フランスの週刊紙シャルリー・エブド最新版を読む読者(7日) Agence France-Presse/Getty Images
【カイロ】フランスの週刊紙シャルリー・エブドなどが掲載してきた預言者ムハンマドの風刺画に対し、西洋諸国では長らく「表現の自由だ」とか「品がない」など、さまざまな評価が下されてきた。ただ、宗教裁判が行われていた時代の欧州のように、イスラム諸国では現代でもこうした風刺画が神の冒瀆(ぼうとく)に当たるとされる。これは極刑に値する犯罪で、イスラム教以外の世界では理解しがたいほどの殺人的な激情を誘発しかねない。
サウジアラビアやイラン神権体制では、神を冒瀆した者に死刑が科される法律が厳格に施行されている。こうした極度に厳しい国だけでなく、イスラム世界の大部分では信仰や預言者を風刺することは重大犯罪とみなされている。
宗教の影響力が比較的小さいエジプトでも神を冒瀆した者を処刑する法律が有効で、2012年にはユーチューブ(YouTube)に預言者ムハンマドを題材にしたビデオを流した7人に死刑が言い渡された。
パキスタンの刑務所は冒瀆者との嫌疑をかけられた囚人で埋まっており、自警団による容疑者殺害も珍しくない。中部パンジャブ州の知事だったサルマン・タシール氏のように、冒瀆罪を廃止する意向を示しただけで殺害されるケースもある。タシール氏は2011年、まさにこの理由で自分のボディーガードによって暗殺された。
英国では1697年、キリストをペテン師と呼んだスコットランド出身の18歳の学生、トーマス・エイケンヘッド氏が冒瀆罪で絞首刑になった最後の人物となった。米国では1952年、最高裁判所が「神聖を汚す」ことを禁じるすべての法律を違法とする判決を下した。
アヤトラ・ホメイニ師は1989年、小説「悪魔の詩」を書いたサルマン・ラシュディ氏に死刑を宣告する「ファトワー」を出した。2012年には米軍基地でイスラム教の聖典コーランが焼失されたことで騒ぎとなったほか、アフガニスタンでは猛烈な反米暴動が発生した。こうした冒瀆に関する問題は、長くイスラム世界とそれ以外の世界とを分断する文明の試金石とされてきた。フランスで発生した今回の銃撃事件は、この分裂をさらに深めるものにすぎない。
こうした分断は神学というより現実世界における不満から発生している。イスラム教徒の多くが持つ感覚は、西洋諸国によって攻撃されているとか、数世紀前の欧州による植民地化で自分たちの社会が経済的、文化的に衰退しているといったものだ。
パキスタンの新聞フライデー・タイムスの編集者、ラザ・ルミ氏は「冒瀆問題はイスラム教徒の政治的不安感や、いわゆる西側が犯した不正に対するイスラム民衆の反応だ」と指摘した。ルミ氏は昨年、イスラム過激派による襲撃を受けたが難を逃れ、現在は米国平和研究所のシニアフェローを務めている。
ルミ氏は、「皮肉なことに、コーランには冒瀆に対する罰則が全く記されていない。これは預言が出された後に、イスラム教の法学者が数世紀前に述べたことに基づいてできた政治的な法律なのだ」と語る。
パリのど真ん中で風刺画家が銃殺される理由を理解するには、イスラムと西洋の歴史的・政治的衝突と考えるだけでは不十分だ。日常の振る舞いを規定するイスラム教とイスラム法が、大部分のイスラム社会生活の中で支配的な役割を果たしているという単純な事実もある。西側のキリスト教徒は数世紀前にこうした状況から脱却したが、社会生活を支配する度合いは以前のキリスト社会よりもイスラム社会の方が強い。
ブルッキングス研究所のフェロー、シャディ・ハミド氏は「非常に基本的なレベルで言えば、イスラム教徒が多数を占める国や西洋のイスラム共同体内では、宗教的な規則を守るという意識がはるかに高い」と指摘。「イスラム教は世俗化に対してかなり強い抵抗を示すことが分かっている。それには預言やコーランへの信仰も含まれている」と述べた。
イスラム教の本質はコーランが神の言葉を忠実に伝えていると信じ、預言者ムハンマドを宗教的・政治的指導者としてあがめることだ。ただ、これが欧州の宗教改革や啓蒙主義に似た改革をイスラム社会で起こすのを一段と難しくしていると、ハミド氏は指摘する。
7日にシャルリー・エブドを襲った実行犯に対し、ジハード(聖戦)主義者の団体から直ちに称賛の声が寄せられた。これら団体は殺害について、イスラム教を中傷した同紙への報いだと述べている。
一部の穏健な宗教権威でさえ、同紙のジャーナリストと殺害者との倫理価値は同等だとの見解を示した。
サウジのような道徳警察の設立を目指したエジプトの著名なイスラム伝道者、ヒシャム・アルアシュリー氏は、今回の銃撃を批判している。冒瀆の容疑者は適切なイスラム裁判を通じて罰せられるべきで、我が物顔で法を利用する一般人によって罰せられるべきではないと考えるためだ。ただ、多くのイスラム教徒と同じく、アルアシュリー氏もシャルリー・エブドに対しては「自らを責めるしかない」と述べている。
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