社説:仏週刊紙襲撃 憎悪あおるテロを断て

毎日新聞 2015年01月09日 02時32分

 「表現の自由」か「宗教への冒とく」かという問題はあるにせよ、暴力は断じて許されない。

 政治家や聖職者らの風刺画で知られるフランス週刊紙「シャルリーエブド」のパリにある本社が、自動小銃やロケット砲で武装した2人組の男に襲撃され、編集長や風刺画家ら10人以上が死亡し、約20人が負傷した。30歳代の兄弟とみられる容疑者は車で逃走し、運転手役だったとみられる18歳の男がその後、警察に出頭した。男らはイスラム過激派の影響を受け、この週刊紙がイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載していたことに反発し、テロ事件を起こしたとの見方が強い。

 オランド仏大統領はじめ、オバマ米大統領ら欧米首脳や日本の安倍晋三首相、国連安保理などが事件を厳しく非難したのは当然だ。

 襲撃された週刊紙は2011年にムハンマドの風刺画を掲載し、直後に火炎瓶を投げ込まれてオフィスが全焼した。あえて挑発を続ける姿勢に行き過ぎだとの批判もあったが、12年9月にはフランス政府の自粛要請を拒否して再びムハンマドの風刺画を掲載。13年、国際テロ組織アルカイダは同紙編集長を攻撃の標的リストに加えていた。

 預言者への風刺がイスラム教徒の反発と抗議を招く事件はこれまでも繰り返されてきた。05年にはデンマーク紙が風刺画を掲載し、翌年シリアやレバノンのデンマーク大使館などが放火され、欧州各地でイスラム教徒の抗議行動が起きた。12年には米国で公開された映画が預言者を冒とくしていると抗議行動が広がり、リビアの米領事館が襲撃され、当時の米大使らが殺害される事件も起きている。

 だが「宗教への冒とく」に対する抗議としてテロという卑劣な暴力に訴えるのでは、イスラム教への偏見を強め、社会の分断と憎しみをあおるばかりだ。

 気がかりなのは最近、ドイツなどでイスラム教を敵視する数万人規模のデモが相次ぎ、一部ではイスラム教徒との衝突が起きていることだ。一方、イスラム系移民の2世や3世が欧州社会での疎外感から過激思想に走る傾向も強まっているという。戦後の欧州が重視してきた寛容の精神が、今回のテロによって一層揺らいでしまうことを強く懸念する。

 その中で今回、エジプトやサウジアラビアなどイスラム世界の指導者が事件を一斉に非難し、テロ行為は「イスラム教の敵」であると訴えていることは心強い。「イスラム国」のような過激勢力やテロ行為には、国際社会が結束して立ち向かう必要がある。対立を克服し、憎悪と暴力の連鎖を断たなければならない。

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