。

 神奈川県から女友達と2人で来た専門職の女性(28)は、秘宝館に入るのは初めて。ネットなどで興味を持ち、訪れたという。感想を尋ねると「もう、びっくりしたとしか言えない」。ただ、展示に対する嫌悪感は感じなかったという。「昭和レトロな感じで面白かった。また来るかと聞かれると微妙だけど、全国で1つくらいはこういう施設があっていいかな」

 ■女性受けのカギは「“モヤモヤ感”のなさ」

 一方、東京都から同性の3人グループで来たエステティシャンの女性(23)は2回目の来館。「行ったことがない子は、一度見た方がいいと思う」と、初訪問の友人を誘ってきた秘宝館リピーターだ。「一番良かったのは『一寸法師』(寝そべった半裸女性の等身大人形に、立体映像の一寸法師がからむコメディー)。短編だけど面白かった。なんだかんだでオチを付けている展示が多く、見ていて“モヤモヤ感”がない」と感想を話す。

 秘宝館に若い女性が来る理由について、受付男性は「熱海市街地には遊べる観光施設がない。だからロープウェイで熱海城や熱海トリックアート迷宮館に行った帰り、秘宝館にも寄ろうか、となるのでは」と分析した上で、「正直、よく運営できているなと思うけど、きっと根強いファンがいるんじゃないかな」と、同館の不思議な魅力を語る。

 ■団体客減少で大変化

 熱海秘宝館の運営担当者によると、1日の入館者は300〜600人ほどで、年間入館者は約8万9千人(25年度)。入館者数の記録が残っている平成6年以降では、8年の約17万人をピークに長期低落傾向が続いてきた。ただ、ここ5年ほどは8万人台後半で安定推移しており、下げ止まった感があるという。

 昔に比べ、入館者層は大きく変わった。最大の変化は、ツアーバスなどを利用する団体客が激減したこと。「熱海全体として、バスで来て大きな温泉旅館に泊まり、次の日に観光施設を見て回るという形態から、個人旅行者や女性を中心とした少人数グループの旅行に変わってきた。その傾向が顕著になってきたのが、ここ10年ほど」

 また、男女比も変化した。「統計はないが、男7対女3くらいにはなっていると思う。昔より女性が増えているのは確実」。その理由については、「あくまで印象だが、性的なものに対しての女性の抵抗感がなくなってきたのだろう。昔は男性がむりやり女性を引っ張って来るケースがあったが、今は女性の方が積極的に訪問している感じ」とみている。

 ■熱海の勝因は「女性客意識」の設計思想

 栃木県日光市の鬼怒川秘宝殿が施設老朽化などで昨年12月に閉館したため、いまや日本唯一となった熱海秘宝館。そうした現状について、同館運営担当者は「あまり他館を意識したことはないが、寂しさは感じている」と語る。「秘宝館という施設の誕生は昭和40年代。それほど古くからあったものではなく、ある意味で時代のあだ花みたいな存在。昭和だからこそ価値が認められたが、平成という時代にはマッチしないのかもしれない」

 そんな中で、なぜ熱海だけが生き残れたのか。同館は他館に比べて展示のメンテナンスや部分的リニューアルに力を入れてきたが、担当者はそれに加え、館の基本設計が後の時代にも対応できるものだったことを挙げる。「ハードなものやグロ系の展示もある他の秘宝館に比べると、熱海は当初からソフトタッチで、明るいお笑い系のアトラクションが多かった。当時の制作者は女性客を意識して作ったという話を聞いているので、それが今日まで熱海が存続できた大きな要因だと思う。成り立ちの部分で先見の明があったのかなと」

 ■背景に技術者集団の存在

 秘宝館の研究書『秘宝館という文化装置』(青弓社)を昨年刊行した妙木(みょうき)忍・北海道大特任助教(社会学)は、「秘宝館が少なくなった現状は残念。でも熱海は秘宝館の中でも代表的な存在なので、それがまだ残っていて見ることができること自体、幸運だと思う」と感慨を述べる。

 同書によれば、秘宝館は昭和47年開館の元祖国際秘宝館伊勢館(三重県、平成19年閉館)以降、温泉観光地を中心として昭和50年代後半までの短期間に開館が集中。全盛期は20館以上が存在したものの、21世紀に入って閉館が相次いだ。その歴史は「特に団体旅行の盛衰と関係が深い」と妙木さんは語る。

 さらに東宝出身者たちが設立し、複数の秘宝館の展示を制作したアミューズメント系施工業者「東京創研」の存在にも注目。「遊園地などを手がけてきた同社が、その技術を秘宝館に応用した。人形や機械、音響、映像などを組み合わせたアトラクションは、一つの技術だけでは作れない高度なもの。秘宝館は、そうした当時の技術者たちの存在で生まれた」。秘宝館発展の背景には、技術や余暇の過ごし方の変化など、さまざまな時代的要因が複合していたとみる。

 ■新展示投入、「できるだけ長く続けたい」

 いまや消滅寸前のように見える秘宝館だが、明るいニュースもある。熱海秘宝館は2月、7年ぶりとなる大型アトラクションの新規導入を行うという。「設備投資をするからには回収しなければならず、すぐにここがなくなるということはない。唯一の秘宝館になってしまったので、責任は感じている。できるだけ長く、この施設を続けていきたい」(担当者)

 昭和という時代を色濃く反映しつつも、少しずつ時代に応じて変化してきた熱海秘宝館。熱海旅行の際には、一度訪ねてみるのもいいかもしれない。

最終更新:1月11日(日)22時39分

産経新聞

 

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