政治・行政

安倍政治を問う〈2〉「命が守られない政治」原発避難者・村田弘さん

 静かなる語り口は呼び掛けのようにも、自身に言い聞かせているようにも響いた。

 「政治を軽く見てはいけない。軽視すればどうなるか。命が政治によって左右される。福島から避難生活を強いられている私たちを見れば、それは明らかだ」

 福島原発かながわ訴訟原告団団長、村田弘さん(71)はそして続けるのだった。「当事者になって初めて、そのことに気付いたのだが」

 2011年3月の東京電力福島第1原発事故直後に妻と2人で南相馬市小高地区を離れ、横浜市旭区で避難生活を続ける。虚無に打ち震える冬も4度目を数えようとしていた。

■置き去り
 元全国紙記者。「常に否定的な視点から政治を眺めてきた」。駆け出しの頃、赴任先の熊本で水俣病に苦しみながら放置されている人々を目の当たりにした。横須賀では、原子力空母寄港反対のデモ隊を蹴散らす機動隊を見た。時に冷酷な振る舞いをみせる国家権力の非情さは知っているつもりだった。

 「だがいま、全く違う日本になろうとしている」

 政権に返り咲いた安倍政権は何をなし、何をしようとしてきたか。東京五輪の招致に成功した安倍晋三首相のスピーチを忘れない。

 「汚染水の問題についてなぜ『福島原発は完全にコントロールされている』などと言って、避難者を置き去りにしたのか。結局、原発の再稼働と原発の輸出が前提にあったのだろう。五輪招致の名の下、原発政策を前に進めるために福島の現実は覆い隠された」

 何を意味するのか。

 「普通の人が普通に生きる。それを守っていくのが政治の基本であるはずだ。だが、原発事故でふるさとを追われ、希望を失っている人に救いの手は差し伸べられない。事故の現状に向き合うことなく、一部の企業の利益が追求されている。政治の在るべき姿が完全に失われている」

 政府が九州電力川内原発の再稼働を決めたのは、解散2週間前のことだった。原発事故から3年8カ月が過ぎてなお福島の避難者は12万3千人を超える。動きだそうとしている原発と時が止まったままの避難者の日常。このアンバランスさはどうだ。「命と金がてんびんにかけられることはあってはならない」。語気はいきおい強まっていく。

■棄民政策
 福島の避難者のうち神奈川で仮の暮らしを送っているのは1900人。国と東電を相手に横浜地裁で起こした訴訟の資料集に筆をふるった。

 〈「安全神話」の下で、底知れない大災害を引き起こした原発政策を第1の犯罪とすれば、住民の命と健康と生活より「カネ」とばかりに、棄民と原発回帰に走る政策は、明らかに第2の犯罪、と言うべきではないか〉

 国や東電が事故の責任を明らかにせず、被害を救済する手だてを講じることがないなら、司法の場で自ら求めていくしかなかった。

 暗闇に希望の灯がともった瞬間もある。大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の運転禁止を求めた訴訟で5月、福井地裁は「地震対策に構造的欠陥がある」として再稼働を認めない判決を言い渡した。

 〈人の生存そのものに関わる権利と、電気代の高い低いという問題を並べて論じるような議論に加わり、議論の当否を判断すること自体、許されない〉

 〈原発停止で多額の貿易赤字が出るとしても、豊かな国土に国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることこそが国富の喪失だ〉

 判決要旨の文言に涙が出た。「僕ら避難者が思っていることを的確に言ってくれた」

 原発事故で避難を強いられ、自殺した福島県の女性の遺族が起こした訴訟では福島地裁が8月、事故と自殺との因果関係を認め、東電に賠償金の支払いを言い渡した。「小さな山あいの集落で生まれ育ち、子どもを育て、隣近所を付き合い、畑に花を植え、そういうささやかな生活を突然奪われた。どう回復していいかも分からない絶望感は、当事者にしか分からないが、判決はその苦しみに向き合った」

 まだ間に合う。そう信じたい。

■断絶痛感

 外は雨。クリスマスイルミネーションが通りを彩る。

 「時々、わびしくなる。僕らの生活は何一つ変わっていない。むしろ事故のことが忘れられ、状況は悪くなる一方なのに、なぜ、街はどんどん明るくなっていくんだろう、と」

 10月、福島の自宅へ半年ぶりに足を運んだ。山に面した裏手で放射線量を計測すると毎時3~5マイクロシーベルトに達した。神奈川の100倍に相当する数値だ。雑草に覆われ、押し入れからは蛇の抜け殻が見つかった。「どうしようもない現実が日本の片側で起きている」

 避難者の肉声を届けたくて市民集会に足を運んできた。参加者からの一言が忘れられない。「まだ、そんな状況なんですか」。悪気はなかったと思う。だが、そこに「ずれ」を感じてしまう。「越えられない断層があり、僕ら避難者は断層の下から見上げている。そんな感覚に陥る」

 自民党が25日に発表した政権公約。翌日、新聞に掲載された296項目の政策を目で追った。

 震災復興については「復興を加速し、災害対策や老朽化インフラ整備など国土強靱(きょうじん)化に努める」「復興加速化のための施策を推進」の2項目のみ。「原発についてもわずか数行。しかも『原子力規制委員会によって新規性基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原発の再稼働を進める』とある」。原発避難者の救済については一言も触れられていなかった。

 「やはり国に捨てられたと思わずにはいられない」

 「棄民」という認めたくない過酷な現実が、また口を突いた。

 むらた・ひろむ 2011年3月の福島第1原発事故直後に原発から20キロ圏内の南相馬市小高地区を離れ、夫婦で横浜市旭区で避難生活を続ける。福島原発かながわ訴訟原告団団長。

【神奈川新聞】