前回の記事で2015年1月3日のAmerican Economic Association のためのマンキューのエッセイを紹介しましたが、今度は同じ講演のためのピケティのエッセイです。タイトルは「『21世紀の資本』について」ですが、マンキューのエッセイの後に書かれたもので、マンキューの指摘を意識したものになっています。原文4ページから9ページまでの部分訳です。ピケティがどのようなモデルで考えているかは、次のpdfが参考になるかもしれません。
http://piketty.pse.ens.fr/files/PikettyEcoIneg2013Lecture6.pdf


『21世紀の資本』について
"About Capital in the 21st Century"   Thomas Piketty

[4ページ]
r>gと資産格差の増大

 長期的な資産格差の分析において r>g が果たす役割について示してみたい。r-g のギャップが大きくなっても労働所得に対して大きな影響は与えないだろう。しかし、r-g のギャップは、さまざまなショック(そこには労働所得に対するショックも含まれる)によって生じる資産分配の格差をかなり大きくする。

 最初に、r>g 自体は問題にならないというのはその通りだ、と言っておきたい。マンキューが正しく指摘しているように(こちら[pdf]、拙訳はこちら)、ほとんどの標準的な経済モデルの定常状態の均衡では、r>g の状態が生じる。すべての個人が同じだけ資本ストックを所有している代表的個人モデルでも、r>g になる。それぞれの個人が無限に生きる家族として行動する標準的な王朝モデルでは、定常状態における資本のリターンが、修正黄金律として、r=θ+γg で与えられることはよく知られている(ここでθは時間選好率で、γは効用関数の湾曲度である[訳注 1/γ=異時点間の代替性])。例えば、θ=3%、γ=2、g=1% なら、r=5% となる。したがって、このモデルでは r>g が常に生じるが、だからといって、資産格差が生じていることを意味しない。

 代表的個人モデルにおいて r>g が意味しているのは、それぞれの家族は、経済成長率 g と同じ率で資本ストックが成長できるように、資本所得のうちの g/r の割合を再投資する必要があり、そして、残りの1-g/r を消費できる、ということにすぎない。例えば、r=5%、g=1% なら、それぞれの家族は、資本所得のうち20%を再投資し、残りの80%で消費できるというだけである。これは格差に関して何も示さない。単純に、資本を所有すればより高い消費レベルを享受できるということを言っているだけである(ただし、資本所有する目的が高い消費レベルのためだとは思われないが)。

 それでは、r-g と資産格差にはどのような関係があるのだろうか? この疑問に答えるためには、基本的なモデルに、まず格差が生じるような、新たな別の要因を導入する必要がある。現実の世界では、家計の資産の経路には多くのショックが生じ、そのためにかなり不平等な資産配分が生じるのである(例えば、私たちが保有しているデータでは、どの時代のどの国でも、同じ年齢層では、労働所得格差よりも資産分配の格差のほうが大きくなっている。これは、標準的なライフサイクルモデルが想定する資産蓄積では説明できない)。例えば、人口動態的なショックがある:ある家族は子供をたくさん持っており、そのため遺産を細かく分配しなければならない。いっぽう、別の家族は子供が少ない。あるいは、ある親は長生きで、別の親はそうではない。また、資本からのリターンに対するショックもある:ある家族は投資でもうけ、別の家族は投資で破産する。労働市場に対するショックもある:ある人々は高い賃金をもらうようになるが、別の人々はそうではない。貯蓄率に影響を与える選好に差があることも考えられる。ある家族は資本所得の 1-g/r 以上を消費し、さらには資本自体を消費に変え、ほとんど資産を残さずに死ぬ。別の家族は g/r 以上を再び投資し、遺産を残し、多額の資産を永続化することをより好む、という具合である。

 このようなより大きな枠組みのモデルが示す重要な特徴は、構造的なショックを所与とすると、r-g のギャップが大きくなるほど、長期的な資産格差がより大きくなる、ということである。別の言葉で言えば、資産格差はある有限のレベルに収束していく、ということである。ショックはいつでも、資産移動を下方に、あるいは上方にある程度生じさせるだろうから、長期的には資産格差には限界があることになる。しかし、この格差の収束値は、r-g のギャップに対して急激な増加関数になっていると思われる。直感的に言えば、他のショックを所与とすれば、大きな r と g のギャップは、資産格差を広げるメカニズムをより強化する。言葉をかえて言えば、r と g のギャップが大きくなれば、より高い、より長期間の資産格差のレベルが維持されることになる(例えば、r-g のギャップが大きくなれば、より大きな格差と低い階層間の移動性につながる)。具体的なモデルにしたがって言えば、ショックが相乗的に影響を与えると想定すると、資産格差は、富裕層の部分ではパレート分布に近い分布に収束する(パレート分布は、現実の世界で観察される所得分布に近い形になっており、富裕層の部分の分布が比較的厚くなっていること、富がトップの富裕層に集中していることに対応している)ということ、そして、パレート係数の逆数(これは所得格差の大きさの指標になる)は、r-g のギャップの急激な増加関数になっている、と示すことができる。このよく知られた理論は、多くの研究者によって、人口動学的、経済的ショックを組み入れたモデルで確かめられている(とくに、Champernowne 1953, Stiglitz 1969 を見よ)。この結果の背後にあるロジックと、r-g が格差の拡大に与える影響については、『21世紀の資本』の10章に書いてある。

 このようなモデルでは、比較的小さい r-g の変化でも、定常状態における非常に大きな資産格差を生み出す。例えば、選好の2項分布的なショックを想定したモデルでは、r-g が2%から3%に増加するだけで、パレート係数の逆数を b=2.28 から b=3.25 まで増加させる。この結果を文字通り解釈すれば、これは、比較的穏やかな格差――現在のヨーロッパやアメリカのような、トップ1%の資産シェアが20-30%の経済――から、非常に大きな格差――第一次大戦以前のヨーロッパのような、トップ1%の資産シェアが50-60%の経済――に移行することを意味する。

 資産の推移に関するミクロレベルの実証では、18世紀から19世紀、そして第一次対戦前にトップの富裕層に大きな富の集中が生じていた主な原因は、r と g 大きなギャップのためだったと確認されている(『21世紀の資本』10章と Piketty, Postel-Vinay, Rosenthal 2006,2014 を見よ)。それに対して、20世紀は、r-g の関係を変化させる非常に特異な出来事が多く起こった時代だった(破壊、国営化、インフレ、税制の変化などによる1914-1945の間の資本に対する大きなショック;復興期の高い成長率;人口動態の変化)。いっぽう、将来は、いくつかの要因によって、r-g のギャップは再び大きくなり(とりわけ人口増加率の低下のため。あるいは資本を誘致するための国際的な競争の激化)、資産格差も大きくなるだろう。しかし、どの要因が大きいのかはわからない。これは、どのような制度や政策が採用されるかによるだろう。

所得、資産、消費に対する最適な累進税制

 次に最適税制の問題に移ろう。私が『21世紀の資本』で提示した資本税の理論は、エマニュエル・サエズ(Emmanuel Saez)との共同研究にもとづいている(とくにPiketty and Saez 2013)。その論文で私たちは、格差は基本的に2つの要因から発生するというモデルをつくった: 個々人は、所得を稼ぐ能力と相続する資産の2つの点において異なっている、というものである。人口動態、生産性、選好に対するショックがあるので、その2つは完全に相関しない。そのため、最適税制もその2つに関するものになる: つまり、労働所得に対する累進的な税と相続財産に対する累進的な税である。私たちは具体的に、労働所得と相続財産に対する長期的な最適税率は、分布のパラメーター、社会厚生関数、税率に対する労働所得と資本遺産の弾力性に依存すると示した。相続財産に対する最適税率はいつでもプラスの値である。ただし、課税後の資本のリターンに対する資本蓄積の弾力性が無限であるような極端な場合(個人が無限に生き、ショックを想定していない王朝モデルでは暗黙のうちにこれが想定されている)はその限りではないが。現実的な値としては、歴史的なデータとの整合性も考慮して、相続財産に対する最適税率は50-60%、高額の相続財産に対してはさらに高い値にするべきだろう。

 次に、資本市場の不完全性を考慮すると、相続財産に対する課税に、毎年徴収する、財産に対する課税と資本所得に対する課税を加える必要が生じる。将来の資本からのリターンにはショックがあるので、相続した時点でその財産の生涯にわたる資本価値を知るのは不可能である。したがって、税の負担をそれらの異なった税金に分けるのが最適になる。しかし、そうなると最適税の式は複雑になり、カリブレートするのが難しい。そこで、私の本では、最適税率を考えるのに単純な経験則を使った。つまり、それぞれの資産階層の資産の成長率に合わせて税率を決めるのである。例えば、フォーブスのような資産ランキングが示している(あるいは Saez and Zucman 2014 の最近の研究が示している)ようにトップの富裕層の資産が実質で年に6-7%成長しており、いっぽう社会全体の平均資産は1-2%の成長なら、そして、資産の集中を抑えたいなら、年率5%、あるいはそれより高い税率の資産税を採用する、という具合である(『21世紀の資本』の15章、12章の表12.1と12.2)。もちろん、トップの富裕層の資産の成長が社会全体の平均と同じならば、インプリケーションはまったくちがったものになる。実際私はこの研究で、21世紀において、所得格差と資産格差が今後どのように変化していくのかについてはかなりの不確実性があるので、変化する環境に合わせて最適な政策と制度を採用するには、より金融市場の透明性とより良い情報が必要である、という結論も抱かざるをえなかった。

 相続財産あるいは資産に対する累進的な税とは別の方法として、累進的な消費税がある(Gates 2014, Auebarch and Hasset, 2015; Mankiw, 2015)。しかし、これはかなり不完全な代替案である。まず、能力主義的な観点から言えば、自分で稼いだ所得ではなく、相続した資産により多く課税するべきである。これは消費税では不可能である。次に、消費税という概念自体が、トップの富裕層にはうまく適合しない。つまり、富裕層にとって、食べ物や服といった消費は、消費のわずかな部分を占めるに過ぎない。彼らは、通常、財産の多くを個人的な影響や名誉や権力を買うために使っている。コウク(Koch)兄弟が政治キャンペーンに出資した場合、それは消費としてカウントされるのだろうか? だから、純資産に対する累進的な税のほうが、消費に対する累進的な税よりも望ましいのである。第一に、純資産は定義がより簡単で、計算、監視もより簡単だからである。第二に、資産のほうが、納税者の納税能力の、そして社会に対して貢献する能力のより良い指標になるからである。

 最後に、『21世紀の資本』では、所得と資産に対する累進的な税により焦点を当てているが、所得移転や福祉国家の発生についても焦点を当てている。Weil  が正しく論じているように(Weil 2015)、社会保障と所得移転が、長期的な格差を減少させるのに大きな役割をはたしてきたことは言うまでもない。