石川瀬里
2015年1月11日12時07分
オウム真理教による地下鉄サリン事件から3月で20年を迎える。13人が死亡、6千人以上が負傷し、国内で最悪の被害を出したテロ事件だ。まもなく、事件を裁く最後の裁判が始まる。一方で、あの日地下鉄に乗り合わせたために人生を狂わされ、20年間苦しみ続けてきた人たちがいる。
■普段は乗らない電車で被害に遭った
「さっちゃん、おはよう」。毎朝、浅川一雄さん(55)が声をかける。妹の幸子さん(51)は、「おあおう」と応じる。
目は見えず、言葉も断片的にしか発せられない。首や腕もこわばって動かなくなってきた。食事はミキサーで砕いたり軟らかくしたりしたものしか食べられない。
昨年12月。取材で訪れた記者に気づくと、幸子さんはかすれた声で、絞り出すように訴えた。
「オウム、オウム」
一雄さんが声をかける。「さっちゃん、もう忘れようよ」
「はい」
■やり場のない怒り
1995年3月20日。
あの日、普段なら乗るはずのない電車に、幸子さんは乗った。
東京近郊の実家近くにあるスーパーに勤めていたが、東京で研修を受けるために、地下鉄の丸ノ内線に乗車した。
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朝日新聞社会部
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