社説:テレビと政治 「自粛ネタ」は笑えない
毎日新聞 2015年01月10日 02時30分
お笑いコンビの爆笑問題がNHKの新春バラエティー番組で、政治家を扱ったネタを却下されたことが波紋を広げている。爆笑問題がTBSのラジオ番組で明かしたのに対し、NHKの籾井(もみい)勝人会長は一般論として、政治家の個人名を挙げて笑いのネタにすることは「品性、常識があってしかるべきだ。(NHKでは)そういうのはやめた方がいいのではないか」と発言した。
古今東西、人々は権威や権力者を笑いの対象にすることで、その愚かしさや間違いを浮き彫りにしてきた。それは健全な民主主義社会に欠くべからざるものだろう。
爆笑問題がラジオで語った内容も気がかりだ。太田光さんは「政治的圧力は一切かかっていない。テレビ局側の自粛というのはあります」と話した。放送の現場に、政治に触れないようにしようという空気が広がっているのなら問題だ。息苦しい社会の到来につながりかねない。
テレビと政治をめぐる問題については、昨年から気になる事態が起こっている。衆院選の報道について、自民党がNHKを含む東京のテレビ6局に「公平中立」や「公正」を確保する「お願い」を渡した。その中で出演者の発言回数やゲスト出演者の人選まで、細かく対応を求めた。背景には報道番組に出演した安倍晋三首相が、アベノミクスへの厳しい意見が相次いだ街頭インタビューに不快感を示したことがあった。
テレビ局は制度上、政権の影響を受けやすい。民放は総務相から放送免許を交付され、5年ごとに更新する。NHKの予算は国会が承認する。だから、与党が番組の作り方に細かく「公平中立」を求めると威圧効果がある。
放送法には「政治的公平」が明記されている。しかし、公平とは機械的に賛否の声を紹介することではない。意見が対立している問題については、できるだけ多くの論点から明らかにしようという意味だ。
自民党の要求の後、民放の内部からは「制作が完全に萎縮した」「生放送では選挙はほとんど取り上げなかった」などの声が聞かれた。
調査会社エム・データによると、在京6局の選挙期間中の選挙関連の放送時間は前回衆院選(2012年)の同期間に比べて約4割減った。視聴者の関心が低かったことに加えて、自民党の要請により、放送局側が選挙を報道する時間を減らした影響もあると考えられる。
現場で放送に携わる人々は自粛することなく、政治を扱ってほしい。権威や権力の顔色をうかがうのではなく、視聴者の方を向いてこそ、テレビ番組は生き生きとした豊かなものになるはずだ。