イスラム風刺画を掲載したパリの新聞社が白昼銃撃された。欧州連合(EU)解体の危機がささやかれる中、「共存社会の将来」が問われています。
現地からの報道では、犯人らは覆面姿で風刺週刊紙シャルリエブドの編集会議室に押し入って銃を乱射、編集長や風刺画家、警官ら十二人を射殺しました。「預言者ムハンマドのために復讐(ふくしゅう)した」と話していたそうです。
どんな理由であれ、表現や言論に暴力で対抗することは、絶対に許されるものではありません。
◆イラク戦争の暗い影
容疑者は十八歳の少年と、アルジェリア系の三十四歳と三十二歳の兄弟。弟は熱心なイスラム教徒ではなく、スポーツジムのトレーナーを目指していましたが、パリで知り合った急進的な指導者の影響を受けたとされ、二〇〇五年、イラクに駐留していた米軍へのジハード(聖戦)に参加しようと、シリアへ出国しようとして逮捕されました。裁判では、イラクのアブグレイブ刑務所での捕虜虐待の写真を見て義憤に駆られたことが動機だったと証言しています。米ブッシュ前政権が主導したイラク戦争が暗い影を落としています。犯人らは自動小銃カラシニコフやロケット砲を手慣れた様子で扱っていたといいます。周到な準備がうかがえます。
シャルリエブド紙は一一年十一月にムハンマドの風刺画を掲載、編集部に火炎瓶を投げ込まれて全焼しました。その後も政府の自粛要請を振り切って、風刺画掲載を続けてきました。
イスラム教をめぐっては、〇五年九月にデンマーク紙がムハンマドの風刺画を掲載したのに対し、イスラム諸国で抗議行動が広がりました。当時、取材した欧州の雑誌編集者らの見解が「報道の自由のため掲載は当然」「人の心を傷つけるようなことをあえてすべきではない」と分かれていたのが印象的でした。
◆テロへの対応誤るな
東京電力福島第一原発事故後、人体の奇形を扱ったフランスの漫画は無神経と批判されました。表現の自由はもちろん重要ですが、価値観や立場の違いによっては容認されないものもあることも忘れずにいるべきでしょう。
フランスではイスラム系住民が人口の8%、約五百万人に上ります。政府は同化政策を進めてきましたが、リーマン・ショック後の経済低迷で失業率が上がり、移民への不満は募って、外国人排斥を訴える極右、国民戦線が支持を広げています。イスラム教スンニ派過激派組織「イスラム国」に参加する若者も増えています。
他の欧州諸国でもいら立ちが募っています。財政再建を進めるギリシャでは、増税など痛みを強いる緊縮策への反発が高まり、今月二十五日の総選挙では、緊縮反対を訴えるポピュリズム政党、急進左派連合の躍進が見込まれ、単一通貨ユーロ圏から離脱する可能性も取り沙汰されています。
英国でもキャメロン首相が五月の総選挙で信任を得た後、一七年末までにEU残留を問う国民投票を実施すると言明。さらに、EU離脱と移民流入制限を訴える英国独立党も勢力を伸ばしており、英国の脱EUの流れは加速しかねません。EUの“勝ち組”だったはずのドイツでも、反ユーロを掲げる政党が躍進し、反イスラムデモが活発化しています。
欧州が異文化と共存できるか、解体に向かうか問われています。今回のテロへの対応を誤れば、結束を乱す各国の動きが加速し、EUの求心力がさらに低下する転換点ともなりかねません。異文化との共存の試みを積み重ねてきた欧州が歩みを緩めることで、過激な思想をはびこらせるメッセージを与える危険もはらんでいます。外国人排斥も進みかねません。その結果、差別され孤立した外国系の若者らが「イスラム国」などの呼び掛けに応じ、過激思想に感化され、テロに走る−そんな憎しみの連鎖を続けさせてはなりません。
◆難局にこそ欧州の知恵を
EUは、ユーロ危機をはじめとする試練を逆にバネにし、統合を模索し、強化してきました。この難局でこそ、欧州の知恵を示してほしいものです。
異文化との共存や、異なる立場との向き合い方は欧米だけの問題ではありません。国内に目を転じても、在日外国人へのバッシングを目的としたヘイトスピーチが横行し、外国への強硬姿勢を訴える極右的主張も支持を得ています。自らと異なる主張を容赦なく攻撃する風潮も目立ってきました。
グローバル化で、民族、文化、立場など、さまざまなものが共存しなければならない時代です。共存社会をどう築いていくか。その回答となる、欧州の取り組みを注視したいと思います。
この記事を印刷する