1.モータウン基礎講座
モータウンとはレコード会社のことです。1959年にアメリカ・デトロイトに設立されました。当時はとても珍しいスタッフも経営陣も全員黒人の会社でした。黒人音楽つまりブラックミュージックを「売るために」まったく新しい製作体制や営業宣伝活動によってヒットソングを「量産」し、60年代には世界的ブームとなりました。そうしたモータウンの音楽の特徴のことを、モータウンサウンドと呼びます。*1
60年代のアメリカは女性シンガーや女性グループが大活躍。まるで「アイドルブーム」でした。テレビが普及していた時代でもあり、女の子たちの歌やパフォーマンスを多くの人が楽しみ、その中からも多くのヒットソングが生まれました。
そうした流れを経て、1966年スプリームス(The Supremes)『恋はあせらず(You Can't Hurry Love)』が発表されます。この曲で印象的に使われているリズムがモータウンビートです。
2.楽曲紹介(その1)
3.なぜモータウンビートなのか
おそらく日本で最も有名なモータウンビートのポップソングである広末涼子『MajiでKoiする5秒前』について、当時、近田春夫がこんなことを連載で話しています。
さてと。まず広末涼子からいくか。何だこの曲は。一体、このどこに「今日」というものがあるのだ。イントロのサンプリング声の「ワンツースリーフォー」のかけ声か? 「プリクラ」のひとことか? いくら何でも今更このリズムアレンジ(シュープリームス『恋はあせらず』)に恥かしさは覚えなかったのか? それにこの歌い出しのメロ、オザケン『痛快ウキウキ通り』の、♪プラダの靴がァ〜 とどこが違うのかいうてみい。
誰が書いたんだ? 竹内まりやか。もお、歌書くのやめて専業主婦してろ。といいたいぐらいである。
この近田春夫の「楽曲批評」に同意はしませんが、考えなければならないことが書かれています。なぜ、このリズムとビートはいつになっても「今更」使われ続けるのでしょう。スプリームス『恋はあせらず』から30年間、数多くのモータウンビートのポップソングが日本で作られています。中森明菜、CoCo、岡田有希子、森下恵里、おニャン子クラブなどなどありとあらゆる女の子たちがこのビートに言葉をのせてきました。*3
モータウンビートは乱用されるようなリズムではないはずです。ある意味全部同じような曲になってしまうのですから。そうして曲の独創性が薄れる一方で、ある効果をもたらしています。
シチュエーションコメディー(シットコム)というジャンルがあります。アメリカで人気があるテレビドラマシリーズのジャンルで、『フルハウス』『フレンズ』『アルフ』『奥さまは魔女』『ウィル&グレイス』など、どれかひとつでも見たことがあれば「あの雰囲気」が伝わるでしょう。固定された舞台セット・決まった場所で物語が展開する特徴があります。*4
モータウンビートは楽曲の中でシットコムにおけるシチュエーションの役割をはたしているのではないでしょうか。デッデッデー、デッデッデッデデーという独特のリズムはどこかコミカルで人懐っこさを感じさせてくれます。そして、曲としての制約が大きい反面、ビートやリズム以外の要素に注目しやすくなります。
持論ですが、アイドルソングは細部に注目してこそ楽しい音楽です。ガチ恋なんて言葉もありますが、大好きなアイドルの歌には普通の何倍も共感できるはずですし、好きになったからこそわかる魅力、輝きがあります。
そんなアイドルソングの特性とシットコム的な手法の相性はとても良いはずです。使い古されたモータウンビートだからこそ、好きだからもっと聞きたい声や言葉に集中できます。歌に没頭でき、より歌い手のことを近く感じることができます。
それはぬるま湯な世界なのかもしれません。でも、ぬるま湯、気持ちいいじゃないですか。人懐っこいリズムに合わせて、僕たちが居心地良く1番没頭できる世界を作ってくれるのが、モータウンビートなのです。
4.楽曲紹介(その2)
Song for Smiling/さくら学院
青春ど真ん中/モーニング娘。天気組
Early Bird/Buono!
ステキな日曜日/芦田愛菜
ハピ!ハピ!ハピバースデー!/おはガールちゅ!ちゅ!ちゅ!
意味深スパイシン/リル・クミン
Sweet Jewel/Fairies
アーモンドクロワッサン計画/NMB48(チームBⅡ)
5.モータウンビート「よっしゃいけない」問題
そんなこんなで、アイドルソングとして相性が良いモータウンビートですが、現代ではちょっと使いにくい楽曲が多いのかもしれません。なぜなら、ライブで盛り上がる曲調ではないからです。
今のアイドルシーンはライブ中心、現場主義です。CDは握手会の権利品として残っていますが、音楽を聞く場所はスマホ(モバイルプレイヤー)かPC、そして現場です。そんな時代、評価されるのは現場で盛り上がる曲、沸ける曲です。2014年アイドル楽曲大賞で1位となったのは、Dorothy Little Happy『恋は走りだした』でした。シングルとしてリリースされていないこの曲が選ばれたことは、今を象徴しているようです。
音楽を届けるメディアとしての役割を失ったCDの姿は、30年代〜50年代のアメリカで「タダで聞ける」ラジオにとって代わられたレコードのようです。それを乗り越え、レコードの時代を奪還したのは、ラジオでディスクジョッキーが流したロックンロールであり、黒人音楽でした。モータウンも、スプリームス『恋はあせらず』もその延長線上にあって、今は廃れてしまったメディアで聞く音楽です。歴史は、まるで円を描くように繰り返しています。*5 *6
6.楽曲紹介(その3)
13日の金曜日/乃木坂46
あれ? 最初に言ってませんでしたっけ? このブログはこの曲を紹介し、崇め、愛するために書いてきました。好き好き好き好き!
乃木坂46は少し変わったアイドルです。定期的なライブや専用劇場での公演をおこなわず、コンサートも滅多にありません。ライブ全盛のこの時代に、ライブ以外で音楽を届けようとしているのです。その挑戦が成功するのか、いつか方向転換を迫られるのかもしれませんが、少なくとも今の乃木坂46のあり方には、モータウン的な野心を感じます。世の中の流れに抵抗して、自分たちらしい道を進む人たちがいてもいいと思います。僕の目には、乃木坂46はそういうグループです。
そんな彼女たちのモータウンビートは、他のアイドルソングとやっぱり少しだけ違う色を放っています。2015年が終わる頃、日本のモータウンは乃木坂46だと誰もが話している、そんな風になっていたら面白いと僕は思います。
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