キャスター・アナウンサー BLOG

大越健介の現代をみる

Gゼロ

2012年11月07日 (水)

ここまではっきりと言われるとすがすがしい気持ちにもなる。日本は、イスラエル、イギリスと同じカテゴリーに入るのだそうだ。アメリカと強固な同盟国であるという点ばかりではない。近隣諸国から孤立する深刻な可能性を負い、これからの時代をどう生きるか、かなりの危機感を持って考えなければならない国である、という点で。

いま、アメリカに来ている。最大の目的は大統領選挙の取材だが、この機会にアメリカがどこに向かおうとしているのか(どちらの候補が勝利するにせよ)、そして、アメリカを最重要な二国間関係と位置づける日本の針路はどうあるべきなのかを、少し視野を広げて考えてみようという狙いである。

インタビューのお目当ては、イアン・ブレマー氏という気鋭の国際政治学者だ。コロンビア大学の教授にして、世界中に潜むリスクを分析し、アドバイスするコンサルティング会社の代表。ことし出した、「Gゼロ後の世界」という本が話題となっており、世界中で引っ張りだこである。興味津々でインタビューに臨んだ。

Gゼロ後の世界とは、リーダー不在の世界のこと。世界の警察官を自認したアメリカは、依然超大国であることに変わりはないものの、2008年のリーマンショック以降、世界のリーダーとして問題解決にあれこれ介入することに興味を失った。一方、すさまじい勢いで成長を続ける中国は、彼が言うには「どでかいエンジンを積んで爆走する車。どこかで曲がり角が来るが、うまく操縦できるかどうかは誰も、当の中国自身も分からない」国である。激しく成長しながらそれ自体がリスクであり、大国ではあっても到底世界のリーダーになれないのは明白だという。

そうして生まれた「リーダー」不在の空白は、世界にかつてない不安定をもたらす。それを乗り切る術を各国は切実に求められている、というのが彼の考え方である。そこで、日本、イスラエル、そしてイギリスという1つのカテゴリーが登場する。

イスラエルは言うまでもなく中東に存在するユダヤ国家であり、ユダヤ資本なしには成り立たないアメリカとの強固な同盟関係を支えにしてきた。しかし、アラブの国々から憎悪に満ちた視線を浴び続ける宿命にあり、アメリカが、シェールガスなどの自国の資源によって満たされ、中東への関心が薄まることは、イスラエルにとって死活的な問題となる。

またイギリスは、いわばアメリカの「生みの親」であり、最近では湾岸戦争でともに銃を持って闘った間柄ではあるが、肝心の経済交流の規模でいえば、アメリカにとっては必ずしも決定的な影響のある国ではない。一方で、EU域内にあって統一通貨ユーロを使うことを拒否し、EUの中で孤立する可能性を常にはらんでいる。

では日本はどうか。日本はアメリカにとってアジア最大の同盟国だ。「戦後レジーム」は常にアメリカと共にあった。同時に、中国や韓国との軋轢は収まらず、領土をめぐる問題ではその深刻さを露呈した。特に、圧倒的なパワーで成長を続ける中国は、彼の言葉を借りれば、「もはやかつてのように日本を必要としていない」のが現実だ。日本は東アジアではもっとも孤立する可能性の高い国であり、最近の中韓両国の態度は、残念ながらそのことを示唆するに十分である。

その日本、これからリーダーなき世界をどう生き抜くべきか。ブレマー氏はあっさりとこう言い切った。「日本には選択肢は1つしかない。それはアメリカだ」。アメリカはリーダーたる意欲を失っているが、それでも日本が生きていく術は、超大国アメリカとの連携しかないというのである。

彼によれば、最重要の分野が通商分野である。日本では異論の強いTPP・環太平洋パートナーシップ協定に一刻も早く加わることが必須だという。詰まるところ、日本は経済の力で生きていかざるを得ないのであり、確固たる防衛政策を持ち得ない日本では、軍事力の増強などは夢見ても始まらないとも言う。

具体的な日本の身の処し方についても彼は熱弁をふるった。ひとつは、中国に対して、日本に牙をむく「口実を与えないこと」だと指摘する。日中関係が簡単に改善することなどないし、ならばむしろ刺激せず、放っておくことだ。日本の指導者は靖国神社を参拝することは避けなければならない。かつて、グルジアがロシアの軍事侵攻を受けたのは、アメリカの忠告に背いてプーチンを刺激したためであり、日本はその轍を踏むべきではないという。そうして、巨竜に暴れるいとまを与えずに気を配りながら、日本はもうひとつの成長エンジンである東南アジアに、積極的にビジネスの活路を見いだしていくのが賢明だというのが彼の結論である。

一方で、日本はその美徳を積極的に発信すべきだとも指摘する。東日本大震災で見せた秩序や助け合いの精神、原発事故を受けて国民が自発的に取り組んだ節電などのライフスタイルの見直し。世界に発信すべきものに事欠かないのもまた事実であり、年に一度、スイスで開かれるダボス会議のような世界規模の知的イベントを、日本発として企画すべきだとも強調する。

1時間近いインタビューでは、彼の、ある意味容赦ない指摘にうなだれ、「日本の美徳を発信せよ」というくだりでは救われた気分にもなった。だが、いくつか疑問も残る。日本はアメリカ一本槍で生きていくと覚悟したとしても、現実には米軍基地などでは摩擦が広がっており、アメリカ側ももっと対日関係の改善に意欲的であるべきではないのか。そもそもアメリカは中国に言うべきことを言っているのか。東アジアは複雑だからと日和見を決め込みすぎではないか。いくら世界のリーダーたる野心を失ったとはいえ、「太平洋国家」を名乗る以上、この地域の問題にもっと積極的に関与すべきではないか。爆走する中国がコースを外れないようにアシストする役割は、アメリカ以外に持ち得ないのではないか・・・。

しかし、互いに厄介なスケジュールをやりくりして設定したインタビューは、時間が来てしまった。しかも、突っ込むべきところで効果的な質問を発することができない自分の英語力もうらめしい。

ただ、要は腹をくくることなのだと、当たり前のことに気づかされたのも偽らざる本音である。日本を取り巻く厳しい現実を正しく認識することしか再生はあり得ない。一方で、中国に抜かれたとはいえ、世界で3番目の経済大国である日本の底力は決して自己卑下する必要はない。つらいときほど背筋を伸ばし、まっすぐ前を向いて荒波に立ち向かうしかない。ブレマー氏は世界各国に有能なスタッフを配置し、常に定点観測を忘れない。日本にも10回以上訪問し、決してうわべだけの日本論を述べているわけではない。今回、突っ込み不足だった分も含めて、こちらも定点観測のつもりで、日本の今、世界の今の課題について、これからも彼と議論をしていきたいと思った。

投稿者:大越健介 | 投稿時間:00:34
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