本書『三十歳からのアルバイト』は、著者の実体験を元に書かれた自伝的仕事体験小説だ。表紙絵のシルエットは女性っぽいけれど、著者は男性である。オッサンである。
映像作家(映画監督)をめざして上京。二十代のほとんどを映画業界の下積みに費やしたものの、チャンスをつかむことができないまま三十歳をむかえる。
映画業界は「あこがれ産業」であり、ノーギャラでも働かせてほしいという若者であふれかえっている。かつて二十代だったころの著者も、ノーギャラで現場を手伝うことのほうが多かったという。生活費は、実家からの仕送りでまかなっていた。
関わった映画は70本以上。だが、どれひとつとして作品内に「爪あと」を残すことはできなかった。何もしていないのと同じだった。あいかわらずノーギャラで働きつづけていた。
将来が不安になった著者は、あるときから日給5,000円のギャラを請求することに決めた。しかし3ヶ月も経つと、撮影現場に呼ばれなくなった。ノーギャラの若者たちに仕事を奪われたのだ。両親からの金銭的援助は、いよいよ打ち切られようとしていた。夢を追いかけているうちに、気がつけば足元が干上がっていた。
これから生きていくためには、映画の世界からいったん遠ざかるしかない。戦略的な一時撤退。
著者は、10年ぶりにアルバイトをはじめることにした。
短期アルバイト体験記
語り口は淡々としている。洞察力がきわめて高く、理知的な文章に仕上がっている。無駄な言いまわしなどがないため、スルスルッと一気に読める。
著者はふところに余裕がないはずなのに、気持ちや生活態度には余裕を感じる。慣れない仕事には戸惑いを見せることもあるけれど、けっして取り乱すことがない。先輩からのイヤガラセに対しても毅然と対応してみせる。「映画監督志望から単なるフリーターに落ちぶれてしまった」という屈辱感もみられない。そもそも、グチや弱音をいっさい吐かない。
ようやく安定したアルバイトに就くことができたが、はたしてここがゴールだろうか。まさか、とんでもない。こんな場所が私のゴールならば、いますぐ死を選ぶ。
『三十歳からのアルバイト』から引用
著者は、再起への思いを胸に抱きながらアルバイト労働に従事している。
よく考えてみれば。十年ぶりの労働だというけれど、映画撮影は集団作業であり、社会常識や協調性(チームワーク)が必要である。しかも著者は70本の映画撮影に携わってきたというのだから、そこらへんのニートよりもよほど「使える」アルバイト初心者である。
夢追い人を殺すのに刃物はいらない
短期アルバイトを繰り返すなかでは、著者はけっして「あきらめる」ことはなかった。マジメすぎず、サボりすぎす、要領良くさまざまなアルバイトをこなしていった。
年賀状の仕分け
書籍のデジタル化作業
自動販売機補充の助手
棚卸
高速道路車線規制帯の巡回・保守
家庭用コンピュータゲームの展示会スタッフ
製本補助
交通量調査
アダルトビデオの撮影
官公庁の書類受付・審査
飛び石を渡るように、さまざまな短期アルバイトをこなしていく。なかには1年以上かよった職場もある。そんな日々の合間をぬって、ふたたび友人と自主制作映画を撮りはじめる。
本書『三十歳からのアルバイト』には意外な結末がまちうけている。突然、殺されてしまうのだ。著者は、思いがけず「致命傷」を負ってしまう。もちろん比喩表現だ。気になった人は、ぜひ自分の目でたしかめてほしい。1時間ほどで読める。
おまえは俺か
「あこがれ産業」で飯を食っていきたいと思っているなら、28歳までに芽がでなければ諦めるべきだと思う。それまでなら後戻りができる。
おれは34歳。もうダメだ。やめたほうがいい。わかっているけれど、もはや選択肢がないのである。突き進むしかない。激突と突破を繰り返すしかない。
運が良ければ、突破した向こう側の明るい場所に出られる。
運が悪ければ、知らずに硬い壁に激突しちゃって死ぬ。
気づくのが遅すぎた。おれも、この本の著者も。
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