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日本の人事の『働き易さ』『働き甲斐』を再検討する@『Jshrm Insight』2015年1月号

日本人材マネジメント協会の機関誌『Jshrm Insight』2015年1月号に、2014年度コンファレンス報告が載っていて、その中に私の基調講演もあります。

いろんなトピックを端的にまとめて喋った記録ですので、何かのお役に立つかも知れません。

 現在の日本の労働市場で、若者、女性、中高年がそれぞれに抱えている問題と、それに対する処方箋について、お話をしていきたいと思います。その中で「働き易さ」と「働き甲斐」について、何かイメージを持っていただければと考えています。
 
◆若者の雇用問題が存在しなかった日本
 90年代半ばぐらいまでの日本社会では、若者の雇用状況というのは、大変素晴らしいものでした。新卒採用において、「今すぐは何もできないけれども、やがていろいろなことができるようになるはずだ」という見込みの上で、若者は採用されていました。まさしく会社に入る、入社するということです。新卒採用から定年までの雇用を保障するという日本型雇用システムが機能していました。私はそれを「メンバーシップ型」と表現しています。
 それに対して欧米では、雇用問題の中心は常に若者でした。それは雇用の在り方が、日本と欧米では全く違うからです。そのジョブに対して、「私はこれができます」と応募して入っていく、まさに職に就くという「ジョブ型」が、欧米の雇用ということになります。
 そうなると今までいろいろな経験を積んできた中高年の人のほうが、採用では圧倒的に有利であり、結果的に職に就けない若者が多く出るという事態になります。
 
◆効果が出ない、若者雇用対策
 しかし日本では90年代のバブル崩壊後に、それまで若い労働力をどんどん採用していた企業の入り口が、ぎゅっと閉まってしまいました。今までは何の苦労もせずに就職できていた若者たちが、正社員として就職できない、非正規として労働市場に叩き出されるということが起こりました。ただ世間からは、自分の意志でフリーターをしているというふうに見られていました。そのため90年代には、若者の問題はそれほど大きく議論されませんでした。
 これが社会問題、労働問題として大きく議論されるようになったのは、2000年代に入ってからです。それは正社員のルートに乗れず、ずっと非正規のままでいるために、正規と非正規の間の格差が顕在化してきたからです。そろそろ「とうの立ってきた若者」、若い中高年をどうするかということで、日本の若者雇用対策は始まりました。
 そこで日本版デュアルシステム、ジョブカード、日本版NVQ(キャリア段位)等のいろいろな若者雇用対策が講じられました。日本にはそれまで若者の雇用問題が存在しなかったため、問題のないところに対策はなく、これらは全て欧米直輸入でした。しかし思ったような効果は上がらず、社会から批判され、前政権では仕分けの対象にもなりました。
 それはそもそも社会の仕組みが違うからです。ジョブ型の欧米の対策をメンバーシップ型の日本に持ってきても、効果が上がらないのは当然のことです。ただ効果が上がらないからという理由だけで、なぜ雇用対策が必要になったのかという問題の原因を考えずにバサバサと仕分けをするのは、非常に考えの足りないことだという感じがします。
 
◆もう一つの正社員、OL型女性労働モデル
 日本の労働市場における女性正社員の位置付けは、無限定正社員とは違う、別のカテゴリーでした。入り方は新卒採用と同じでも、結婚退職するというのが前提にあり、従って短期的なメンバーシップでした。30年、40年同じところで働いていくことを前提とした人事管理ではありませんでした。
 そういう女性正社員に求められた役割は、無限定正社員である男性の補助的業務を担当すること、すなわち会社における女房役です。それからもう一つは、若い男性正社員の本当の奥さんになること、つまりお嫁さん候補という面がありました。
 結婚退職を前提とすると2年間の年齢差は大きく、学歴は短大卒が好まれ、四大卒は忌避されていました。社内結婚という恋愛結婚をして、会社の女房役から、家庭の女房役に移行するという仕組みで、それが非常にうまく回っていました。
 
◆辞めなくなった女性たち
 世界的な男女平等の流れの中で、日本においても「男女雇用機会均等法」ができ、雇用モデルがコース別雇用管理というものに変わっていきました。それまでの男性正社員型のモデルを総合職という言葉で表し、女性正社員型のモデルを一般職という言葉にしました。男性無限定正社員と同様に長時間労働ができて、どこにでも転勤できるのが総合職、それができないのが一般職という形でとりあえずやってきました。
 しかし90年代半ば以降、一般職と呼び換えた女性正社員たちが、以前は当然の前提であった結婚退職をしなくなり、ずっと働き続けるようになってきました。このような状況に対して企業側が取った対応は、これまで一般職として採用していた人たちを、主に派遣という、非正規で代替するということでした。
 そして最近になって突如として、「女性活躍」ということが盛んにいわれるようになりました。私は女性活躍というときに、どういう活躍をイメージするかということについて、危惧を持っています。
 かつての無限定正社員モデルと同じである総合職の働き方に、女性をそのまま当てはめて、女性活躍ということにしていく。これでは普通の女性は、働きにくくなるだけではないかというふうに感じています。エリートモデルの女性活躍論からの脱却が、求められていると思います。
 
◆企業人事最大の課題、中高年対策
 中高年の雇用問題は、この40年ほどの間、繰り返されてきました。70年代石油危機の後、あるいは80年代の円高不況、90年代にバブルが崩壊したときも、中高年をどうするかということが、常に問題の焦点にありました。とにかく人が余ってどうしようもないというときに目を付けるのは、年功制で給料が高い中高年ということになります。
 中高年の問題を考える上で一番大事なことは、その人のこのジョブについて、これだけのスキルがあるからという形で賃金を決定するという仕組みになっていないということです。日本の職能給というのは、潜在能力が高まってきているから、その潜在能力に応じた給料を支払うという理屈になっています。これは20代から30代のある時期ぐらいまでは、現実に非常に対応した賃金制度であると思います。しかし40代、50代になっても、潜在能力が定期昇給に見合うぐらい毎年高まるということには、疑問が生じます。
 建前上は潜在能力が上がっているはずだから、これだけ高い給料を支払っているんだということになっています。平時であれば、「みんながそういうことになっているんだよね」と言い合っていればいいかもしれません。しかし景気が悪化した時期には、どこかでその矛盾を解消しなければいけない。その矛盾を解消するのに一番いいのは、中高年に出て行っていただくことだ、ということになります。
 結局この10年間ぐらい、若者問題が大きな問題だといいながら、実は底流には常に中高年の問題がありました。日本の雇用問題の最重要の問題点であり、かつ現実にも、対策の上でも、一番重要であったことは間違いないだろうと思います。
 
◆ホワイトカラーエグゼンプションの本音
 日本の企業、職場は、中高年という形である種の矛盾を保持してきました。90年代以降は成果主義が打ち出されたりしましたが、今またホワイトカラーエグゼンプションということが検討されています。その大きな矛盾に真正面から向き合う代わりに、いろいろな仕組みをちょこちょこと変えることで、なんとかうまい具合に対応しようとしているという姿なのではないかと感じています。
 
◆若者、女性、中高年、それぞれが抱える矛盾
 今から20年ぐらい前までは、日本の雇用の仕組みは全体としてうまく回っていただろうと思います。若者はその潜在能力を見込んで採用してあげようという形で、どんどん入社できました。こんなに若者に素晴らしい社会はなかったと思います。
 ところが最近はブラック企業の話のように、白紙の状態の若者に即戦力を要求し、即戦力がないからお前は駄目だといじめつけるような、そんな企業が出てきています。これが今、若者が抱える矛盾です。
 あるいは、かつて女性は結婚退職するまでは会社の女房役、その後は家庭の女房役ということで、それなりに回っている仕組みだったものが、そうではなくなりました。女性にも活躍してもらうんだというのは、大変いいことです。
 しかし女性に活躍してもらう、その活躍のモデルが、基本的に以前からの男性の正社員モデルを前提として、同じように活躍しろという話では、ワーク・ライフ・バランスとの矛盾が生じてきます。これが女性に起こっている矛盾です。
 そして中高年には能力と賃金の間に、もともと矛盾があって、定期的にその矛盾が露呈していました。同じ矛盾がまた同じような形で、繰り返しているといえるかもしれません。
 昨年、追い出し部屋というやり方が結構話題になりました。なぜ追い出し部屋が可能になるのかと考えると、そもそも仕事で人が採用されていないからです。仕事が限定されていないがゆえに、そういう追い出し方が可能になってしまうのです。
 
◆一つの処方箋―ジョブ型正社員
 私がここ数年来考えているのは、「男女共通のジョブ型正社員」あるいは「限定正社員」という雇用モデルが、「働き易さ」や「働き甲斐」に対する一つの処方箋になるのではないかなということです。
 メインストリーム(主流派)としては、今までの日本的な仕組みをある程度維持して、学校から社会に、仕事の世界に入るということです。今までの日本のような、特定のジョブのスキルがなくても、会社に入れるという若者にとってのメリットを、そう簡単には捨てられない。そんなものは欧米と違うのだから捨てるべきだという人もいますが、それを捨ててしまうと、むしろ不満を持った若者が日本中に溢れて、大変なことになってしまいます。
 しかし日本の仕組みがだんだん収縮している中で、そこからこぼれ落ちる人が、どんどん出てきている現実があります。そういう人たちのために、「ジョブ型正社員」、「限定正社員」という枠を作ることが必要になります。女性でも、男性でも、そしてワーク・ライフ・バランスを大事に思う人たちにとっても、無限定ではない働き方をずっと続けるためのモデルとして、ジョブ型正社員、限定正社員というものを位置付けていくということです。
 非正規からそこに入っていくと共に、今まで不本意ながらかつての男性型正社員モデルを余儀なくされていた人たちに、こちらに移ったらどうですかと提案できるような仕組みを作っていく必要があると思います。
 そして一番重要なことはこれが、会社側が追い出し部屋に入れたくなるような人たちを、そこに入れることなく、60歳や65歳までも一気通貫で働いていただけるような仕組みであるということです。そこに限定正社員、ジョブ型正社員の意味があるのではないかなと思っています。
 
◆一生懸命ではない働き方
「働き易さ」や「働き甲斐」を、今までとは少し違う角度から考えてみると、「一生懸命働く社会ではない社会」というところにも、処方箋があるように思います。
 エリートはずっと一生懸命働くかもしれませんが、そうでない人たちは一生懸命働かない。一生懸命は働かないけれども、それは全然働かないということとイコールではありません。
 今までの無限定正社員のような働き方ではないけれども、しかし「それなりにきちんと働く」ということです。そういう社会の在り方が、これからの多様化する働き易さと働き甲斐に対応するのではないかと考えます。
 管理職や企業の経営陣になれないからといって、落ちこぼれて、やる気をなくして、嫌々ながら働く、特には追い出し部屋に送られるというような形ではありません。長い人生を、ずっとその仕事に打ち込んで、きちんと責任を持って働き続けることができるようなモデルを作っていく必要があるのではないかなと感じています。

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