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第4回
切り口は「僕」と「他人」
 僕は、「読者」という言葉遣いが嫌いです。本を買って読むのは「読者」ではなく「消費者」だと思って日々、本作りをしています。
 
 世の中のあらゆる商売は、何かしらの「問題解決」を図るためのものでしょう。だから消費者は対価としてお金を払う。本もまったく同じです。わかりやすい例を挙げれば、テンションをあげたい、リーダーシップを身につけたい、未知の世界を知りたい、単純に時間をつぶしたい−−その時々に、消費者は「問題」を解決してくれる本を手にします。
 
 現場では「読者、読者」と連呼されますが、その読者とは一体誰のことを指しているのでしょうか。「誰」が、どんな「問題」を抱えているのでしょうか。それらが分からなければ、問題解決のしようがなく、商売も成り立ちません。
 
 僕が「読者」という言葉が好きではないのは、そこに「お金」の匂いがしないからです。出版社は、世の中の「才能」を「商品」にすることで飯を食っています。決して慈善事業や文化事業をしているわけではない。その根幹のところを見誤らないために、あえて「消費者」と言いたいと思っています。
 
 誰がどんな問題を抱えているのか? 商売人としてそれを理解するために、僕は2つのアプローチ方法をとっています。1つは「僕」を徹底的に理解すること。世界で一番分かり合える人間は自分でしょう。自分が日常生活の中で「違和感」や「喜怒哀楽」を感じたときは大きなチャンス。なぜそのように感じたのか深く考えることを習慣化しています。友人や同僚に呆れられるくらい、考え尽くします。そうして見えてくるのは、自分の「欲望」と、それを「解消する方法」。そこにこそ、お金が発生する余地が生まれると思っています。なぜなら「僕」の背後には、何十万、何百万人もの、同じ欲望を持つ消費者がいるからです。
 
 もう1つの方法は、自分ではなく、他人を「調査」すること。これは、僕が光文社にいたときに叩き込まれた方法でした。光文社では、新入や部署異動になった社員に「読者調査」をやらせることを伝統にしています。マーケターのように、編集者も「読者=消費者」に直接会って、インタビューし、レポートにまとめる。そこで得た知見をもとに新たな仮説を立てて、ふたたび調査、検証する……。
 
 これは、いわば「主観」を消していくための作業と言えます。あまり知られていませんが、光文社の女性誌が強い理由は、伝統的に「男性」がつくっているからです。消費者である女性(異性)が何を考えているかよくわからないからこそ、調査をひたすらくり返して、その「問題」を発見して、解決の方法を誌面に取り入れていく。おじさんたちが女子大生向けの雑誌を作るのに成功している理由は、「調査」にこそあるのです。
 
 僕が商売として本を作る際に気をつけているのは、「僕」と「他人」の間を行き来すること。徹底的に考え尽くして、「主観」と「客観」の間を何往復もすることです。あとで振り返ると、売れない企画はその両極の間に力なく佇んでいるようなものがほとんど。「誰」のどんな「問題」を満たすのかが、残念ながら中途半端なのです。
 
(文責=冨田薫)
(2013年11月11日更新 /本紙「新文化」2013年11月7日号掲載)
柿内芳文プロフィール
星海社シニアエディター、星海社新書編集長。1978年、東京都町田市生まれ。慶應大学卒業後、光文社に入社。光文社新書『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』『99.9%は仮説』などを手がける。2010年、星海社へ移籍。星海社新書『武器としての決断思考』『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』などがベストセラーとなっている。新書編集歴11年の自称「新書バカ」。ツイッターアカウントは@kakkyoshifumi
               
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